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2008年3月 6日 (木)

ミクシィ、規約改定の不思議

 ミクシィの新規約改定問題は同社の株価下落、証券会社の投資判断の格付け引き下げにまで発展した。問題の発端は次の一文が新規約に加えられたことだった。

「ユーザーが日記などを投稿する場合、ユーザーはミクシィに対して、その情報を国内外で無償・非独占的に使用する(複製、上映、公衆送信、展示、頒布、翻訳、改変等を行う)権利を許諾するものとする」
「ユーザーはミクシィに対し、著作者人格権を行使しない」

 額面通り受け取れば、日記とか勝手に出版するかもしんないけど文句言うな、ってことになる。これにユーザがー反発するのは当然だろう。これまでにも同じような規約改正をしたブログ各社がユーザーからの猛反発を受け改正を断念したりしているし、つい先日も2ちゃんねるの投稿をまとめたコンテンツにアフリエイトを貼っていたと、某ブログに批判が集中「まつり」になっていた。

 ユーザーの批判に対してミクシィー側は、データの格納などでデータの形式などが変わってしまった場合に法律的な問題が起きないように改正した、と主張している。しかし、これはさすがにうさんくさい。「上映」や「複製」はては「翻訳」の権利まで無条件に奪う改定が、不測の事態に対応するためとはとても思えないからだ。それともミクシィのデータ移管は「翻訳」までしちゃうのか???

 さて、このような騒動はどうして性懲りもなく繰り返されるのだろうか?
 ミクシィの経営陣がインサイダー取引でもしていない限り、株価下落とユーザーからの批判を招く規約改正など百害あって一利なしだと感じる。すでに他社でも大きな問題になっているのだから。それでも改定に踏み切ったということは、コンテンツが金に換わる可能性があるだけに指をくわえて見ていられなかったということか。

 一方、ユーザーから見ると、たんに著作権の問題ではない。
 ネットは本来商品として流通していたものを無料、あるいは格安にしてきた歴史がある。フリーソフトとして膨大に出回っている各種ソフトや「職人」と呼ばれる人たちが作った画像なども、プロやセミプロが善意として提供したものだ。
 プロの歌手が余興で歌ったような感覚か。これを店主がライブが始まったと、外でチケットを売り出したら客も怒るわな、たしかに。つまりミクシィ・ユーザーの怒りの根源は、自分の著作権の不安というよりあまりに無粋な管理会社(ミクシィ)の態度だろう。

 さて、では今回の騒動を出版社の社員として考えるとどうなのか?
 一言で言えば、「ミクシィもムダな騒動を!」という感じか。
 昨年の文芸書籍の売上げランキングには携帯小説が大量に入った。これだけ見ると、ネットでのアクセス数の増大は出版の大ヒットは約束しているように思う。
 しかしアクセス数の多いブログの本が必ずしもヒットしないことは、すでに出版関係者に広く知られている。

・ネットと紙媒体でマッチする言語の違い
・画面を紙面で再現できない問題(カラー化すると印刷費用がバカ高に)
・ネットの人気作品が金を払っても読みたい内容かはけっこう微妙

 こうした不安定要素を考えると、何もないところから本を売り出すよりヒットする確率は高いものの、ギャンブル性はけっして低くないことがわかる。このリスクを背負うことなく本を出版するとなればプロデュース業だろうが、最近の出版不況を考えれば、よほど素晴らしいコンテンツでなければ仕事量に見合う利益は出まい。

「初版3000部で様子見ますか」なんてことになったら(普通にあると思いますが……)、単価の安いネット本でいくらのプロデュース料が入るのだろうか? 著者印税だって25万にもならないのに……。

 出版不況にもまれまくり、どうにかネットで反響を取りたい出版社がネットにすり寄るのはわかるけれど、ITの優良企業として9ヵ月で7億以上の利益を上げているミクシィがユーザーの反発を買ってまで、コンテンツの著作権を手に入れる必要なんてない。

 その意味で今回の改訂自体が不思議だ。それとも僕が儲ける方法に気づいていないだけで、ミクシィのコンテンツは大金に化けるのかな???(大畑)

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