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2008年3月 8日 (土)

『吉原 泡の園』第58回/店長、去る

 その日は表に立ったり、店の中の仕事に戻ったりを繰り返していた。そしてたまたま表に立っていたときだった。ふと見ると、会長がいつも通りの険しい表情で店に向かって歩いてくる。それは珍しいことだった。普段運転手つきの車で登場する人が、歩いて来たのだから。

「お疲れ様です」
あわててそういうと。
「おおーーーー」
と颯爽とR店の中に入っていった。
 うん、変だな。まあいつも変だけど、今日は特に機嫌が悪いな。
 そう思いながらもまた客引きに専念していた。
 その後しばらくして店長が奥さんと店に来た。2人が顔が強張っている。あの店長が自分の店に来て、どこかよそよそしい雰囲気を漂わせていた。あいさつしてもそっけない。まるで僕の存在にすら気づいていないようなのだ。
 2人が中に入っていくと、さらに姉妹店の社長連中まで続々とR店に集合してきた。
 マネジャーも顔面蒼白。

――ええ、何、なんなのよ!!――
 それからしばらくすると、今度はマネジャーまで奥の空いている部屋に呼ばれた。フロントが空いてしまったので、Eちゃんが座る。
 1時間くらいたっただろうか、マネジャーが戻ってきた。
「奥さん、ビビって泣いていて話にならんわ」

 マネジャーがようやく事の詳細を話してくれた。
 店長が店の金を横領していたというのだ。毎日の売上から1日1万、2万と、そっとフロントから抜き取り帳尻をあわせていたらしい。そのうえ風俗譲が我々ボーイのために店に渡す夏と冬ボーナスにも手をつけ、自分や家族のために使っていたそうだ。
 が、悪事はそんなにうまく貫き通せるはずもなく、経理担当のYさんにおかしいと感づかれ、とうとう会長登場。姉妹店の社長連中も話し合いに参加する事態となったのだ。
「ふーん。やりかねない人だな」
 今までのボーイいじめ、客にたいする無礼な態度の数々。普通じゃない態度は、こうした横領からくる後ろめたさも関係していたのだと、その時なんとなく感じた。

 ボーイの給料は毎月25日に支払われる。といっても義理風呂など差し引かれ数万円という微微たる物だが……。それも店長は気に入らないボーイを給料日数日前から猛烈にいじめて「飛ばす」。給料を支払いたくないからだ。
 もちろん店からボーイがいなくなれば、その分の給料は懐に入れていた。

 その夜、店長は客引きに回っていた僕の横を勢い良く飛び出して、逃げるように帰っていった。彼が何を言われたのかは知らない。だが、数時間にわたり話し合っていた。奥さんは恐怖に泣き伏し、最後まで話にならなかったそうだ。 スタッフ達の歯車がどこか完全にズレた瞬間だった。

 もう、店長は戻ってこないのだろうか、大変な事態になったと誰もが感じていた。
 それにR店はリニューアルオープンまでもう少し。店長がいなくてどうする。ああ、僕の給料は。
 不安だけが募っていく。どうしてもR店という店は空回りばかりする。店名変更も、ありうるかもな、と感じた。
 ただ、もうRという名前など、僕にはどうでも良くなっていた。(イッセイ遊児)

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