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2008年3月

2008年3月31日 (月)

町田・保険金偽装殺人事件の現場を歩く

 海で繁栄していた藻類などの植物が地上に進出して進化をとげるなか、生存競争の活路を求めて水に戻った植物の1つに浮き草がある。根無し草とバカにされるが、もっとも競争の激しい場を避け新しい環境で勝負する才が根無し草にはあったということなのだろう。

 1978年12月、クリスマスを2日後に控えた喧噪のなか「死んだはずの男」が逮捕された。
 事件は75年3月4日、人気のない東京都町田市の区画整理地で起きた。電柱に激突して炎上している車を新聞配達員が見つけ119番通報。火は消し止められたものの、焼け焦げた車から真っ黒な男性の死体が見つかる。この遺体について警察は、衣服や時計、血液型などから車の持ち主であり、消費者金融を営んでいたO(28歳)と断定した。ただ警察が単純な事故ではなく、事件として捜査を始めたのには訳があった。現場の状況があまりにも不自然だったのだ。

 まず電柱に追突しているにもかかわらずスリップ跡がなく、サイドブレーキまで引いてあった。またガソリンタンクが壊れて炎上するほど激しい衝突ではなかったことも判明。さらには後部ナンバープレートにわずかながら血痕が付着していた。
 しかも、その後の調べで「金の問題で人に会ったが、相手は三人も来てけんかした」(『毎日新聞』75年3月4日)と、Oが友人に電話を掛けていることがわかる。さらに彼は経営に失敗して多額の借金があり、金銭のトラブルが絶えなかったことも報じられた。
 当時の新聞には「激突死装った殺人?」や「殺して放火か」などの見出しが躍る。ただその後、両親を受取人としてOが多額の生命保険に加入していたことが分かり、保険金のおりにくい自殺を偽装するため他殺に見せかけたとの見方も出ていた。

 そんななかOの葬儀が済んで1週間後に、事件はひっそりと動き出す。Oの恋人だったY子(24歳)の勤務先に「おれだよ」とO本人から連絡があったのだ。ワナで車を盗まれたと話すOを信じ、事件から2ヶ月後、Y子は家族に置き手紙を残して家出する。Oの49日にしっかりと出席した後だったという。

Img_6622  その2人がひっそりと暮らし始めたのが小田原駅から海に向かって10分ほど歩いた2階建てアパート(写真参照)だった。現在でも同じ場所に建つアパートについて、地域住民は「あー、あのアパートね」と顔をしかめた。
「あのアパートの住民とは近所づきあいなんてないよ。夜逃げとかもあったし、外国人もいるし、とにかく何だか分からない人が住んでいるんだから」
 いまだに地縁が生きている地方都市に、ひょっこりと現れた忌避の地。2人はそんな場所に逃げ込んだ。現地で取材した限り、自分を殺して戸籍を失った男とその恋人は息を潜めて暮らしていたようだ。

 これだけ大きな事件の犯人なのに、近隣住民は彼らのことをまったくといいほど覚えていなかったのだから。2人が住んでいたアパートから道1本隔てた家に住む女性は、「(昭和)37年から住んでいるけど、(そんな事件も犯人も)知らない」と首をかしげた。古くから住む高齢者も多い土地だったが、犯人と同じ町内の住民なのに軒並み事件を知らない。ご近所の情報なら何でも知っていると教えられた家も訪ねたが、その女性も事件はもちろん新聞に掲載されたOの顔さえ知らなかった。「お役に立てなくてごめんなさいね」と本当に申し訳なさそうに話す口ぶりからも、ウソをついているとは思えない。

 結局、数時間取材して回ったが、彼らのことを覚えていたのはアパートの向かいで商店を営んでいる男性だけだった。しかも彼が見知っていたのはY子のみ。
「あー、あの事件ね。あのアパートに住んでいた人でしょ」
 事件の概要を説明すると、その商店主は大きくうなずいた。
「女は歩いているの見かけたことあったけど、男は近所でも誰も知らなかったよ。男が逮捕されたとき、こんな怖い人が住んでいたんだねーって話になったけど、そのときもたいして話題にはならなかったなー。
 ただオレはまだ遊んでいた時期だったからさ、バーで会ったんだよ。女は、この道の少し先にあるバーに勤めていたから」
 彼はY子を「静かでしゃべらない女」と表現した。
「横に付いて酒をついでくれたことはあるんだ。黙って酒をついでいたね。普通ならホステスは『キャーキャー』言うけど、話すわけでも歌うわけでもないんだよ。まあ、オレも近所の女だから、それほど話したくもなかったけどね(笑)
 ボインだけど、派手じゃなかったな。顔はかわいいってほどじゃねぇな。むしろ怖いっていうかキツネ顔だよ」
 24歳の普通のOLだったY子は、Oとの3年半の月日を沈黙のまま過ごしたようだ。彼女を知る商店主は、「やっぱり(酒場で)キャーキャー騒ぐような人じゃ(逃亡生活なんて)できないでしょ」と語った。

 一方、犯人のOは事件の1年後となる76年4月から近隣のゴルフ場に勤め始め、2年後の78年4月から正式な職員として採用されている。事件が起こった当時、会社の同僚が「彼は無口でおとなしい性格。店では貸出係を担当していたが、客の評判もよかった。自殺にしろ他殺にしろ全く心当たりがない」(『毎日新聞』75年3月4日)と語っているように、おそらくマジメに仕事をこなし、それが認められての正社員採用だったのだろう。逮捕時の報道でも、ゴルフ場の関係者は「Oは、酒はほとんど飲まず、車の運転もしたことがなく、不審な点はなかった」と『読売新聞』(78年12月23日)に語っている。
 ただし戸籍がなければ運転免許証を作ることもできないから、当然、車の運転はできない。ほかにも健康保険などの問題も深刻だったに違いない。その「不便さ」がOを逮捕へ導いていく。

 逃避行のほころびは、逮捕の4日前、12月18日に横浜県警にかかってきた1本の匿名電話に始まる。その年の5月に発生した殺人事件への情報提供という形で、「横浜市内のジャパン何とかという金融会社に勤めていた男が犯人ではないか。この男は戸籍をほしがっているというし」との情報が寄せられたのである。警察はこの電話から3年半前の事件にたどり着き、そこからOの恋人だったY子が不自然な失踪に注目し、小田原のアパートに踏み込む。

 逮捕後の供述によれば、Oは自分と背格好の似た作業員風の男に「家まで送ってやるよ」と声を掛けて助手席に誘い込んだという。その後、道路脇で小便をしているときに殴りつけて失神させ、自分の服や靴、時計など男に身につけ、ベンジンと灯油で車を燃やしたとされる。
 
 Oの根無し草の生活は、わずか3年半で終了した。おそらく、その最大の要因は彼の資質にある。
 そもそも自分ではけっして受け取ることのできない保険金を、殺人を犯してまでせしめようとしたのは最後の親孝行がしたかったからだという。また自らの葬儀の1週間後には恋人に電話をし、戸籍がほしいとなれば過去の素性を知る人物に連絡までしている。住まいとして選んだのも事件現場沿線の終着駅だった。
 すべてを完全に手放して生きられない男の限界が、この3年半という時間に見て取れる。つまり彼には根無し草としての才がなかったのだ。
 皮肉なことに彼が身代わりに選んだ男性は、そうした才能に恵まれていた。彼が誰だったのが、いまだに判明しないのだから。そして酒が入ってさえ、自らの素性を明かさなかったY子もまた、その手の才を備えていたかもしれない。
 結局、根無し草になれなかった男は、逮捕とともに熱望していた戸籍を取り戻すことになった。(大畑)

※ここから先の記事は…

『あの事件を追いかけて』(本体952円、アストラ刊)にてご確認ください。

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2008年3月30日 (日)

冠婚葬祭ビジネスへの視線/番外編 おすすめボーズ系サイトへようこそ

 3月29日深夜、テレビ朝日系の番組「タモリ倶楽部」で「東京ボーズスタイル2008」という特集が組まれた。昨年「縁起プロジェクト」の主導のもと行われた「東京ボーズコレクション」となにかつながりがあるのでは…と思いサイトを調べてみたが、完全に沈黙。どうやら無関係らしい。
 テレビの企画は、それぞれの宗派から「イケメン僧侶(略してイケ僧)」を呼び、宗派ごとに違うお坊さんの衣装をじっくりと拝見してその特徴を説明するもの。ゲストはPerfume。なぜPerfume? と思ったが、登場するお坊さんがPerfumeの大ファンという理由でのことらしい。Perfumeのファンと公言してしまうお坊さんって…とは思ったが、確か曹洞宗の僧侶である従兄弟がまだ出家していなかったころ黒夢のコピーバンドをしていたことを考えると、とくにおかしい話ではない。お坊さんだって普通の日本人なのだ。
 出演したお坊さんは5人、真言宗・浄土真宗本願寺派・浄土真宗大谷派・曹洞宗・日蓮宗から各1人。この5人の方、実はネット寺院「彼岸寺」の中の住職とのこと。彼岸寺といえばお気に入りに入っているサイトのひとつだ。宗派を超えたインターネット寺院というコンセプトに耐え得るユニークなデザインが印象的でブックマークしておいた。さっそくチェックしてみると、ありましたよ宣伝が。
▼虚空山彼岸寺 新着時事
http://www.higan.net/blog/news/2008/03/282008.html

 一般の方々は「お坊さんがサイトを運営している」と聞くとちょっと意外に感じるかもしれないが、ホームページやブログはけっこう多い。しかもその多くが見ていて楽しくなるような凝ったつくりをしている。まあ、仏教がらみのものはなぜかシュールな笑いを含んでしまう、という事実はあると思うのだが、それでも若者にはたまらないセンスのものが充実しているのではないかと思われる。どうしてそのような凝ったつくりができるかというと、ほら、ええと、なんといっても、彼らはヒマであるからして
 限られた記事内だが、これはと思うものをここで紹介しよう。

▼築地ではたらく坊主のアメブロ
http://ameblo.jp/hongwanji/
ユニークなお坊さん関係のサイト、といってはじめに思い浮かぶのがこちらのブログ。ブログながら、トップページの豪華絢爛さは群を抜いている。築地本願寺の輪番、松原功人氏のブログであるが、久々に覗いたら、なんと輪番を退任なさり、ご自身の自坊である正覺寺に移られていた。この凝ったつくりのブログはもう永遠に更新されないのか。非常に残念だ。代わりに始まった正覺寺住職、松原功人のブログ」のこれからに期待したい。

▼Bouzコネクション
http://www.bouz-net.com/
日々の生活で心にたまった悩みを、お坊さんに相談したり、また掲示板を通じて他の人の智恵をかりたりしながら解決していくことを目指すサイト。
「聞いて!娑婆の人」という掲示板コーナーが見えるが、この絶妙な言語センスは心踊るものがある。

▼こんな住職でごめんなさい
http://blog.livedoor.jp/taa67/
こんなタイトルでは、アクセスせずにはいられない。プロフィール写真もたまらない。

▼曹洞宗にもの申す
http://blog.goo.ne.jp/disclose-sotoshu/
千葉県曹洞宗迎福寺の住職が書くブログ。ブログの世界広しといえども、大半は日々の雑感を書きとめている個人ブログが多い中で、こんなに読み応えのあるものを見たことがない。曹洞宗を批判するブログなのだが、一般人はほぼついていけない話題にたいして非常に活発な掲示板。自宗の寺からこんなに物申されている曹洞宗って。

▼ズイズイずっこけブログ

http://zuirinji.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_dc83.html

こちらもタイトルがスバラシイ。中身はほんわかあったかな奮闘記。

お寺の場所が新潟市小針と、学生時代近所にいた小松には大変身近に感じられる。

読者様には関係のないことだが。

▼仏像ガール
http://www.buddha-girl.com/
住職やお寺と直接関係はないのだが、仏教つながりということでご紹介。著者プロフィールに「三度の飯より仏像が好き!人生を仏像に捧げた28歳」とある。世の中には稀有なお嬢さんもいたものである。それはそれとして、「仏像をポップに楽しむためのサイト」というサブタイトルは秀逸だ。

以上、今回は全くビジネスに関係ない番外編を楽しく書かせていただいた。
いずれかでも読者様の気に入れば幸いでっす☆(小松朗子)

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2008年3月29日 (土)

『吉原 泡の園』第61回/童貞たち泡の園

 お客はソープが初めての人もいる。それは、ともすればその人の風俗人生を左右する一大事ともいえるのだ。笑い話でも大袈裟でもなく、男にとって初風俗は非常に大切である。まして童貞ならアイデンティティーを揺るがす問題といっても過言ではない。

 もし、初めて高級ソープで女のコに馬鹿にされたら、おそらく童貞君は性風俗はもとより女にも深い怒りを心の奥底に持つようになるだろう。かなり悲惨な人生を送ることになりかねない。また、初めてでイケなかった場合、女のコもそうだが、男にも相当な自信を失ってしまう。
 イクとはアクメの事だ。いわゆる絶頂に達することであり、生命をつなぐ生命の根源的行為ともいえるが、普通イクとき、わざわざそんな事を考える男もいないだろう。
 しかし世の中にはさまざまな理由でアクメに達しない人もいる。風俗に来た緊張かもしれないし、女の子の技術の問題かもしれない。あるいはお客自身の問題なのかもしれない。特に童貞の場合は、普通以上に緊張するので注意が必要な場合もある。

 ときに一見温厚そうにみえる青年が、アクメに達しない自分に苛立ち、豹変して女のコに暴力的に接する場合だってある。女のコからSOSが出れば、当然、ボーイが助けることになるが騒ぎが収まったからといって、すべての問題が解決するわけではない。女のコがイカせられなかった事は、女のコ自身にとっても性風俗店としても大変な問題だからだ。こうした事件の「後遺症」を女のコも引きずるし、店も女のコの「技術」に不安を感じるようになる。
 こうしたケースは問題としてかなり深刻だが、初風俗の緊張がほほえましい形で表に出ることもある。

 ある日、サングラスをかけた男が客として訪れた。第1待合室に案内しオーダーを伺う。フリーでふらりと店に入ってきたので、すぐにいける女のコの写真数枚を持って伺った。
「ただいま、すぐに案内できるコはこちらになります」
 そう言ってテーブルの上に数枚の写真を並べる。
 サングラスをかけているので目が見えず、どのコを見ているのか、どんな目をしているのかさっぱり分からない。ただ、真剣に唸って考えている。
 そして突然、
「お兄さん」
 とボーイの僕をそう呼んだ。
「はい」
「僕には女のコとこんな所で遊ぶ権利があるのでしょうか」
 突然そう言ってサングラスを取った。どんな瞳が隠れているのかと思っていたのだが、意外と普通の青年だった。
「答えてください、お兄さん。僕は、こんなふうに遊んでもいいのでしょうか。風俗譲は辛い過去をもった人が多いと思います。僕にそこな場所で遊ぶ権利がありますか?」
 男は真剣だった。
「もちろんです。お客様は遊んでもいいんですよ」
 僕は微笑んで答えた。男は少し安心したようだった。
「じゃあ、このコで」
 そういって指差した写真のコは長身のスレンダー美人Fだった。
 サングラスの下の瞳は、結構しっかりと選んでいたのだ。

 店が改装中だったため、姉妹店の部屋を借りる事になった。たかだか数百メートルしか離れていないが、車でお客さんを姉妹店まで案内する手はずを取る。車を店の前に停めドアを開けてスタンバイする。

「お客様、お部屋の改装のため、姉妹店のお部屋に移動いたします。お車の準備が整いましたので、どうぞ」
 そういって車まで案内しようとしたのだが、サングラスをかけ直した男が言う。
「いや、走って行きます。はい。走りますから」
 そう言ってきかない。まさか、高級店ともあろう店が、客を走らせるわけにはいかない。だが、客は走る気満々の様子で、準備体操なぞし始めている。
 困り果てたマネジャーやボーイ達だが、結局、そのお客の意見を尊重してプレイルームを借りる姉妹店まで走ってもらうことにした。
「それではあそこになります」
 姉妹店を指差して教えると、男は猛ダッシュで吉原のメーンストリートを走り出した。他の店のボーイは目が点。なんだあいつは、といった感じだ。
 姉妹店で案内を受ける際も、サングラスをしたままで、一瞬、舘ひろしか、と思うくらいのポーズをとったまま固まっていたそうだ。

 ソープ初体験などの人など、緊張からこうしたビックリの行動に出る人もたまにいる。ただこのお客、その日ついた女のコにぞっこんになり、本指名客になってしまったという。
「遊ぶ権利があるのでしょうか」などとほざいていても、いざ遊んでしまったら肉体以上に精神的快感に酔いしれてしまったのだろう。固定客になったらしい。

 ソープでは、今まで誰にも相手にされなかった人間でも、大枚を投じることで、ヤクザ風の男どもや、綺麗な女のコが自分の意のままに動かせる。もちろん女のコは優しい。こうした精神的な快楽にはまる人は少なくない。特に友達が少なかったり、女のコとの付き合いがない男性は精神的にハマる場合が多い。
 このお客の私生活は知らない。ただ、金だけは貯めていたようで、本指名客となってしまった。ここで甘い思いをすると骨の髄までしゃぶられることなど、店は説明しない。おそらく貯金がすっからかんになる運命をたどったことだろう。そうした底無し快楽地獄も、吉原の側面であるのだ。

 綺麗な花には刺がある。くれぐれも遊びということを忘れないように、本気で好きになったときは、財産の保証は出来ない。それこそ「吉原泡の園」であり「泡の底」でもある。(イッセイ遊児)

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2008年3月27日 (木)

ホテルニュージャパン火災の爪痕・第2回 火元の入り口

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 火元となった9階の非常階段のドアである。
 炎によって塗装の痕跡すら奪われ、熱によってゆがんだのが分かる。扉横の四角の穴は、消防隊が進入のさいに開けたものだろう。

 向かいの壁には「942」とホテルの部屋番号がチョークで書かれている。ただのブロック塀に見えるが、これがホテルニュージャパンの悪名高き建築工法の1つ。コンクリートを流し込むより確かに安上がりだが、火事には弱かった。中が空洞なため火の回りが異常早かったのだ。33人もの死者を出した原因の1つが、942と書かれた「壁」といわれる。当然だが壁紙などはいっさい残っていない。すべて焼けた。

 写真では見えにくいが、床は黒いススが降り積もっている状態である。

 ここが火元9階の入り口。むき出しの床や壁を見て気持ちが悪いなと思ったのを覚えている。

※ここから先の記事は…

『あの事件を追いかけて』(本体952円、アストラ刊)にてご確認ください。

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2008年3月26日 (水)

ココログメンテナンスに遮られ

今日(26日)は私の番。というわけで「がんばれ毎日新聞」というタイトルの、すなわちいかにも反響がなさそうな記事を熱心に書き上げて深夜0時ピタリにアップしようとしたら何とメンテナンスでできない!

26日は午後9時半頃には家を出なければ間に合わない取材が一件あった。その時点でもメンテ中であきらめる。取材を終え、食事もせずに午後1時から日本テレビ内で仕事(番組)の打ち合わせ会議。その後に代理店と小社新刊の戦略ミーティングを挟んで帰社し、午前の取材を織り込んだ原稿を2本書き終えた。それをメールで送った後に改めてハッとしてココログをのぞいたらメンテは終わっていた。でももう午後9時過ぎである

痛恨なのは原稿を家に置いてきたこと。FDでもいいから持ち歩いていればなあ。というわけで本日はこれで仕舞いです。「がんばれ毎日新聞」を読みたかったぞという気高き読者の皆様。一人もいないとは思うけどすいませんでした。次にはアップしようかと……(編集長)

追伸 その後もなぜか「エラーが発生しました」と表示された。この記事にアップはあるのか?

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2008年3月25日 (火)

理性破壊! 煩悩炸裂! 乙女ゲームの巻・3

 飽きもせず乙女街道まっしぐら。毎日1回1ときめきしないと、電池が腐って動けなくなるんですね。
 それはさておき、かなりときときめきメモリアルガールズサイド2(メモGS2)をやっていて、そろそろ飽きてきたのは秘密だ。。
 さて、ある日ネットサーフィンをしていたら非常に恐ろしいニュースを見つけてしまった。
 なんと、「ときめきメモリアルガールズサイドが原因で、離婚してしまった人がいる」というニュース。恐ろしや恐ろしや……。
 夫を持つ身として、そしてGSの王子達との饗宴にうつつを抜かす(バカか)私としては、非常に恐ろしいニュースであることに間違いはない。
 このゲームを手にしてからの自分を省みると、夜中に帰ってきて朝までゲーム、朝は朝でゲーム……。異常だね。自分\(^o^)/オワタ……。
 このゲームは非常に中毒性が高い。しかも、3次元はもういいと思っている人や、ちょっと3次元とはうまくいってないわ……などなど、3次元との関わり合いに何らかの障害を抱えている方々には特に。
 だってさ、いろんな種類の男の子と男性(屈折系、ヒッキー、二重人格、秀才、ナルシスト、変人、花屋、朴訥)が出てくるわけですよ。幼い頃に一度だけ出会った屈折系男子との恋もあり、変人先生との禁断の恋もよし、ヒッキー不登校男子の家に毎日通い詰めるのもあり、二重人格の後輩と仲良くするのもあり、部活に精を出して朴訥男子と青春を謳歌するのもよし……いろいろな楽しみ方ができる。変則的に、女の子とのラブラブエンディングを迎えるのもありなのさ!
 個人的に好きなのは、屈折系(男子キャラの主人公)と、変人(先生)、朴訥(面白い)……とまぁ、そんなこと書いてどうするんだという感じですが、若かりし頃の甘酸っぱさを思い出させてくれるゲームであることに間違いはない。ただ、間違いなさすぎて恐ろしい作用をもたらすのも事実。
 ときめくことで恋をしていた時の自分を思い出して、再び誰かと恋をしたくなる。そういった気持ちにさせることは制作者にとっては大成功! というところだろうが、それが原因で捨てられてしまった恋人、旦那は非常に気の毒。
 離婚の原因、別れの原因が「二次元」だなんて誰に言えようか。
 適度に楽しみ、ゲームで生まれたときめきは、ゲーム内のキャラだけに注ぎ(注ぎまくって先生に何度告白されたか……ハァ)、現実と仮想をはき違えないように楽しんでもらいたい。
 ゲームがもたらす幸福感の裏で、不幸になる対象がいるということを忘れないでゲームをして欲しい。というよりも、ゲームはしょせんお遊び。楽しんで遊ぶのが一番。難しいこと考えず楽しくまったり遊びましょう。(奥津)

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2008年3月24日 (月)

大道芸を見る!~春の福岡・太宰府~

Dsc05907  九州へ旅行へ行ってきた。滞在1日目、福岡の太宰府へ。
 太宰府といえば天満宮。参拝しなけりゃ意味がない!というわけで境内へ。
 参道を歩いていたら広場の方に人だかりができているのがみえたので、何かと思って近づいていくとなんお猿回しが行われていた。
 旅先で大道芸人に会えるなんてラッキー! というわけでさっそく見物することに。
 まず目に入ったのが、猿回しをしているオジサンのTシャツ。赤地に「毎日が地獄です」の文字。シュールすぎる。そして、緑のタイツ。奇抜すぎ。
 地獄Tシャツを見ながら猿回しを見ていたが、口上が非常にうまかった。大道芸というと、芸はもちろんうまいが、しゃべりはぎこちなかったりする。しかし、このオジサンは、芸もさることながらしゃべりが面白くうまい。
 別にルーツがあるのではないかと思い、終了後に話を聞いてみた。
 このオジサンは、伊賀守さんという名前で、九州大道芸劇団ビー玉本舗の座長をしているそうだ。はじめから猿回しをしていたのか尋ねると、どうやらもとはバナナのたたき売りをしていたそうだ。だから口上がうまいのか……と納得していると、寅さんファンでいつか柴又でバナナのたたき売りをするのが夢だと話してくれた。
 とはいえ今は、猿回しが本業。そこで猿回しのコツを聞くと、「猿回しは猿が演技をしているけれど、演技をさせているように思わせるとよくないんだよ。猿のすごさを見せると、かえってお客さんにかわいそうといったことを思わせるからね。だから口上で、猿が勝手な動きをしたときや演技をしている最中に、猿自らやっているようにしゃべることがコツだね」と熱く語ってくれた。 確かに、見ている最中は猿に無理矢理演技をさせているようには見えなく、気まぐれも猿の意思のように感じられたが、その裏には、伊賀さんのそういった演出がなされているのだとしった。
 全国巡業をしているそうで、もしかしたら日本のどこかで出会うかもしれない。楽しい口上と、猿の演技は一度見たらおもしろさで忘れられなくなるだろう。胸に、「毎日が地獄です」と書かれたTシャツを着ている人を見かけたら是非見てください。いい思い出になること間違いなし。
 ちなみに、猿回しの猿は、一見人なつこそうに見えるがその逆でどう猛だ。なので、近づいて手を出したりしないようにしよう。私はちょっとしたアクシデントでかまれてしまった。
 猿回しを見るときは是非ともそのことに注意して、楽しく見ていただきたい。(奥津)

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2008年3月23日 (日)

冠婚葬祭ビジネスの視線/第12回 春の合同自然葬に行ってきた

Rimg0122_2  前日の雷雨はどこへやら、空は快晴。海は凪いでいる。3月15日、横須賀の三笠公園に15組の遺族が集まった。ヨットサーファーが遠くに賑わうのが見えるこの観音崎岬で、今から「自然葬」-今回の場合、一般に言って海への散骨-が行われようとしている。
 NPO法人「葬送の自由をすすめる会」が年4回実施する合同自然葬。今回、「春の合同自然葬」に取材参加し、ごくプライベートであるはずの葬送の現場に立ち会わせていただいた。

 きっかけは葬儀関係ニュースの「春の合同自然葬日程決まる」という記事を見たことだった。自由な葬送の実際をこの目で見てみたいと思い「葬送の自由をすすめる会」に取材の希望を申し出たところ、合同葬は公開しているので取材は差し支えないがビジネスではないので理解頂きたい、と言われた。この連載の「冠婚葬祭ビジネスへの視線」というタイトルを気にかけられたようだった。この連載をご覧になって頂いている方ならお分かりになるだろうが、冠婚葬祭の実際や方法の情報にウェイトが重くおかれ、ビジネス色は薄い。じゃあタイトルと中身がマッチしていないのではという議論はさておき、やはりNPO法人がビジネスと勘違いされるようでは困ってしまう。安田睦彦会長のご厚意に甘え、取材前に会の趣旨も含めたお話を聞きに伺った。
 「最近は、散骨やその他色んな葬送の方法を提案する会社が増えてきているようです。そうすると私たちの自然葬も価格の比較対象になりうる。すると安さがきわだつ。でも、元々NPOですから、ボランティアでやっているので、私たちの会が一番安価なのは当然なんですよ」
 なるほどビジネスとして墓地に葬る以外の方法を提案している法人が、確かに最近増加しているようだ。提供価格もさまざま。「葬送の自由をすすめる会」は1991年の設立から18年間、ボランティア活動を続けてきた。その意義を素通りして価格の面だけで比較対象とされては、墓地埋葬以外の方法を模索する方々に伝えたいこともなかなか伝えられまい。
「私たちの葬送は、『自然葬』なんです。海、空、山に遺灰を還す、自然に還す、という考えから来ています」
 安田会長は、穏やかに話してくださった。

 さて合同自然葬当日、15組の遺族と会の関係者、そして私の総勢34名が遊覧船「シーフレンド」に乗り込み、予定の11時よりも少し早めに出航した。小一時間ほど経った頃に船は止まり、司会者の案内によって名前が次々と呼ばれ、船尾から葬いが行われた。
 水溶性の紙に包まれた粉状の遺骨が、海にゆったりと沈んでゆく。そのあと、それぞれの遺族の手で色とりどりの花びらが撒かれる。花びらが悠然と海をたゆたう様子はたいへん美しかった。このような余韻が遺族の心の慰めにもなろうと、ハンカチを手にした婦人を見つめながら思った。

 その後、二組の遺族が取材に応じて下さった。
 年配のご婦人は、「故人の希望でしたから。『死んだら撒いて欲しい』ということで、どこに、どのように、といった指定は全くありませんでしたので、こちらは私が選んで、来ました」と、ほほえみながら話してくださった。
 30代半ばほどのご兄妹は、このたびお父様を海に還された。お兄さんは、雲一つない青空を仰ぎ見ながら口を開いた。
「天気がよいのも幸運でしたが、非常に気持ちのいいものですね。親戚とのしがらみなんかが多いとこういう送り方も難しいんでしょうが、さいわいそういったものが少なく、スムーズにここまで来ることが出来ました。親父は北海道の出身でしたが、この観音崎岬を選んで、この合同葬で、と指定して逝きました」
 清々しい笑顔が印象的だった。故人が自分自身の葬られ方を明確にし、きちんと身内に話していったからこそ、この迷いのない顔は得られたのだろう。

 これで、「葬送の自由をすすめる会」が行った合同葬で自然に還られた人は、2268名になったという。(小松朗子)

NPO法人 葬送の自由をすすめる会

http://www.shizensou.net/index.html

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2008年3月22日 (土)

『吉原 泡の園』第60回/げに女は恐ろしき

 サービスが始まってから10分以上たってから「帰る」とゴネても、当然、店は金を返してはくれない。店によっては5分以内でも返金に応じないだろう。
 どうしても返してほしかったら、ヤクザ顔負けに腹を据え、鬼の形相で店の責任者に言ってみるしかない
「差し替えはいかんですよ、差し替えは」と。
 つまり予約していた女のコとは違うと訴えるわけだ。ただし、ソープランドで一芝居うつなら大ケガや人生を投げうる覚悟が必要になってくる。サラリーマンや公務員などには難しいだろう。
 今は暴対法もあり警察や保健所の名前をちらつかせれば、ソープ関係者は青ざめるかもしれない。そのためカネも返る可能性は昔よりは高い。ただし、それでもサービス開始から5分、10分が限度だ。

 それが遊びのルールというやつである。

 さて、金のある客となると、1人の女のコでは飽き足らず、2人同じに部屋呼びつける、いわゆる「二輪車」に挑戦するつわものがいる。
 ピンサロなどでは「花びら回転」などというが、ソープとでは質もサービスも段違いである。ただし二輪車OKな女のコは限られてくるが……。
 それにしても素っ裸の女が2人に、男1人である。健康な思考回路の持ち主にとっては正気の沙汰とは思えない。もちろん金だって2倍かかる。ところがボーイとして店に立っていると、「二輪車」を希望するお客が意外なほど多いのだ。
「左手がこっちで、右手があっち、そいでもって下の手がそっちか」
 なんて妄想を働かせながら働いたこともあった。正直、そのシチュエーションが楽しいのか分からないが、いつか金持ちになったら
「二輪車で」
 と思いきりフロントで言ってみたいとは、今でも思っている。

 客には団塊の世代より上、すでに仕事を引退し年金を貰えるくらいのじいさんも多い。なかには月3回も通い、その回数を鼻にかけ(?)自慢する老人までいた。
 そうしたじいさんは、たいてい1人の女のコにぞっこんだった。来るたびに同じコを指名し「浮気」はしない。
 女のコによれば、じいさんは自分にテクニシャンだと信じているケースが多いという。おかげで女のコが感じる演技をすれば、それだけで大喜びだそうだ。そのうえ演技にはまれば、その後、何度も指名することになる。うれしくて仕方ないのだろう。
 じいさんほしけりゃ感じて見せろ。そうすりゃ金はしこたま握れる。それがじいさんへのサービスの鉄則だと、じいさんあしらいのウマイ女のコが教えてくれた。
 男としての自信を失っているため、男性の復権にまってしまうのかもしれない。いやはや男は単純だ。それに比べて女はやはり恐ろしい。(イッセイ遊児)

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2008年3月21日 (金)

『あの頃』が歌になった!

 昨年7月、小社から『あの頃』を出版した小林高子さんから嬉しい知らせが届いた。彼女の本に感動した友人のミュージシャンが、本にインスピレーションを得た曲と詩を作ったという。その後、バンド「GATE」のメンバー2人と小林さんが頭を付き合わせて、詩の表現を固めていったそうだ。

 

目を閉じて キミの名前を呼んだ
誰よりも 特別な名前
朝も昼も夜も どんなときでも
空を見上げて 思い出す
Best of my love

退屈な毎日 見慣れた景色
何も言わずに さよなら告げる日々

ためらうこともなく 過ぎる時間が
涙の跡を乾かしていた

もう一度だけ キミに会えるなら
この両手で強く抱きしめてる

 その詩の一部である。
 18歳で彼をガンで失った彼女の悲しみが詩から浮かび上がる。作詞・作曲を手がける Koさんも、かなりの自信作になったと語る。小林さん自身も「人の命の大切を伝えたかった。とてもステキな詩に仕上がりました」と喜びの声を伝えてくれた。

 出版から半年以上がたったが、この本は不思議な広がり方をしている。本に感動した読者が、小林さんにいろいろと働きかけるのだ。刑務所などで講演会を開こうと動いている人もいる。
 彼女が原稿を抱えて初めて小社を訪ねてきたときから、「命を大切にするというメッセージを発信したい」と彼女は言い続けてきた。出版にこぎ着けるための宣伝文句かと当初は聞き流していたが、数ヶ月後に本気だと実感した。知人からの相談に、彼女が時間を惜しまずに対応していたからだ。

 寂しさから悪さを繰り返している青年、事件で子どもを亡くした遺族などなど。年齢や性別も超え、彼女は相談者の話に耳を傾け続けていた。そうした時間の積み重ねが、『あの頃』を触媒にしてさらに広がっているようだ。

 冒頭で紹介した歌は、4月19日(土)に川崎の会場:ラ チッタデッラ 中央広場(http://lacittadella.co.jp/)で初披露される。2日間で60組が出場する「アジア交流音楽祭」での演奏というから、きっと盛り上がることだろう。

 著者の小林さんは舞台に出演し、私は入り口近辺で『あの頃』を売っている予定です。入場無料なので、お近くの方はぜひお越し下さい。で、よかったら『あの頃』を買ってくださいね。(大畑)

●イベント詳細
「アジア交流音楽祭」
日程:4月19日(土)
出演時間:15:45~16:15
会場:ラ チッタデッラ 中央広場
http://lacittadella.co.jp/

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2008年3月20日 (木)

ホテルニュージャパン火災の爪痕・第1回 投げ出されたホース

 1995年12月、13年もの長きにわたり放置された東京・赤坂の廃墟が解体された。82年に33人もの犠牲者を出したホテルニュージャパンである。その取り壊し直前、私はその土地を所有する千代田生命に建物の撮影をお願いした。しかし許可されず、仕方なく闇夜に紛れホテルに進入した。
 その焼け跡には、火事の恐怖はもちろんのこと、人命など爪の先ほども考えず金儲けにはしったオーナー・横井英樹氏の思想までもが表れていた。現在、その跡地はプルデンシャル生命のビルとして生まれ変わり、キレイに火事の痕跡は消されてしまった。

 ホテル侵入から12年、当時の写真を公開し、改めてホテルニュージャパンの火災について考えてみたい。

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 火元である9階の3つ下、6階の消火栓からは消火用のホースが引きづり出されていた。絡まりそうなほどグチャグチャで本当に使われたのかは不明だ。ただ赤い絨毯にはススが積もっており、出火時、この階でもかなりパニックになったことは間違いない。(大畑)

※ここから先の記事は…

『あの事件を追いかけて』(本体952円、アストラ刊)にてご確認ください。

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2008年3月19日 (水)

武藤敏郎日銀総裁NO!は当然である

どうやら武藤敏郎日銀副総裁が総裁に就任する目はなくなったようだ。慶賀に堪えない。
私はずっと以前から彼が総裁になるなど許されないと訴えてきた(http://gekkankiroku.cocolog-nifty.com/edit/2006/07/post_3c77.html)。この記事では「武藤日銀副総裁の総裁就任を許すな」と題して彼の大蔵省時代の実態を述べた。幸いにして多くのアクセスがありグーグル検索ではトップ画面に来ている。アクセス数を伸ばすのが当ブログの目的ではないけれど、このような記事をほんの少しでも読んでいただけるのは素直にうれしい。

それにしても民主党を中心とした野党勢力が武藤総裁案を不同意とした際の新聞論調はひどかった。どれもこれも民主党が悪いとの言いようである。そう書けば与党・財務省・日銀・財界へ一挙に恩が着せられるとでも思ったのであろうか。浅ましい。

前掲記事で述べたように武藤氏は旧大蔵省時代にゲンコツを食らいながら組織に助けられて事務次官まで上り詰めたうえで次期総裁含みで日銀へ送り込まれた。こうした人物が組織に逆らう決定などできようはずがない。確かに旧大蔵省出身というだけで財金分離ができないと決めつけるのは雑な論理だ。しかし武藤氏は組織に助けられて今日のある身である。下世話な言い方をすれば鼻毛を読まれている。
だから財政(=財務省)の論理を金融の立場ではねのける芸当はできるはずがない。「誰のおかげだ」と組織が言わなくても本人は身にしみている。5年間の身分保障と中央銀行総裁の栄誉に加えて年間3000万円以上の給与は「誰のおかげだ」と。

日銀総裁が同意人事になった経緯を考えても武藤総裁はあり得ない。旧法を改め独立性を高めた現在の日銀法が施行されたのは1998年4月1日。その1ヶ月前に東京地検が日銀を捜査して当時の松下康雄総裁が辞意を表明した。いわゆる大蔵・日銀不祥事のクライマックスに重なった。その頃に武藤氏もまた大蔵省における責任を問われて1ヶ月後の98年5月、官房長から総務審議官へ格下げとなった。
かの麗しき「ノーパンしゃぶしゃぶ楼蘭」も舞台となるハレンチ行為の一端を担い、新日銀法施行の直後に責めを負い、国会の同意はその新法に始まる。そもそも日銀法改正自体が直前にあった大蔵スキャンダルに基づく「大蔵省改革」の一環だったのを考え合わせると武藤氏が日銀総裁になるなどあり得ない選択なのだ。
民主党の反対理由がわかりにくいというのはある。なぜ「ノーパンしゃぶしゃぶ楼蘭」という決めせりふを使わないのか。約10年前の忘れてしまった出来事も、この言葉1つで国民の脳裏へ鮮やかによみがえるはずだ。
あまりに下世話? 勝負に下世話も上品もなかろう。あまりに古い? 民主党は武藤氏がことさらに財務省寄りであると証明したいのであれば正に大蔵省時代の彼がいかがであったかを持ち出すのがむしろ効果的である。官房長という要職にありながら組織防衛のため結果的に国民に対してうそをついたという以上に彼を財金分離の観点から不適格とする理由はなかなかない。

財金分離は大切だ。しかしより大切なのは20世紀末にさまざまな形で浮き上がり「大蔵省改革」に至った旧大蔵官僚が、その失地の責任者の1人を日銀総裁にいただくことで政治的に復権する、ないしは「古い昔話」へ転じてしまおうとする野望をくじくことだ。そのために武藤総裁を摘んでしまえばひとまず成功である。摘むためには民主党は政府の新提案を飲んだ方がいい。これもつぶすと再びムトウの名が浮上する恐れがあるからだ。

政府は田波耕治元大蔵事務次官を新総裁候補としてきた。政府・与党側に立てばなかなかのくせ球を放ったと評価できよう。一連のスキャンダルの最中には官邸にいて事後処理として次官になった人だから。この人物もまた元大蔵次官という点で武藤氏と同一であり反対というのは筋は通っているものの、これまた下世話な言い方をすればミソもクソも一緒である。
なるほど財務省のメンツが立つ人選は私も面白くない。でもこれを飲めば武藤案は消える。武藤案を消すというだけで財務省のメンツは立ったようで実は大きく崩れる。少なくともああした過去を持つ者は中央銀行のトップにはなれないという事実と、いくら総裁含みで財務省が5年がかりで仕込んでもダメなものはダメという先例を残せる。飲んでしまえよ民主党。一発ノックアウトはできなくても政権に大きなボディーブローを効かせることはできるのだから。後はガソリンと年金でクビを取りに行けばいい。

これもけっ飛ばすと、そもそも国会の同意人事という制度が日銀の独立性を脅かす元凶ではないかという方向へ飛び火する恐れがある。この点は今の日銀法が成立した97年頃から問題視されていたし一定の説得力もある。松下総裁辞意後の速水優氏を後任に充てた際に同意人事とすると速水氏を面白くないとする議員の反対で難航するのを恐れて98年4月1日の新法施行直前にドサクサで同意を回避した例もある。その時も今と同じく内外の金融情勢に大きな問題を抱えている時期に総裁を空白にすべきでないとの論理がまかり通った。矛は納めどころが肝心である。
とりあえず武藤総裁でなければそれでいい。今や日銀総裁がツルの一声で決めた公定歩合で金融政策が右往左往する時代は遠く過ぎ去った。日銀政策委員会金融政策決定会合で総裁の決定権は9分の1に過ぎない。そこで決められる無担保コール翌日物の誘導目標もあくまで目標であって今日現在0.5%という政策金利を上回っている模様だ。もっとも本当はこちらの方が問題なのだろうが。(編集長)

今日の関連記事inブログ:

http://uraban2.txt-nifty.com/blog/2008/03/post_1f36.html

http://kenuchka.paslog.jp/article/847214.html

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2008年3月18日 (火)

理性破壊!煩悩炸裂! 乙女ゲームの巻・2

 連日ときメモ祭が行われ、パネルをタッチ、L1ボタン押しまくりで、近々DSが壊れるんじゃないかと危惧している今日この頃。
 小悪魔デイジー(主人公のあだ名)と翻弄される男共との馴れ合いはさておき、以前取り上げた「ラストエスコート」の続編がでたのでやってみた。

 まず感想。久々のクソゲー

 基本的にどんなゲームでも満足できるのが奥津クオリティーだが、これは許せん。某ドラクエⅡのよく死ぬ王子よりタチが悪い。
 まずやりごたえがない。前作はプレゼント作成というおもしろいミニゲームがあったが、今回はその代わりに古今東西などのおもしろくないゲームが登場。
 次にグッドエンドへの到達が簡単すぎ。各キャラごとの必須パラメーターをMAXまであげ、永久指命をし、好感度を上げれば確実にいける。貢ぎまくって№1にしなくても、通いつめなくても、プレゼントしなくても問題なし。好感度がMAXにさえなっていれば必然的にグッドエンドへ。敷居が下がったもんだ。ホストといやぁ、太客(いや、極太?)になって貢ぐところに意義があるんじゃないの? 恋だのなんだのは二の次。育てるところに楽しみがあるんじゃないのか!!!だいたいホストの本カノになれる割合って低いんじゃないすか? ホストと付き合ったこともなければ、そんな気にすらならないからよくわからないけど、ホスト君たちも、そんな簡単に恋愛しちゃあイカンだろ。……って、これは、ホストとの恋路をひた走るゲームだから仕方ないけど……。
 まだあげるならば、主人公バカすぎ。よく編集者になれたね。お姉さん悲しいよ。
 ダメな点はあげればきりがないので、よかったところを書くと、主人公の絵がかわいい。今回のが好き。それくらい。
 そもそもゲームなのだからあまり目くじら立てても仕方ないが、設定がイマイチで内容が軽すぎるだけにあらが目立つ。これくらいのスペックならPS2でリリースするのではなく、DS程度でいいんじゃないかと。
 ときメモもPS2からDSに移植されてスペックダウンしたらしいが、やりごたえを考えると、ときメモは善戦している(なんせハマっているくらいだから)。今回のラストエスコート2に関してはDSで十分。内容量も少ないし、CGも据え置き用にしてはたいしたこともないので、次回はDSまたはPSPあたりでいいのでは。どちらも持っていますので、開発スタッフの方、次回は携帯ゲーム機でのリリースでいかがでしょうか(たぶん買わない)。
 それにしても、PSPのFF7クライシスコアのムービーはいい。そろそろニヤニヤしながら高校生をいたぶる自分がキモくなってきたので、はやくクリアしてください(個人的な報告)。(奥津)

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2008年3月17日 (月)

駒込・幼女殺人事件の現場を歩く

 1979年9月朝から取り調べを受けていた犯人は、午後5時過ぎに「申し訳ありません。私がやりました」と泣き崩れたという。

 事件が発生したのは逮捕の1ヵ月半ほど前となる7月28日。母親と駒込駅周辺のパチンコ店に来ていた3歳の幼女が行方不明となり、約200メートルほど離れたマンションの茂みで遺体となって発見されたのだ。母親が子どもがいないと気づいてから1時間半後の悲報だった。
 犯人はパチンコ屋の常連で被害者の子どもとも顔見知りだったらしい。彼女に声をかけて300メートルほど離れた自分のアパートに連れ込み、いたずらしようとしたところで悲鳴を上げられ、とっさに絞め殺したと自供した。しかも彼は10年前にも山口県で7歳の女の子を山林に連れ込み、同じように騒がれ絞殺していた。無期懲役の判決を受けたものの、犯行の5年ほど前に仮出所していたのだ。

 この事件の不思議さは犯行現場と死体遺棄現場の近さにある。連れ出したパチンコ店から絞殺したアパートまでが300メートル。その自室から遺棄現場までは200メートルしか離れていない。
 新聞報道によれば幼女を殺してから1時間ほど「死体を部屋に置いて始末を考えた」(『読売新聞』1979年9月10日)とのことだが、少なくとも逃げるために頭を使ったとは思えない。
 彼がこの地で幼女にイタズラしたのは初めてではない。近所では「小さい子どもにイタズラする中年男」とマークされていた。前科を考えれば、死体が発見された時点で容疑者になることは当人も分かっていたはずである。しかも前科は無期懲役。次捕まれば確実に死刑である。

 犯人が住んでいた住所に建つ古いアパートから死体遺棄現場まで歩いてみた。アパート前の細い路地を抜け、左折。右折すれば、すぐ本郷通りにぶつかる。午後9時半という時間を考えれば、まだ交通量の多いであろう本郷通りを避けたことは理解できる。

Img_6619_3  そこで寺を左に見ながら坂を下る。坂下の十字路をまっすぐ数メートル進めば、夜でも通行量の多い谷田川通りにぶつかる。ここも行けない。だからだろうか? 右に折れて10メートルほど進み、谷田川通りと斜めにぶつかる角のマンション脇の茂みに、犯人は死体を置き去りにした(写真参照)。
 近所に住む住民は当時の植木の様子について、「そういえば事件のときも今と変わりないわね。木もあまり大きくならなくて」と振り返る。写真に掲載したとおり、茂みと言っても容易に地面が見える。死体を隠すのに向いているとは思えない。事実、夜にもかかわらず遺棄から90分後に死体が発見されている。その時、死体には体温が残っていたという。

 死刑が嫌ならば、死体が発見されないようするしかない。そこまで余裕がなく、とにかく手元から見えなくしたかったならばアパートから数十メートル離れた旧古川庭園の奥に置く手もあったはずだ。アパートの荷物をまとめて逃走する時間ぐらいは稼げる。一応、石垣と柵はあるものの石垣は1メートルほど、柵も厳重ではなかった。3歳女子の平均的な体重13~15㎏を抱えていたとしても、入り込むことは難しくなかったろう。

 ところが犯人は死体を隠す努力さえせず、アパートから逃げることもせず、逮捕された。事件翌日の新聞は、近所に住む「幼児好き」を警察がリストアップしたとも報じていたから、自分への包囲網が狭まっていることは分かっていたに違いない。仕事も月10日ほどのアルバイトのみ。死刑を覚悟してまで続けたいものだったとは思えない。もちろん家族と同居していたわけでもない。
 結局、彼が事件隠蔽のためにした行動は、女の子を連れ出したパチンコ屋に出入りしないようにしたこと。犯行時に履いていたサンダルを使わないようにしていたこと。たったそれだけだった。

 犯人が死体を前に考えた「始末」とは、結局、自分のことだったのではあるまいか。欲望を止められない自分への始末を、座して待つことで手に入れたように思えてならない。
 重要参考人として警察に呼ばれたとき、彼はしばらく履いていなかったサンダルを身につけていたという。犯行現場に残された靴跡とサンダルが一致し、犯行の動かぬ証拠となった

 1999年9月死刑が執行され、彼は62歳の生涯を終えた。逮捕から20年がたっていた。

 事件現場周辺で2時間ほど声をかけまっくったが、彼を覚えている人など誰などいなかった。ただ死体発見現場の記憶だけを数人の老人が語った。それは29年の時間の重みというより、子どもの気しか引けなかった犯人の社会性を表しているような気がした。(大畑)

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2008年3月16日 (日)

冠婚葬祭ビジネスへの視線/第11回 和婚主義!(後編)

 前回、結婚情報誌「ゼクシィ」最新号にて、最近の結婚トレンドとして語られている「和婚」を確認した。  「和婚」って具体的に何なのか、そして本当に「流行っている」のか? もちろん聞いたことはあったが正体が漠然としているこの結婚スタイル。素朴な疑問を追おうとしたところ、結婚情報誌の種類の多いこと! 販売雑誌から無料誌、地方限定版とほいほい出てくる。関連サイトも星の数ほど。さすがに全てを閲覧するのは難しく、「和婚」という言葉の初出を求めるのは容易ではない。でも流れでみてみると、どうやら「和婚」という言葉が出始めたのは2004年前後。どうりで巫女バイトをしていたころ(2002年まで)は聞いたこともなかったはずだ。
 そして気になるスタイルの詳細はというと、必ずしも神前式とは限らないようだ。日本の伝統を重んじる、という意味での「和」で、大正天皇(当時は皇太子)の結婚式以降に普及した神前式はもとより、それ以前の一般的な挙式スタイルであった人前式も対象となっている。
 人前式。確か90年代から良く聞こえるようになったと把握しているが、私の記憶にある人前式は「伝統を重んじる」というよりも「キリストや神様ではなく親しい人々に愛を誓うあり方」としての挙式スタイルだ。一般にウェディングドレス型だったと記憶している。そのまま披露宴会場にもなる洋式施設で、新郎・新婦は洋装に身を包み、テーブルに置かれた誓約書にサインを交わす。立会人は書類にサインしたり、拍手したりとさまざまな方法で結婚の承認をする。しかし「和婚」の場合は、同じ挙式スタイルでも「宗教的なこだわりのなさ」ではなく「日本の伝統」を前面に出してアピールする。衣装が洋装から和装にひっくり返っただけでそうなってしまうのは面白い。確かに人前式の洋装を和装にし、テーブル席の会場を座敷に変えただけで、時代劇に良く出てくる武士の祝言の出来上がりだ。
 なるほど人前式をも対象としているとすると謎が解ける。最近お馴染みになってきた人前式は洋装のイメージだけど、和装でもできるよ、しかもそれって日本の伝統に即しているよ、という流れで持っていってるのか。とすると伝統への回帰というよりは古さを匂わせながらも全く新しい方法の提案と考えられる。挙式スタイルのアウフヘーベンは「和婚」によって成就されるとでも言うべきか。…自分で言っておきながら、「なんか違う」と思うが。

 さて本当に流行っているのか、という面に関しては、これまた「ゼクシィ」の調査資料がある。読者に対して行い、2007年10月にまとめられた資料によると、首都圏にて06年に行った挙式形式の一番人気はキリスト教式で68.7パーセント。人前式は14.2パーセント、神前式は14.9パーセント。一番新しい07年のデータは(ただし3月までの3か月間)キリスト教式69.8パーセント、人前式15.3パーセント、神前式12.4パーセント。ちなみに04年はどうか。キリスト教式74.2パーセント、人前式15.2パーセント、神前式8.2パーセント。地味に追い上げてきているといえるのかどうか。いずれにせよ、キリスト教式人気はまだまだ健在。
 ただ、この数値では「今」流行っているのかどうかが、実はわからない。実際に挙式として目立ち始めるのはブームが来ておよそ6か月後から。そう、式場予約から成婚まではじつに半年の歳月が流れるのである。さらに神前式で話題を呼んだ藤原紀香の結婚式が2006年12月。それに触発された花嫁たちの結婚式は2007年6月以降。結婚式場に直接取材しに行ってみようか。とりあえず今度結婚する3組の友人カップルがどんなふうに挙式するのか見てみよう。本当に身の回りが結婚ラッシュである。そんな年頃なのか。ちなみに誰も関心を持たないだろうが私自身はたぶん結婚をしない。第一に面倒だから。第二に苗字が変わるのが嫌だから。私の本名は左右対称でデザインとしてとても美しいのだ。(小松朗子)

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2008年3月15日 (土)

『吉原 泡の園』第59回/商品は女です

 働いているときは誰しも真剣だ。売り手と買い手が火花を散らす。仕事が成功しなければ生活できないし、欲しいものも買えない。だから仕事は苦しい。
 売り手側に立っていると、自分は嫌な客だけにはなるまいと思う。それは客の店舗スタッフのいやらしさに日々泣かされているからだ。金にも女にも……。

 改めて書くとヘビーだが、ソープランドの商品は女である。それを90分間お客様にレンタルする。レンタル時間内は何をやっても構わない。その代償として6万5000円を払う。おそらく日本人の9割以上が、この金額を聞いて「高いなー」と思うはずだ。
 だからこそお客も真剣に女性を選ぶ。同じだけの情熱を賭けて仕事にも真剣に挑めば大成功するだろうな、と思うほどに。
 ボーイはそんなお客のさまざまなニーズに答えていく。

 車を買うときに「燃費の良い車はどれですか」などとたずねることもあるだろう。車の性能をスタッフに聞くのは、ディーラーでは当然だ。同じことがソープでも起こる。
「新人のコはどのコですか」
 ボーイが受ける質問でかなり多いのがコレ。
 ただ問題なのが「新人」に2つの意味があること。当店での「新人」と「素人新人」である。聞き慣れない言葉かもしれないが、「素人新人」とは性風俗産業自体の「新人」さんを表す。そのため時にとんでもないクレームが舞い込むことも。
「黒い、ありゃ新人じゃあねぇ!」
 などといきり立ち、ボーイを怒鳴りつける客がいるのだ。
 素人新人を頼んだつもりで
「新人な」
 としか言わなかったため、ソープ勤めの長い「当店での新人」にあたってしまい、予想より女性のアソコが黒かったという「悲劇」!?である。ときには女のコに直接それを言い放つ、風俗遊びの道を外れた客までいる。
 もちろん女のコもそんなことを言われれば泣く。大泣きもする。ともすれば
「もう帰る」
などと言いかねない。そんな時、店長などが女のコを慰めまくるのである。

 また指名した女のコが「マグロ」だったなんてクレームも押し寄せる。
 「マグロ」とは男に攻められるだけでウンともスンとも言わない、ただ寝ているだけの女を指す。これは市場に並ぶ冷凍マグロと同じ状態だということから付けられた隠語らしい。

 あるときには
「おい、あの女全然感じねえでやがる」
とお客が怒鳴り込んできた。
「はあ、そうですか」
 ボーイとしてはそれくらいしか言えない。
「でな、『なんでお前は感じねえんだ』と聞いたら、『初めてのお客さんだと緊張して感じないんです。2度目だったら感じるかも』だとよっ!
 2度ってお前、1度目の具合で、また遊びに来るかどうか決めるってもんだろ、ふざけるな!!」
「すみません。女性も生ものですので」
 などとは言えるはずがない。丁重に謝るだけだ。レンタルした商品が「機能」しなかったということなのだから……。

 しかしボーイにとっての頭痛の種はお客様の怒りだけではない。こうしたトラブルにより、時間を余らせたままお客が途中であがってしまった場合の女の子の気持ちが問題となる。じつはこうしたケースで、女のコは精神的にかなり追いつめられてしまうものなのだ。
 女のコは性のプロであり、男性の溜まった精子を出してやることで高い報酬を得ている。もちろん、それなりの容姿を備え、知識も会得しているとも自負している。そんな彼女たちにとって途中でお客様が帰ってしまう事態は、プロ意識をズタズタにされてしまう。

 そして、さらに大きいのが女性としての価値まで、お客はもちろん店からも否定されたと感じてしまうことだ。まさに裸一貫、女のコたちの最後の生きるよすがこそ女性として価値である。それを破壊された女性の悲しみは深い。(イッセイ遊児)

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2008年3月14日 (金)

「なくそう!子どもポルノ」キャンペーンって、どうなの!?

 知人にフェティシズムなどの性的倒錯者から話を聞くのが好きな人がいる。彼女の話でもっとも印象に残っているのが、かみ砕かれた食べ物が入った口の中を見るのが好きな男性の話だった。食事をしながら話を聞くと、彼は恥ずかしそうに口を開けるよう彼女にお願いし、口の中をウットリと眺めていたという。

 かみ砕かれた食物などゴミにしか見えない私にとって、食事中の口の中などできれば見たくない代物だが、一部の人にとっては性的な興奮をもたらす。この人間の欲望の幅に、なんだか圧倒されてしまったのである。ただおそらく当人は大変だろう。快感を感じるポイントが大きく人と違えば、恋人に頼むこともなかなか難しい。意を決してお願いするか、同好の士で集まるか、妄想で我慢するぐらいしかない。

 じつは性癖が変わっているという点ではロリコンも口の中の食べ物を見る人も同じだ。ただ口の中を見せる写真の保持を禁止する運動は起きなくても、少女の映像となるとそうはいかない。3月11日に日本ユニセフなどの呼びかけで始まった「なくそう!子どもポルノ」キャンペーンでは児童ポルノの単純所持や、児童を性的に描いたアニメやマンガ、ゲームなども違法化を目指すという。

 たしかに児童ポルノの単純所持にかんしては法律で規制する意味があると思う。自分の意思に関係なく「商品化」される児童の保護になるから。しかしアニメやマンガ、ゲームの法制化に意味があるのだろうか? 性癖を変えるのが難しいという事情を考えれば、妄想の世界であるアニメやマンガなどが、実際の行動を抑制している可能性はないのだろうか?

 中学生未満への強姦被害者数は1962年で1236件だった。一方で2005年には209件にまで減っている。この数字を0~14歳までの1000人当たりの人口で割ると、62年が0.045、05年が0.011となる。つまり62年には1000人のうち0.045人が被害にあったことになり、05年には被害が4分の1に減ったことになる。ただしこれが強制猥褻となると、62年が0.44、05年が0.113という結果となる。

 ほれみたことか、幼児性愛を盛り込んだマンガやゲーム市場の拡大が、こうした性犯罪を招いているといわれそうだが、ロリコンマンガが創刊された81年から数年間の「ロリコンブーム期」は数字に大きな変動などみられない。強姦だったら0.045の62年の方が85年の0.013より多いし、強制猥褻でも65年の0.060の方が85年の0.057より高い。

 ただし気になる数字もあるにはある。強制猥褻罪の被害者が増加する2000年から2003年まではネット調べる限り、ロリータゲームが流行った時期とある程度は重なるらしいのだ。

 幸いなことに私は幼い女性にまったく興味がない。むしろ幼児期にイタズラされた人から話を聞いたこともあって、その手の話は拒絶反応が強い。だからといって、とりあえず規制しておけばいいとも思えないのだ。表現の自由といった問題よりも、そんな趣味を持ってしまった人が犯罪にはしらない程度に生きられる仕組みが必要だと感じるから。
 
 たまたま性癖がノーマルだっただけ。それはたんに幸運だったのかもしれない。そう考えると、幼さを演じる女性のAVまで規制しようとするキャンペーンなど、とても賛成する気にはならない。(大畑)
 

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2008年3月13日 (木)

へへへっ! 女の子に声かけまくったぞ~

 昨日、久しぶりに怪しい仕事をした。10代の女性にアンケート調査をお願いしたのである。正直、40前のオッサンが渋谷や原宿で女の子に声を掛けまくるのはかなり怪しい。しかも風体はファッション系の編集者と雲泥の差!?

 オイ、こんな昼間からエンコウか! と入れても文句の言えない状況なのである。しかしアンケート自体は、ことのほかうまくいった。声を掛けた女性すべてから回答を得たので、アッという間に集まってしまったのだ。

 ふふふっ、まだまだティーンから見ても怪しくないんだ~! としばらく鼻息を荒くしていたが、フッと過去の記憶が脳裏を巡り「それちゃうかも」と考え直した。

 じつはギャル系御用達の雑誌『egg』の創刊当時、友人のカメラマンから頼まれて何回か渋谷のギャルに声を掛けまくったことがある。撮影をお願いするためだ。今から10年ほど前だったと思う。当時の私は髪もあったし、それほど太ってもいなかったから、今ほど怪しくはなかったはずだ。それでも3~4割ぐらいは断れたような記憶がある。

 当時、取材にも慣れていたので、声をかける技術に大きな違いがあるとも思えない。すっかりオヤジに見えた方が下心がなくて安心ってわけでもなかろう。
 では、何が違うのか?
 おそらく対象の女性の感覚が変わったのではないか。自分たちを対象とした商品が作られることも、その商品をつくるときにアンケート調査が行われることにも、すっかり慣れきったんじゃなかろうか。だから余計な警戒心がない。

『egg』の撮影のとき、「ストリートの女の子が雑誌に載れば、掲載された娘は買うし、口コミでも広まるから部数は一気に伸びた」というような話を編集の誰かから聞いた記憶がある。そのときギャルの口コミの力をよくわかっていなかった私は、「へっ?????」てな感じのマヌケ面で話を聞いていた。

 それから10年余、アンケートの仕事はすっかり楽になったわけだが、逆に新たな不安がわいてきた。アンケートに慣れすぎた人のアンケートが信用できるのかという問題である。渋谷の女の子らしい選択をきどられたら、若い女の子を前にドキドキしているオヤジ編集者に見破る手段などない。

 というわけで信頼できる結果を得るためにはサンプル数を増やすしかない。というわけで、今日も街に行ってきます!(大畑)

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2008年3月12日 (水)

三浦和義元社長逮捕を深読み

週刊文春は「疑惑の銃弾 最終章」と打っていた。この「最終章」が始まったサイパンでの逮捕以降の動きは期せずして法務・検察当局が念願を果たすよすがにしようとしているのではないかと深読みするに十分な展開だった。

おそらくアメリカの判断は単純だったのだろう。一説には無罪確定後に三浦元社長はロサンゼルスにまで赴いたという。少なくともサイパンを数度訪れたのは報道によると確からしい。オレの国で逮捕状が出ている外国人がオレの国の施政権が及ぶ範囲をウロチョロするのはまかりならんという見せしめ。その点で三浦元社長は彼の国を少々甘くみた感は否めない。
一事不再理や事後法の禁止を持ち出しても多分アメリカには通じまい。事後法の禁止に至ってはアメリカは罪と罰を新設してA級戦犯を裁いた例がある。それに比べれば日本の無罪確定が一事不再理を原則としたカリフォルニア州法改正より前だったなどという理屈は小さい。合衆国憲法が一事不再理を国内に限っている以上、今回の場合は手続き法の変更に過ぎないと突っぱねられたらお仕舞いである。
また一事不再理も場合によって稀に踏み出す例もアメリカではある。微妙な例えにはなるがエメット・ティル君殺害事件は司法上の決着はとうに済み発生以来50年以上たつも再捜査の動きがあったりする。えん罪の再審をするのではなく真犯人の捜査をしようというのだ。

さて冒頭の法務省のたくらみについて。何しろ日本の法務・検察当局は「起訴=有罪」の恒等式を信じて疑わない。したがって銃撃事件での無罪判決は大変な屈辱だったはずだ。もちろん日本の判決を覆すような形での元社長逮捕も司法の屈辱と言えなくもないものの、法務・検察当局のDNAからすればありうべしと小さくガッツポーズしてもおかしくはない。
意外と扱われていない問題点として三浦元社長は未決拘置と殴打事件での服役を合わせて16年も「入って」いたという点だ。かねがね私が問題視しているところだが未決拘置は事実上収監と同じなのに、法務・検察当局は分けて考えている。16年といえば元社長が地裁判決で受けた無期懲役刑がもし確定していたとしても仮釈放されておかしくない年数だ。実刑判決後の囚人が深く反省しようが「オレは出たらすぐまたやるからな!」と叫ぶほどに無反省であろうが、罪刑法定主義の建前上、予防拘禁は許されない。まして未決拘置は争っているのだから事件に対して無反省である状況は大いにあってしかるべき。

ロス市警が持ち出した共謀罪も法務・検察当局が喜びそうな展開である。おそらく少なからぬ国民は元社長を銃撃事件でも「犯人じゃないか」と根拠もなく今でも疑っていよう。それが無罪確定となった。長期にわたる未決拘置のことなど大半の国民は忘れている。だから「日本にない法律でアメリカが正義を執行してくれた」と喜ぶ人もまた多く出る可能性が捨てきれない。
共謀罪は03年3月に国会へ新設法案を政府が提出して以来の法務省の宿願である。当初案は刑法と特別刑法で「4年以上の懲役・禁固に当たる」罰を定めた罪のすべてを対象に、「団体の活動として犯罪実行のための組織により」行われる場合の共謀を処罰。最高で懲役5年。刑法と特別刑法の大半が「4年以上の懲役・禁固に当たる」。実行行為がなくとも裁ける点や、06年6月に与党が民主党案を「丸のみ」する方針に転換するまで「団体」の定義をあいまいにしたことから市民団体や報道機関まで「団体」に含んで、そこでの言動だけで(実行行為がなくても)罪に問うのは思想・信条の自由や内心の自由を侵すと大ブーイングを呼びお蔵入りとなったいわく付きである。
今回の元社長逮捕に際して一部で共謀共同正犯と同じようとの論法もあってビックリする。元社長が実行犯でないのは明らかだから刑法60条を適用するには実行犯との謀議と、実行犯への強い影響力を証明しなければならない。それはできなかった。日本に共謀罪があればなあとの雰囲気が醸成されれば同法成立を願う勢力にとっては朗報になろう。

もう1つはロスに舞台を移せば開かれる陪審である。その前に起訴陪審が開かれる可能性もある。陪審で有罪の評決が出れば「日本にない制度でアメリカが正義を執行してくれた」とこれまた喜ぶ人が出るに違いない。そこで法務省はニッコリ微笑む。「ご安心ください。日本でもよく似た裁判員制度が09年から始まりますから」と。
陪審員と裁判員は似ているようで似ていない。でも図柄をよく知らない人々にとっては「似ている」と映るだろう。かくして問題山積の裁判員制度に追い風が吹く。100万回の広報よりも「疑惑の銃弾 最終章」の陪審評決の方が宣伝価値がある。逆の無罪評決だったとしても元々日本で無罪が確定しているわけだから今以上に法務・検察当局が泥をかぶるわけではない。奇貨置くべしとの思いがあるのではないか……というのはやっぱり深読みなのか(編集長)

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2008年3月11日 (火)

理性破壊、煩悩炸裂!乙女ゲームの巻

6rztm2sfront  無事にポケモンをクリアし、新しいゲームを始めた。ショップでゲームを購入しパッケージを破る瞬間は、本当にわくわくする。アドレナリン大放出大サービス中!てなぐらいに興奮するのだ。
 ただ、最近は興味のわいた(本能に従った)ゲームを躊躇なく買っていたが、思ったよりもおもしろくなかったり、途中で飽きてしまうこともあったので、レビューサイトを見て吟味して買うようにした。
 というわけで今回、配偶者の厳しいチェック、レビューサイトの評価、公式ホームページなどを参考にし、検討した結果購入したゲーム。
 『ときめきメモリアル Girl's Side 2nd Kiss』

 検討に検討を重ねた結果、購入したゲームがこれですか……という気もしないでもないが、やりたかったものは仕方がない。
 しかし、しかし、このゲーム、手に入れるまで苦労したんですよ。ヨドバシ行ってもソフマップ行ってもない。なのでさまよい歩き石丸電気ゲーム館まで行ってきた。
 無事購入したもののその時はまだポケモン中だったので……というよりは「また買ったの?」と怒られるのを防ぐため袋から出さずにいた。
 めでたく先週の土曜日にクリアし、念願のときメモのパッケージを開けたわけです。
 スーパーファミコン時代の「ときめきメモリアル 伝説の樹の下で」はプレイしており、私自身女なので女の子を落としてもつまらなかったわけです。が、2002年にプレステ2でガールズサイドが発売されたときは、おもわずときめいた。欲しい!と(結局買っていない)。
 今回購入するにいたって、どうして1stではなく2ndをにしたのかというと、単純に出てくるキャラ絵の好みが多かったから。

 そういうわけで早速、DSにセットして電源オン!
 画面は縦割り。タッチペンで操作。始まったら落としたい相手をロックオンして、落とすだけ!
 ひじょうに簡単。最終的に、意中の相手から告白されればいいのだが現実のようにはいかない。

 私が最初に攻略相手にしたのは、クラスの担任。あぁ、高校時代、こんな先生だったらよかったのになぁ……などと思いながら進めていくこと10時間。
 その間、イベントで耳元でささやかれる声と、シチュエーションのありえなさにニヤニヤ(午前4時くらい)しながら、アドレナリン大放出でつづけたにもかかわらず、最後は女の子に告白されておしまい。
 
思わず「先生~!!!!! 愛しのプリンス!!!! どうして私の愛を受け止めてくれなかったの!!!!」(その時点で午前6時半)という嘆きというか思いを時間も時間だったので脳の中心で叫んだ。これが私の一週目の結末。

とりあえず一週目をクリアして思ったこと。
 1、DSで主人公以外全員フルボイスのところがスゴイ。
 2、難易度が下がった。
 3、すれた私にもトキメキをもたらしてくれた。
 4、CG(スチル)が、DSの割に美麗。
 5、やっぱ、二次元最高!!

 次回も、この超煩悩系二次元原理主義ゲームにのめりこみ墜ちてゆく私の姿をレポートしたい。

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2008年3月10日 (月)

大道芸を見る!~上野公園~

 寒桜が咲く上野公園へいってきた。

 幸い自宅から上野は近く行きやすい。それに以前、何度か公園内で芸を披露しているところをみたことがあったので、そこならいるだろうということで行ってきた。 京成上野駅横の階段を上がると、陽気な音楽が聞こえてきた。「イジャイ」というグループが、歌と楽器演奏をしていた。その前で南米系の男性や日本人の若い女性、オジサンが輪になり踊っていた。
 それを見ている観客も意外とノッていて、日本人も意外と乗れるんだな……と感心。

Dsc05801 少し鑑賞した後、中央の広場へつながる道を歩いていくとまた人だかりが見えた。
 近寄ってみていくと、全身タイツに身を包み不思議な格好をした人がパフォーマンスをしていた。
 このパフォーマーは、ジュラルミンケースの上やパイプ椅子の上で逆立ちをするという大技を見せていた。お金を入れるボックスの横に、その人と同じ格好をした人形(きっとデッサン用の木の人形だと思う)がジュラルミンケースの上で片足をあげ、もう一方を膝から後ろに曲げている体勢の物が置いてあり、逆立ちをするたびに人形と同じ格好をするので、それが決めポーズなのだと把握した。
 残念ながら雑伎団と少林寺を見ているので、感動はできなかった。

 広場へ向かうと、また集まりができていた。近寄って見ていくと非常に大きな仕掛けがあり、その中央で金髪のお兄ちゃんが運動をしていた。
 一体なにをはじめるのだろうかと見ていると、「これから綱渡りをします」と言うではないか。そしてかけた音楽はなぜか、のど自慢で歌自慢の出場者が歌う頻度が多い『天城Dsc05803越え』(石川さゆり)。そこでどっと笑いが起きた。中には、「なんで天城越え!」という突っ込みをしている観客もいた。しかし、私の中では「綱渡りってサーカスじゃね?」という突っ込みをしたのは秘密。 普段は『天城越え』が聞こえた時点で、「寒ッ!」と言って見ずに去るが、大がかりな大道芸をあまり見たことがなかったので興味が沸き見ることにした。
 最初は普通の綱渡り、次がジャグリング(大きなナイフを使って)をしながら、最後がなんと後ろ向き。雑伎団のアクロバットや、少林寺の切れのある演舞は見たことはあるもののサーカスの演目は見たことがない。なので新鮮な感じがした。
 最後の演目は、ジャグリングをしながらリンゴの皮を剥くというものだった。これはなかなか面白かったので、実際に見てもらいたいから詳細は書かない事にする。
 演目終了後、あわただしく片付けをしている彼に話を聞いてみた。
 芸名はHIX。肩書きは浪速騒動屋。綱渡り、ジャグリング、火吹きを行っているそうだ。HIXさん大道芸人の道に入って10年になるそうで、最初は日本で勉強をしていたが、本格的な勉強をするためにアメリカへ渡ったそうだ。そこで修行をし、今のような芸を習得したそう。 関西で活動しているそうだが、関西と関東の違いを聞いてみると、「関東の、特に東京は登録制になっていて、承認してもらうのも難しいので、こちらの芸人さんたちのがうまいと思いますね」とのことだった。
 どうやら大道芸人は何百人もいるらしい。あんまり出会ったことがないが、そんなにいればどこかでまた巡り会えるはずだ。
 正直、大道芸やストリートミュージシャンといった人々があまり好きではなかった。どちらかといえば興味がない。しかし、大がかりなパフォーマンスや、大道芸人としてのプライドを見せられると、一生懸命やっている彼らに対して食わず嫌いをしていた自分が恥ずかしかった。
 これからは積極的に他の芸人たちの芸をみていくことにする。てなわけでまた次回。(奥津)

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2008年3月 9日 (日)

冠婚葬祭ビジネスへの視線/第10回 和婚主義!(前編)

 すっかり忘れていたが、この連載のタイトルは「冠婚葬祭」ビジネスへの視線、である。ということは、葬儀のことばかり扱っていてはいけないのだ。たまには「冠」「婚」「祭」のことも扱わなければ。しかし「冠」と「祭」でビジネスを語るというのもなかなか難しい。今回は「婚」で我慢してほしい。
 というわけで「婚」。昔、巫女バイトやドリンクサービスの手伝いは山ほどしたことがあるけれど今の事情はとんとわからない。基礎から攻めてみよう! ということで、買いましたよ「ゼクシイ」リクルート社より。これが発刊されてから結婚式の事情が変わってきたのだと100万回くらい聞かされたものです。「自分たちらしい結婚」を模索するようになったカップル(主に花嫁)が、結婚式場を、披露宴会場を飛び出し、チャペルへレストランへ海外へ家へ(ハウスウェディング…)乗り出した、と。
 噂の「ゼクシイ」はとある知り合いが毎号買っていたためけっこう馴染みがある。が、結婚情報誌って毎号買うものか? どんだけ結婚したいんだよ…と今更ながらしみじみ思う。30歳の誕生日に入籍した知り合いを思い出しながら、しみじみ思う。
 そして3300グラム。この数字を聞いて、雑誌の重さだと即答できる人はそうそういまい。「ゼクシイ」首都圏版4月号の重量である。確か専用布袋のついている号もあったはず、付録としてではなく書店用としてだが。しかし今回はついていないようで、めったにいただくことのない二重紙袋にそっと入れてもらった。500円の買い物なのに大仰なことだ。これを持ち歩いて新生児の重さを覚えろという一石二鳥のたくらみなのだろうか。…自分で書いておきながらまったく意味がわからない。手のひらに食い込む重さへの怒りで我を忘れてしまった。失敬。

 久々に読むなあ、と思いつつページをめくる。記事の中身はまったくかわり映えしない。「結婚準備最速スケジュール」、「結婚の思いがけない出費37」、「披露宴BGMベスト30」などなど。かわり映えしないでなぜ許されるのかというと、当然のことながら継続して購入する読者というのを念頭には置いていないからだ。先述の知り合いのように一部例外もいるが、基本的には学研における学年雑誌のような立ち位置である。そんなマンネリの中、流行が垣間見られるシーンがちらほら。神前式、もしくは和装の写真が多い。「和婚」という言葉は薄く聞いたことがあった。日本の伝統を大事にし、和装、もしくは神社で、または親族同士で和気藹々と結婚式をするスタイルのことだったと思う。しかし、和式での結婚スタイルは本当に今、ブームなのだろうか?

 私は1998年から2002年までの4年間、結婚式場の巫女バイトをしていた。あくまで祝祭日の場合だが、98年には1日8件あった神前式の施行は、02年には1日2件になってしまっていた。チャペル式に完全白旗を揚げたのである。それがわずか5、6年で再燃するとは思えない。最も色あせやすいであろうファッションのブームだって20年かそこらの周期である。はて、今まさにじわじわ火がついているところのか、はたまた大ブームなのか、雑誌が騒いでいるだけなのか。
 実際のところをできる限りこの目で確かめたい。ので、もう一週待ってくださいませ。(小松朗子)

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2008年3月 8日 (土)

『吉原 泡の園』第58回/店長、去る

 その日は表に立ったり、店の中の仕事に戻ったりを繰り返していた。そしてたまたま表に立っていたときだった。ふと見ると、会長がいつも通りの険しい表情で店に向かって歩いてくる。それは珍しいことだった。普段運転手つきの車で登場する人が、歩いて来たのだから。

「お疲れ様です」
あわててそういうと。
「おおーーーー」
と颯爽とR店の中に入っていった。
 うん、変だな。まあいつも変だけど、今日は特に機嫌が悪いな。
 そう思いながらもまた客引きに専念していた。
 その後しばらくして店長が奥さんと店に来た。2人が顔が強張っている。あの店長が自分の店に来て、どこかよそよそしい雰囲気を漂わせていた。あいさつしてもそっけない。まるで僕の存在にすら気づいていないようなのだ。
 2人が中に入っていくと、さらに姉妹店の社長連中まで続々とR店に集合してきた。
 マネジャーも顔面蒼白。

――ええ、何、なんなのよ!!――
 それからしばらくすると、今度はマネジャーまで奥の空いている部屋に呼ばれた。フロントが空いてしまったので、Eちゃんが座る。
 1時間くらいたっただろうか、マネジャーが戻ってきた。
「奥さん、ビビって泣いていて話にならんわ」

 マネジャーがようやく事の詳細を話してくれた。
 店長が店の金を横領していたというのだ。毎日の売上から1日1万、2万と、そっとフロントから抜き取り帳尻をあわせていたらしい。そのうえ風俗譲が我々ボーイのために店に渡す夏と冬ボーナスにも手をつけ、自分や家族のために使っていたそうだ。
 が、悪事はそんなにうまく貫き通せるはずもなく、経理担当のYさんにおかしいと感づかれ、とうとう会長登場。姉妹店の社長連中も話し合いに参加する事態となったのだ。
「ふーん。やりかねない人だな」
 今までのボーイいじめ、客にたいする無礼な態度の数々。普通じゃない態度は、こうした横領からくる後ろめたさも関係していたのだと、その時なんとなく感じた。

 ボーイの給料は毎月25日に支払われる。といっても義理風呂など差し引かれ数万円という微微たる物だが……。それも店長は気に入らないボーイを給料日数日前から猛烈にいじめて「飛ばす」。給料を支払いたくないからだ。
 もちろん店からボーイがいなくなれば、その分の給料は懐に入れていた。

 その夜、店長は客引きに回っていた僕の横を勢い良く飛び出して、逃げるように帰っていった。彼が何を言われたのかは知らない。だが、数時間にわたり話し合っていた。奥さんは恐怖に泣き伏し、最後まで話にならなかったそうだ。 スタッフ達の歯車がどこか完全にズレた瞬間だった。

 もう、店長は戻ってこないのだろうか、大変な事態になったと誰もが感じていた。
 それにR店はリニューアルオープンまでもう少し。店長がいなくてどうする。ああ、僕の給料は。
 不安だけが募っていく。どうしてもR店という店は空回りばかりする。店名変更も、ありうるかもな、と感じた。
 ただ、もうRという名前など、僕にはどうでも良くなっていた。(イッセイ遊児)

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2008年3月 7日 (金)

遺された人びとが見つける「宝石」

41chtpgebl_aa240_  一生うち家族や友人の死に直面しない人はほとんどいない。つまり「遺された人びと」のほとんどは、いつか身近な死を乗り越えていく。ただし簡単ではない。特に事故や自殺などの突然の死は遺族たちを深い絶望の淵に追いやってしまう。
 それでも「大切な人の死と向き合う」ことには、なにがしかの意味があると『遺された人びとの心の声を聴く』(中島由佳利 著 三一書房)は教えてくれた。

「人は悲しみのなかに、宝石を発見することがあるんですよ。心のなかガレキを磨いていくと出てくる、悲しみのなかにある人間のいとなみの肯定的な要因を見つけ出すことがあるんです」

 これは本書で紹介されている精神科医の平山正実・聖学院大学教授の言葉だ。
 本書で「宝石」の具体的な内容が明らかになっているわけではない。そもそも光りによって輝きの変わる「宝石」を簡単に例示することは難しい。ただ「遺された人びと」や彼らに寄り添い「グリーフケア」をする人への取材から、死と向き合うことで生まれるある種の希望を感じられるのは本書の魅力のひとつだ。

 夫を過労死でなくした女性に取材したとき、過労死の遺族の会がどれほど慰めになるかお聞きしたことがあった。スッと背筋を伸ばし、夫を死に追い込んだ社会の矛盾と闘っていた女性だっただけに、「やっぱり気持ちが通じるから落ち着くんですよ」との言葉にはハッさせられた。もっとも身近な人の死を抱えながら、それでも前を見て闘い続けることの大変さと残酷さを、その一言が物語っているように感じたからだ。

 幸いにして私は恋人や妻を亡くしたことも、友達を喪ったこともない。父は57歳と比較的若く亡くなったが、存分に楽しんだ人生だっただろうと感じるせいか喪失感はない。「遺された」者の喪失感を味わうのは、きっとこれからなのだろう。そのとき自分が「宝石」を見つけられるかどうかは分からない。ただ、そんな可能性があることに正直ほっとした。

 著者の中島さんには、小誌でも原稿をお願いしたことがある。国内のクルド人難民問題についてだった。活力に溢れた方だったが、丁寧な取材をする人という印象があった。その印象は本書を読んでも変わらなかった。

「わたしたちは、幸せな家族だった、ということなんです。じつはとても単純なことなんですけれど、家族が幸せだったということは、夫も幸せだったんじゃないかな、ということに気づいたんですよね……」

 夫を突然亡くした女性から、こうした言葉を引き出すのは楽ではない。取材用に用意した言葉ではなく、実感がフッと口からもれたような自然な言葉。それは取材というより、遺族を支える仕事で重要だとされる「心で寄り添う」記者の姿勢が生みだした言葉だと感じた。

 こうした取材者の手触りが残る本は大切にしたい。
 役立つ情報が羅列してあるわけでも、ハラハラドキドキするわけでもないが、心のどこかをそっとつかまれる。そんな作品を世に出し続けることも出版社の重要な役割だろう。(大畑)

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2008年3月 6日 (木)

ミクシィ、規約改定の不思議

 ミクシィの新規約改定問題は同社の株価下落、証券会社の投資判断の格付け引き下げにまで発展した。問題の発端は次の一文が新規約に加えられたことだった。

「ユーザーが日記などを投稿する場合、ユーザーはミクシィに対して、その情報を国内外で無償・非独占的に使用する(複製、上映、公衆送信、展示、頒布、翻訳、改変等を行う)権利を許諾するものとする」
「ユーザーはミクシィに対し、著作者人格権を行使しない」

 額面通り受け取れば、日記とか勝手に出版するかもしんないけど文句言うな、ってことになる。これにユーザがー反発するのは当然だろう。これまでにも同じような規約改正をしたブログ各社がユーザーからの猛反発を受け改正を断念したりしているし、つい先日も2ちゃんねるの投稿をまとめたコンテンツにアフリエイトを貼っていたと、某ブログに批判が集中「まつり」になっていた。

 ユーザーの批判に対してミクシィー側は、データの格納などでデータの形式などが変わってしまった場合に法律的な問題が起きないように改正した、と主張している。しかし、これはさすがにうさんくさい。「上映」や「複製」はては「翻訳」の権利まで無条件に奪う改定が、不測の事態に対応するためとはとても思えないからだ。それともミクシィのデータ移管は「翻訳」までしちゃうのか???

 さて、このような騒動はどうして性懲りもなく繰り返されるのだろうか?
 ミクシィの経営陣がインサイダー取引でもしていない限り、株価下落とユーザーからの批判を招く規約改正など百害あって一利なしだと感じる。すでに他社でも大きな問題になっているのだから。それでも改定に踏み切ったということは、コンテンツが金に換わる可能性があるだけに指をくわえて見ていられなかったということか。

 一方、ユーザーから見ると、たんに著作権の問題ではない。
 ネットは本来商品として流通していたものを無料、あるいは格安にしてきた歴史がある。フリーソフトとして膨大に出回っている各種ソフトや「職人」と呼ばれる人たちが作った画像なども、プロやセミプロが善意として提供したものだ。
 プロの歌手が余興で歌ったような感覚か。これを店主がライブが始まったと、外でチケットを売り出したら客も怒るわな、たしかに。つまりミクシィ・ユーザーの怒りの根源は、自分の著作権の不安というよりあまりに無粋な管理会社(ミクシィ)の態度だろう。

 さて、では今回の騒動を出版社の社員として考えるとどうなのか?
 一言で言えば、「ミクシィもムダな騒動を!」という感じか。
 昨年の文芸書籍の売上げランキングには携帯小説が大量に入った。これだけ見ると、ネットでのアクセス数の増大は出版の大ヒットは約束しているように思う。
 しかしアクセス数の多いブログの本が必ずしもヒットしないことは、すでに出版関係者に広く知られている。

・ネットと紙媒体でマッチする言語の違い
・画面を紙面で再現できない問題(カラー化すると印刷費用がバカ高に)
・ネットの人気作品が金を払っても読みたい内容かはけっこう微妙

 こうした不安定要素を考えると、何もないところから本を売り出すよりヒットする確率は高いものの、ギャンブル性はけっして低くないことがわかる。このリスクを背負うことなく本を出版するとなればプロデュース業だろうが、最近の出版不況を考えれば、よほど素晴らしいコンテンツでなければ仕事量に見合う利益は出まい。

「初版3000部で様子見ますか」なんてことになったら(普通にあると思いますが……)、単価の安いネット本でいくらのプロデュース料が入るのだろうか? 著者印税だって25万にもならないのに……。

 出版不況にもまれまくり、どうにかネットで反響を取りたい出版社がネットにすり寄るのはわかるけれど、ITの優良企業として9ヵ月で7億以上の利益を上げているミクシィがユーザーの反発を買ってまで、コンテンツの著作権を手に入れる必要なんてない。

 その意味で今回の改訂自体が不思議だ。それとも僕が儲ける方法に気づいていないだけで、ミクシィのコンテンツは大金に化けるのかな???(大畑)

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2008年3月 5日 (水)

「求めない」福田首相の居座り大作戦

組閣は居抜き。改造もしない。そして衆議院解散もしないまま09年の任期満了まで首相で居続けるつもりではなかろうか。

「首相さえその気になれば衆議院は解散できる」ということを証明してみせたのは小泉純一郎首相(当時)だった。憲法7条の解散は天皇が「内閣の助言と承認」に基づき行う。内閣の構成員は首相が決める。罷免権もあるので「解散に反対だ」と全閣僚が言い出したら全員クビにすればいい。
内閣の半数は国会議員でなければならないが首相はもとより国会議員なので、究極は1人オレ様内閣にして解散を「助言」すれば解散だ。理由などどうでもよろしい。解散したければ「解散したいから」以外の理由で、いやその理由でさえも、解散できる。

こんなことはわかっていたはずだ。でも実際にはできまいと思っていた。海部俊樹首相は「重大な決意」=解散を口にしながら党内の反対に押されてできなかった。羽田孜首相は多数野党からの内閣不信任案可決を見越して解散を打とうとして果たせなかった。羽田氏の場合は7条ではなく解散か総辞職かの二者択一を迫られる69条だったのにできなかったのだ。
日本人はまだまだ朱子学的だったのだ。事実として首相の解散権を制約するものはなくとも仁義なり信義なり礼といった「理」が備わっていなければならない、と。小泉郵政解散はそれを破った。小泉首相は衆議院可決、参議院否決の法案を国民に問うという手続き的にも理由も何の「理」もない解散を「命がけ」で行った。その瞬間に海部首相や羽田首相は「理」を守ったのではなく「命がけ」ではなかったかのようにくすんだ。逆にいうと小泉決断が光った。それで大勝した。

皮肉なことに後をおそった安倍晋三政権は参議院通常選挙で大敗して、郵政解散時には廃案かせいぜい継続審議だったはずの衆議院可決、参議院否決が頻繁に起こる可能性が高まった反面で、そうした対決法案がコイズミのもたらした衆議院与党議席のおかげで再可決できるようになった。すなわち今の衆参の議席では郵政解散さえ打つ必要はなくなったのである。
そこに登場した福田首相は小泉首相とは正反対の教訓を得ているのではないか。すなわち「首相さえその気にならなければ衆議院は解散できない」と。69条の内閣不信任案可決は今の衆議院の議席を考えれば起こりえない。与党内がいかに不満でも野党提出の不信任案へ乗るわけにはいくまい。乗っても10人や20人の造反では可決できない数である。
しかも郵政総選挙は与党に小選挙区数と同程度の議席を与えてしまったから現職全員が再選を目指すとなると余っている選挙区すらない。公認権を持つ執行部にどうして逆らえようか。
となると7条解散しか現実にはあり得ない。でも福田首相がしないとほおかむりした以上は絶対できない。参議院で問責決議が可決されようが、支持率がつるべ落としになろうが、経済がどん底になろうが「解散しない」と首相が決めたら起こらない。
公明党は来年の東京都議会議員選挙の後の任期満了総選挙は嫌だろうが、それでもやらなければ解散はない。首相にとって幸いなことに任期満了と総裁任期はほぼ同じである。したがって自民党内の理由で引きずり降ろされる心配もない。補選以外の国政選挙もない。

通常は首相になった以上は解散権を行使してみたいはずである。しかし現在の衆議院与党議席数を考え「維持以上」を勝利とすれば勝ち目はほとんどない。言い換えれば解散すれば必ず負ける。福田首相に何か国民へ信を問いたいテーマがあったとしても「与党減少」の結果しか出ないとわかっているゲームを、あのプライド高い福田氏がする理由がない。ついでにいえば国民へ信を問いたいテーマがあるとさえ思えない。
支持率急落は好材料でさえある。そうなればなるほど「福田首相で総選挙は戦えない」ムードとなるから解散は先延ばしなのだ。ものすごく勇気ある政治家が自民党内で「福田おろし」を成功させたとしても解散すれば議席が減る理屈は変わらない。そうこうするうちに日々はうつろに過ぎていく。

たった今、08年3月になったばかり。任期満了総選挙は09年秋。1年半も先の話だ。この間に日本の劣化(とくに経済)が回復不可能なまでに進んだとしたら国民は一時の熱狂で総選挙で1票を投じた罰を受けたことになる。その後に及んで後悔しても始まらない。「首相さえその気になれば衆議院は解散できる」と同じ以上に当たり前だったはずの「衆議院議員の任期は4年」の重みを痛感する。
ロミオとジュリエットの恋は一昼夜。1年半は長すぎる。福田首相は寝て暮らす覚悟だろう。しかし大半の国民は寝て暮らしているわけにはいかないか、寝ているうちに餓死するかだ。(編集長)

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2008年3月 4日 (火)

筋が伸びたときの病院選びは?

 昨日の朝、夫がうめき声を上げながら「ort」このようなポーズになっていて、あまりにもうめき声がうるさく、安眠を妨げられた私はいらつきながら尋ねた。

「どうしたの?」
「うぅ~。の、伸びをした……ら……グギギギ……って言って……」
「痛めたの?」
「う・・・うん」

 どうやら伸びをしたと同時に肩胛骨辺りの筋が伸びたかどうかしてしまたらしい。
 苦痛にあえぐ夫を横目にまた居眠りをはじめてしまったものの、音ながらもうめくので心配になり介護することにした。
 しかし、介護といっても頭をずらしたり、ストローで飲み物を飲ませたりと簡単なことしかしていない。
 それにしても成人男性を介護するというのは大変だ。あまり痛みを感じさせないように注意を払いながら起こすというのは、左手首の動かない私にとって困難だ。
 テレビで「楽な起こし方」を教える番組が放映されていたのを思い出した。その時も真剣に見てはいたもののもう少し注意深く見ておけばと後悔した。後悔先に立たず。今さらそんなことを考えても仕方がない。
 たまたま夫が痛めてくれたおかげで将来の介護について考えなくてはいけないと気づかせてくれた。
 介護をするにしても自分の身体が融通が利かないととても大変だ。自分自身の体を鍛えることからはじめることにする。
 ところで、筋が伸びたと思われる場合、どのような病院へ行けばいいのか知っている方がいたらぜひ教えてください。(奥津)

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2008年3月 3日 (月)

新世代DVD麻雀

~雀士・東芝の独り言~

 終わったな……。
 やっぱり松下が入ってるグループは負けねぇのかな。
 ビデオの時はベータに乗ったけど、土壇場でVHSに乗り換えたからまだ傷が浅かった。でも今回はオレがメーンのメーカーなんだからよな、負けちゃいけねぇのに……。
 ケチの付け始めは東二局のマイクロソフトだ。


【東二局 点数状況】
東 ワーナー       2万3500点
南 東芝         2万9300点……オレ
西 マイクロソフト    2万 700点
北 ソニー        2万6500点


 東一局で5800食らって沈んだオレに来た東二局の配牌は、ドラが2枚でかぶって、白が対子(トイツ)、発・中が1枚ずつ。悪くないよな。そうなりゃ、マイクロソフトにエレベーターのサインだよ。アイツはオレの「お引き」なんだから。
 ところが本来なら卓下を通すはずの白をアイツは卓上に出しやがった。
「xbox360は外付けですから」
 とか言いやがって。

 アイツはオレの「お引き」じゃなかったのか? 

「リスクの高いことはー」とか訳わからねぇ。ケトウを「お引き」にするんじゃなかったよ。つっても液晶の戦いでもめっちゃ怖かったって評判の任天堂さんが、一緒に闘ってくれるわけでもないしな……。
 せめてオレもゲーム機の「ワザ」持ってりゃな。
 ソニーなんて自分で積み込でたもん。プレイステーション3だっけ。大して出回りゃしない、失敗作だって聞いてたのによ。フタ開けりゃ、プレイステーション3の積み込みもバカにできない数字だったよな。

 だいたい情報量が50ギガバイトのブルーレイと、30ギガのHD-DVDってそんなに違いがあるのか。ようは山とは別にガメてる牌が5枚のソニーと3枚のオレってだけだろ。配牌を使って安い手を早く上がるのは、ソニーよりオレの方がうまいんだから。

 ただ最後の大勝負「年末商戦」ではソニーに負けたもんなー。
 南三局で親はオレ。トップのソニーとの差は2万4000点。絶望する点数じゃないよな。値下げして上がりのスピードで連チャンを重ねて、市場を席巻。勢いが出てきたらデカ手、それこそ八連チャンでも出れば一発逆転だよ。
 ほとんどノミキックだけど、5本場まではいってたんだんだよ。さあ、そろそろデカ手に変わってくる流れかなと思ったら、案の定、索子(ソーズ)が固まってきたわけだ。

 流れからいって、一気に染めだろ!

 そしたら上家 (カミチャ)のワーナーが絞りやがんの。オレになかせないように。いままでソニーにもオレにも、絞ったことなんてなかったんだぜ。しかも7巡目にはソニーが牌を倒して見せちゃった発の対子(トイツ)に、即なかせ。
 その後もチャンタバレバレのソニーに、なかせる、なかせる。

 アイツは中立だから卓に入れたんだぜ。ディズニーとか20世紀フォックスとかと違ってさ。それが南3局でオレに牌を供給しないときたもんだ。
 これじゃあ、勝てねぇよ。
 使えない「お引き」とオレだけに牌を絞る映画配給会社。

 結局、南3局は発チャンタ、ドラ2で満貫をソニーが上がって、オーラスもワーナーに軽く流されて終了。ボロボロだね。ソニーとはにぎってたから、軽く一財産吹っ飛んだってわけだ。
 
 もう終わったら「お引き」のマイクロソフトなんて、ソニーと楽しそうに話してんの。
「外付けのブルーレイもお願いしますよ」
 とか言ってな。
 クソだぜ。(大畑)

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2008年3月 2日 (日)

冠婚葬祭ビジネスへの視線/第9回 エコロジック棺桶

 エコロジックな棺桶、その名も「エコフィン」。従来の棺に比べ、環境にやさしいとされる。どのように優しいのか。
 関連サイト「エコフィン[ノア]http://www.ecoffin.jp/index.htmlによると、
■1トンの木材から54本の棺が製作できる
従来の合板製棺なら36本のところであるから、比較して150%の有効活用。

■燃焼時のエネルギー減
合板製棺の50%の燃料で燃焼させることが可能らしい。

■燃焼時に発生する有害物質を低減
接着剤に天然樹脂などを配合することで、燃焼時のNox 、SO2、COの排出量が1/3以下に。

■使用した森林資源分を植林
売上金の一部を植林活動に充てている。

 と、まさにエコロジーな逸品。肝心の見た目も普通の布棺とまったく変わらない、至って普通。
http://www.ecoffin.jp/catalog.html
 なるほど中身はダンボール的なつくりになっている。合板製と比べるとはるかに軽いのではないか。これなら一人でらくらく運べるだろう。見苦しさから一人で運ぶことはタブー視されているけれど。

 この棺桶を導入する側の気持ちになってみる。

 うーん、これって結構高いんだろうなあ。なんといっても日本製だしなあ(出回っている棺の大部分は中国製)。でもすぐに補充できるメリットはあるか……保存性はどうなっているんだろう? 何ヶ月か放っておいたら劣化してた、という可能性が無きにしも非ず。それに体液漏れしたときに、ダンボールだと外に染み出してしまうのではないか……

 もやもやと悩んだ末に、私が事業主だったらたぶん導入しないだろう、といえる。原因は耐久性の不安定さ。万が一のことって、あってからでは何の言い訳も立たないものです。
(小松朗子)

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2008年3月 1日 (土)

『吉原 泡の園』第57回/後輩はプロレスラー

 1日の仕事も終わり、寮に戻ると。同じ部屋のHちゃんは1日の鬱憤を僕だけには話した。
「店長もマネジャーもさ、偉いっていっても俺達のような駒がいるから店も回るんだよ。それなのにおかしいよ」
 僕は黙って聞いているだけ。
「普通喧嘩になるよ」
 穏やかな口調だが、Hちゃんの目はだんだんと真剣になってくる。当時の僕の体重は100キロに近かった。それでもこのHちゃんには、まったくかなわないだろう。それほどの体格だ。
「俺は昔プロレスラーやってたんだ」
 なに!?―と思った。
 どうりでデカイはずだ。ヤバイ。後輩といえども、もし怒らせたりでもしたら……。あらぬ心配が頭を巡る。

「昔ね、新宿で喧嘩になって、相手の顔面何度も蹴りつけてね、血の海にしたことあるよ。でね、警察きたぞーなんて声が聞こえてさ、必死で逃げ切ったんだー」
 無邪気な瞳で、笑顔のままそんなことを話し始める。僕は先輩ということもあり、喧嘩に関してはHちゃん以上。そういわんばかりの貫禄で聞いてあげるフリをした。
「ホー。やるね」
 なんて言ったりして。
 でも、「血の海」と聞いたとたん頭がクラクラ。目の前の怪物にたいして、「イヤーっ!」という気持ちで一杯になった。
 こいつをまじで怒らせた日には、マネジャーなど一発でぶっ飛ばされるな、と思ったもんだ。ただ、そこは「ヤクザ稼業」の威力である。Hちゃんもさんざんボロクソに言われながらも、必死に働いているのであった。

 ただ何事にも大らかなのに、僕はハラハラドキドキしていた。
 仕事終わりに焼き肉屋Tへスタッフ総出で出掛けたとき、女店長のKさんをしょっぱなから馴れ馴れしく呼び、マネジャーを嫉妬させたりする。
 一方で焼き肉Tに来ていたスナックやクラブの女を見ながら、
 「あの人綺麗だな」
 そう僕がなどと呟くと
 「じゃあ今度俺の奢りでスナックに連れて行ってやるよ」
 などと言ってくれる。じつに「面倒見の良い」後輩でもあった。
 後輩といっても相手は子供3人のバリバリの40代、こっちは20代後半のチェリーボーイに等しい弱弱しい男である。
 「あ、ありがとう」
とごまかしておいたが、その後も事あるごとに、
 「ねえイッセイちゃん、スナック行こうよ」
 と誘ってくれるのだった。
 ただ、僕はどうしてもこの男と2人で飲みに行く気にはなれないでいた。それは彼と比べて器量の小さな自分の正体がばれるのでは、というお粗末な悩みも含まれていた。

 Hちゃんが入って間もない頃、よく姉妹店の社長クラスがR店に集まり、何か大切な話しをしていた。マネジャーもいつもそれに加わっていたので、その当時行なわれていた店の改装工事に伴うリニューアルオープンの件かと思っていた。
 Rグループナンバー2のO社長も、その頃頻繁にR店に出入りしていた。以前、O社長のE店という店は0時以降の営業が警察に発覚し営業停止をくらった苦い過去があった。そのためO社長は神経質なほど周囲に気を張り巡る男だった。

 R店のスタッフには、食費の2000円が支払われていないこと、義理風呂代を給料から差し引かれていることなど、衝撃の事実をO社長が知ったのはこのころでもあった。
「なんだ、ここのS(店長)はそんなだらしないことやってたんか」
 マネジャーにそう話している声が聞こえる。僕は数mの距離に立ち、微動だにせずただ客が来るのを、あるいは何か用を言われるのを待っていた。
 O社長は白塗りのベンツに乗っている。1000万以上はする代物だ。靴もピカピカのブランド物で、ネクタイは絶対にしない。そのうえ義理風呂に行くときは絶対にコンドームをしないことを信条にしていた。
「病気?そんなもの気にしてたら風俗遊びは出来ないよ」
 と静かな口調だが、力のこもった物言いをする。

 ある地方の生れで、地方で結婚して子供もいるそうだが、家族を捨て、吉原で再出発したらしい。それが今では月収1000万。
 お間違いなく、年収にあらず、月収だ!
 そりゃ子供も捨てるかもな、と思わず考える自分が怖かった。それは冗談にしても、R店のあまりのひどさにO社長も辟易していた。
 「かわいそうにな、うちのボーイの義理風呂は大抵俺が金を出していたぞ。たまに半折りの時もあったが」
 Eのボーイはスーツも高級一流ブランドを着こなし、身につけている装飾品も輝きが違った。R店のボーイは、それと比べれば三流でしかなかったのだ。
 品格、女性のマナー、質、サービス。どれをとっても完敗だった。(イッセイ遊児)

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