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2008年3月 1日 (土)

『吉原 泡の園』第57回/後輩はプロレスラー

 1日の仕事も終わり、寮に戻ると。同じ部屋のHちゃんは1日の鬱憤を僕だけには話した。
「店長もマネジャーもさ、偉いっていっても俺達のような駒がいるから店も回るんだよ。それなのにおかしいよ」
 僕は黙って聞いているだけ。
「普通喧嘩になるよ」
 穏やかな口調だが、Hちゃんの目はだんだんと真剣になってくる。当時の僕の体重は100キロに近かった。それでもこのHちゃんには、まったくかなわないだろう。それほどの体格だ。
「俺は昔プロレスラーやってたんだ」
 なに!?―と思った。
 どうりでデカイはずだ。ヤバイ。後輩といえども、もし怒らせたりでもしたら……。あらぬ心配が頭を巡る。

「昔ね、新宿で喧嘩になって、相手の顔面何度も蹴りつけてね、血の海にしたことあるよ。でね、警察きたぞーなんて声が聞こえてさ、必死で逃げ切ったんだー」
 無邪気な瞳で、笑顔のままそんなことを話し始める。僕は先輩ということもあり、喧嘩に関してはHちゃん以上。そういわんばかりの貫禄で聞いてあげるフリをした。
「ホー。やるね」
 なんて言ったりして。
 でも、「血の海」と聞いたとたん頭がクラクラ。目の前の怪物にたいして、「イヤーっ!」という気持ちで一杯になった。
 こいつをまじで怒らせた日には、マネジャーなど一発でぶっ飛ばされるな、と思ったもんだ。ただ、そこは「ヤクザ稼業」の威力である。Hちゃんもさんざんボロクソに言われながらも、必死に働いているのであった。

 ただ何事にも大らかなのに、僕はハラハラドキドキしていた。
 仕事終わりに焼き肉屋Tへスタッフ総出で出掛けたとき、女店長のKさんをしょっぱなから馴れ馴れしく呼び、マネジャーを嫉妬させたりする。
 一方で焼き肉Tに来ていたスナックやクラブの女を見ながら、
 「あの人綺麗だな」
 そう僕がなどと呟くと
 「じゃあ今度俺の奢りでスナックに連れて行ってやるよ」
 などと言ってくれる。じつに「面倒見の良い」後輩でもあった。
 後輩といっても相手は子供3人のバリバリの40代、こっちは20代後半のチェリーボーイに等しい弱弱しい男である。
 「あ、ありがとう」
とごまかしておいたが、その後も事あるごとに、
 「ねえイッセイちゃん、スナック行こうよ」
 と誘ってくれるのだった。
 ただ、僕はどうしてもこの男と2人で飲みに行く気にはなれないでいた。それは彼と比べて器量の小さな自分の正体がばれるのでは、というお粗末な悩みも含まれていた。

 Hちゃんが入って間もない頃、よく姉妹店の社長クラスがR店に集まり、何か大切な話しをしていた。マネジャーもいつもそれに加わっていたので、その当時行なわれていた店の改装工事に伴うリニューアルオープンの件かと思っていた。
 Rグループナンバー2のO社長も、その頃頻繁にR店に出入りしていた。以前、O社長のE店という店は0時以降の営業が警察に発覚し営業停止をくらった苦い過去があった。そのためO社長は神経質なほど周囲に気を張り巡る男だった。

 R店のスタッフには、食費の2000円が支払われていないこと、義理風呂代を給料から差し引かれていることなど、衝撃の事実をO社長が知ったのはこのころでもあった。
「なんだ、ここのS(店長)はそんなだらしないことやってたんか」
 マネジャーにそう話している声が聞こえる。僕は数mの距離に立ち、微動だにせずただ客が来るのを、あるいは何か用を言われるのを待っていた。
 O社長は白塗りのベンツに乗っている。1000万以上はする代物だ。靴もピカピカのブランド物で、ネクタイは絶対にしない。そのうえ義理風呂に行くときは絶対にコンドームをしないことを信条にしていた。
「病気?そんなもの気にしてたら風俗遊びは出来ないよ」
 と静かな口調だが、力のこもった物言いをする。

 ある地方の生れで、地方で結婚して子供もいるそうだが、家族を捨て、吉原で再出発したらしい。それが今では月収1000万。
 お間違いなく、年収にあらず、月収だ!
 そりゃ子供も捨てるかもな、と思わず考える自分が怖かった。それは冗談にしても、R店のあまりのひどさにO社長も辟易していた。
 「かわいそうにな、うちのボーイの義理風呂は大抵俺が金を出していたぞ。たまに半折りの時もあったが」
 Eのボーイはスーツも高級一流ブランドを着こなし、身につけている装飾品も輝きが違った。R店のボーイは、それと比べれば三流でしかなかったのだ。
 品格、女性のマナー、質、サービス。どれをとっても完敗だった。(イッセイ遊児)

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