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2008年2月17日 (日)

冠婚葬祭ビジネスへの視線/第7回 大海原を行く火葬船

 世間は火葬場不足らしい。今もそうだし、高齢化の進む将来はもっとそうらしい。町に一つしかない火葬場の予定のなさに羨望のまなざしを向けながら片田舎の葬儀屋で働いていたからピンとこないのだが、都市部は大変深刻な状況のようなのだ。関係者から聞いたところによると、火葬場が空かず、遺体安置室で一週間冷蔵しておくことなどザラだとか。新築するにしても、近隣住民から当然のごとく反対の声が上がる。そもそも都市部に人が集まりすぎなのでは、どうせクルマ移動なのだから火葬だけ田舎でやることにして地方に金を落としていってくれればよいものを、などと考えるのは私だけだろうか。

 それはさておき、火葬場不足から出てきた「火葬船」構想。寺院コンサルタントを行っている日本テンプルヴァン株式会社の代表、井上文夫氏がかねてから提唱してきたプロジェクトが動き出している。1月27日付の日経ネットによると、国土交通省のOBらが実現に向けて検討を重ねているとのこと。カーフェリーを利用し、葬儀から火葬までを一気にこなせる施設を内蔵するという。
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20080128AT1G2601M27012008.html

 構想自体は面白いのだが、クリアしなければならない問題が多々ありそう。結構難航するのではあるまいか。陥りそうな状況を思いつくままにざっと挙げていくと、

■こんどは漁業団体の反対に遭う
「どこから、そしてどこまで出航するか」をまず決定しなければならない。フェリーは現行のものを再利用するとして、出航場所は新たに作るのか。出航しやすい場所とはもちろん今現在有効に使われている場所でもあるだろう。出航場所に反対団体、そして「じゃあこのへんで」と火葬を始める場所にも「ここじゃ俺たちが魚採ってんだ」と反対団体では、陸地につくるときの倍は疲れてしまう。かといって何の心配もない大海原に乗り出すというのも遺族心情としてはなんとなく不安だろう。さらに葬儀自体が簡素化される傾向にある現在、遠い海岸線まで連れて行かれさらに遠くまで船に揺られて火葬しに行くという選択を、果たしてどれだけの遺族がするであろう。

■フェリー代が高くて一部の人しか使えない
仮にも航海用の乗り物を一台貸しきるのだから、いくらか自治体が負担してくれるとしても陸地で斎場を使用するよりはかなり高額になってしまうことが考えられる。それとも通常の斎場のように一日六回転するとでもいうのだろうか。海の上で。他人の火葬がなされる中、船の上で一日中逃げも隠れもできない遺族の精神状態が心配だ。

■住職が船酔い体質だ
「私は火葬船はちょっと…」と言っただけで営業の幅が狭まってしまうというのは、檀家不足に悩む昨今の住職にとって致命的だ。

■遺族が船酔い体質だ
もちろん、女性は喪服など着ていられない。ただでさえ胴回りが苦しい帯にやられて一発アウトだろう。

■大シケで葬儀が出せない
「海が荒れているので葬儀は延期です」という奇妙な事態が発生する。そして結局、海が凪ぐまで遺体安置室に収容される。

■一族郎党がご遺体と化す危険性がある
海難事故が起こりうる。船が激しく揺れれば火葬炉の事故も起こりうる。火事と水難の二つの危険を抱えるわけで、葬儀を出して死に至るとはお悔やみの言葉も見当たらない。

「安全性などの問題をクリアして、3月までに結論を出す方針だ」(リンク先記事より)とのことだが、どうクリアするか注目どころである。
(小松朗子)

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火葬船構想に思うこと

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