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2008年2月 2日 (土)

『吉原 泡の園』 第53回/泡の底の底へ

 Tさんがいなくなった。

 店長に言った。少し気まずそうな顔をしていた。
「Tさん、飛んだけど、金持ってませんよあの人」
 僕がそういうと、店長はマイカーに乗り、まだそう遠くには行っていないであろうTさんを探しに行った。マネジャーもR店の送迎車で吉原近辺を探しに出かけた。しばらくして店長とマネジャーが帰ってきた。もう、姿を見つけることはできなかったらしい。
 金もなく、どこかに消えてしまったのだ。長野から、2度目の上京であったが、またもやいじめという人の冷たさで、仕事を諦め、どこかに消えた。
 意地の悪くなったTさんの記憶はあまりなく、どうしてもやさしいTさんの事ばかりを覚えていた。
 僕の自転車はどうでもいい。その自転車がTさんの幸せを掴むための足になってくれればいい。Tさんは数日前、僕にこう言った。
「マル、この業界でビッグになったら、俺を雇ってくれよな」
 Tさん、その願いはかないそうもないよ、僕は別に偉くなることを望んでいないからだよ。もうあうことのないTさんにそう言った。
「おいマル、喉渇いたか?ほら」
 弱弱しく、さみしそうなTさんの声が聞こえた気がした。

 バスツアーも無事終わり、またR店はいつもの暇な店に戻った。改装工事が進み、ボロボロだった店内も、徐々にだが綺麗になっていく。ボロボロのエアコンが新品になり、待合室の何十年も前の革製のソファーが捨てられ、新しい待合室には小さい1、2人掛けのソファーと、テーブルが一台づつ。まるで学校の教室のような並びにはなってしまったが、それでも大理石模様を施した床に、ブルーのソファー、テーブルの上には灰皿、タバコ、飴が並び、都会的センスにも磨きがかかり、高級店という名に相応しい店になりつつあった。
 店長も自分の店を目に掛け、改装までしてくれている会長にやる気も出てきて、まさにこれから一致団結して行こうという頃、それは発覚した。
 女のコは毎月店側にボーイにありがとうという感謝を込めてボーナスという形で店にお金を渡す。それが夏と冬には貯まり、ボーイ達にいつもありがとう、という感じで渡されるセレモニーが伝統としてあった。だが、僕がボーイになった始めのボーナス時期の夏、それはなかった。まあ、店も売上が出ないのであれば仕方がないし、そんなボーナスなどというものが存在することすら知らないでいた。なにしろ、約束の食費すらままならない状態だったのだ。
 この頃、頻繁に姉妹店の幹部がR店に出入りしていた。店長は夕方になると、他の姉妹店の社長と新宿の風俗店やら、キャバクラに出掛け、いわいるひき抜き行為をしていたのだった。もちろん、それは重大な違反行為として、この世界ではバックのヤクザが出てきて、落とし前うんぬんの事に発展しかねない。さて、幹部クラスがよくR店に来ていたのは、スカウトが目的ではなく、色々な問題が明るみになり、それで幹部クラスがR店に頻繁に来るようになった。
 ボーイに支払われる1日2000円の食費に関しても、とうとう姉妹店の社長であり、Rグループ№2のO社長の耳にも話しが入り、動き出した。
 マネジャーの所に来て、2人で話していた。もっとも大きな問題だったのは、義理風呂の問題だった。O社長の店では、義理風呂に行くボーイの金は、社長が払ってやる事がほとんどで、たまに少しだけ、本当に気持ちの1万くらい身銭を支払うという程度だったという。そこのボーイは、同じボーイでも給料は30万は固いという。月に20万は貯金できたよ、と後にそこのボーイだった人は語っていた。寮はタダ、食事代は毎日貰える。義理風呂は社長持ち、これならウハウハだろう。僕も、始めからそんな店に行ければ、人生分け目の弁護士地獄にならずに済んだのだ。
 事情を知ったO社長は、R店の店長に厳しく当たって来るようになった。店長が当てにならなくなった今、マネジャーが除々に力をつけ始め、終いには店長を掌握してもいいですか、などと幹部に時価談判するようになった。次代の幹部を視野に入れ始めたのだ。
 その頃、とうとう僕はある問題が限界に達しようとしていた。休みの日、僕は四谷に向かった。
 四谷三丁目駅を出て、目的の場所まで向かった。
 東京都弁護士組合の相談センターで、30分5000円程で弁護士と話しが出来るという所だった。予約して行き、F弁護士が僕の担当になった。(イッセイ遊児)

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