新風舎倒産で考える自費出版ビジネスへの疑問
自費出版大手の新風舎が民事再生法を申請した。「倒産」とは文字通りである破産以外にも民事再生法(旧和議法)や会社更生法の申請も含む概念なので、新風舎もそう呼んで差し支えあるまい。
同社は本を出したい出版界では無名の新人の作品を世に送り出してきた一方でネットを中心にその商法へ疑念が示されてきた。ここでは本を出すのにどれくらいのコストがかかるのかを示してみたい。
単行本で本文は文章のみ、カバーは4色(要するにカラー)、帯付き、見返しあり、上製と想定する。出版社にとって一番の固定外注費は印刷(紙代含む)と製本となる。一般の方は本のページ数(折数)が費用に大きな変動を与えると考えようが実際にはそれよりも本文に何色使うかの方がコストを揺るがす。もちろん96ページと256ページでは前者の方が安いに決まっているけれど劇的な価格の差にはならない。
仮に256ページで3000部としよう。するとおおむね印刷・製本代で100万円はかかる。印刷業者へ完全版下で入れて直しほとんどなしならばもう少し安く抑えられようが、初校・再校・校了の段階で朱をどんどん入れたらもっとかかる。
次に編集費。実際には編集部内で分業するのでいくらと明確には出しにくいが仮に2~3人で仕上げまで持っていったのを1人でこなしたとみなせば1冊当たりゆうに1人1カ月はかかろう。小社は自費出版ではないけれども主に無名の新人作者の作品を出している。すると作者との打ち合わせや書き直しの手間なども頻繁に行わなければ良い作品にはならないので2カ月ほど要する。これを金銭で換算すればだいたい30万円となる。
カバーと本文レイアウトは外注のデザイナーに出すとする。版下を写植業に出すとお金がかかるのでDTP(コンピュータでのレイアウト)で作り上げていこう。ここではデザイナーとの親疎で値段は変わってくるが20万円以下は考えにくい。同じく校正(校閲)も外注すると10万円以下はなかなか難しい。会社の規模が大きければデザイナーや校正者を社内に雇っていようも、一冊にかかる費用が劇的に下がるとは思えない。できるとすればセミプロクラスに委ねる方法があるけれど良い本を作るとの観点に立てばあり得ない選択だ。
さて、無名の作者による作品を最近の書店様は喜ばれない。原則として取ってくれない書店グループもある。したがって出来上がった本を単に取次(本の問屋さん)仕入れに持っていっても部数はそんなに取ってくれない。「そうは問屋が卸さない」そのもので出版前から大量在庫という恐るべき事態になる。それを防ぐために書店営業をかけたりファクスなどで新刊は無名作者でもこれだけすぐれているとアピールして出版前から注文を取っておく。これに15万円ほどかかる。
広告として新聞の下三段を八つに区切った「三八つ」に1回ぐらいは入れるとしよう。書店向けへの販売促進としてPOPを作って梱包に入れておく。この最低限のPRで40万円ぐらい。
ここに小社ならば作者への著作権使用料(印税)を乗せるが、聞き伝わるところによると自費出版の場合は印税は増刷以降というのが多いそうなので思い切ってゼロで算出する。
ここまででおおむね215万円。当然のことながらこれを回収できるだけの定価と部数を設定しないと赤字となる。先に3000部としたのは無名作者の場合、定価をあまり上げても売れる可能性が低いのでこれくらいは必要なのだ。
具体的に述べよう。3000部として最低限500部は取っておかないと注文がさばけなくなる。したがって流通するのは2500部。ただし1冊だけ棚差しされても売れる見込みは低いので3冊から5冊注文をいただける書店様へ流したい。これならば面出しや平積みにしてもらえる可能性が高くイコール売れるかも!なのだ。すると3冊として800書店、5冊ならば500書店ほどとなる。
それでもなお委託販売である書籍はデッドストックからは免れない。まず1000冊は覚悟しておいた方がいい。
こうした背景に基づき定価を設定してみよう。出版社在庫の500は注文で捌け、デッドストックも返品と注文でかなり相殺されて500冊程度という超楽観的視点から試算する。出版社の定価からの取り分はおおむね3分の2だからX円×2500冊(500はデッドストック)×3分の2=215万円でなければならない。すると約1300円(税抜き)となる。実際には上記以外でも流通段階でかかる費用や倉庫代、そもそも会社(出版社)の利益……までは行かねどもせめて維持費は生んでほしいのでこの値では赤字である。しかし無名作者で1500円は厳しい。出版物は再販売価格維持制度の下にあるため定価販売。したがってお客様が高いと感じる値段であれば情け容赦なく返品である。
以上の試算は①印税ゼロ②売上見込み超楽観③出版社の利益度外視という本来の出版事業ではあってはならない、単にコストを回収すればいいというボランティアに近い行為を前提とする。版元も作者も損も得もしないという立ち位置だ。それで200万円以上かかる。この視座から新風舎のビジネスを考える。
先に断っておくが私の情報はネットに頼っている。したがって「仮にそうであれば」の話に過ぎない点を斟酌いただければ幸いだ。
まず新風舎の「共同出版」の著者負担について。有田芳生氏の『酔醒漫録』によると「費用の半分を出さないかというわけである。それが200万円だと最初は提案するそうだ」とのこと。写真集や絵本ならばわからなくない金額だが、そうでなければ「半分」が「200万円」は大きすぎる。それより気になるのはネットの書き込みで部数が1000部未満の場合もある点だ。いくら「協力書店」が800店あって、そのまま誠実に届けられたとしても前述のように棚差し1冊が関の山でビジネスとして成立しない。少なくとも私の頭では思いつかない。
「協力書店」という概念もよくわからない。字義通り解釈すれば新風舎刊書籍を優遇してくれる書店であろう。そんな書店が新刊委託前の部数指定に「1冊」を付けるとは思えない。これまた前述のように最低3冊は下さるはずだ。すると部数は2400冊は行かないとおかしい計算になる。今や大手の版元でさえ初版3000部に抑えることもある出版不況のなかで講談社を超える出版点数を誇る新風舎の書籍にそうやすやすと書店様は棚を用意して下さるのであろうか。
確かに現在でも初版何百部で出している版元はある。だが取次にはわずかな部数しか依頼せず(刷り部数が少ないので当然だが)基本的には注文を見越し虎視眈々と増刷のタイミングをはかっているケースが大半だ。でもそれが新風舎の手法とも思えない。「思えない」連発となった。とにかく私が知る範囲の出版の常識で作品を売るというスタンスを前提にした場合に理解できない点が多い。ここらが批判を生むところなのであろう(編集長)
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