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2008年1月

2008年1月31日 (木)

ドリームボックス 第2回 プレッシャーとの戦い

これからいろいろと海外生活での出来事なども含め書いていきたいと思います。
今回は、2003年より渡欧して、現在はヨーロッパを中心に活動している私のピアニストとしての生活の一端をご紹介します。
実を言えば私が留学したのも、大学院で勉強したのも、起業したのも、人生がなんだか華やかになったのもすべてがピアニストになりたいという夢から派生したものであり、いわば副産物でした。しかし、この仕事は、ほんと生死をさまよいそうなぐらい大変です。

そんな訳で、私の人生をもし一言で言うとすれば!
「舞台でのプレッシャーとの戦い」

いまだ勝ったことがないような気がしますが……。

人前で演奏するプレッシャー。
この苦しみのお陰でピアノを、ある時には人間さえもやめたくなります。
Photo
でも、一応自分は舞台上でかなり華やかというか華やいだ雰囲気のピアニストだと思うのですが、なんでこんな「嘘っぱちみたいな姿」でいられるのか自分でも不思議です。

朝から昼にかけて会場に向かう時には、もしうまく行かなかったらどの方法で自決しようか真剣に考えてしまう。「このまま親より先に死んでしまっていいのだろうか……そんなことをしたら……」といつも思いつめながら会場につきます。

そして、どうせ演奏会が終われば死ぬ(かもしれない)わけだし、まぁ思いのまま玉砕してしまえばいいのだと半ば、あきらめた状態で舞台に上がり、満面の笑顔でお辞儀して、丁寧に座り、瞑想状態にはいったかのごとく弾き始めるわけです。

そしてだいたい演奏が終わると、もう最高!って感じになって。
なんであたし自殺なんて考えてたんだろう。ばっかじゃない???
みたいな気分になって、「打ち上げはどこに行こうか?」なんてことをドレスを脱ぎながら急いで考えて、友人達と主催者と飲みに行くわけです。

危ないときは、アンコールを弾いている時点で精神的な高揚もあいまって「今夜何を飲もうか」と脳裏にお酒の絵が浮かんじゃったりします。実は、お酒大好きなのです!

そんなこんなをもう何十回も繰り返して今に至っています。また明日コンサートがあるのですが、明日は、これまで感じた鬱々とした苦しみやプレッシャーなどBADエナジーすべてから解放された自分になりたいと考えています。なんだかそんなふうになるような気がしているんです。

だいたい自分が描けないような自身の姿へ実際に到達することができるわけがありません。

かつては自分のうまく行く姿さえ想像できない時期が20年以上と本当に長くあったのですが、そういうときは、現実に舞台でボロボロの無様な姿にぶちのめされます。(何に一体そこまでぶちのめされてたのだか謎ですが)

そこまで惨めな姿をさらしながらもまだ立ち向かう勇気を持つことが本当に難しかった。一つ一つのコンサートで「今日が終わりだ」とこれまで思ってきたのは、そういうボロボロになったあとに自分がまた立ち上がれるか想像しにくかったからだと思います。「終わり」とは、精神的な破綻をきたすと言うことです。いっそこれで人生を締めくくり新しい日々を歩んでいくしかないと思えればそれは幸いなことだったかもしれません。そう思うことができなかったから思いつめるしかなかった。しかし、そのつど立ち上がって前を向いて歩き始めました。自分の弱さに負けたくないという強い信念を支えとして。だからまた明日の舞台というチャンスを神様が与えてくれたのですね。きっと。

今日リハーサルで弾いていて思ったのですが、感じ方を変えるというのは難しい。

考え方はある程度変えられますが感じ方はほぼ不可能のように思います。
不快なものは不快だし、心地の良いものは心地がいい。
しかし何かをきっかけとして、考え方を根本的に変えることによって、「心地
良い」との概念自体を変えることは可能かもしれません。

これまで、自分の求める結果に基づき、効果的な結果をもたらすような
状態に自分の概念を変えるという作業にずいぶん時間を費やしてきたので、考え方が変わって、私の舞台に対する感じ方も変わったのかもしれません。何がどう変わったのか今のところ具体的にはわからないけれど、今はそれを明日確かめるのが楽しみだという気持ちでいます。

ところで今日は、リハーサル中に小さなアクシデントが。突然、コンタクトのごみを取ろうと思って出したら床に落としてしまったのです。みんなが土足で歩いた床だから汚いと思ってもうあきらめました。こんなことが本番前に起きてしまったら……とゾッとしました

ありがたいことに家はすぐ側。ホールに事情を説明して帰宅しました。どちらもクラクフの旧市街の一角にあるので歩いて5分ほどです。その他の名だたるホールもほとんどが徒歩10分以内なので本当に便利です。私は東京に住んでいるときからとにかく都心派で、いかに移動時間を短くするかに結構燃えています。そうすることで時間に余裕が生まれ生活にもゆとりが広がるからです。
だから、タクシーを使うこともしょっちゅうです。ちなみに今朝の10時30分からのレッスンは、寝坊と言う、しょうもない理由でギリギリになってしまい、10分遅刻するのは嫌だったので(もっとも歩いて10分の距離ですが)、家の側に止まっていたタクシーで行きました。すると、3分の遅刻ですみました。落ち込みそうになったので、お!7分も時間短縮Brendaちゃんすごいよ!と自分を励ましました。遅刻は本当に悪いことなので何をしてでも、5分以上は遅れないように心がけています。

私は、自分の時間管理にかなりこだわっています。東京やロンドン、ローマのような大きな街は、移動に時間をとられるのが本当にもったいない。それに比べてパリやクラクフは、小さくて移動しやすく便利です。短い距離だからこそタクシーも惜しみなく乗れますしね。ちなみに今日のタクシー代は、350円でした。これでもなんだかぼられていたように思えますが、本当に急いでいたのでBrendaお得意のタクシー運転手との喧嘩もできずじまいでその場を去りました。なお私のこれまでのぼったくりタクシー運転手達との死闘は、今後何かの機会にでも書かせていただくともりです。

東京やロンドンでは、ぼられる心配はあまりないですが、大きな街なので距離が遠くて、いつもタクシーに乗るのにとりあえずお財布の中身を確認してしまいます。

話がなんだか脱線しましたが、移動時間の短縮は、時間の余裕を生み、心の余裕を生むということをお伝えしたかったまでです。

それでは、今日はこの辺で。

次回は、コンサートのご報告も含めて書きたいと思います。

みなさんお元気で☆

●写真説明
美術館の中にあるコンサートホール。ここで黙々と一人リハーサルした

福冨ブレンダさんのブログが始まりました。

http://ameblo.jp/brenda0/

日本と世界の事情を痛快に、そして日常とピアノのことを情熱的に書いてくれています!

是非ご覧あれ。

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2008年1月30日 (水)

ハッカビーの「スイート・ホーム・アラバマ」はすごいぞ

サウスカロライナで大統領になろうとする白人が「スイート・ホーム・アラバマ」を演奏する……などということが、いくら共和党候補でもあっていいのだろうか。

「サウスカロライナでは私が勝利するつもりだ。私は南部の知事としてうまく州を治めた経験がある」。州西部のクレムソン大学の体育館でハッカビー氏が訴えると会場を埋め尽くした学生らから大きな拍手がわいた。演説前には、得意のベースを抱えサザン・ロックの名曲「スイート・ホーム・アラバマ」を演奏し、ムードを盛り上げた」(毎日新聞電子版 08年1月18日 10時50分)

驚くではないですか。本当に演奏してしまったのだ。

レーナード・スキナードの「スイート・ホーム・アラバマ」を純粋に楽曲として聞けば名曲なのは間違いない。でもそれが政治家が奏でるとなるとメッセージの意味合いが変質してくる。

まずあの歌詞。著作権の絡みがあるので紹介できないのが残念である。確かにあれならハッカビー候補が頼みとしているエヴァンゲリオンには好感されるだろうし票にもつながるでしょう。
……なんて下手なだじゃれでした。さすがのアメリカでもエヴァンゲリオンは1票も持っていない。エヴァンジェリカルです。何をしても黒人票は民主党のオバマ候補へ最終的に流れる。だったらいっそというわけで戦略上わからなくない。歌詞だけならばね。

問題はレーナード・スキナードのスタイルにもある。ステージの背景いっぱいに張り出す巨大な南軍旗。これもまたポップカルチャーの範囲内では一種のギミックとして楽しめる。でも政治家が、しかもアメリカ大統領になろうとする者がレーナード・スキナードといえば誰でも連想する南軍旗のイメージ(スイート・ホーム・アラバマとは不可分といっていい)を票ほしさに利用するのは一線を越えている気がする。

そして「南軍旗といえばサウスカロライナ」のサウスカロライナでよりにもよって「ムードを盛り上げた」となるとビックリを通り越して「すごい」の領域にさえ思えてくる。州の議事堂にひらひらと翻っていた南軍旗に抗議する大規模デモが起きて屋上から取り去ったのは2000年のこと。つい最近だ。
確かに「南軍旗=奴隷解放反対=南部の保守的白人」という連想はステレオタイプだ。「あんた(日本人)もオレたち(南部白人)もヤンキーと戦った同士だぜ」などというユーモアの範囲で収まっていればいい。でも再三にわたって恐縮だが、そのステレオタイプをむしろかき立てる方向を大統領候補が取るとなるとやっぱり話は違うと思うのだけれどいかがなのか。

どうせオレは泡沫。だからやりたいようにやっても構うまいという開き直りがハッカビー候補にあるのかもしれない。でも敗北したとはいえ勝利したマケイン候補と小差の2位となるとハッカビー候補自身が影響力の大きさを認識してくるのではないか。というかしなければならない時期が来ている。
ニューヨーク・タイムズは民主党でヒラリー・クリントン候補、共和党はマケイン候補の支持を明らかにした。ヒラリー支持はお約束としてもマケイン支持の方は意外。マケイン候補もたぶん驚いていよう。いきなりリベラルに支持するといわれても、これではかえってほめ殺しだとね。ジュリアーニだろう普通と当のマケイン候補さえ、多分ジュリアーニ候補自身も信じていたろうから。

優勝候補といわれながら低い高さで試技をパスし続けている間に泡沫がビックリするような跳躍を続けている棒高跳び競技のような展開。優勝候補たる私が飛ぶ高さはスーパーチューズディからと高みの見物を決め込んでいたジュリアーニ候補。そしてそうでもあろうと自覚していただろうハッカビー候補は横綱が出てくるまでせいぜい暴れてやろうぐらいのつもりだった。ところがそれゆえの妙なテンションのジャンプ姿が意外と観客に受け始める。ただし棒高跳びならば優勝候補が自力で他が飛べない高さをクリアすればいいが、選挙は候補者の実力だけでなく観客(有権者)の声援も記録に加味されてくる。
となると「すごいぞハッカビー」を演出したのはジュリアーニ候補の両手ぶらり戦法失敗のなせる技か。ニューヨーク・タイムズだって性質から考えればジュリアーニ支持で行きたかったに決まっているけど緒戦の逃げを回復できないと判断し、万が一にもハッカビー共和党候補になって変なブームが巻き起こったら大変だと不安になってのマケイン支持なのかも。ほめ殺しするならばいっそハッカビー支持が最適だが、リベラルな高級紙にはさすがにできない選択だ。

大統領予備選は民主党の「女性か黒人か」で当初から盛り上がり、共和党はジュリアーニ候補以外ドングリの背比べで「いかにジュリアーニがリベラル色を消すか」が最大の争点と事前ではつまらない選挙とみられていたけど「過激な牧師か穏健な軍人か」というなかなかユニークな構図が生じてきた。やけくそでも何でもいいから敗色濃厚ならばムチャクチャやってみるものだと「すごいぞハッカビー」は教える。面白くもおかしくもない日本の民主党も見習ったらどうでしょう。ジュリアーニを、じゃないですよ。ハッカビーを、です。念のため(編集長)

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2008年1月29日 (火)

年賀オリジナルカラーのDS

Ds 年賀状のお年玉商品がスゴイ!
 ここ数年は海外にいたため年賀状とは縁がなかったので知らなかった。
 日本に行いたころ……といっても学生時代は年賀状を交換していたので、お年玉年賀の当選発表を楽しみにしていたが、当たっても年賀切手くらい。
 一等、二等に縁がなかったので、あんまり気にしたことがなかったがとても豪華!
 さすが日本郵政グループ!民営化しても商品が豪華。スゴイネー!
 さて、この中で私の琴線に触れまくり、脳天かち割られるくらいの衝撃!
 なんと「年賀オリジナル賞」が、「年賀オリジナルカラーのニンテンドーDSLite」があるではないか。
 「欲しい!!!!!欲しい!!!!」
 DSは持っている。もう1台は必要じゃないが、このカラーは店頭にない。だから欲しい。
 今年は一枚しか出していない。友だちがいないから1枚しか出していない。だが、我が家には「赤い彗星のシャア」が描かれた年賀ハガキがあまっている。

 「赤い彗星」と「赤いDS Lite」。
 共通点があるのだから当たらないはずがない!当たってくれ。25万分の1の確率らしいが、きっと当たるはずだ!
 ……なんというか、この流れ、ファミ通の応募者サービスを思い出す。
 ゲームボーイポケットの当時はなかったスケルトンタイプを、ファミ通オリジナルと銘打ち応募者サービスで売っていた。ゲーム好きとしては、この企画は見逃せない!ってことで、2号分の応募券を貼って送って手に入れた。
 だが、その1年後くらいに、全く同じスケルトンゲームボーイポケットが店頭で普通に売られていた。
 悔しい。悔しい。シクシク。

 そんな経緯から、この「年賀オリジナルDS Lite」も来年あたり新色として売り出されるのではないかと予想。
 任天堂のことだ。やりかねない。

 その任天堂だが、Wiiが500万台突破したそうだ。我が家のWiiは稼働していない。次は、「バイオハザード5 Wii Edition」(出るかはわからない)がでるまでお休みだな。(奥津)

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2008年1月28日 (月)

福田首相とボノ

ダボス会議の一環として、アフリカ支援に関する「円卓会議」が行われた。
円卓ときくとアーサー大王の円卓の騎士を思い出すが、その会議ではアフリカにおける貧困やエイズ問題に関する意見交換会が行われた。
たまたま番組の合間にやっていたニュースを見ていたらその模様が映り、ふと見るとそこには福田首相と、見覚えのある人物がいた。

「ボノだ!」

思わず叫んでしまった。ボノといっても、ハッスルでの曙の愛称ではない。
イギリスのロックバンドU2のボーカルだ。
ボノは、ホワイトバンドやエイズキャンペーンなど、慈善活動を積極的に行っている。
別にボノが円卓会議に出ていようが構わないが、福田首相とボノを見比べて、やはりボノのオーラがすさまじかった。なんだかんだいって大スター。
日本の首相なんて足元にも及ばない。

だが、これが小泉元首相とボノだったら? 

間違いなく違和感がなかっただろう。こう考えると、小泉元首相はかっこよかった。自民党をぶちこわし暴れに暴れたその姿は、彼の好きなXジャパンのライブ後のYOSHIKIのようだ。彼はライブ後必ずドラムを壊す。小泉=ロック。存在自体がロック。

そう考えると、日本の首相はもう少しおしゃれになったほうがいい。首脳会議の写真を見ると、他国の首相、大統領との差が歴然としている。プーチンなんて変なオーラが出ているし。
もう顔はどうにもならないからスタイリストをつけて、首相になったら大幅にイメージチェンジを断行することを法律にでも加えてもらいたい。それかオーラを出せ。あの亀井議員も大幅にイメージチェンジをはかって、かなりさわやかになったのだし。

それにしてもボノはいつの間に、慈善活動家になったのだろうか。これからもがんばってもらいたい。(奥津)

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2008年1月27日 (日)

冠婚葬祭ビジネスへの視線 第4回/公益社に見る葬祭業の複合性(前編)

 燦(さん)ホールディングスという企業体をご存知だろうか。「聞いたことないなあ」という方も、きっと「公益社」ならなんとなく知っているだろう。燦ホールディングスは、大手葬祭会社「公益社」を母体として生まれた持株会社で、グループには葬祭関連の企業がずらりと並ぶ。母体となって今は子会社の公益社を含めて9社。ざっと紹介すると、

関西自動車株式会社…霊柩車や送迎バスのレンタル
株式会社デフィ…生花・料理販売、イベント装飾
エクセル・スタッフ・サービス株式会社…清掃や警備などサービス関連の人材派遣
株式会社東京公益社…セレモニースタッフ派遣

その他、「公益社」とは別名になるが地方支社と思われる葬祭会社、公益社のみに向けてサービス提供する下請け的な役割を持つ物流会社、同じく下請け的な仏具・墓石の販売会社がある。
上に具体的に上げた4つは、葬祭のフィールドを飛び出して事業展開をしているだろうと思われる会社だ。
 送迎バスはなにも葬儀だけに使うものではない。法要、イベント、観光ツアーなど用途は様々だし、花屋だって料理屋だって葬儀の場に縛られなくて当然だ。もちろん墓石屋も、ひろく石材業者として展開するのであれば同様だろう。
 葬祭業は、様々な業種への展開が可能な複合企業体なのである。
 では、一番期待が持てそうな副産物的産業は何か。

 鎌倉新書が発行している月刊「仏事」平成20年新年号の記事によると、燦ホールディングス株式会社の小西幸治代表取締役社長は、これからの事業展開について以下のように話している。

「…伝承された技術やノウハウと関連のない分野には進出しないというのが当社の基本方針であり、現在の事業の延長分野にしか進出しない考えである。…(中略)…介護ビジネスや教育ビジネスなど、いろいろと考えられるが、そういった新しいポケットを早めに見つけていきたい。」(「仏事」2008年1月号、p.30)

 なるほど「葬儀」という人の悲しみをケアサポートする事業から「介護」「教育」とつながったのかもしれない。確かに「トータルライフサポート」を企業理念に掲げる同社としては、こういった発想になるのだろう。しかし、葬儀の現場というのはむしろ福祉や教育からは遠い。日常的に接点がない。理念からはつながるが延長分野かと言われると話が違う。
 では確実に延長線上にあり、これから伸びそうな分野はなんだろうか。
 それは誰がなんと言ってもイベント分野だろう。
 上で紹介したように、燦ホールディングスはイベント関連業もやっているようだが、この分野が一番面白く展開できるのではないか。
 どうしてそう考えるかは、書き出すと長くなってしまうようなのでまた来週。(小松朗子)

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2008年1月26日 (土)

『吉原 泡の園』 第52回/また仲間がトんだ

 いつまで続くんだ、僕のこんな人生は。やめたくても、どうしてもやめられない。金もないし、将来の仕事もない。設計もない。今はとにかくここで時を待つしかなかった。だが、もう借金も返せなく、滞納する回数も増えてきていた。
 Tさんも懸命にこんな世界に自分を合わせようと必死だった。その必死さが、Tさんをいつしか変えていた。それもずるいほうに変わっていた。出会った頃のTさんは、いつも僕にやさしく、笑顔で、ドリンクを作ってくれ、
「ホラ」
 などと言ってくれたのだ。マネジャーのいじめ、店長のいじめ、義理風呂での借金滞納、恐ろしく長時間で大変過ぎる仕事。後輩の僕が存在感を出し始めたこと。
 TさんにはTさんのストレスがあったのだろう。店長にいじめられたことを、僕に吐き出すようになった。義理風呂から帰ってくる際、少し歩いていたりすると。
「走れ」
 人が変わったような言い方をし、店長、マネジャーに叱責される何かがあると、
「えーと、それはマルがですね…」
 そう言ってすべて僕のせいにされるのだった。僕はTさんが本当は良い人だと分かっていたので、何も言うことはなかった。Tさんの笑顔も、純粋な笑顔が、何か企みのある笑顔に変わっていった。
 ただ、店長はそんなTさんの全てを知り、僕になすりつける事もなにもかも知っていたのだ。僕は家財道具と一緒に折りたたみ自転車も持ってきていた。ある日、Tさんが僕に言った。
「なあマル、今度休みもらったんだけどさ、吉原周辺を散策してみたいんだ、自転車貸してくれないかな」 
 長野出身の彼にしてみれば、東京見物も楽しみなんだろうな、そう思い僕は自転車の鍵を渡した。そんなある日、忙しい日々の中、R店の月の反省会を焼き肉屋で行うことになった。荒○区町○にある行き付けの焼き肉屋で、仕事が終わるとタクシー2台をひろい、町○の焼き肉屋まで行く。店長はマイカーのため、先にいってしまうのである。焼き肉屋では生ビールを飲み、骨付きカルビやハラミなど大量に頼み、無礼講とまでは行かずとも、それなりに楽しく飲んでいた。
 その頃Tさんは被害妄想的頭脳回路になっていた。マネジャーがこれ見よがしにTさんに冷たく当たるのだ。そのため、行動にもそれが顕著に現れ、グラスを倒し、飲み物をこぼしたり、焼き肉を落としたりとする。するとまた冷たくあしらわれるのだ。
 人間、1度被害妄想に陥ると、あるいは1度信用をなくすと、中々明るく信念のある行動、言動は出来なくなる。Tさんが僕であってもおかしくない。たまたまそれがTさんだっただけだ。
 マネジャーに冷たくされたTさんに、追い討ちをかけるように店長が言う。
「おいT、おまえマルに負けているぞ」
 Tさんは、はじめ僕をかわいがってくれた。だが、一生懸命ただ無心に仕事をする僕は、いつしか店長にかわいがられていて、Tさんがいじめられていたのだった。店長がマルに負けているぞ、そういったのが相当こたえたのだろう。体から発せられる生気が消えた。同時に、懸命に働いた。ただ無心ではあったが、働いた僕がTさんを追い詰めていたのではないか、と思えた。
 僕はTさんに勝とうが負けようが、それがTさんでも誰でも、どうでも良かった。勝った所で何があるというのだ。そう思った。馬鹿馬鹿しい。
 何だかつまらない雰囲気のまま、反省会は終わった。反省会で反省し過ぎのTさんが心配だった。帰りのタクシーの中での彼の存在感がまるでないのだ。
 その日は、そのまま寮で寝た。
 次の日は天気が良かった。寮のカーテンから朝の日差しが差し込み、20代の僕は二日酔いと言うものも知らずに、元気良く店に向かった。
 心配していたTさんも、時間には店に来たので安心した。11時30分。マネジャーも出勤してきて朝のミーティング。どこかTさんは元気がない。
 それぞれの仕事に分かれ、作業をすると、Tさんが僕のところに来た。
「マル、マネジャーには言うなよ」
「?」
「俺、飛ぶわ」
「えー?」
 またいつもの冗談を始めた。
「飛んで飛んで飛んで、回って回って」
 そんな歌詞を歌って見せるのだ。
「マネジャー」
 僕もわざと言いつけるフリをしてみせる。冗談を言っているといつまでたっても作業が終わらない。僕はまたTさんから離れて、仕事の続きを始めた。
「おいT、喫茶店まわりいってこい」
 マネジャーがその日の女のコの出勤表を配りに行けとTさんに言った。
 晴れた日は自転車で配るのが気持ち良いのだ。Tさんはその出勤表を取ると、僕を見た。そしてそのまま表に行った。
2時間くらいが経過しただろうか、
「やられた」
 とハッとした。もう2時間も帰ってこない。急いでR店の自転車があるか確認に行った。するとR店の自転車があり、僕の折りたたみ自転車がないではないか。
 Tさんだった。数日前、鍵をかしていた。それで鍵を開け、僕の自転車を乗って行ったのだ。まだそう遠くには行っていないはずだ。(イッセイ遊児)

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『吉原 泡の園』書籍化について

いつもお読みいただきありがとうございます。担当編集の宮崎が今週はアップを怠っているようです。電話もつながりません。
そこで……というのも何ですが、最近では『泡の園』のアクセス数がグングン伸び始めているので「いっそ出版か」という気もあります。「ぜひ買いたい」「やめておけ」「○○に帯を書かせろ」「装丁は……」などの意見を待っています。よろしくお寄せ下さい。

なお「吉原 泡」でグーグル検索したらトップ場面に出てきました。1位は「泡姫」さんの記事。やっぱり姫には勝てないか。いい勝負してるのか(編集長)

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2008年1月25日 (金)

ハチクロはオヤジにヤバイッス

 ぎゃー、どうしていつもギリギリになってしまうのだろう。あと、7分で旅行にでなければならないが、ここでブログの原稿を書いてないことを思い出した。
 いきなり考えても頭真っ白。まったく書くことが思いつかないので、反省を込めて、ここ数日なぜ原稿が書けなかったのかを振り返ってみる。通常の仕事がバタバタしていたのもあったが、まず書く気になれなくて酪農関係の資料を読み過ぎたのがイカンでした、はい。
 しかも気分転換に付けたテレビで『ハチミツとクローバー』の再放送がやっていたのもヤバかった。全員が片思いの青春アニメの傑作は、30代後半、冴えないライターの心を鷲づかみッス。ラストに竹本がはぐみちゃんから、4つ葉クローバー&ハチミツのはさまったサンドイッチをもらうシーンで、朝方4時に不覚にも号泣。
 なんて素敵な青春なんだ。こんな心をオイラは忘れちまった~! と編集部で独り騒いでいたわけだが、よく考えたらただの現実逃避だった。大学生時代から小ズルかった私に、そんな青春時代があったわけでもないし……。
 以前、この漫画が好きではないと語る20代の女性と話したときに、あまりの青春ぶりにこの漫画を読むと恥ずかしくなると言われた。なるほど! 青春のただ中に居る人にとって、この漫画そのように映るのだなとオジサン遠い目をしてしまったものだ。
 もう青春がすっかり過去のものとなり、それなりに美化もし終わった者にとって、青春らしい青春が描かれた物語ほど甘美なものはない。まったく恥ずかしげもなく涙しちまったりするわけであった。ふむ。
 これに現実逃避がくっついたら鬼に金棒。もう原稿なんてそっちのけで、のめり込むのも分かるというものであった。
 というわけでヒドイ原稿ですみません。記録本誌は頑張ったので、よければ買ってください。では、さようなら。(大畑)

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2008年1月24日 (木)

ドリームボックス 第1回 ポーランドより自己紹介

アストラのブログをいつもごらんのみなさまこんにちは!
福冨ブレンダです。

今回から数回にわたってドリームボックスと題して私の楽しすぎる日常についていろいろと書いていきたいと思います。

自分の人生についてふと考えてみて浮かんできた言葉がこの「ドリームボックス」。私はいつも自分が自分自身の夢の中を歩いているようなそんな感覚があります。それは、実際に自分の夢が実現していく人生を送っているから。しかし、この世の中のいったい何パーセントの人が自分の夢を実現し自分にしか歩めない道を歩んでいると実感しつつ生きることができるのでしょうか?
私自身もこれまでに自分が思い描いた人生を歩めずに足踏みするしかなかった苦しい時期も経験しています。ただ私がその中で一つ強く信じている言葉があるのです。

「人生は楽しいときをどう過ごしたのかではなく苦しいときをどう過ごしたかでその後の人生が大きく変わる」

だから今もしあなたが苦しい時期を経験しているのであればそれは、逆境ではなく、人生に変革を起こすことができるか試されている時間だということを覚えておいて下さい。苦しい時期をどうにか淡々と乗り切ることも一つの手ではありますが、そこでどんな小さなことでもいいのでぜひアクションを起こしてみましょう。なんでもいいから。それがあなたの人生の方向を大きく変える小さな一歩になるはず。

私の歩んでいる道は、貴方の夢とは少し違うかもしれません、現在の日本の価値観から評価してすばらしいものと言えるかどうかもわかりません。ただ一つ言えることは、私が心に思い描きめざしてきたことの小さなことから大きなことの一つ一つを日々の中で着実に実現させているだけです。だから、日常に起こるほんの小さな出会いや困難に直面して悩むことなど一つ一つの瞬間が私にとっては夢をかなえるための一歩一歩なのです。そして、私は、自分の人生にとても満足しています。

私は、ピアノを学ぶためにポーランドに留学して、知り合いもいない新しい土地にぽつんと一人降り立ち、過酷なサバイバルライフを送ってきました。現在はポーランドでの生活が5年目に入ります。留学する直前には、東京で外資系IT企業の総合職として働き、社蓄のごとく過酷な労働に従事させられていたのです。

過酷、過酷と書きましたが、そう人生は実際には過酷なのです。苦しいときを乗り越えようと必死になっているのだけど、よく考えてみると苦しくなかったときなんてなかったんじゃないかなと思うわけです。じゃあ今は、苦しいときなのかな?と考えるとなにが何だか訳がわからなくなってきます。

それでは、今日はこのへんで。
まだまだ謎の福冨ブレンダですが、次回から私の楽しい日々についてもっと書いていきたいと思います。(福冨ブレンダ)

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2008年1月23日 (水)

鯨はうまいから食わせろ

と日本は正直に言えばいいのに。日本人全員にアンケートを取り、全体で1年間でどれくらい食べたいかを推定してIWCなりに申請してみればいい。いまさら鯨油やコルセットの材料にしたい人はいないはずだ。
3年ほど前に久しぶりにナガスクジラが入ったとお店から連絡があって飛んでいってハリハリ鍋を食べた。おいしかったけれど「これが伝説のナガスクジラか」とミンククジラに比べてずば抜けているとまでは思わなかった。でもうまい。年に3回ぐらいはハリハリ鍋は食べたいものだ。
ところがお店によると私程度の頻度の客ばかりでは赤字らしい。市況も低迷している。どことはいわぬがまずい鯨料理を出す店も少なくない。そして出される鯨肉の出元は和田漁港のツチクジラなどIWC管轄外を考えないとすると調査捕鯨の結果である場合が多い。すると鯨を食べるのに何のためらいのない私ですら首をかしげてしまうのだ。
お店はお金を出して鯨肉を仕入れている。それを私はお金を出して食べている。これを商業といわずして何なのだ。調査の名の下に取ったとしても、それがいかにもったいないとしても、売買したら立派な商売である。IWCのモラトリアムを留保した上で公式に商業捕鯨を再開したノルウェーと比べて二重基準のそしりはまぬがれまい。
実は売買して食べちゃっているのに調査捕鯨というところに止まるといくつかの点で疑念を生じる恐れがある。

①調査の結果として鯨の過剰な保護が水産資源を脅かしているという主張への疑問。とか何とかいって結局は商売に転用しているじゃないかという反論は結構重い。食物連鎖の頂点にある動物を保護することが下位へ影響を及ぼすという可能性は局地的には確かにあり得る。でも鯨の源流は第三紀には、つまり人類登場のずっと前から確認されており、人類登場以前には保護も乱獲もヘチマもなかったわけで、にもかかわらず海に鯨だけあふれかえるとの事態は生じていない
②近海および沖合ではなく遠く離れた南極海にまで「調査」しにくる日本の態度。そこが公海上だといえばいえる。ただ捕鯨国のうち遠洋の航海で何はともあれ捕鯨しているのは日本くらいだ。公海上というのも感情としてどうか。中国の調査船(注:鯨は関係ない)が日本近海に現れた時に「公海上」と称していたが多くの日本人は危機感なり不快感を抱いた。おいらの国の近くへ何しに来たんだとの感情は自然である。
だってIWCは近海の捕鯨さえ認めないではないかという反論もあろうが、南極海の捕鯨中止とバーターとした提案を日本は蹴飛ばしてもいる。何となくサスピシャスな国だとの印象を持たれる一因であろう
③水産庁や調査捕鯨を行う日本鯨類研究所の態度への疑い。鯨が大量に座礁したり迷い込んだ場合、かつては海からの贈り物と喜んで平らげたものである。ところが水産庁は食用への利用を「安全性確保が前提条件」と自治体へ見解を示している。大半の鯨は少なくとも座礁・漂着した時点では原因不明なわけだから「安全性確保」を「前提条件」にされたら食べられない。なぜならば原因不明だから。原因が明らかになった頃には腐敗等が進んで結局「安全性確保」はできない。日本鯨類研究所もこうした「ストランディング」を「研究のための情報収集が欠かせません」と暗に食うなと助言する。
鯨を食べない国民からすれば妙な光景であろう。座礁・漂着鯨をよってたかって食べてしまえば「野蛮人」と批判はするだろうが日本人が食べたがっているというのは明白となる。ところがそれは許さない。なのに元気に海中で泳ぎ回っている鯨には狙いを定めて獲りにくるとなると単なる野蛮人ではなくて「特殊な野蛮人」と映るであろう

要するに日本の調査捕鯨はノルウェーの捕鯨と比べても不気味なのである。この北欧の国だって十分にグリーンピースやシーシェパードの標的にされてきた過去がある。ただ同国は食用とする意思と量を明らかとし、近海を中心に漁をしている。対して日本の行動は首尾一貫していない。少なくともいくつかの思惑を混在させていてわかりにくい。外務官僚から「もう捕鯨なんて止めちゃった方が楽だよ」と私はこぼされた経験がある。水産庁および日本鯨類研究所には自らの保身のため唱えているフシもある。そのなかに真剣に「調査」しているまじめな研究者もいるからややこしい。
日本だけを標的とした反捕鯨国および環境保護団体の反発を人種差別とする日本人もいる。背後にそれが全くないといったらウソだろう。しかし上記の理由で「日本だけ」が批判される他の理由も存在するのでイコール人種差別とまでは言いがたい。
冒頭述べたように私は鯨が食べたいから捕鯨には賛成である。ところが捕鯨反対の標的にされて怒る日本人には実は鯨食を愛してもいないしなかには食べたこともない人さえいる。
IWCには捕鯨の文化をそもそも持たない国が多数加盟していてやみくもに反対しているとの非難がある。確かに一理ある。でも日本にも鯨食の愛好家でも何でもないのにヤリ玉に挙げられるや「捕鯨は日本の文化だ」と叫ぶ人達がたくさんいるからどっちもどっちだ。

なお日本鯨類研究所は流通・供給段階から需要の推計をしてはいる。しかしさまざまな留保が付いているため大層わかりにくい。サンプル調査でもいいからまず「食べたことがある」「ない」を聞き、「ない」は需要もないと推定する(年齢をいくつ以上にするかは議論の余地あり)。「ある」のうち「今後も食べたい」「なければ食べなくてもいい」「食べない」ぐらいにわけて「食べたい」人だけに年間何回、どれぐらいかを聞けばいい。たぶんすごく少ないはずだ。多かったら多かったで有益な調査と思うのだがいかがだろうか。もし類似の調査があったら教えて下さい(編集長)

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2008年1月22日 (火)

リメイクよりもライトニング様を。

 ようやくファイナルファンタジー(FF)の詳細が公表された。しかし、発売日は未定。女性と男性が主人公の同タイトル2ソフトが発売されることはわかっていたが、舞台や同シリーズの目玉でもある召還獣も一部紹介された。
 デモムービーは1年以上前から見てきた。女主人公(ライトニング。会社のパソコンの壁紙にした)が剣を振り回し敵をぶった切るという非常に美しいグラフィック。そして格段に人間離れ、サイボーグ化が激しくなった主人公の顔。
 7以降、次世代機の特性を活かしてムービーに力を入れてきたファイナルファンタジーシリーズだが、ここへ来て、FF7がPS3でリメイクされるかもしれないというニュースがあった。
 このところのスクエアエニックスは何度も書いている通りリメイクが多い。多すぎる。20周年企画で、完全携帯機移植計画という名の量産(ゲームボーイアドバンスで最近出たばかりなのに、もうDSで発売されている)が続いている。
 ゲームボーイアドバンス自体がDSの登場により終了しているのに、どうして最初からDSで出さないのか。FF3はDSだったのだからそのまま出してもよかったのに。
 それに内容などほとんど覚えていないFF7の続編のようなものや、タクティクスという名の外伝も出ている。出すのはかまわないが、FF12(現時点でのシリーズ最新作)が、返金要求をしたくなるほどの駄作だったので、移植計画ではなく完全新作良質ゲーム製作計画にしてもらわないとファンのひとりとしては納得がいかない。
 12に関しては続編の「レバナントウイング」への布石だったのか? そうだとしたら据え置き型ハードで序章を出すなんて太っ腹だと褒めてあげたいがそうでもないし。
 ドラクエといい、FFといい、ハードユーザーよりライトユーザーのファンに買ってもらいたいのだろうか。 それとも旧作を知らない今の子どもや、最近ゲームにはまりだしたにわか女子ユーザーなどにも楽しんでもらいたいのだろうか。
 もしくはハードがあまり売れていいない据え置きハードで新作を出さず、携帯ゲーム機でばんばん出してその利益を新作ソフト用の資金に回そうとしているのだろうか。製作費かかるしね。
 どんな理由でもいいから早く出してくれ。とりあえず売ってくれ。買うから。そしてここにレビュー書くから。 最後に。ドラクエ4と5は既にPSでリメイク済みなのだから、未だリメイクされていない6を早く出して欲しい。あと、名作“クロノトリガー”も。
 何度も同じものを出さないでほしいが、結局、買ってプレイしてしまう私は大変なマゾ。スクエニの奴隷だ。悔しいけど、それが真実なのよね。(奥津)

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2008年1月21日 (月)

新風舎破産

08年1月20日01時43分 『読売新聞』電子版http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080120-OYT1T00514.htmによると新風舎で「既に出版された本についても、約600万冊(著者約1万5000人)が流通経路に乗らずに在庫のままになって」いて会社側は「売れる見通しが全くなくなったので、定価の4割で著者に買い取りを要請している」と明かしたという。

これらの大半が同社の得意としてきた自費出版物としたらとんでもない話だ。自社で費用を負担してさえ流通経路に乗せないのは詐欺的行為であるのに著者に出させておいて在庫とし、あまつさえ金を出した著者に買い取りを要請するとは。流通経路とは普通は取次経由である。「既に出版された」ということは取次仕入での部数決定がなされた後の話となる。それが「1人あたりに換算すると約400冊」(同記事)在庫とはいかなる事態か。「流通経路に乗らずに在庫」ならば返品ではない。返品は流通した後の事態である。

確かに刷り部数によっては注文対応のため400冊くらいを流通させず在庫で持っておくのは普通である。ただ何百部かしか刷らないでの400冊となれば問題だ。かねがね売れ行きに大きな懸念がある無名作家の大量の少部数作品を取次様が右から左へ版元のいうまま受けるはずがないと思っていただけに今後の続報が注目される。取次経由でなかったとしたらどんな流通を用意していたのかもぜひ知りたい

同記事によると損害賠償請求訴訟を起こしている原告の1人は「著作権だけは返してほしい」と訴えている。新風舎は金を出している著者の著作権までもらっていたのか。これも常識では考えにくい。出版社が持つのは通常は著作権ではなく著作権使用権(出版権)。出版したいとの夢を逆手に取ったビジネスであったとしたら許されない。出版社はみなそんなものと思われては大ダメージだ(編集長)

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2008年1月20日 (日)

冠婚葬祭ビジネスへの視線 第3回/葬儀費用はどこまで控除の対象となるか

 先週、葬儀の費用について少々触れたので、ビジネス路線からはちょっと外れるが今回は葬儀費用と税金についてチラッと紹介したい。もうすぐ確定申告の季節になるし。もちろん専門家ではないので参考程度にしていただきたい。
 確定申告では医療費控除、寡婦控除、障害者控除など福祉の目線に立って様々なものが控除の対象となっているが、では葬儀費用は控除対象になるのかというと残念ながらならない。でもくじけてはいけない。確定申告では無視されるが、企業の介入しない個人葬であれば相続財産に関する手続きの際に控除対象となるからだ。相続税申告の対象者となりそうな方々のために、せっかくなのでよりサイフに負担とならない葬儀の方法を資料を絡めて考えてみたい。

 国税庁の発行する相続税基本通達第13条には以下のようにある。

13-4 法第13条第1項の規定により葬式費用として控除する金額は、次に掲げる金額の範囲内のものとする。(昭57直資2-177改正)
(1)葬式若しくは葬送に際し、又はこれらの前において、埋葬、火葬、納骨又は遺がい若しくは遺骨の回送その他に要した費用(仮葬式と本葬式とを行うものにあっては、その両者の費用)
(2)葬式に際し、施与した金品で、被相続人の職業、財産その他の事情に照らして相当程度と認められるものに要した費用
(3)(1)又は(2)に掲げるもののほか、葬式の前後に生じた出費で通常葬式に伴うものと認められるもの
(4)死体の捜索又は死体若しくは遺骨の運搬に要した費用

→通夜から葬儀まで一連の儀式をするにあたり伴った費用は、妥当な金額なら控除の対象となる。お布施もまた然り。導師を前にして「領収書ください」とは言いにくいかもしれないが。

(葬式費用でないもの)
13-5 次に掲げるような費用は、葬式費用として取り扱わないものとする。(昭和57直資2-177改正)
(1)香典返戻費用
(2)墓碑及び墓地の買入費並びに墓地の借入料
(3)法会に要する費用
(4)医学上又は裁判上の特別の処置に要した費用

→香典返しの費用は対象外。これは香典そのものが財産や所得として非課税であることにつながる。墓や四九日法要といった、一連の儀式から外れた出費も対象外。そのかわりといっては変だが墓所は非課税だ。

 とかく遺された者が負担するイメージのある葬式だが負担は労力のみにとどめておきたい。そのためには精進落としの際に追加で買ったビールの領収書までもかき集めておくのだ。もちろん領収書は相続人の名前で貰っておく。ただでさえバカ高いイメージのある相続税、引けるものは引いておこう。
 上の条項を踏まえると、葬儀をするにあたって一番痛いのは香典返戻費用ということになる。しかし香典返しというのは半返しが基本である。持ち出しはないものとすれば、人をたくさん呼べば呼んだ分だけ負担が軽くなるのだ。これは税金うんぬんを抜きにしても言えることである。最近は人を招ぶ気苦労を味わいたくない、無駄な出費を少なくしたいという思考から家族葬がブームだが、出費の少ない家族葬はもちろん入ってくるものも少ない。極力赤を出したくないのなら人をドカンと招ぶべきだ。「黒は黒字」を地で行こう。(小松朗子)

(参考資料:国税庁ホームページ内)
http://www.nta.go.jp/shiraberu/ippanjoho/pamph/gensen/aramashi2007/mokuji/02/01.htm
http://www.nta.go.jp/shiraberu/zeiho-kaishaku/tsutatsu/kihon/sisan/sozoku/02/03.htm#a-13_4
http://www.nta.go.jp/taxanswer/sozoku/4108.htm
http://www.nta.go.jp/shiraberu/ippanjoho/pamph/sozoku/shikata-sozoku2007/all.pdf

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2008年1月19日 (土)

『吉原 泡の園』 第51回/いじめを耐え、ランクアップした僕

 バスツアーも無事終わると、マネジャーと店長はまたいつもの平凡な日々の中で、憂さばらしのための暴力を行うようになっていった。
 店長からはマルと呼ばれ、バスツアーでは客集めを始め企画運営などの働きをした僕は、だんだんと店長からは信頼を集めていき、特別扱いされるようになっていった。店が忙しいさなか、
「おいマル、車運転してくれ」
 と呼ばれ一緒に車に乗り、運転する。どこに行くのかと思えば近くのそば屋に行き、ボーイ達がせっせとマネジャーに怒鳴られて働き、飯も食べられない最中、
「マル、何でも好きなもん頼め」
 とそばに天ぷらのちくわ、エビなどを食するのだった。マネジャーですら朝食は食べていないし、女のコが全員1本お客がつくまでは、基本的にはボーイは食事にありつけないのが暗黙のルールだった。
 それなのに、店長に連れられてそば屋で飯を食うなんて、ボーイのくせに恐れ多い。
 ボーイの仕事は本当に半端ではない。足がつるなんて毎晩だった。それも両足のモモが一気につり、20~30分は苦しい。それも毎日の立ち仕事が長時間に及ぶからなのだが、特別扱いはさらに続き、店長はどっちの料理ショウを見ながら、突然。
「おいマル、どっちだよ」
 という。
「?」僕には意味がわからない。  
「どっちが勝つんだよ」
 テレビ番組のことを言っていたのだった。
「おいマル、もう仕事なんかしなくていいから、テレビでも見ていろ」
 そういって第2待合室でテレビを見ながら仕事をせずにのんびりしていろと言う。もしかしたら店長は本気でそういっていたのかもしれないが、僕は間違っても、はいそうですか、とテレビを見ることは出来ない。マネジャーの眉間がピクピクしているからだ。
 店長の手足のように働き、義理風呂で毎月の給料が赤字になっている。それもこれも上に行くためだ。偉くなれば楽が出来る。仕事なんてしなくても金がもらえる。そう考えてのことなのだが、そんな人の前で、昨日今日入ったようなボーイが、店長に可愛がられたら、幹部であるマネジャーは面白くなく、僕は目をつけられるのである。
 実際マネジャーのやっている仕事など、僕でも代理として仕事はこなせる。ただ、それではマネジャーの立場がないのだ。
 つまり、いじめられたという経験が、この業界ではキャリアなのだ。いかにひどいいじめを耐えたか、それがあってこそマネジャーが決して他人を入れないフロントに入り、電話を出たり、インターホンに出たり出来るのだった。
 店長とマネジャーの極悪コンビで今まで客を騙してきたのだが、それも少しづつ変わってきていた。
 騙すのも、限界が来ていたのだ。それに、この2人は騙すというよりも脅すと言うほうが正しい。
 店長は、フリー(予約もなしに不意に店に入ってくる客。業界では非常にありがたがられる)の客などに対し、その極悪ぶりをいかんなく発揮するのだった。
 店の外で客引きが。
「お客さん、今なら5.6人から選べますよ」
 そう言う。実際選べるのだが、選ぶとなるとやはり愛嬌のありそうなコを選ぶ。それは当然だ。90分6万5千円の遊びである。銀座よりも時間で考えると高いだろう。今、6万5千円出して遊べる人が多いかどうか、ご自分で考えていただければいかに贅沢な遊びかお分かりいただけるだろう。ところが、いざ客が待合室に入り、写真見学を楽しみにしていると、店長が鬼のような形相で待合室に向かう。ここでスイッチが入るのだ。脅し用に。
 上から見下ろすように客を見て、1枚、たった1枚だけの女のコの写真をテーブルに叩きつける。お客は意味が分からない。
「おう、これで良いよな?」
 女のコを選ぼうとドキドキワクワクしているお客の期待をあっさりと裏切り、一瞬にしてお客が凍りつく。
「は?」
 当然お客は抗議したいのだが、スイッチの入った店長に何か言おうという気持ちが萎える。鬼の形相なのだから。
「これで良いのか、良くねえのか、ああ?」
 その1枚の写真は、まだ客がついていないコや、どうしても人気のないコなど、お客が避けたいコなのだ。客がつかないと、義理風呂が発生する。義理を受ければ、義理を返さねばならない。1番金銭的打撃を受けるのが、ボーイなのだ。だからと言って、こうしたやり方は僕には無理なのだが。
「あ、えーっと」
 客は時計をチラチラ見ながら帰らないと、みたいな雰囲気になる。
「あ、オメー帰るのか、なんだテメー。何しに来たんだよ。冷やかしか」
 そういって客の襟首をつかんで、外に引っ張りだす。これが店長のやりかただった。
「ひぃぃぃぃ」
 サラリーマン。50代で何かの役職かもしれない。僕は堅気でもないが、そっちの世界の人でもない。ただの人間でいたいから、そうした線引きはどうでも良かったが、普通に生きていれば僕にもあんなサラリーマンの上司がいて、笑顔があって、もしかしたらそんなことをやっている時間帯は、奥さんと子供がいて、温かい食卓でまだ赤ん坊の子供を見ながら食事をしているのかな、と思いながら、叩き出されたサラリーマンを眺めていた。(イッセイ遊児)

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2008年1月18日 (金)

出版社倒産に想う

 新風舎、草思社と立て続けに出版社が経営破綻した。新風舎は自費出版がメーンであり訴訟騒ぎも起きていたので、それほど驚かなかったが、草思社にはビックリした。

 この倒産の原因については本誌・鎌田慧氏の連載に譲るが、出版社の危機感を強めたことだけは間違いない。こういう状況で利いてくるのが、大手書店や取次などがまとめている売り上げ情報だろう。どの著者の本が過去にどれだけ売れたのかが、コンピュータ検索でたちどころにわかる優れものだ。

 もともと書籍は出版するまで当たるか外れるか分からないところがある。だからこそ出版意義があると編集者が考えれば、多少売れ筋から外れていると感じても出版することができた。それで実際に大当たりすることもあったわけだし……。
 ところが出版不況がより深刻化し、出版点数を増やして利益を確保しようという最近の傾向が、売れる見込みの高い書籍だけを出版していくという方向に変わったら、過去に売れなかった分野の書籍や振るわなかった著者の本を出版しなくなるだろう。コンピュータで検索して返品率の高い書籍を出版リストから外すわけである。つまり作家も編集者もヘタが踏めなくなるわけだ。
 これはけっこうツライ。
 どんなに優秀な作家でも過去の著作がすべて素晴らしいわけじゃない。駄作の後に大傑作が生まれることなど珍しくない。また先駆的な作家の場合、出版した後に時代が作家に追き売れ出すこともある。埴谷雄高氏の作品などは、その典型だったらしい。

 各種メーカーなどはこうした競争社会で切磋琢磨してきたのだから、エンドユーザーの趣向をきっちり見据えて商品を作ることは当たり前なのかもしれない。出版だけ別と威張っていられない。そう頭で分かっていても、売れ行きはかんばしくないけど良書ってものもあるよな、とどこか反論したくもなる。

 一方で何が良書かというと、これまた難しい。このまま、あらゆる格差が世代を超えて固定されていけば、その階層ごとに現実が異なり「良書」も分かれていくようにも感じる。

 いずれにしても出版社にとっては厳しい時代となった。編集者は自身や会社のためだけではなく、出版界で生き抜こうとしている作家やライターが次回も本を出し続けられるように数字を残す必要があるからだ。で、何を頑張るのと言われると、よく分からなかったりするわけだが……。(大畑)

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2008年1月17日 (木)

新人理学療法士、走る! 第5回/やってしまった

 やってしまった…。 転倒です。患者さんを転ばせてしまいました。
  幸い、患者さんに怪我はなかったものの、一歩間違えれば大惨事。ものすごいショックです。口調も『です・ます調』です。 脳卒中で割と強い麻痺の後遺症が残っている方なのですが、しっかりした方で意思疎通に問題はなく、今のところ、高次脳機能障害といわれる注意力・空間認識などに障害が認められていません。
  車椅子に座ろうという時に、事故は起こりました。 椅子との距離がかなりあったので、それを患者さんに伝えて、理解されたと思ったんですが、患者さんは座ろうとしてしまったんでしょう。その時、私は私で車椅子を引き寄せようと体勢が不安定になっていて、患者さんを支えきれませんでした。 もうそれ以降はスローモーションかつ、パニック状態で、よく分かりません。
周りで見ていた人によると、「あ、立ち直るかな?あれ?だめか?」と思っているうちにゆっくり崩れていったとのことで、その分衝撃は小さかったんだと思います。 転倒などの事故を起こした場合、まず担当医に連絡して指示を仰ぎます。そこで必要があれば、CTとかレントゲンとかの検査をしてもらいます。それから、看護師長に担当看護師、リハビリ部長と病棟担当者へ報告。 そして『ヒヤリ・ハット報告書』を作成します。
 いつか書く日がくるかも、とは思っていたけれど、実際に書いていると泣きそうになります。書いている私をみつけると、みんなが「書いたことあるよー」と励ましてくれるんですが、余計に泣きたくなります。
そして軽く負傷。一緒に倒れてしまったので、とっさに床に手をついたのか、筋肉痛程度の筋断裂?みたいな感じ。肩に力が入りません。あとはアザができただけの軽傷ですが、これが患者さんじゃなくてほんとよかった…。
  不幸中の幸いです。あとは、今回のことが患者さんのトラウマになってしまわなければいいんだけど…。  あらためて、危険に満ちた職場です。いつ自分が加害者になるやも知れぬ危険に満ち溢れています。アメリカほどじゃないけど、いつ訴訟になるやも知れぬ危険も隣り合わせです。 もっと気をつけないと…。この反省を胸に今日は眠ります。 おやすみなさい。(染谷)

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2008年1月16日 (水)

年賀状は出してはいけない

私は個人として年賀状は出さない。いただいた方には心から感謝する。でも自分からは出さない。なぜならばおかしな風習だからだ。

年の初めの年賀とは、そもそも近々の家を相互訪問して新年を言祝ぐ行事である。元旦に神社へお参りして隣近所と挨拶するのも年賀といえよう。商家には独特の慣習があって江戸時代には主人の元に集まって新年を祝った。創業者の墓前で行う例もあった。さらに進んで上客を中心に挨拶回りをする習慣もあった。したがって商人にとって休日ではない。正月とは広くいえば1月いっぱい。短くとも慣習上は「7日正月」である。

本当は挨拶ないしは挨拶回りをするのが年賀であるとすれば、年賀状はその簡略版である。本人に会って挨拶するまでもないとの軽い対象への一種のアリバイ作りである。私には「君は軽い対象だ」と示す勇気はない。
何より変なのは年賀状が元旦に届かなければならないという奇習である。昨年も郵便局は必死に12月25日までに投函するよう呼びかけていた。出した側も元旦に届かないと怒る人が多いという。際立って愚かしい。いうまでもなく元旦に届くということは昨年末までに投函しているのと同義である。ということは新年の挨拶ではない。せめて元旦に書くというならばわかるが届くというのは変なのである。だから「1月1日に届くのは年賀のあり方としておかしいのではないか」というのが正しいはずだ。届かなかったのをほめるべきである。
さらにおかしいのは喪中はがき(年賀欠礼状)の存在である。おおむね「喪中につき年末年始のご挨拶ご遠慮申し上げます」旨書かれている。この文章が自分が挨拶しないというレベルならばわからなくはないが、受け取った側はさっそく「今年はこの人に出さないようにしなければ」とチェックする。出した側がそれを求めているか否かにかかわらず現実としてそうする人が多い。となると構造として「あなたは私に年賀状を出そうとお考えでしょうが喪中なのでいりません」というメッセージを発しているに等しい。

とんでもない思い上がりではなかろうか。

挨拶とは自発的になす行為である。自分が挨拶するかどうかは自分で決める。他者も同様でそうしたい人だけが行う。にもかかわらず喪中はがきは「私に年賀状を出そうと思っているでしょうけど」との先入観が存在している。挨拶をしなくていいという強制は挨拶しろという強制と強制という点で変わりがない。そこが嫌なのである。
と思っていたら1月の朝日新聞「声」欄で喪中はがきさえE-MAILで来るようになったと嘆いている投書が載っていたので驚いた。物事はいったんねじ曲がると際限ないのだと痛感した。この方はせめて喪中はがきくらいキチンとした手書きでほしいものだと暗に願っているのだ。前述のように喪中はがき自体そもそも厚かましい。厚かましいモノが手書きだろうがメールだろうが厚かましいには違いない。手書きは心がこもっていると仮定しよう。すると喪中はがきは「心のこもった厚かましい手紙」でE-MAILは「心のこもっていない厚かましいメール」となる。元来が厚かましいのだから心がこもっていない方がむしろ合理的だと思うのだが……
さらにある。ずっと出していないのでさすがに減ってきたものの私宛の年賀状はいくばくか来る。その多くが家族の写真と家族名の列記なのだ。家族ぐるみの付き合い(もっとも私は独身だが)ならばともかく、私の知人はそのうちの1人である場合が圧倒的だ。言ってみればその知人以外の家族は生きていても死んでいてもどうでもいいのである。もちろん知人にとって自らの家族は宝物であろう。でも私には関係ない。そして受取人は「関係ない」はずの私である。文章とはすべからく良し悪しを読み手が決める。なのに年賀状の多くは書き手の自己満足に終始する。なかには赤ん坊の写真をドカンと貼り付けて送ってくる人さえいる。親バカなのだろう。でも私には肉塊にしか見えない。

日本郵政の調べによると今年(つまりほぼ昨年)の年賀はがき販売枚数が約36億枚という。そんなにたくさんバカがいるのか……とまではいうまい。表現は自由だし公序良俗に反するでもなく喜び喜ばれる構図があるならば当方の主張のみを押し付けて切り捨てるまねはすべきでないからだ。でも本当にその構図はあるのか。あったとして36億枚のうち何%なのだろうか。そんなに大きな割合は占めていないと推測する。

年賀状を制度として扱うようになったのは1906年頃である。日露戦争を勝ち抜き、朝鮮を保護国化し、長春-旅順間の鉄道を手に入れて大陸への雄飛の足がかりをつかみ、紡績業を中心に産業の近代化が図られた時期だ。農村の子女が繊維産業労働者として出稼ぎに向き、寄生地主制が進んで小作へ転落する農家が激増した。都市と農村いずれもが従来と形を変え、進む工業化が会って挨拶するより手紙一枚での賀状の方が効率がいいという流れを促進したのかもしれない。
ちなみに私は会社としての年賀状は出している。これはオチではない。二重基準なのだ。どっちらけだとの読者の皆様。ぜひプロフィールにある私の立ち位置をご笑覧下さい(編集長)

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2008年1月15日 (火)

日曜のアキバと上海。

 3連休の真ん中。日曜日に秋葉原へ行ってきた。秋葉原といっても徒歩圏なので歩き。そしていつもは行かない電気街へ。
 お目当てはソフマップでゲームソフトを売ることで、「べ、別にメイド喫茶とか行きたいとか思ってないんだからねっ!」(ツンデレ)。
 休日のアキバはカオス。
 オタクが脚光を浴びてからのアキバは観光地と化し、再開発も進んで、5年くらい前はもう少し小汚く、今は発見する方が難しいと言われている「ネルシャツ+ケミカルジーンズ+リュック+スニーカー」の典型的ファッションの方を結構な率で見かけていた。現在は、やたらとメイドさんがあふれていて、「おまいらそんなにメイド好きだったか?」というくらいいる。JR秋葉原駅電気街口を電気街へ向かって歩いてみてください。
 駅前で唄っている謎の女性(少女?)が数組と、それを取り囲みビデオ撮影や携帯のカメラで撮影する人々もいた(筆者、高熱が1週間続きヘロヘロのため取材断念)。
 発展し変遷を遂げる秋葉原の街を見て、変わらないところは変わらず、しかし風景や闊歩する人々を見て、中国を思い出した。
 中国沿岸部の都市(主に北京、上海)は、ここ数年激変している。
 上海へ行った折、同行者が「10年前とは大違い」と言っていた。きれいなショッピングモールやビルなどが建ち商業都市として発展を遂げている。
 初めての上海を見て感心していたが、一歩路地を入ると閑散とした汚い道と、上海人の素の生活が広がっている。
 日本もかつては、路地を入ると寂れた風景が広がっていたのかもしれないが、上海もさらに発展が進めば表だけではなく裏側もきれいになるのだろうか(国民の衛生概念等が変わらなければどうしようもないが)。
 都市の発展は、発展途上だろうが先進国だろうがプロセスは変わらない。
 実際、開発前の秋葉原は小汚く(失礼)、マニアが集ってアングラな空気を醸し出していた。しかし街自体が「これから生まれ変わる」という空気漂わせてはいたが。 開発途上にある都市の移り変わりを、秋葉原で、しかもワールドワイドに実感した日曜日。
 そして熱が下がらない私であった。トホホ。(奥津)

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2008年1月14日 (月)

バターがない

 洋菓子を焼いている友人から、業務用バターが市場から無くなり始めていると聞いたのは数ヶ月前のことだった。乳業メーカーが大手のお菓子メーカーなどに優先的にバターを回したため、その煽りをうけたのが中小のケーキ屋さんだったという。

 幸い友人の店は需要が逼迫する前に情報を聞きつけ数ヶ月分のバターを確保した。ただし冷凍する必要があり、風味の落ちない冷凍法などを乳業メーカーの担当者と話し合ったと聞いた。

 このバター騒動を調べてみると、どうやら国内牛乳の需要が落ち込んだこともあり、乳牛を減らすなどして生産調整したところ昨年の猛暑によって、牛バテバテで生産量激減。その原料の減少を、もっとも利益率の低い業務用無塩バターの減産で補おうとして起きたという。

 そて、それなら今年の夏が猛暑でさえなければ、業務用の無塩バターの供給が滞ることがないのかというと、それがそう簡単ではないという。バターの品薄騒動には、日本の酪農が抱える根本的な問題があり、ヘタをすると数年のうちには日本製の牛乳が市場から消えるとも言われている。
 その実態を今月発売の本誌でお送りする。
 よければ買って下さいまし。(大畑)

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2008年1月13日 (日)

冠婚葬祭ビジネスへの視線 第2回/葬祭ディレクターの人件費

片平なぎさ主演のサスペンスドラマに「赤い霊柩車シリーズ」がある。登場人物が葬儀社勤務で、「葬祭ディレクター」という職業が一般に知られることになったドラマと記憶している。
「葬祭ディレクター」は厚生労働省が認可する公的資格である。難易度により2級と1級に分かれている。試験監督は各地域にある葬儀社の有資格者がつとめるため、試験日になると社員は受験、管理職は監督で事務所がガラ空きにという事態もままある。そんな様子だから試験会場はとてもアットホームだ。試験内容は学科(葬儀にまつわる歴史、法律、宗教など)・実技(幕張り装飾、司会)・接遇(試験監督が遺族を演じて受験者の対処法をみる)に分かれ、個人葬のプロとしての2級は2年以上、社葬まで含めたプロとしての1級は5年以上の実務経験が必要だ。
有資格者になれば写真つきのIDカードが配布され、それを胸につけて仕事をすることが許される。葬儀社によっては資格を得ることで手当てを支給するところもあるようだが、国家資格でも必須資格でもないため、資格を取ることが著しく効力を発揮する場面はない。せいぜい胸元のカードを見たご遺族の安心度がちょっと増すくらいだ。
そんな葬祭ディレクターの人件費について今回はご紹介したい。

葬儀の一切を取り仕切るのが葬祭ディレクターの仕事だが、明確に業務をバラして項目ごとに役務提供料金を請求する葬儀社がある。こんなふうに書くと全てオプションオプションで営業していくぼったくり業者のようだが、むしろ逆で葬儀の中身を明らかにしてくれる制度と思う。
インターネットで見てみたところ、とある業者のホームページでは

・24時間電話対応と遺体搬送(車、運転者については別料金)
・訃報・香典返し・料理手配などのコンサルティング
・火葬許可証取得
・儀式進行

以上の4つに分けて、それぞれの役務執行に関して料金を設定している。ちなみに以上の4つを全て手配すると、親族だけの小さな葬儀でも33万円ほどになる。
う、う~ん!!
ちなみに私の勤めていた葬儀社では、葬儀担当者の人件費として請求書に載るのが「役務代行費」4万円。上の4つはもちろんのこと、宗教者へのお届物や供物のお買物も含め「葬式が始まるまで何でも屋としてコイツを自由に使ってください」という意味での4万円。まあ、何をやってもやらなくても担当者一人につき4万円だから、厳密に比べることは出来ないけれども。
しかも「代行費」という言葉が示すとおり、やる気になればこの業務は遺族や親戚でできてしまうものなのである。もし自力で上記の4つをやろうとするならば、次のようになる。
・遺体搬送…死亡診断書を握り締めた故人の関係者が乗っているという条件で、営利目的でなければどんな車でも出来る。
・訃報・香典返し・料理手配…訃報時の文句はたいてい決まっているので、家にパソコンとプリンタがあれば葉書を購入し印刷するだけだ。但し葉書の種類は黒縁なのはもちろん、仏式なら菊花、キリスト教式なら百合のあしらいが必要になるので早めに用意しておきたい。香典返しは数と予算を確認してギフトセンターなどに相談。返品が可能なものにすることが肝心だ。料理も数と予算を見極めて仕出し屋へ。準備時間も考えると1日前には手配が必要だ。
・火葬許可証取得…必要事項を書いた死亡診断書と届出人の印鑑を自治体の役所に持参すれば近所のお手伝いさんでもできる。
・儀式進行…本気で誰でもできる。弔電は名前と順番を間違えないように、進行の仕方は菩提寺さんと相談すればバッチリだ。

経験者ゼロの葬儀で全てやるとなると難しいだろうが、多くの人が気分的に受け付けないであろう遺体搬送以外なら平気でクリアしてしまうこともある。とくにご近所助け合いの伝統がまだ残っているところでは、必ず葬儀番長的なおじさんがいて、司会まで難なくこなす。さすがに葉書の印刷はしないが、日程を書いたコピーを近所に配り歩く。地元御用達の仕出し屋や品物屋があり、訃報とあらばそこの主人が朝から飛んでくる。実際、近所のお手伝いさんに「あんたたちは棺と霊柩車だけ持ってきてくれればいいから」と言われたこともある。祭壇すら菩提寺から一式借りてくるのである。
本当に棺と霊柩車で済むのであれば、葬儀屋に支払う人件費は無料。
先に示した業者の葬祭ディレクターに全てお任せすれば人件費だけで33万円。
う~~ん!!
「葬祭ディレクター」という資格が、実際のところあまり効力を持たないのは当然なのであった。
代行業務という形態は司法書士などと変わらないが、じゃあ司法書士がいないからといって親戚のおっちゃんがしゃしゃり出てきて何かできるかというと何もできない(このさい親戚のおっちゃんが司法書士であるという可能性は措く)。
たいして葬祭ディレクターは、誰でもできるイベント的な業務を訓練によって抜かりなくやるだけの技能なんである。
そして「棺と霊柩車だけ」発言が示すとおり、本来葬儀は親族とご近所のものであった。
葬儀社がその役割を奪っていったのか、はたまたお駄賃と引き換えにみんながラクになりたかったのか。
どちらともいえないとは思うけれど、「葬祭ディレクター」がいないと葬儀ができなくなってしまいつつあるという事態は、なんだか残念だ。(小松朗子)

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2008年1月12日 (土)

『吉原 泡の園』 第50回/いざバスツアーへ

 ツアー当日は朝早く起こされた。まずは参加者からの確認電話の対応のため、早朝から店で電話番をする始末。続いてツアー参加者が電車で東京まで来る場合、お迎えもすると言ってしまっていたので、お車での送迎の待機をするのだった。
 KちゃんやTさん、マネジャーも眠たそうにしている。前日も深夜3時過ぎくらいに寝て、数時間で叩き起きるのだ。勘弁してよ、といった感じだ。
 バスは吉原の中に入って待機されると、それだけで目立つし、車何台分の駐車スペースを使うかわからないので、三ノ輪交差点付近の明治通りで待機してもらっていた。そこにツアー参加者が続々と乗りこみ、全員揃うのを待っていたのだった。
 店長はいつになくばっちりとスーツとパンチパーマで決めていた。その日は1人で添乗員とバスガイドを勤めなければならないのだ。僕が付いて行ってあげたかったが、1人欠けると店が大変になってしまうので無理だった。
 順調に時間が流れていたのだが、最後、花魁をバス待機所まで店から乗せて来い、という電話での指示があった。
 なぜかそういう大変な仕事は僕がやっていたのだが、花魁5人を送迎車に乗せ、いざ三ノ輪交差点へ、と発進。
 男1人に花魁5人。普段なら6万5千円を払わないと話したりも出来ない女のコを5人も1人占め、といったアホな事を考えていた。
 女のコ達は初めてのバスツアーに戸惑いながらも、どこか新鮮な感じを受けていたのか、お互い話しも弾んでいた。
「ねえ、オタクみたいなのいたらどうする」
「キャハハ」
 黙って聞いていると普通の若い女のコの会話なのだ。こんな世の中の底辺で生きていても、そんな彼女達の笑い声に救われる思いだった。安心していると電話が鳴った。
「おいマル、なにしとるんや、遅い」
 店長だった。イヤヤヤヤー。
 急いでバス待機所に到着するが、せっかくこれから楽しみのバスツアーなのに、みんな客は揃って着席しているのに、花魁達もバスにのりこんでいっているのに、店長は笑い顔の中に鬼が見え隠れしていた。
「おせーんだよ、ああッ、なにしとんや、ええッ、そうだろう、違うか」
 訳がわからなかった。だから気分屋の人はイヤヤヤヤー。と思いながらも、今日のお楽しみツアーを台無しにしては、参加者に申し訳が立たない。そう思い。
「はい、はい。そうです。すいません」
と必死に謝り、事無きをえたのだった。それにしても気分屋とは恐るべきなのだ。かくして、バスは無事に三ノ輪から出発。千葉県犬吠三崎を目指して、いざ出発なのであった。
 ツアー参加者が無事無傷で帰ってきますように、帰ったら1人足りませんでした。などないようにと祈るのであった。(イッセイ遊児)

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2008年1月11日 (金)

大ヒット『白豪主義オーストラリアと反捕鯨』の恐怖

 ここ数日、インターネットの動画掲載サイト「You Tube」で公開された『白豪主義オーストラリアと反捕鯨』が大きな話題となっている。「家畜を育てることは他の何よりも地球環境を破壊する」と書かれた日本語と英語の字幕で始まる映像は、とにかくウマくつくられている。撃ち殺され木の柵に吊されたディンゴの死体や子どものカンガルーを踏み殺す映像などを、効果的な字幕と音楽に合わせて見せつけるのだ。

 捕鯨問題にかんしてはクジラを神様のように奉る欧米諸国の反応にゲンナリだし、科学的な数字をいくら示しても話し合いにならない国際捕鯨委員会(IWC)にも、私は呆れている。そのIWCさえ、毎年10%に生息数が増えている鯨を、どうして捕まえていけないのかはサッパリ分からない。
 またミンククジラ捕獲に反対して、「(捕鯨)監視の必要があれば、軍を派遣して追跡する」などと、国会議員が物騒な発言をすることも許せない。

 だから食べるためでもなく、絶滅危惧種であるディンゴを殺戮するオーストラリア人の行為を、捕鯨と比べてどちらが残酷なのかと映像で主張するのは大賛成だ。
 しかし「人種差別を正当化するために鯨を使ってもいけない」と字幕を映し、捕鯨反対の根源にあるのはオーストラリア人の「白豪主義」だと主張するのには反対だ。まして、その証拠であるかのように、有色人種を殴りつける同国の人種差別暴動の写真を並べるセンスが信じられない。

 ミンククジラ捕獲に彼らが反対するのは、ミンククジラのホエールウオッチングが同国で盛んであることも大きな理由の1つらしい。クジラの個体識別までしてウオッチングしている彼らにとって、自然で暮らしていようがクジラはペットだと。

 かつて東京ディズニーランドのシンデレラ城前にいた鴨を見て、思わず「おいしそう」とつぶやいてしまい、同行した女性から冷た~い目で睨まれたことがあった。彼女も青首鴨は大好物だったが、ディズニーランドの鴨は「別モノ」だという。季節は冬でまるまると肥えていたというのに……。

 まあ、これと同じような感覚を、オーストラリア人はクジラに抱いてるってことだ。自然相手の勝手な「お友達ゴッコ」と食文化なら、食文化に圧倒的なアドバンテージがあると考える私は、それでも捕獲すべきだと考える。だが、人種差別が反捕鯨の根本原因だとは思えないし、重ねて言うが、捕鯨問題に人種問題を絡めようとは思わない。

 それは人種問題が非常に危険だからである。どんな問題であっても人種問題に結びつけることは難しくない。実際、あらゆる差は人種問題と結びつく。

 セルビアで取材をしたとき、僕ら一行にお茶をごちそうしてくれた陽気な老人はゲリラ兵だった。彼は夕日に照らされた緑の丘を眺めながら、隣人のアルバニア人を攻撃したと躊躇なく語った。
 戦争前は挨拶を交わした時間もあっただろう。同じユーゴスラヴィア人として互いの差が気にならなかった時代もあったはずだ。しかし、その「差」が強調され、人種問題として認識され、互いの緊張感が増せば、あっさりと殺人が起きる。

 「かつて殺人とは人を殺すことではなく、仲間を殺すことだった」という認識は現代でも通用する。だからこそことさらに人種を強調し、互いを敵だと煽るような行為はやめるべきだ。(大畑)

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2008年1月10日 (木)

新風舎倒産で考える自費出版ビジネスへの疑問

自費出版大手の新風舎が民事再生法を申請した。「倒産」とは文字通りである破産以外にも民事再生法(旧和議法)や会社更生法の申請も含む概念なので、新風舎もそう呼んで差し支えあるまい。

同社は本を出したい出版界では無名の新人の作品を世に送り出してきた一方でネットを中心にその商法へ疑念が示されてきた。ここでは本を出すのにどれくらいのコストがかかるのかを示してみたい。

単行本で本文は文章のみ、カバーは4色(要するにカラー)、帯付き、見返しあり、上製と想定する。出版社にとって一番の固定外注費は印刷(紙代含む)と製本となる。一般の方は本のページ数(折数)が費用に大きな変動を与えると考えようが実際にはそれよりも本文に何色使うかの方がコストを揺るがす。もちろん96ページと256ページでは前者の方が安いに決まっているけれど劇的な価格の差にはならない。
仮に256ページで3000部としよう。するとおおむね印刷・製本代で100万円はかかる。印刷業者へ完全版下で入れて直しほとんどなしならばもう少し安く抑えられようが、初校・再校・校了の段階で朱をどんどん入れたらもっとかかる。
次に編集費。実際には編集部内で分業するのでいくらと明確には出しにくいが仮に2~3人で仕上げまで持っていったのを1人でこなしたとみなせば1冊当たりゆうに1人1カ月はかかろう。小社は自費出版ではないけれども主に無名の新人作者の作品を出している。すると作者との打ち合わせや書き直しの手間なども頻繁に行わなければ良い作品にはならないので2カ月ほど要する。これを金銭で換算すればだいたい30万円となる。
カバーと本文レイアウトは外注のデザイナーに出すとする。版下を写植業に出すとお金がかかるのでDTP(コンピュータでのレイアウト)で作り上げていこう。ここではデザイナーとの親疎で値段は変わってくるが20万円以下は考えにくい。同じく校正(校閲)も外注すると10万円以下はなかなか難しい。会社の規模が大きければデザイナーや校正者を社内に雇っていようも、一冊にかかる費用が劇的に下がるとは思えない。できるとすればセミプロクラスに委ねる方法があるけれど良い本を作るとの観点に立てばあり得ない選択だ。

さて、無名の作者による作品を最近の書店様は喜ばれない。原則として取ってくれない書店グループもある。したがって出来上がった本を単に取次(本の問屋さん)仕入れに持っていっても部数はそんなに取ってくれない。「そうは問屋が卸さない」そのもので出版前から大量在庫という恐るべき事態になる。それを防ぐために書店営業をかけたりファクスなどで新刊は無名作者でもこれだけすぐれているとアピールして出版前から注文を取っておく。これに15万円ほどかかる。
広告として新聞の下三段を八つに区切った「三八つ」に1回ぐらいは入れるとしよう。書店向けへの販売促進としてPOPを作って梱包に入れておく。この最低限のPRで40万円ぐらい。
ここに小社ならば作者への著作権使用料(印税)を乗せるが、聞き伝わるところによると自費出版の場合は印税は増刷以降というのが多いそうなので思い切ってゼロで算出する。

ここまででおおむね215万円。当然のことながらこれを回収できるだけの定価と部数を設定しないと赤字となる。先に3000部としたのは無名作者の場合、定価をあまり上げても売れる可能性が低いのでこれくらいは必要なのだ。
具体的に述べよう。3000部として最低限500部は取っておかないと注文がさばけなくなる。したがって流通するのは2500部。ただし1冊だけ棚差しされても売れる見込みは低いので3冊から5冊注文をいただける書店様へ流したい。これならば面出しや平積みにしてもらえる可能性が高くイコール売れるかも!なのだ。すると3冊として800書店、5冊ならば500書店ほどとなる。
それでもなお委託販売である書籍はデッドストックからは免れない。まず1000冊は覚悟しておいた方がいい。
こうした背景に基づき定価を設定してみよう。出版社在庫の500は注文で捌け、デッドストックも返品と注文でかなり相殺されて500冊程度という超楽観的視点から試算する。出版社の定価からの取り分はおおむね3分の2だからX円×2500冊(500はデッドストック)×3分の2=215万円でなければならない。すると約1300円(税抜き)となる。実際には上記以外でも流通段階でかかる費用や倉庫代、そもそも会社(出版社)の利益……までは行かねどもせめて維持費は生んでほしいのでこの値では赤字である。しかし無名作者で1500円は厳しい。出版物は再販売価格維持制度の下にあるため定価販売。したがってお客様が高いと感じる値段であれば情け容赦なく返品である。

以上の試算は①印税ゼロ②売上見込み超楽観③出版社の利益度外視という本来の出版事業ではあってはならない、単にコストを回収すればいいというボランティアに近い行為を前提とする。版元も作者も損も得もしないという立ち位置だ。それで200万円以上かかる。この視座から新風舎のビジネスを考える。
先に断っておくが私の情報はネットに頼っている。したがって「仮にそうであれば」の話に過ぎない点を斟酌いただければ幸いだ。
まず新風舎の「共同出版」の著者負担について。有田芳生氏の『酔醒漫録』によると「費用の半分を出さないかというわけである。それが200万円だと最初は提案するそうだ」とのこと。写真集や絵本ならばわからなくない金額だが、そうでなければ「半分」が「200万円」は大きすぎる。それより気になるのはネットの書き込みで部数が1000部未満の場合もある点だ。いくら「協力書店」が800店あって、そのまま誠実に届けられたとしても前述のように棚差し1冊が関の山でビジネスとして成立しない。少なくとも私の頭では思いつかない。
「協力書店」という概念もよくわからない。字義通り解釈すれば新風舎刊書籍を優遇してくれる書店であろう。そんな書店が新刊委託前の部数指定に「1冊」を付けるとは思えない。これまた前述のように最低3冊は下さるはずだ。すると部数は2400冊は行かないとおかしい計算になる。今や大手の版元でさえ初版3000部に抑えることもある出版不況のなかで講談社を超える出版点数を誇る新風舎の書籍にそうやすやすと書店様は棚を用意して下さるのであろうか。
確かに現在でも初版何百部で出している版元はある。だが取次にはわずかな部数しか依頼せず(刷り部数が少ないので当然だが)基本的には注文を見越し虎視眈々と増刷のタイミングをはかっているケースが大半だ。でもそれが新風舎の手法とも思えない。「思えない」連発となった。とにかく私が知る範囲の出版の常識で作品を売るというスタンスを前提にした場合に理解できない点が多い。ここらが批判を生むところなのであろう(編集長)

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2008年1月 9日 (水)

川淵三郎+岡田武史=早稲田

何でそうなるのか。どうして岡ちゃんなのか。古くからサッカー日本代表を見ているファンは「日本人監督登場」でガッカリしているはずだ。
まだJリーグが始まる前、代表監督は決まって日本人だった。W杯に行けないのは日本チーム。相手はいうまでもなく外国。したがって外国に負けている。なのに監督は負けている日本で生まれ育った人。これでは勝てるわけがないと多くのファンがわかっていたのに日本人が相変わらず指揮を執り、案の定負け続けた。
オフト監督を連れてきてW杯予選突破まで後一歩まで迫った時にはようやくこの負の連鎖が止んだかに思えた。次のフランス大会では選手としては優秀ながらW杯代表監督の経験はないファルカンをすえたもののアジア杯の成績不振を理由にアッサリ更迭。後任は加茂周氏。悪夢の日本人監督復活である。加茂ジャパンはW杯予選で苦しみ解任、後を襲った岡ちゃんが予選突破を果たした。だが順位をつけるとしたらこの時は3位。前回までのレギュレーションではアジア枠から出られない成績だった。
次の日韓共催大会ではトルシエ氏となる。曲がりなりにも代表監督経験があったという点で過去最高の監督だった。ホームの利もあり本戦決勝トーナメントに進出した。この時点でもう日本人監督はないだろうと安心する。
次のドイツ大会はジーコ氏に委ねられる。彼は代表はおろかクラブチームの監督経験もない。本戦予選リーグは案の定の結果となった。

その後任にオシム氏が就いたのはいくつかの偶然と何人かの献身的な努力の結果としてほぼ奇跡のような人選だった。ユーゴ代表監督としてW杯ベスト8に残りアルゼンチンと互角の勝負をした人物である。ただし彼は戦略的に招かれたのではない。ジェフ千葉フロントの熱意を上澄みでさらっての就任だった。
したがってオシム監督が病気で倒れると何の戦略もない日本サッカー協会に手はなくまたもや「悪夢の日本人監督」になった。心配なのは監督就任時のあいさつで「オシム路線を継承する」旨を発言した点。そういえばオシム監督指名時も川淵会長は「ジーコの考えを受け継」げるからといった発言をしている。
多弁でありながら慎重なオシム氏は鮮明にジーコイズム?の継承を口にしていない。なぜならば違うからだ。違わなければならない。何で前任者路線の継承が必要なのか。岡ちゃんも自分の描くプレースタイルがオシム氏と相当違うと自覚していよう。そのことはファンならば誰だってわかる。なのに継承をにおわせた。すでに「お上」に言わされている感があり不安である。

それにしても何で岡ちゃんしか選択肢がなかったのか。チェルシーを解任されたモウリーニョへ電話の1本でもかけたのか。組織上は監督決定に直接かかわらないはずの川淵会長がオシム氏の病気は病気として悲しみ、生還を願ったのは本心であろう。ただし待ってましたとばかりに岡ちゃんが出てきたのは以前よりの念願としか思えない。
川淵会長と岡田監督は大阪出身→早稲田大学卒業→古河電工と歩みが同じである。日本サッカー協会で4人いる副会長のうち2人が早稲田で1人が古河電工出身。田嶋幸三専務理事も古河出身。川淵体制とはほぼイコール「早稲田・古河」なのだ。
ということは。今のサッカー界に大学サッカーのプレゼンスはほとんどなく、古河などアマチュアチームはプロ化されているので日本のサッカーは「トップだけアマチュア」なのである。
なかでも早稲田の結びつきは注目したい。私事だが新聞社に入社した時の支局の面々は次の通りであった

支局長 東大
デスク 早稲田
県政キャップ 早稲田
県警キャップ 横浜国立
3年生 早稲田
2年生 早稲田 東大
1年生 青学(私) 上智

まさに早稲田に取り囲まれた状況で、ここで初めて早稲田が他を圧する愛校心を持っていると知った。大学名兼所在地名を7回連呼する校歌を機会あるごとに歌う。早稲田出身の記者の結婚式で最後にそれを肩組んで歌われるさまをぼう然として見た。カラオケでも熱唱するらしい。「これは校歌でなく国歌である」と言い放つ関係者もいるという。この状況は出版に転じても変わらない。とにかく早稲田が死ぬほどいるのだ。
もちろんだから一気にどうこうではない。数が多いから当然の帰結であろうが、社会に出てから親しくなったり助けてもらったりした人に早稲田出身者はいっぱいいる。愛校心を振り回さない人も確かにある。でも大いに振り回す人がいるのも事実だ。「君は何で早稲田を出ていないんだ」とまで言われた経験も。何でと問われても困る。
早稲田と早稲田が集まって紡ぎ出す雰囲気は少なくとも青学出身の私には理解できない。付き合いが長いので雰囲気そのものはわかるようになった。でも理解は不能。早稲田出身同士はよく自校の悪口もいう。でもそうでない出身から聞いていると、実は愛校心の裏返しと響く。

本題に戻ろう。どうも川淵会長も岡田監督も愛校心・愛社精神側におられるようだ。そうでなければ間髪入れず「岡田監督」指名と受諾が納得できない。それが国内で止まる限りは構わない。早稲田大学が日本の一翼を担う教育機関であるのは異議ないから。でも外国人と戦う司令官の選定にまで及ぶというのはどうであろうか。少なくともオマーンの名将マチャラ監督には「そんなの関係ねえ」だ。(編集長)

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2008年1月 8日 (火)

ガンダムで英語習得ができるのか

 会社近くの書店へ行ったら面白い本を見つけた。
 『ガンダムで英語を身につける本』(宝島社)!!

 『機動戦士ガンダム』第一作目(1年戦争とか、アムロ、シャアが出てくる)のセリフを使って英語習得しちゃおうぜ! という主旨だ。
 表紙にはガンダムファン(ガノタ)にはおなじみのアムロ、シャア、セイラさん、ミライさん……などの顔と、名ゼリフが日本語と英語で書かれている。
 例えば、「アムロ、ガンダム発進します!」→Gundam is ready! 
 いつ使うんだろう? と思ってはいけない。少し日本語をいじくって英語にすれば使える。
 この本の構成は5章立て。1章:シチュエーションを使って英会話をマスター。2章:さまざまなシチュエーションでの英会話。3章:キャラ別感情表現。4章:ガンダムQ&A。5章:英語対訳によるセリフ集。
 1章は、よく「映画を使って英会話レッスン」のような類の構成で、ガンダム自体を見ている人には嬉しい内容。しかし、そうでなければつまらない……というより買わない。
 きちんと文法解説や応用も載っていて、きちんとした構成になっているのが驚きだ。ただ英訳を見ると若干難しい単語や、「使える」「重要」な英文のために意味もなく英訳しているのが無駄なのではないか。
 とはいえ意外ときっちりしているので目をつむろう。
 2章は、ガンダムキャラというよりモビルスーツ同士の会話で英語を学ぼうというもの。
 言っていることについてなんやかんや言いたくはないが、警察のシーンがやばい。
 エルメスというキャラが「助けてください」、ガンダムが「どうしましたか、襲われたのなら被害届を作成します」という最初の4行まではいい。
 だが、続きのエルメスのセリフ、「突然、あいつが目の前に現れて、お互いに心の中で口論になって……」(5行目)、「他に特徴は?」というセリフに、「心は共鳴していたのですが、他には何も……」。
 なんていうか電波飛ばしすぎ。実際にガンダムに乗ったアムロと、エルメスに乗ったララァが互いの心で共鳴しあって会話をしていたシーンはありました。
 しかし、これを覚えて応用ってできるのだろうか。「他には何も……」(I don't remember anything else)だけなら使えそうだが、ただひたすらこのシーンのセリフを使いたかっただけなんじゃないかと邪推してしまう。
 それ以降の章については、実際に本書を購入するか立ち読みしてほしい。
 ネタのために大昔「萌え単」を買ったが、それ以来の衝撃度数高めの語学書(語学書とはあまり書きたくない)だった。
 『トヨタ流・英語上達術』(ソフトバンクビジネス)よりは実戦向け、かつ面白い。
 英会話上達の早道は、上達術を知るよりもボキャブラリーを増やしてガンガンしゃべりまくれば上達する。リスニングはとにかく英語を聞きまくる(音楽とか映画とか)。
 上達への早道は、海外へ行ったらとにかくなんでもいいから「積極的にコミュニケーションをとる」ことが意外と重要だったりする。(奥津)

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2008年1月 7日 (月)

2008ゲーム始め。

 あけましておめでとうございます。
 昨年は、いろいろなゲームが発売され、私もいろいろとプレイしました。
 滑り込みで年末にファイナルファンタジー4の焼き直し(よくいえば移植)が出たり、11月末はドラゴンクエスト4の焼き直し(よくいえば移植)……と、スクエアエニックスは、リメイクという名の再販商売しかしないのかと憤りたくもなりますが、地味に実用ソフトを出していたり、いまさらファイナルファンタジー7の続編を出したりと新作は出している模様。
 それはさておき、今年は目玉タイトルがたくさんリリースされそうな予感プンプン。
 まず、ドラゴンクエスト9(DS)、ファイナルファンタジー13(PS3)、バイオハザード5(PS3、XBOX)、メタルギアソリッド4(PS3?)、デビルメイクライ4(PS3、XBOX)と、デモ画面をさんざん見せておいて発売延期、発売未定だったものが今年こそは出るのではないかと。
 とりあえずドラクエファンとしては9を早く出してもらいたい。あとはバイオハザード。
 PS3本体があるのに、肝心の3のソフトをあまりプレイしていないし、おもしろそうなタイトルが出ていても洋ゲー(外国産)。国産の日本の会社が作った面白いゲームが今年こそはやりたい。
 テレビも42型+ホームシアター完備で、いつでもカモン! という状態にしているのだから。
 ニンテンドーDSやWiiのおかげでゲーム人口も増え、さまざまな種類のソフトが発売されているが、やり込み型のハードユーザーより、ある程度遊んだら飽きるライトユーザー向けのソフトが量産されているように思うのは私だけだろうか。
 RPGも難易度が年々下がっている。骨太でクリア後に達成感があるゲームをもう少し増やして欲しい。

 『忌火起草』というゲームで遊んだが、ホラーなのにちっとも怖くないし、面白くない。ドラゴンクエストのデータが消えたときの音楽のがよっぽど怖い。続編(でも完全新作で)を期待している。(奥津)

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2008年1月 6日 (日)

冠婚葬祭ビジネスへの視線/第1回 僧侶派遣のもたらすもの

 9月にドラマ「死化粧師」が始まってから毎日曜日に連載させていただいていた「死化粧師」を見る」も、ドラマの終了とともにその役目を終えた。これからは皆様に葬儀の実際を少し知っていただきたく、初回は最近話題の「僧侶派遣業」について書いてみたいと思う。

 僧侶派遣とは、葬儀や法要の際に僧侶や寺院を宗派・予算にあわせて紹介し、菩提寺のない方でも一般的な仏式葬儀・法要ができるよう場と人材をととのえるものだ。儀式を施行する僧侶とはその場限りでのお付き合いとなるため、葬儀後に檀家としてお付き合いをする必要がない。ただ、これが横行すれば寺院が葬儀屋の下請けと化してしまう恐れがあると、眉をひそめる向きもある。
 とある派遣業者のホームページを見ると、戒名が与えられず俗名で通夜葬儀一式を執り行うと20万円。戒名料は5万円からご相談。通夜のみ、告別式のみ、火葬場のみ、法事ではそれぞれ3万円。他の業者では火葬場にて葬儀を済ませる炉前葬儀も行っており、これが6万円。
 地域や宗派によってお布施の相場が違うので安いかどうかの判断は差し控えるが、かりに菩提寺がなく更に俗名葬儀で良いというならそもそも仏式で葬儀を執り行う必要性がどこにあるだろう。たぶんどこにもなく、「葬式と言えば仏式かと思って」なんとなく仏式葬儀をみんな選んでいるのではないだろうか。結婚するときは神様に永遠の愛を誓い、死んでいくときは仏様によろしくねと言うのが宗教にこだわりのない一般的な日本人のスタンダードである。僧侶派遣はそんな流れの中で自然に生まれたビジネスであろうが、これが全国に広まってゆき、日常に浸透すると「葬儀イコール仏式」という図式が日本人に完全に根付いてしまうかもしれない。それが良いとか悪いとか言っているのではない。ただ、不思議だな、と思うのだ。宗教を儀式のみもしくはそのもののように扱い、コードに変換してしまうというのは面白い性質だな、と思うのだ。

 かつてその宗教性というよりはファッション性によって結婚式のスタンダードは神式(実はこれも100年くらいの歴史しかないのだが)から教会式になった。まさか「子孫繁栄を氏神やイザナギに誓うよりも二人の愛を神様に誓ったほうがいい」と考えて教会式にすることはなかなかあるまい。大概はウェディングドレスを着たいから、お洒落な教会で式を挙げたいから、ということに依っているだろう。なおリクルート社「ゼクシィ」など婚礼雑誌の登場によって様々な挙式の種類、披露宴の方法が一般人にもたらされ、自分たちらしい結婚式の形を探すことが可能になった。披露宴で言えば少し前に流行したレストランウェディング、ハウスウェディング、ガーデンウェディング。挙式で言えば海外でのリーガルウェディング、教会でのブレッシング式など、いろいろありすぎて決めるときにかえってわずらわしいほどだ。
 葬儀にも婚礼と似通ったことが起こらないだろうか。
「今年こそ親父が逝きそうだから今月号の「フューヌ」(架空葬儀雑誌)を買って帰ろう」
「やっぱお葬式は海外で身内だけで、がいいよね」
 今はまだギャグにしか聞こえないけれど。(小松朗子)

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2008年1月 5日 (土)

『吉原 泡の園』第49回/店で鳴く閑古鳥

 僕が入店してから、約半年が過ぎようとしていた。だんだんと客が減っていくのがはっきりと分かった。
 表で客引きをしていても、閑古鳥がないている。都の風俗への締めつけが厳しくなってきているのだった。それが顕著に現れるのは06年なのだが、それでも当時十分に風俗界は衰退していった。
 その原因は都の締めつけである都条例もあるが、昭和の吉原からの客を軽んじる風潮が客足を遠のかせているのだった。
 伝統ある吉原は徳川時代に今の東京証券取引所近辺にあったが、吉原大火災によって、今の千束に移った。幕府のお墨付きの遊び場だったが、明治維新後の新政府が九州勢出身の薩摩藩、長州藩により、江戸の伝統、吉原に馴染めず、ゆえに吉原の遊郭が衰退し、赤線と呼ばれる国認定の売春許可地になった。その一角を赤い線で区切ったことから赤線と呼ぶ。一方、認定されていないにも関わらず売春などの行為がなされていた場所を青線と呼ぶ。
 さらに現在。アメリカ兵などの黒人を専門に相手に売春する土地を黒線、白人を相手にする土地を白戦と呼んだりもする。
 つまり、そのように現在はさまざまな要素が重なり、吉原はかつてないほど商売が厳しくなっていて、そんな中R店バスツアーの客集め役に任命されたものだから、気持ちが休まる時がなかった。
 「おいマル、ツアーの客はどないなった」
 といわれても数人の客がなんとなく行ってあげてもいいよ、みたいな感じなのだった。
 「おい、当日は大型観光バスを1日貸しきるんやで、客もおらんと赤字やし、恰好つかんでのぉ、マル、しつかり頼むでぇ」
と店長は第2待合室のソファに寝っころがりながらのん気に言う。
 中々大変な日々ではあったが、数十人のツアー客を募ることが出来たのは、数ヶ月たった頃だった。
 1人1人に、もし、参加者多数の場合、お断りするかもしれませんのでご容赦くださいませ。と事前に報告しておいた。これも念のためだ。
 そして、参加者を抽選で20名前後に絞る。一応常連さんが優先になる。あとはボーイの意向が反映される。
 ツアー半月前くらいに、ようやくメンバーも決め、その旨の連絡をする。
 「R店です。バスツアーの抽選で選ばれました。当日はご予定は大丈夫ですか」
 などと言って確認する。結婚している人、少しやばそうな人、常連さんなど色々なタイプのエロ男が決定し、あとは当日を待つのみになった。それほど大きな混乱もなく、無事僕は任務を終了したことが何よりもうれしかった。
 当日の花魁は5名くらいが参加する。皆若く、人気所である。サービス派、素人派、攻め派、癒し系と女のコも色々である。
 女もいろいろ、男もいろいろ、サービスもいろいろ。そんな感じか。
 店長はボーイが懸命に働き、それがうまくいくとニコニコ顔である。それは当然なのだが、少しでも思い通りにならないと、暴力団し込みの切れ方で大いに怒鳴り散らす。さすがのマネジャーも店長が切れるのが嫌なのだろう、店長が切れそうになると。
 「店長を切れさすな」
とフォローが入る。すると店長もまんざらではない様子でニコニコとする。まったくもって気分屋なのである。(イッセイ遊児)

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2008年1月 4日 (金)

千秋離婚が示した「経済格差」の深い壁

 先月、タレントの千秋と芸人の遠藤章造が離婚した。芸能人の誰と別れようが、どうくっつこうが正直どうでもいいのだが、新聞などで報じられた離婚の理由が少し引っかかった。

 メディアが報じれている離婚原因は主に2つ。旦那の女癖の悪さと育った環境の違いだ。日本板硝子の代表取締役社長のお嬢様として育った千秋の生活ぶりが、庶民の遠藤には耐えられなかったということらしい。
 なるほど、いかにもありそうな離婚理由である。二枚目の遠藤がモテない訳もなかろうし、大人になるまで身につけた経済観念がいきなり変わることもないだろう。

 でも、千秋のキャラクターとして常に語られる「不思議ちゃん」が離婚理由として語られないのはどうしてだ?

 1つは芸能界で生き残る算段として千秋が「不思議ちゃん」を演じ続けてきたという可能性がある。となれば、実生活では「不思議」でも何でもないのだから離婚理由に挙げられるはずもない。
 実際に千秋に会ったことのない私に本当のところは分からない。しかし現在36歳。一児の母である千秋に「不思議ちゃん」を気取り続けるメリットがそれほどあるとは思えない。となれば誇張こそあれ、多かれ少なかれ彼女が変わった人物であったとは推測できる。

 つまり「不思議ちゃん」であることより経済観念からくる感覚の違いの方が、生活をともにするうえで決定的だったということだ。同じ違いでもキャラに根ざしたものより、経済に根ざしたものの方が乗り越えにくいとは、なかなか示唆に富む教訓ではなかろうか。

 じつは、以前にこれと同じような話を何例か聞いたことがある。1つは中国人の男性と結婚した女性の話だ。彼女によれば、生活習慣や文化の違いは愛で乗り越えられたが、経済の差は乗り越えられなかったそうだ。
 また高給をもらっているあるキャリアウーマンも、男性が彼女の給料の額をひどく気にするケースが多く、自然と同じような年収の人と付き合うようになったと話していた。

 経済の差は数字で表せるだけに嫉妬の種になりやすい。それだけに「違い」は「格差」となって認識されやすくなる。こういう認識が広まっているからだろうか。30~40代の高収入の男性は、同じような稼ぎのある女性を結婚相手として求める傾向にあるとの報道を目にしたことがある。

 親の経済状態が子に引き継がれる、つまり経済格差が固定化しやすいといわれる現状を考えると、結婚すら「一発逆転」にならない状況はけっこう怖くないか? 自由な選択を前提にした身分格差は、きっとこれからも強まっていくだろう。

 出版界の傍流で勝ち組とは程遠い生活をしている者として、新年早々、イヤーな気持ちになったのでした。(大畑)

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2008年1月 3日 (木)

2007年10大ニュースでビックリ!?

 あけましておめでとうございます。
  今年も頑張って更新していきますので
   何卒よろしくお願いいたします。

 新年のご挨拶も終わったところで、新年第1弾のブログとしては今年の抱負なんぞを書くべきなのかもしれない。しかし昨年の総括をしていないことに気づいてしまった。というわけで新年早々昨年を振り返ってみたい。

 まず、読売新聞がまとめた読者が選ぶ「2007年10大ニュース 日本編」を見てもらいたい。

1 安倍首相が突然の退陣、後継に福田首相
2 「不二家」が洋菓子販売休止、老舗「赤福」など偽装相次ぐ
3 「年金記録漏れ」5000万件判明
4 参院選で自民歴史的惨敗、民主第1党に、与党は過半数割れ
5 守屋前防衛次官逮捕、ゴルフ接待389万円収賄容疑
6 新潟県中越沖地震、死者15人
7 松岡農相自殺、「政治とカネ」後絶たず
8 宮崎知事にそのまんま東氏
9 横綱朝青龍に2場所出場停止
10 民営郵政スタート

 まあまあ順当なところだと思うが、順位を見て強烈に感じたことが1つ。それは松岡利勝農相・自殺の順位の低さである。現役の大臣としては戦後初の自殺なのに、得票数4930票の7位。トップ安部首相退陣の役半分しか票を取れなかった。そのうえ、すぐ後ろには「そのまんま東の宮崎県知事当選」が503票差で迫っている。
 「ナントカ還元水」で名を売った(?)大臣だったが、彼の死から7ヶ月をへて、そのまんま東と同じ程度のニュースバリューに落ち着いたことになる。

 ちなみに主要報道関係者が選んだ共同通信の10大ニュースで、彼の自殺は1つ順位を上げて6位。命を賭けて疑惑を封印したと勘ぐれば成功なのもしれないが、政治家としてはやはり寂しい結果だろう。
 しかも死人に鞭打つようで恐縮だが、さらに残酷な結果がある。それは読売新聞が集計した記事ごとのアクセス数による年間ランキングだ。

1 史上最小の北極海海氷、上空1万メートルから機長撮影
2 松岡農相が自殺、議員宿舎で首つり
3 『負けないで』など名曲残し、ZARD坂井泉水さんが急死
4 亀田大毅の出場資格停止、JBCが処分方針
5 松岡農相の遺書見つかる…議員宿舎で
6 松岡農相、先週末に国対委員長へ謝罪「心配かけた」
7 地元支持者ら絶句、「余りにスキャンダルが多く…」
8 自民代議士会、首相退陣促す意見相次ぐ
9 長嶋亜希子さんが死去…巨人軍終身名誉監督の妻
10 台風9号、栃木県を北上中…多摩川や荒川など危険水位に

 7位の「地元支持者ら絶句~」という記事も松岡議員の自殺に関連する記事なので、なんと自殺報道が10件中4件も占めたことになる。これだけ注目された事件が年末の投票では上位にこない。その理由はいくつかあろう。上半期に起こり、読者の記憶が薄らいだという点も無視はできない。ただ最も大きな原因は、彼の死が政界にさしたる影響をもたらさなかったことだろう。もちろん安倍首相退陣の理由の1つにはなったが、下馬評では赤城徳彦農相のバンソウコウほどの影響はなかったようだし。

 会社を病欠したサラリーマンが仕事にさしたる影響がなかったことに愕然とするという話があるが、じつは大臣が突然亡くなっても政治は回るのである。まあ、生前も疑惑に答えない松岡大臣に国会で質問をしないという戦術が取られ、それでも「立派」に国会が機能していたわけだから、彼の死によって確認した事項でもないが……。

 官僚さえいれば大臣でさえ引継ぎなしに交換可能という現実は、政治への関心をさらに低下させていくことだろう。
 ちなみにサンケイグループの運営する「イザ!」のアクセスランキングは、次のようになっている。

第1位 “エリカ様”番組でキレた…ガン飛ばし「沢尻会は…」
第2位 広陵・中井監督が“疑惑の判定”に決意の発言「教育者として言う権利はある」
第3位 一獲千金狙うなら…BIGとジャンボどっち?
第4位 星野奈津子がブログで不適切発言 芸能活動停止
第5位 エリカ様、ブチ切れ原因は「ヅラ」だった
第6位 “最低最悪ファミリー”亀田家、反則指示してた!
第7位 泰葉・小朝の離婚原因、やっぱり風間杜夫?
第8位 「お前のせい 人生狂った」川崎容疑者、妻に激高
第9位 「負けたら切腹」「国民のため」大毅と内藤、場外バトル
第10位 アッコ激怒!エリカ様の不機嫌態度に「シメるから」

 芸能ニュースが5本、スポーツニュースが3本。政治絡みのニュースは1本も入っていない。松岡大臣の自殺や安倍首相の退陣は、エリカ様や亀田家の騒動のインパクトに全然およばなかったことになる。この結果を見る限り、芸能界で一線を退いた人物が政界に打って出るという戦略は、まだまだ使えそうである。(大畑)

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