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2008年1月26日 (土)

『吉原 泡の園』 第52回/また仲間がトんだ

 いつまで続くんだ、僕のこんな人生は。やめたくても、どうしてもやめられない。金もないし、将来の仕事もない。設計もない。今はとにかくここで時を待つしかなかった。だが、もう借金も返せなく、滞納する回数も増えてきていた。
 Tさんも懸命にこんな世界に自分を合わせようと必死だった。その必死さが、Tさんをいつしか変えていた。それもずるいほうに変わっていた。出会った頃のTさんは、いつも僕にやさしく、笑顔で、ドリンクを作ってくれ、
「ホラ」
 などと言ってくれたのだ。マネジャーのいじめ、店長のいじめ、義理風呂での借金滞納、恐ろしく長時間で大変過ぎる仕事。後輩の僕が存在感を出し始めたこと。
 TさんにはTさんのストレスがあったのだろう。店長にいじめられたことを、僕に吐き出すようになった。義理風呂から帰ってくる際、少し歩いていたりすると。
「走れ」
 人が変わったような言い方をし、店長、マネジャーに叱責される何かがあると、
「えーと、それはマルがですね…」
 そう言ってすべて僕のせいにされるのだった。僕はTさんが本当は良い人だと分かっていたので、何も言うことはなかった。Tさんの笑顔も、純粋な笑顔が、何か企みのある笑顔に変わっていった。
 ただ、店長はそんなTさんの全てを知り、僕になすりつける事もなにもかも知っていたのだ。僕は家財道具と一緒に折りたたみ自転車も持ってきていた。ある日、Tさんが僕に言った。
「なあマル、今度休みもらったんだけどさ、吉原周辺を散策してみたいんだ、自転車貸してくれないかな」 
 長野出身の彼にしてみれば、東京見物も楽しみなんだろうな、そう思い僕は自転車の鍵を渡した。そんなある日、忙しい日々の中、R店の月の反省会を焼き肉屋で行うことになった。荒○区町○にある行き付けの焼き肉屋で、仕事が終わるとタクシー2台をひろい、町○の焼き肉屋まで行く。店長はマイカーのため、先にいってしまうのである。焼き肉屋では生ビールを飲み、骨付きカルビやハラミなど大量に頼み、無礼講とまでは行かずとも、それなりに楽しく飲んでいた。
 その頃Tさんは被害妄想的頭脳回路になっていた。マネジャーがこれ見よがしにTさんに冷たく当たるのだ。そのため、行動にもそれが顕著に現れ、グラスを倒し、飲み物をこぼしたり、焼き肉を落としたりとする。するとまた冷たくあしらわれるのだ。
 人間、1度被害妄想に陥ると、あるいは1度信用をなくすと、中々明るく信念のある行動、言動は出来なくなる。Tさんが僕であってもおかしくない。たまたまそれがTさんだっただけだ。
 マネジャーに冷たくされたTさんに、追い討ちをかけるように店長が言う。
「おいT、おまえマルに負けているぞ」
 Tさんは、はじめ僕をかわいがってくれた。だが、一生懸命ただ無心に仕事をする僕は、いつしか店長にかわいがられていて、Tさんがいじめられていたのだった。店長がマルに負けているぞ、そういったのが相当こたえたのだろう。体から発せられる生気が消えた。同時に、懸命に働いた。ただ無心ではあったが、働いた僕がTさんを追い詰めていたのではないか、と思えた。
 僕はTさんに勝とうが負けようが、それがTさんでも誰でも、どうでも良かった。勝った所で何があるというのだ。そう思った。馬鹿馬鹿しい。
 何だかつまらない雰囲気のまま、反省会は終わった。反省会で反省し過ぎのTさんが心配だった。帰りのタクシーの中での彼の存在感がまるでないのだ。
 その日は、そのまま寮で寝た。
 次の日は天気が良かった。寮のカーテンから朝の日差しが差し込み、20代の僕は二日酔いと言うものも知らずに、元気良く店に向かった。
 心配していたTさんも、時間には店に来たので安心した。11時30分。マネジャーも出勤してきて朝のミーティング。どこかTさんは元気がない。
 それぞれの仕事に分かれ、作業をすると、Tさんが僕のところに来た。
「マル、マネジャーには言うなよ」
「?」
「俺、飛ぶわ」
「えー?」
 またいつもの冗談を始めた。
「飛んで飛んで飛んで、回って回って」
 そんな歌詞を歌って見せるのだ。
「マネジャー」
 僕もわざと言いつけるフリをしてみせる。冗談を言っているといつまでたっても作業が終わらない。僕はまたTさんから離れて、仕事の続きを始めた。
「おいT、喫茶店まわりいってこい」
 マネジャーがその日の女のコの出勤表を配りに行けとTさんに言った。
 晴れた日は自転車で配るのが気持ち良いのだ。Tさんはその出勤表を取ると、僕を見た。そしてそのまま表に行った。
2時間くらいが経過しただろうか、
「やられた」
 とハッとした。もう2時間も帰ってこない。急いでR店の自転車があるか確認に行った。するとR店の自転車があり、僕の折りたたみ自転車がないではないか。
 Tさんだった。数日前、鍵をかしていた。それで鍵を開け、僕の自転車を乗って行ったのだ。まだそう遠くには行っていないはずだ。(イッセイ遊児)

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