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2008年1月19日 (土)

『吉原 泡の園』 第51回/いじめを耐え、ランクアップした僕

 バスツアーも無事終わると、マネジャーと店長はまたいつもの平凡な日々の中で、憂さばらしのための暴力を行うようになっていった。
 店長からはマルと呼ばれ、バスツアーでは客集めを始め企画運営などの働きをした僕は、だんだんと店長からは信頼を集めていき、特別扱いされるようになっていった。店が忙しいさなか、
「おいマル、車運転してくれ」
 と呼ばれ一緒に車に乗り、運転する。どこに行くのかと思えば近くのそば屋に行き、ボーイ達がせっせとマネジャーに怒鳴られて働き、飯も食べられない最中、
「マル、何でも好きなもん頼め」
 とそばに天ぷらのちくわ、エビなどを食するのだった。マネジャーですら朝食は食べていないし、女のコが全員1本お客がつくまでは、基本的にはボーイは食事にありつけないのが暗黙のルールだった。
 それなのに、店長に連れられてそば屋で飯を食うなんて、ボーイのくせに恐れ多い。
 ボーイの仕事は本当に半端ではない。足がつるなんて毎晩だった。それも両足のモモが一気につり、20~30分は苦しい。それも毎日の立ち仕事が長時間に及ぶからなのだが、特別扱いはさらに続き、店長はどっちの料理ショウを見ながら、突然。
「おいマル、どっちだよ」
 という。
「?」僕には意味がわからない。  
「どっちが勝つんだよ」
 テレビ番組のことを言っていたのだった。
「おいマル、もう仕事なんかしなくていいから、テレビでも見ていろ」
 そういって第2待合室でテレビを見ながら仕事をせずにのんびりしていろと言う。もしかしたら店長は本気でそういっていたのかもしれないが、僕は間違っても、はいそうですか、とテレビを見ることは出来ない。マネジャーの眉間がピクピクしているからだ。
 店長の手足のように働き、義理風呂で毎月の給料が赤字になっている。それもこれも上に行くためだ。偉くなれば楽が出来る。仕事なんてしなくても金がもらえる。そう考えてのことなのだが、そんな人の前で、昨日今日入ったようなボーイが、店長に可愛がられたら、幹部であるマネジャーは面白くなく、僕は目をつけられるのである。
 実際マネジャーのやっている仕事など、僕でも代理として仕事はこなせる。ただ、それではマネジャーの立場がないのだ。
 つまり、いじめられたという経験が、この業界ではキャリアなのだ。いかにひどいいじめを耐えたか、それがあってこそマネジャーが決して他人を入れないフロントに入り、電話を出たり、インターホンに出たり出来るのだった。
 店長とマネジャーの極悪コンビで今まで客を騙してきたのだが、それも少しづつ変わってきていた。
 騙すのも、限界が来ていたのだ。それに、この2人は騙すというよりも脅すと言うほうが正しい。
 店長は、フリー(予約もなしに不意に店に入ってくる客。業界では非常にありがたがられる)の客などに対し、その極悪ぶりをいかんなく発揮するのだった。
 店の外で客引きが。
「お客さん、今なら5.6人から選べますよ」
 そう言う。実際選べるのだが、選ぶとなるとやはり愛嬌のありそうなコを選ぶ。それは当然だ。90分6万5千円の遊びである。銀座よりも時間で考えると高いだろう。今、6万5千円出して遊べる人が多いかどうか、ご自分で考えていただければいかに贅沢な遊びかお分かりいただけるだろう。ところが、いざ客が待合室に入り、写真見学を楽しみにしていると、店長が鬼のような形相で待合室に向かう。ここでスイッチが入るのだ。脅し用に。
 上から見下ろすように客を見て、1枚、たった1枚だけの女のコの写真をテーブルに叩きつける。お客は意味が分からない。
「おう、これで良いよな?」
 女のコを選ぼうとドキドキワクワクしているお客の期待をあっさりと裏切り、一瞬にしてお客が凍りつく。
「は?」
 当然お客は抗議したいのだが、スイッチの入った店長に何か言おうという気持ちが萎える。鬼の形相なのだから。
「これで良いのか、良くねえのか、ああ?」
 その1枚の写真は、まだ客がついていないコや、どうしても人気のないコなど、お客が避けたいコなのだ。客がつかないと、義理風呂が発生する。義理を受ければ、義理を返さねばならない。1番金銭的打撃を受けるのが、ボーイなのだ。だからと言って、こうしたやり方は僕には無理なのだが。
「あ、えーっと」
 客は時計をチラチラ見ながら帰らないと、みたいな雰囲気になる。
「あ、オメー帰るのか、なんだテメー。何しに来たんだよ。冷やかしか」
 そういって客の襟首をつかんで、外に引っ張りだす。これが店長のやりかただった。
「ひぃぃぃぃ」
 サラリーマン。50代で何かの役職かもしれない。僕は堅気でもないが、そっちの世界の人でもない。ただの人間でいたいから、そうした線引きはどうでも良かったが、普通に生きていれば僕にもあんなサラリーマンの上司がいて、笑顔があって、もしかしたらそんなことをやっている時間帯は、奥さんと子供がいて、温かい食卓でまだ赤ん坊の子供を見ながら食事をしているのかな、と思いながら、叩き出されたサラリーマンを眺めていた。(イッセイ遊児)

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