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2007年12月 8日 (土)

『吉原 泡の園』 第45回/吉原百景

 元々反社会的な集団だ。無論、子供の頃から学校行事は大嫌い。曲がったことが大好きな野郎どもである。
「おいおい、消防訓練?」
 中には笑い出してしまうものもいる。しかし、消防訓練をしておいたおかげで、命が救われたケースもあり、これは馬鹿にはできないと僕は思った。
 黒電話がこちらのテーブルと向こう側にある。向こうには署員、こちらがボーイだ。受話器から119番をする所から訓練は始まった。
「もしもし、ボイラー室から火災です」
 と店のボーイ。
「お店の名前と住所を」
 署員が本番さながらの迫力で聞く。
「○○店です。住所は××」
「わかりました。直行します」
てな具合である。蝉が鳴く公園で、蝉の声などかき消す熱気であった。
 続いて消火器の扱い方。火元と見立てた所に、水の入った訓練用の消火器を使用した訓練だ。簡単そうでいて、パニックに陥ると順番が間違えたりする代物なのだ。油断はできない。
 ビニールでできた簡易施設。中には煙を充満させて煙からの脱出訓練。ハンカチを鼻にあて、姿勢を低く歩く。煙は空気より軽いから、なるべく姿勢を低く、地面の方に行くほど酸素が残っている。
 人口マッサージ。人形を使っての心臓へのマッサージだ。肋骨が折れるくらいの勢いでやるのが正解らしく、けっこうビビるのだった。
 一通り訓練を終えると、どことなく各ボーイ達は一回り大きく見えた。ただの不良ではない、一人前の男の集団に見えてしまうから恐ろしい。署員のあいさつがあり、解散。またダラダラと店に戻るボーイの数が吉原を練り歩き、それがまた異様であった。その頃、どこぞの店の部屋では、アンアン言っているのだ。何だか不思議な空間に自分がいるなぁと、笑ってしまう。
 店に戻ると店長がおで迎え。
「ご苦労な、マル」
 休む暇なく
「おいマル、日暮里まで迎えいってくれや」
 とマネジャーから注文が入る。疲れていたがさっさと行かねば、
「は、はい」
 消防隊員さながらの出動である。いや、出動の早さならばそれ以上かもしれない。なにせ、遅れればドヤされるし、客も遅いと違う店に流れる事もあるのだから。そうして吉原消防訓練の1日は、何事も無かったかのように終わり、また怒号の店内作業に戻るのであった。
 ただ、どんなにドヤされようとも、使い走りにされようとも、あるいは金がなくても、刑務所のようであっても、ここ吉原には俗に世の中の工場や長時間拘束される現場などとは違う、独特さがあり、死にたいとか、そういった感情に流されることが無いことが救いだった。
 ホームレスのようでありながら、どこか陽気なのだ。
 工場のようでありながら、自殺する人などいない。むしろ、自殺希望者がここに来て、自殺をしないで生きられる。そんな深さを持ち合わせていることも、吉原の魅力のひとつになっていたのではないだろうか。
 日暮里駅が近づいてきた。いつも待ち合わせに使う牛丼屋がある。そこは、R店だけでなく、他の店も待ち合わせに使う。
 何人かスケベそうな男がたっている。スケベそうな、というのは、ボーイの視点からみれば、送迎者待ちの人間を嗅ぎ分けられるようになるのだ。ただ、何人かいる場合は、
「R店ですが、○○様でいらっしゃいますか」
 と聞くのだ。
 常連になればすぐに分かる。
  客を乗せたらすぐに乗せた旨を店に報告するのだ。その報告が遅いと、
「おいマル、何しとるんやおまえ」
 となる。報告後、他に客が発生すれば、上野や鶯谷にもそのまま向かう。
 であるから、道路にはめっぽう詳しくなければならないのだった。
 たまたま生れが関東である僕は、何となく土地感もあるのでそれほど苦労はしなかったが、まるで土地感の無い者は、ここで脱落したりする。
 あまりにも激しい時間に対するプレッシャーで、余計に迷い、余計に焦り、店を去るしかなくなるのだ。ボーイといっても生き残りの激しい世界で、もしかしたら花魁の生き残りよりも厳しいかもしれない。(イッセイ遊児)

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