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2007年11月26日 (月)

組み版に技術が不要の時代

月刊『記録』の編集作業をやっと終えた。「In Design」をひたすらマウスでカチカチと操作。

Quark社が制作するその名も「Quark」がDTPソフトの優位を占めていたが、Adobeが巻き返しを図る形で近年は「In Design」が普及率を高めているそうだ。たしかにAdobe社の他製品でありもはや画像作成のスタンダードである「Photoshop」や「Illustrator」との連携がはかれる効果は大きなアドバンテージになっているだろう。

組み版ソフトといえど、「In Design」はかなりビジュアル的な操作が可能なので、実は編集における職人的な知識などは一冊の本を初めから終わりまで作るような本格的な場合でない限り、もう必要ないのではないか、と個人的には思う。それを裏付けるような話を最近耳にした。企業の総務に配属された知り合いが、社内報を作る作業にあたり、「In Design」の操作を教わったという。当然、その知り合いは編集に携わったことなどない。それでも、人に教わり、自分で実際に操作しているうちに簡単な作業ならすぐにこなせるようになった。

瞬間的にピントを合わせることができるカメラマンの技術がオートフォーカスの出現で価値を持たないものになったように、編集(組み版においての面で)でも特に深い知識は不要なものになりつつある気がする。いくつかの専門用語を覚えて「In Design」のやや厚めで丁寧なマニュアルを読めば、なんとなく体裁は整えることができる。別にそれがいいことだとも悪いことだとも思わない。ただ時流がそういう流れで、心のどこかで、理由は分からないが「それでいいのか!?」というギモンが鎌首をもたげてくることは、たまーにある。(宮崎)

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