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2007年11月 8日 (木)

ケータイ小説が出版界に与えるインパクト

 ここ数年、出版界はケータイ小説に翻弄されてきた。
 書籍取次のトーハンによれば、2007年上半期(06年12月~07年5月)の文芸の単行本売り上げ上位10作品のうち6作品が、ネットで発表されたケータイ小説だったという。これは、かなりインパクトのある結果だ。というのもケータイ小説は文体やストーリー展開、販売の傾向などが、いままでの書籍とまったく違うからである。

 これらの本の特徴として、まず挙げるとすれば横書きであることだ。もともとネットで人気の小説を、そのまま書籍化した結果である。また一文が短く、大量の改行が行われる。ネット小説の本を初めて見た人は詩集だと間違うかもしれないほどだ。
 さらに難しい漢字や単語を使わず、凝った文章表現も情景描写もない。物語の上で、どんなに大切な場所であっても「図書館」は「図書館」としか説明されない。そのため小説が作り出すイメージは読者の想像と記憶に依ってしまう。
 こうした小説スタイルは、これまでの出版界の「小説」のルールとまったく異なる。だから出版する編集者は文章に手を入れられなくなった。ネットで大評判の小説を読者にそのまま届けるには、出版界のルールを持ち出して文章を「良くする」ことなどできないからだ。だいたい「プロ」の編集者には、ケータイ小説の読者が、これらの作品のどこを評価しているのか分からなかったと思う。

 だから出版界は長らくケータイ小説を無視してきた。2002年12月、Yoshiがネットで発表して評判となった『ディープラブ』がどれほど売れても「稚拙だ」と相手にしなかったのだから。
 ところが「魔法のiランド」というWebサイトで発表された小説が次々と出版され、大ヒットを飛ばすようになって状況が一変した。無名の新人の本が数十万部あるいは100万部を越えて売れるなど、大不況の出版界には信じられない事態である。アクセス数の高い作品を一気に本にしようと出版ラッシュが始まったのもうなづける。

 ケータイ小説ブームによって、アマチュア感覚の重要性を編集者は思い知らされた。プロが認めないと出版しないという大原則が崩れた瞬間でもあった。

 全国の書店に本を置きたいなら、とにかく出版社から発行しなければならない。取次コードを持つ出版社でなければ、全国の書店に配布し集金をすることなどできないからだ。だからこそ出版の可否を判断するのはプロの編集者だった(最近は取次コードを持たない出版社も活躍しているが、出版するかどうかの決定権をプロが持っているという点では同じだ)。つまり、ケータイ小説が出版される前は、プロの目を通した書籍だけが市場に出回っていたのである。

 「プロの仕事」が消費者をつかめない。こうした現象は出版界以外では、いたるところで起こっていた。例えばファッションなら渋谷109のブランドは、カリスマ店員が服や新店のデザインにまでかかわっていたともいわれる。新店の立ち上げにかかわった知人が、素人であるカリスマ店員の無理な指示が仕事を遅らせると頭を抱えていたのを思い出した。
 また、109のカリスマ店員からデザイナーとなり新ブランド立ち上げに成功した森本容子氏は、オンワード樫山のファッションアドバイザーとして呼ばれ「オンワード樫山はプロ集団ではあるが、消費者から離れ過ぎているところもある」と評したという。

 今後、出版界も変わり続ける消費動向を、もっとダイレクトに追うようになるだろう。ケータイ小説は鎖国状態にあった出版界に突きつけられた「黒船」だったように感じている。(大畑)

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