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2007年11月 7日 (水)

なぜ我々は小沢一郎にだまされ続けるのか

民主党代表就任時に言った「まず私自身が変わらなければならない」って、そういう意味だったのか! ほとんどの人がこれまでの独断専行で「壊し屋」の性格を直すという風にとらえていたはず。まさか「党首自身が真っ先に党の方針を変える」という含みだったとは。
これで何度目だろう。小沢一郎氏にだまされたのは。それでも民主党は彼に翻意をうながしているし何だかんだといって反自民・非自民の人はその方がいいと何となく感じている。まただまされるとわかっていて、それでも信じたい小沢一郎の魅力とは。

まず何といっても容姿である。「見た目が9割」の時代だ。こわもてで寡黙でどんなに暑くてもスーツにネクタイ。実は2世議員なのにたたき上げの雰囲気。かつて多数いて今や見当たらない政治家だ。「一貫していてぶれない」イメージも大きい。実際にはそうでもないのに。それがあった上で政党CMでパフォーマンスしたり破顔一笑する落差。

次に「選挙に強い」神話。でも彼が関わった選挙結果を見ると実はそうでもない。むしろギャンブラーである。ギャンブルとは「めったに勝てない」と同義語である。よって小沢選挙および政局は基本的に敗北である。ざっと書き出すと以下の通り。

○1990年 自民党幹事長として総選挙を指揮し、前年の宇野宗佑政権下での参院選で大敗を喫した自民党を勝利に導く
×1991年 都連の反対を振り切って磯村尚徳氏を東京都知事選へ担ぎ出し、対抗馬の「多選・高齢・豪華都庁」批判の現職・鈴木俊一氏を一転して「かわいそうな老人」に仕立ててしまって敗北。幹事長辞任
×1992年 最大のより所だった金丸信経世会会長が東京佐川急便事件の批判を受けて会長辞任から議員辞職に至り、ナンバー2の小沢会長代行の不手際からクーデター説まで流れ派閥内に不穏な空気が流れる
× 同年 経世会会長の跡目相続をめぐって小渕恵三グループと対立し敗北。羽田孜派として派閥を飛び出す
◎1993年 羽田派などの造反により宮澤喜一内閣の不信任案可決。総選挙となり自民党は過半数割れ。小沢氏を中心に細川護煕非自民連立政権樹立。自民党を野に追う
×1994年 順風満帆だった細川政権が選挙制度改革の次の目玉として小沢氏の仕込みとされる国民福祉税構想を突如発表。首相の人気は低落し辞意をまもなく表明する
× 同年 細川後継に自民党有力政治家の渡辺美智雄氏へ秋波を送るも渡辺氏が最後の最後に踏み切れず頓挫
× 同年 細川後継の羽田内閣の連立与党の民社党・大内啓伍氏発案とされる新会派「改新」案に乗り同じ連立与党の日本社会党の憤激を買う。社会党は連立から離脱し羽田政権は少数与党となり後の自社連立のきっかけを作る
× 同年 羽田後継に海部俊樹氏を担いで首相指名選挙に臨むも村山富市社会党委員長を推す自民党に敗北。政権から転落
○1995年 前年に結成した新進党が参議院選挙で勝利
×1996年 新進党が衆議院総選挙で敗北
×1997年 政敵だった梶山静六官房長官と結んで自民党との「保・保連合」構想をぶち上げ党内騒然。実現もせず
× 同年 新進党内の旧党派による一種の派閥を解消せよと迫り果たせずとみるや解党へ突っ走る。自ら創設した自由党への参加者は二ケタに止まり少数野党へ転落
△1998年 消滅かともうわさされた参議院選挙で自由党は予想外に善戦
×2000年 前年から正式発足していた自民党との連立で「うち(自由党)も解散するから自民党も解散して一緒に新党を作れ」とのムチャクチャを小渕恵三首相に要求して当然のゼロ回答。与党離脱。自由党分裂
△2000年~03年 自由党として1度の参院選と1度の総選挙を何とか生き残る
-2003年 民主党に事実上の吸収合併。06年に代表就任
◎2007年 参院選で大躍進

何と3勝11敗。衆議院議員総選挙を鮮やかに勝ったのは一度しかない。逆に参議院は比較的得意だ。次の総選挙で政権交代!と威勢よくぶち上げてみたものの、この戦績では不安にもなろう……ということも改めて調べてみないと気づかなかった。
代わりに繰り出すのがギャンブルだ。磯村氏の都知事選担ぎ出し、経世会跡目争い、宮澤内閣での造反、国民福祉税、渡辺美智雄氏への誘い、「改新」騒動、海部氏での首班指名、保・保連合、新進党爆破、自自連立の顛末などなど。
誰かが思いついたのに乗ったのか自ら墓穴を掘ったかと諸説紛々だが通していえるのは一か八かの出たとこ勝負。細川政権樹立を除いて大半が失敗している。21世紀に入ってからは大勝負自体が打てない体力になっていた。先の参院選大勝利は久々にめぐってきた「勝つ番」にすぎず、むしろ今回のような「奇手奇策のギャンブルを打って失敗」の方が彼らしいのだ。
面白いのは「政敵の誘いに乗って(または「誘って」)味方を大混乱に陥れる」パターンが多いこと。梶山氏、小渕氏、野中広務氏などである。今回の福田康夫首相とて仲がよかったわけでもあるまい。ふつうは「政敵の誘いを蹴って味方を結束させる」のにその逆をやる。だから失敗する。
でも、だから面白いともいえる。当事者はたまったものではなかろうが国民は何だかんだといって沸き立つ。これも実は単純で国民はギャンブラーの大勝負が見たいのだ。

こわもてで寡黙なのにギャンブルが大好き。ごくたまに大当たりする。女房子どもは愛想を尽かすけど見守る側にはこの上なく楽しい存在。「あいつはギャンブル狂いの変人さ」と言い募りながら、その失敗自体も楽しめるし、たまさかの大勝利には驚ける。だから小沢氏にだまされる。というか元々がギャンブラーなのだから小沢氏は本当は誰もだましてはいない。きっとそれゆえに許されるのだろう。意外と小泉純一郎元首相に似ている。

4世鶴屋南北の仕掛けに江戸っ子は「今度こそだまされないぞ」と腕まくりしながら小屋で他愛なく驚かされた。伝説によると故に彼の死さえ江戸っ子は南北の新たな仕込みと疑ったという。辞めてはダメだよ小沢さん。まだまだあなたにだまされてみたい人は多数いる。私?うーん。私もかも(編集長)

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