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2007年11月10日 (土)

『吉原 泡の底』 第41回/ヤクザが通る

 お客は車かオートバイ、もしくは駅から電話して、送迎者で迎えにいくかが多いのだが、たまに自転車などで来る人もいる。恐らくは近いのだろうが、高級店に自転車、しかもママちゃりなどで来る人もいる。
 たまたまその日、静岡から女の娘が体験入店をしている日だった。
 僕が客引きをしていた。
「どうよ、いい娘入った?」
 自転車でフラフラ200軒近くのソープランドを見て回り、いい娘がいたら入ろうと言うのである。あまり店としてはうれしい客ではない。
「今日静岡から来た娘がいます」
 といい、写真を背中のズボンに挟んでいたので、それをサッと抜き取り、その自転車の客に見せた。
「ほー、かわいいじゃん」
 それを見たマネジャーがフロントから出てくる。
「静岡からの娘でね、デパート勤務だったんですよ」
デパート勤務。
 その言葉を聞き、男の目が変わった。男は制服に弱い。
 デパートガール
 看護師
 スチュワーデス物
 教師物
 
 などだが、人気があるゆえに、それがそのまま店名になったりもする。たとえば、
「スチュワーデス物語」
 何かドラマのタイトルか、と思うほどだ。女教師○○。などもある。名前を聞いただけでおもわず吹き出してしまうものも少なくない。
 さて、その自転車男は、結局目の色を変えて入ってくれたのだった。それでも、
「まけろまけろ」
 とうるさいのである。
 体験入店初日にして初の客がそんな神経の図太いやらしすぎる客だったので、女の子はあんなことやこんなことを無理に迫られたのだろう。
 その客は90分後、満足そうに店をあとにしたのだった。が、女の子はそのままマネジャーに言い、そのまま店を辞めたのである。
 デパート勤務では絶対に貰えない額の給料を提示され、いざ飛びこんだソープの世界は、どうやらお嬢さん育ちの娘には到底勤まるものではなかったらしい。
 そりゃそうだ。即尺、即ベッドなのだから、客はくっさい客。うんちべっとりの客、まだピルも飲んでいないし、調整段階の新人に無理やり生でやろうとする客など、それこそ千差万別なのだ。
 嫌いだから、という理由は通用しない世界なのである。さて、自分が女なら、それが出来るか、自問自答してみる。が、NO!という答えしかない。
 花魁たちには頭が下がった。そしてまた、会長の口癖が
「おまえらにしても俺にしても、女にくわしてもろうてるんや、ええな、忘れるな」
 であり、
「わしらの商売は何を売っとるのか、分かるか、ここはマ○コ屋やでぇぇぇ」
であった。
 ただ、それはあんたら幹部だけや、僕ら下っ端はなぁ、なぁ。と僕は金にならない仕事に対し、鵜呑みにすることはなかった。新人が入っても、すぐに辞めさす訳には行かなかった。また、客がつかなければ、どこかの姉妹店に義理風呂の要請がかかる。義理を頼めば、こちらからも義理返しをしなければいけない。
 とにかく義理風呂はボーイにとって百害あって一利なしなのだ。だから僕もこれ以上給料を減らされてたまるか、となってきてもいた。
 店の前を走る通りは、一応吉原でも随一のメーンストリートである。車は結構通る。そして、こんな吉原を通る車は、大抵すけべ心を抱いた客なのだ。だから、通る車には声をかけ、時には写真があるのをちらつかせ、とにかく話しを聞いてもらうように、自分の前で止まってもらう。それが重要だった。
 しかも、どこのボーイが大声を張り上げ、写真を振っても止まらなかった車が、自分の前だけで止まって、しかも話を聞き、なおかつ店に入ってくれたら、意外とボーイとしてはメーンストリート中からの熱い視線を受け、かつ羨ましそうに眺められるのである。いわば花形スター的存在になれる瞬間なのである。
 一台、いや二台の高級車。遠くからこちらに来る。
「うひひ、どこにも止まらんな、いただき」
 と思い。僕はズボン裏に隠し挟んでいた娘の写真を数枚抜き取り、それを高々と掲げ、大きく手を振りながら、「どうですかお客さん」
 と大声で連呼したのだった。覆面パトカーの見分け方も、その頃の僕は十分できる。
「うん、覆面ではない」
 そう確信するとますます大きなジェスチャーをしていた。車がキキーーッと急停車する。どうやらほかの店のボーイは声を誰もかけていなかったらしく、僕だけがかけていた。
「おや、みんな馬鹿だね、それともやる気を失せたのかな」
 と思っていると、止まった二台の車の全部のドアが一斉に開いた。次の瞬間、僕は自分の馬鹿と思いながらただ金縛りにあうしかない。
 そう、地元ヤクザの車だったのだ。全部のドアが開き、すばらしく色艶の良いスーツをおめしになられる方々が、一斉に僕を睨み、
「おうこらー気安く声かけてんじゃねーぞこらー」
 と一斉に罵倒の言葉を浴びせ始めた。
「なんてすばらしい方々なのかしら」
 と思いながら僕は関東一綺麗なお辞儀をしながら、何度も「すいませんでした」
を連呼したのだった。
 ほかのメーンストリートのボーイ達は、みんな分かっていて声をかけないでいたのだった。ドアが一斉に閉まり、その方々はさっそうと僕の前を通りすぎ、どこかに消えていかれたのだった。マネジャーが来た。
「まあおめえじゃ無理だろうがよ、ああ言うときは逆に言いかえさねえとダメなんだよ」
 完全に放心状態の僕だった。
「こちらも声をかけるのが仕事なんでね」
 といえばいい。マネジャーは僕を殺す気かと思った。そして最後にこうもいった。
「声かけられたいんだよ、本当は、嫌なら違う道通れば良いんだ、わざわざ声かけられるの知ってて、ここ通るの。奴らは」
 喧嘩相手がほしいのか、いちゃもんつけて金でもほしいのか。とにかくヤクザ数人VS僕ちゃん1人という対戦にならなくて済んだ1日だった。(イッセイ遊児)

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