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2007年11月 3日 (土)

『吉原 泡の底』 第40回/マネジャーの凶行、ただただ激しく

 いじめが激しさを増すのと、売上が伸び悩み、同時に常連が離れていき、また売上の高い娘もやめていくなどの悪循環が生まれていた。
 マネジャーのヒステリーは日に日に増す。会長という陰のボスに怯え、店長に文句を言われ、それを僕らボーイにいじめという形で表現するのだ。
 が、しかし、さすがにいじめいじめ、暴力では限界がある。スタッフは恐怖で支配しても、客はそう馬鹿ではないのだ。
 店長もこの時期になると、脅しや恐喝だけではそろそろ限界と分かってきていた。
 マネジャーがヒステリックに怒鳴り散らしていると、逆に僕らをかばうそぶりまで見せてきたのだ。
「まあまあマネージャー。ケンタッキーでも買ってこようか」
などとご機嫌をとり、なんとかその場を凌いでくれる。
 このころから特に僕は店長が助けてくれ、かつ特別な呼び名で僕を呼ぶようになった。
「マル」
 である。後ろから見ると太っていて、まるで人間の形ではなく、丸丸としているからずばりマルである。
 名前で呼ぶよりも呼びやすいからか、マルと呼ばれるようになると次第にマネジャーも僕には殴ったりはしなくなっていく。ただ、相変わらず怒鳴ることだけはなくならないのだが。
 また、渾名で呼ばれると言うのは、R店のみならず、吉原ではある意味少しは認められたことを意味する。よって、本名の名前で呼ばれているというのは、まだまだ「勘違いするな、まだ認めんぞ」ということでもあったりもする。
「~ちゃん」
 であればまだかわいい。
「○○」
 と本名で呼ばれているうちは、まだ問題ありと見られているのだ。よって、僕はマルと呼ばれることにより、少しは信用を得た、ということでもある。
 たとえば、警察に連行されれば、幹部を売らない、や、ボーイとして一定のラインに達したなどである。ボーイにとって一番重要なのは、いかに自分が電話一本で客を呼べるかである。
 それが多ければ多いほど出世できる。
 僕などは携帯電話に100人を超える客の番号が入っていた。名刺を勝手につくられ、それを上がってきた客に配ったり、あるいはアンケートというものを書いてもらい、最後に会員カードをつくってもらうのだが、その際連絡先を書いてもらうのである。
 アンケートというのは、店長がこんなことを聞いてみろ、みたいな事を聞いたり、三択などをしてもらうのだった。
 そのアンケートの1番始めの項目は、

・即尺はありましたか
   はい
   いいえ

 であり、いずれかに○をつけるのだ。もし、ここで「いいえ」に○をつけられれば、その後マネジャーに呼び出されて、再教育と称されて研修を受けさせられる。それは本番こそしないものの、時にわからぬもので、マネジャーと娘の裸の研修を意味するのだった。この研修は本来どういった流れで、どのようなサービスをするものかを促すものだ。
 だから、マネジャーが遊び半分、自分の快楽のみを重視したふざけた研修をすれば娘だってまじめでしっかりしたサービスをすることはない。
 そして、それが巡り巡りまたアンケートで苦情になり、マネジャーが心のない叱責で適当に済ましてしまうので、まったく悪循環が永遠と続き、ゆえに常連客は離れ、新規の客も驚きを隠せない様子で、何となく話しやすいのか、よくボーイである僕にこっそりと耳打ちしてきた。
「ねえ、ここR店だよね、6万5千円の高級店だよね」
 そう言って首を傾げるのだった。僕も、
「そうです」
 と冷たく素っ気無く言い放す。ここで無傷でいるためには、かわいそうだが客に犠牲になってもらうしか方法がなかったのだった。
「ありがとうございました」
 といって客を見送ると
「2度とこねーよ」
と捨て台詞を言い、怒り爆発で帰る者もいた。それを見たマネジャーが逆切れし、フロントを飛び出し、その客を追いかける。
 やばい、傷害事件になりかねない、と思い、一応体重がマネジャーの倍はあった僕は、飛び出したマネジャーを止めに入ってなだめたこともある。

 オートバイで来た客がいた。750CC以上のエンジンで、大型というやつだ。出たがりのマネジャーがおお、カッコイイバイクやなという。僕が押して裏の駐車場に置いてこようとすると、
「まちいなぁ」
 と言う。そのオートバイにまたがる。免許はあると言い張っていた。それに昔は暴走族まがいのことをやっていたとも豪語していた。
 オートバイのエンジン音が大きく、通り1杯に轟音が響いている。
 ほかの店のボーイも何事かと見ている。その時、思いきり転倒したのだった。
 オートバイは重く、中々おきあがれない。店長が出てきた。僕に言う。
「おい手伝ってやれ」
 道の真中で倒れているバイクとマネジャー。それを見る他店のボーイ。恐らくこのマネジャーはどの店からも良く思われていないし、このマネジャーにいじめられ、R店を辞め、同じ通りの違うグループの店に移るものも多い。
 マネジャーを助ければ、僕も白い目でみられるのだが、仕方がない。オートバイを起こし、「大丈夫ですか、怪我は?」というと「平気やボケ」とくる。
が、しかしです。
「マ、マネジャー。ないですよ。ステップが」
 そう、オートバイの片方のステップ(足を乗せておく所)が見事に折れていて、ない。
 「ヤッバー」といいそうになり、口をふさいだ。
 弁償ともなれば高額である。店が持ってくれるわけがない。マネジャーはそれを見て、こう言い放った。
 「ああ、これか、始めからなかったで」
 「ええーーーっ」
 空はもう暗くなり始めていた。(イッセイ遊児)

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