亀田一家とマイク・タイソンの微妙な接点
奇妙な世界戦だった。
11日に行われた内藤大助対亀田大毅のWBCフライ級王座決定戦である。ご存じの通り亀田側の反則行為が明らかになり、さんざん持ち上げてきたメディアによる吊し上げも発生。ついにはJBCによる処分が下された。まあ、処分が下されたのも当然だろうと思う。ただ、ここでは触れない。
むしろ気になったのは、亀田陣営がどういった試合展開を思い描いていたかである。両手で顔をがっちりガードするピーカブースタイルで直進。頭を左右に振るウィービング、相手のパンチを殺すヘッドスリップもなし。そのうえベタ足。しかもステップインが遅い。
これでは近い距離でクリンチして、距離を保ってジャブを打ち続ければ勝ててしまう。パンチを避けることなく、ジャブもなく、ただただ突進してくる相手など老獪なチャンピオンにとって格好の餌食でしかない。
まして今の採点はポイント・マスト方式であり、1ラウンドごとに点差を付けていく。ステップインすることもなく打たれ続ければ、判定で大差が出ることなど火を見るより明らかだ。また今回の試合では、あえて正面に立った4ラウンド以降の内藤にも大毅は打ち負けてさえいる。
もし亀田側に戦略らしきものがあったとすれば、ピーカブースタイルでパンチをしのぎ、カウンターのラッキーパンチを待っていたというところか。あるいは内藤の年齢によるスタミナ切れを狙ったか……。
勝負に絶対はない。にしても試合以前に大勢は決していたといえる。
そもそも亀田大毅はピーカブースタイルに向いているボクサーなのだろうか。このスタイルで有名なボクサーといえば、米国のヘビー級チャンピンだった2人、フロイド・パターソンとマイク・タイソンである。ともに名トレーナー、カス・ダマトが育てた選手だ。両者ともパンチ力はあったが、ヘビー級にしてはやや体が小さい。だからこそリーチが大きな武器となるアウトボクシングの攻撃をピーカブースタイルで完全に防ぎ、一気に懐に潜り込んでインファイトでラッシュをかける戦法がピッタリだった。
しかし亀田大毅の身長は168.5センチである。フライ級の選手として低い方ではない。実際、内藤より5.5センチも高い。今回の試合では身長の低い内藤の方がリーチが長かったが、フライ級の試合で完全に劣勢になるほどリーチに苦しむことはなかったはずだ。
またピーカブースタイルのディフェンスは爆発的なスピードが必要となる。距離を一気に埋める足も必要となるし、ガードを破られないようにするために打ったパンチを引き戻すスピードも重要だ。さらにギリギリでも相手のパンチをかわせる素早いヘッドスリップも欠かせない。実際、全盛期のマイク・タイソンはウォームアップを終えた状態で入場し、1ラウンドの鐘とともに猛烈なスピードで相手に切り込みKOの山を築いてきた。ベタ足の大毅に、このような闘いを期待する方が無理だろう。
もう1つ、インファイトで決着を付けるならコンビネーションの多様さも重要になってくる。クリンチされる前に一気にラッシュをかけなければならないのに、大振りなフックだけでどうやって倒そうというのか。
このように書き連ねると、亀田陣営が負けを覚悟していたとしか考えられなくなる。ところが反則まで繰り出したことを考えると、とにかく勝つ気でいたらしい。
では、どうやってと考えると先には進まない。結局、「根性で」という結論しか浮かばないのだ。
もともとカス・ダマトが考えたピーカブースタイルは、かなり高度な防御テクニックを必要とする。根性で選ぶような代物ではない。じつは野獣のようなイメージの強いマイク・タイソンでさえ、全盛期はトレーナーの指示通り完璧に打ち込んで勝ったという。ラウンドごとにサインを出され、その通りにコンビネーションブローを放っていたとも報じられている。
つまり同じピーカブースタイルを取りながら、タイソンは戦術通りに、亀田大毅は戦術すらなく闘っていたことになる。ただし2人には奇妙な接点があった。それは父親への過剰な思い入れである。
亀田一家が堅い結束で結ばれていることは広く知られている。兄の興毅は「ファイトマネーでオヤジに家を建ててやりたい」と常々語っていたし、大毅も昨年8月のウィド・パエス戦にかんして「親父とお兄ちゃんがセコンドについてくれれば心強い。いつもそうやけど、今回も家族みんなで勝ちにいく」(『デイリースポーツ』06年8月18日)と語っている。離婚して母親が家を出た後、男手一つで自分たちを育てながら、ボクシングまで仕込んでくれた父・史郎を子どもたちは本気で慕っていた。
この親子関係はタイソンとカス・ダマトにも通じる。ダマトは札付きの非行少年ばかりを収容する施設にいたタイソンを養子として迎える。義理の父であるカス・ダマトについて、タイソンは次のように語ったという。
「カスはオレにとってオヤジ以上の存在だった。誰でもオヤジになることはできるが、しかし、それは血がつながっているというだけの話だろう。カスはオレのバックボーンであり、初めて出会った心の許せる人間だった」
「オレは勝ってただカスの喜ぶ姿を見たかっただけさ」(二宮清純ホームページ『SPOROTS COMMUNICATION』より)
尊敬すべき父でありトレーナーの存在。それはボクシングの闘い方にも大きな影響を与えた。絶対の存在である父に、子がすべてを任せて身を投じるスタイルだ。
テレビ番組『ZONE』で取り上げられた14歳の亀田興毅は、インタビュアーから「どうやって調整するの?」とたずねられ、「分からん。おやじに任す」と答えている。続けて発せられた「親父さんに任せておけば安心?」との問いにも、「うん」と当然のようにうなずいた。
しかし父・史郎はプロボクサーとして活躍したわけでも、トレーナーとして造詣が深かったわけでもない。同じく『ZONE』で彼は「プロにならへんかったからな。だから誰のトレーナーも頼りにせんと、オレの手でやったろうなという気があるからな」と語っている。さらに練習方法についても「全部、頭にパッと浮かんだもの」ともメディアの取材に答えている。
こうした練習にボクサーが不安を覚えてもおかしくない。というより不安がって当然だろう。しかし不安を父への愛情で押しつぶし、亀田兄弟はリングに上がった。だからこそチャンピオンになったとき、兄・興毅は「親父のボクシングが世界に通用することを証明できて、よかった」と号泣したのである。
一方のタイソンもダマトの指示を疑うことなく実行した。ただダマトは真のしかも一流のトレーナーだった。タイソンが冷静に指示通り動いている限り、そのボクシングに隙ができることはなかった。ここに亀田兄弟との大きな違いがある。
だが、他人任せの攻撃スタイルは別々の形で崩壊を迎える。
タイソンはダマトの死をきっかけとして、ファミリーというべきチームが徐々に崩壊。しまいには王者イベンダー・ホリフィールドの耳を噛みちぎる暴挙に出て、ボクシング人生を終わらせた。
亀田大毅は父と兄の言われるがままに反則を繰り返し、それでも変わらない形勢に苛立つように相手を投げ、結局1年間のライセンス停止となった。
もともとボクシングが好きではないとも報道されていた大毅にとって、ボクシングは父への愛情表現だったのかもしれない。一方、父・史郎にとって、ボクシングは社会へのケンカだった。
働いていた解体の現場で子どもたちに銅線を拾わせて生活しなくちゃいけなかった辛さ。素人の練習方法だと酷評された悔しさ。それをバネに子どもたちを指導していった。
「アホちゃうかと、おかしいと思っていると思う。そやけどコイツラが世界チャンピオンになって見返したったらいいわけや」(『ZONE』)
今から6年前、そう言って父・史郎は胸を張った。その必死の虚勢が今悲しく聞こえるのは、わたしだけだろうか。(大畑)
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コメント
亀田兄弟がむちゃくちゃぶりをしてきたのは悪いし 確かにボクシングスタイルは完成されてません。が もう少し長い目で見てあげられないんですか?群れで犯罪を犯す不良少年を取り上げ批判するのはいくらしてもかまわないが 真剣にボクシングに打ち込み間違いを犯したことを反省し ひたすら世界王者を目指す彼らを黙って見守ってやりましょうよ。人間だから間違いは犯しますよ。そのときは厳しく叩いていいです。タイソンスタイルを目指してもいいじゃないですか。時間かけずに完璧にタイソンにはなれませんよ。彼らなりに目指していいじゃないですか。いつまでも批判して叩きすぎですよ。彼らが引退したとき それでも間違いを犯し実力のないボクサーだったら好きなだけ叩きばいいじゃないですか。今は見守ってやりましょうよ!俺はダイキのスタイルは好きですよ。タイソン目指してるのは一目見ればわかるしこれから完成させていけばいい。彼らは努力して世界王者を目指してます。叩きすぎないでください。アンチファンとかも彼らを批判する暇があったら自分を磨けよ! 俺は誰がなんと言おうと彼らを応援しますよ。ずっと。絶対彼らは世界王者になります。失敗を繰り返しながら人間は成長していくんで
投稿: 東京のボクサー | 2008年11月12日 (水) 12時33分
>いつまでも批判して・・・
これ一年以上前の記事なんだけど。
タイソンとかパターソン、日本なら辰吉のようなパワータイプのボクサーって二十歳位で全盛期を迎えてるよね。
ダイキは今年二十歳だけどどうなるかね?
タイソンは十二歳から一流トレーナーの指導を受けてたけどダイキは?
俺は実力の伴わないビッグマウスは嫌いだからこいつらは見たくないな。
それにしても引退したら彼らはどうするんかなー、
タイソンはホームレスになったけどな(笑)
投稿: 横浜の学生 | 2008年11月13日 (木) 15時08分
俺は前言を撤回して大毅に謝罪しなければならない。
大毅は実力的に何ランクも上のデンカオセーンに対してよくがんばったと思う。
今回は負けてしまったが打たれ強さは十二分にあるし、
体力をみれば鍛えてるのはわかるし、
感情も抑えられてたし、今度挑戦する機会があればひょっとしたらひょっとする結果になるかも。
カミプロのサイトみたら敬語使えるようになってたし本当にこの二年頑張ってたんだ。
最初はアンチだったけど成長した姿をみてなんか好きになっちゃったよ。
他のジムにいって技術を磨いたりして、
いつかチャンピオンベルトを巻いて欲しい。
そして俺みたいなアンチを見返してほしい。
投稿: 横浜の学生 | 2009年10月11日 (日) 16時20分
俺はあのスタイルは大嫌いだ!まぁ野球に例えるなら、絶対ホームランを打つと宣言しておいて、うまく当ててヒットを打とうとするセコいバッティングのように見える。思い切り三振しろ!と言いたい!あれで世界チャンピオンか・・・もう日本のボクシングは見たく無い。7番バッターの実力で、4番バッターのような態度はするな!と言いたい辰吉さんのような、四番バッターの試合が見たい!常に相手に強いパンチを出す為ノーガードで打たれても、相手を倒してやるという強い心が辰吉さんの試合場面には必ずあって、そこにファンは酔い、負けてしまっても逆に魅力的で心から応援してましたそれに対して、あの偽物は態度だけ真似して、応援するどころか逆に打たれろ!と思わせてしまう程酷いです。7番バッターらしくしろ!と言いたい!彼に四番は打てません。
投稿: 下町のスラッガー | 2011年1月16日 (日) 23時33分