「死化粧師」を観る 第1回/遺体と向き合う
■「エンバーマー」。聞きなれない言葉だし身近な存在でもないが、たしかにその職業はある。正体についてはよく分からない。
「死んだら全部終い(しまい)なんじゃー」的な男気あふれる(?)生き方をしている者でも、葬祭業関係者には後々お世話になる。本人には関係なくても残された人たちには関係がある。そう考えると、葬祭業も死者に接しながらにして生き続ける人々にはたらきかける職種ともいえる。
これから毎週日曜は元・葬祭ディレクターの小松朗子さんがドラマ『死化粧師』に関してや葬祭にまつわる事柄について書く。それは私たちが知る日常とはちょっとかけ離れた世界、かもしれない。(編集部)
* * *
本日より、テレビ東京の深夜枠で「死化粧師」がはじまる、というので見てみることにした。
「死化粧師」は、祥伝社のレディースコミック「フィールヤング」(物悲しい名前だ)で連載されている、三原ミツカズ氏のコミック。比較的太い線に彩られたゴスロリな雰囲気には根強いファンもいる。人間と人形の境界線をあやふやにさせる「DOLL」、死後天使となった子どもが登場する「たましいのふたご」など、生と死にまつわる精神の深いところを抉り取ろうとするのが三原風だ。
「死化粧師」とは一体何ぞや、といぶかる方も多かろうが、エンバーマーである主人公の間宮心十郎そのひとをさしている。エンバーマーとは、遺体修復・衛生保全を行う技術者のこと。血液を抜いて防腐液を入れ、必要とあらばパテで部分修復を施す。現実、日本にはまだあまりいない。技術取得のためには専門の学校で医学に基づいたエンバーミング(遺体衛生保全、と訳される)の理論・実践を学ばなければならないが、アメリカの専売特許のようになっており、日本には数えるほどしかない。しかも知る限りでは片手で余る。
あ、はじまった。前フリをまだ書き終わってないのに、ドラマが始まってしまった。改めてキャストを見ても…深夜枠だからか、知ってるキャストがまったくいない。国生さゆりくらいだ。
■公式サイト:http://www.tv-tokyo.co.jp/shigeshoshi/
今回のエンバーミング対象者は、バレリーナの詩織。交通事故で右足を失い、そのままお亡くなりに。数日後にはバレエの舞台に主役で立つことが決まっていて、優しい婚約者もいた若い子なのに。
途方にくれて泣き喚く婚約者に、葬祭コーディネーターの小林恋路(忍成修吾)がそっと語りかける。
「詩織さんが、また天国で踊れるように、時間を元に戻せる、魔術師がいます」
それはもちろん、エンバーマーの間宮心十郎(和田正人)のこと。
ああ、その一言で一体おいくらまんえんの仕事をとるのかしら、と、えげつない事を考えてしまう。
私も恋路の立場にいたことがあった。2年前まで、葬祭ディレクターをやっていたのだ。もちろん、間宮心十郎のようなエンバーマーはいないから、やれるだけのことは自分でやることになる。
最初の頃は、遺体に触るのもイヤだった。はじめてお客の家にお邪魔して、布団に休んだ故人を見たときの感覚を今でも覚えている。怖いとは思わなかったが、驚きもしなかったが、なんというか、ショックだった。自分でも、あの感覚は一体なんだったんだろうと思い出すたびに考える。しかし1ヶ月がたち、2ヶ月がたち、仕事に慣れてくると、うっかり故人をまたがないように気をつけなければならないほど神経が麻痺していた。以前は、遠巻きに、近づかないようにと神経を張っていたのに。
ドラマでは、心十郎がバレリーナに衣装を着せてやっている。
同僚が、あと数日で結婚式だった故人にウェディングドレスを着せたことはあったようだが、私にそういった華やかな過去はない。
しかし、服を着せたことなら何度かある。
警察が変死体の検死を行うとき、そのご遺体は裸にされることがある。
「変死体」とは、なにも特別な遺体の事を指さない。自宅で亡くなった場合はすべて変死扱いとなり、自殺体と考えられた場合でも、一応検死が行われる。
そんな事情で、たまーに病院ではなく自宅に直接来て欲しいといわれ、おうちに上がってそっと布団をめくると、一糸まとわぬ状態だったりするものだ。
心無い警察が業務のみを果たし、そして心無い検死担当医師が看護師を伴って来ず、浴衣を着せてあげなかったりすると、こういうことになる。
まさか、葬儀屋まで心無い仕打ちをするわけにもいかない。
死後硬直が始まっており、腕を抜く作業が一番厳しいが、汗だくになりながら着せていく。世の中には、背中の開いた浴衣もどきもあったようだが、そんな便利なツールはないため、すべてが力作業。その代わり、着せられたときには達成感がある。遺族に感謝されて満足なのか、目標を達成することが出来て満足なのか、自分でよく分からなくなってきていたりしたものだ。
果たして、エンバーマーの満足は、どちらから来るものなのだろう。
「エンバーミングが終わった後は、いつも、寒い…」と震えている間宮心十郎には、そういう感覚自体がないのであろうか。
じゃあ、なんでわざわざエンバーマーになんてなったんだ?(小松朗子)
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