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2007年10月27日 (土)

『吉原 泡の園』 第39回/Tさんが見た泡の園

 朝、いつもと変わらない。朝は幸せな人にも、辛い渦中にいる人間にも平等だ。眠りから覚めると11時頃である。いつもならば布団から出て店に向かう。
 だが、昨日暴力を受け、憂鬱な朝を迎えていた。このまま飛ぶか、ふとそんなことが頭をよぎるのだった。
 楽になれる。そうだ、これは刑務所の中でもなければ、僕は戦争で捕まった捕虜でもない。ここは日本だ。民主主義の国だ。辞めてもいいんだ。が、金がない。
 上手く出来ていた。ボーイに寮を提供し、そのかわり、貯蓄の出来ないようにする。1度奴隷になったなら、もう帰すつもりはない。それが暴力団仕込みのRグループのやりかただった。
 金がないから出られない。だがマネジャーをあそこまで怒らせたのは今のところ僕だけだ。ああ、袋小路か。
 そう思ったとき。
 ドカドカと凄まじい音をたて、廊下を闊歩する音がする。僕の部屋には鍵があり、一応は毎回しめている。
 ドアが叩かれた。
「開けろやイッセイ」
 続けてまたドアが叩かれた。
「ひぇえー、ま、マネジャーだ」
 昨日の暴力の熱が冷めないのか、それともまだやり足りないのか、同じ部屋のEちゃんも驚いて起きた。
「はい」
 恐る恐るドアを開ける。マネジャーがスーツに着替えて立っている。
「いくぞイッセイィィ」
 気合でそう言った。そう言うことで、昨日のことはもう終わりや、そう聞こえた。
「あ、あっはい」
 胸中複雑だったが、もしここで終わっていたら東京から去ったかもしれない。一応は夢の道から脱線せずにすんだ。ただ、そんなことくらいでマネジャーが変わるはずもなく、店では相変わらずではあった。
 次に暴力のターゲッツトになったのは長野出身のTさんだった。気の弱そうな笑顔をするのだが、いじめは人を、いや、いじめは人の心を変えるといっても過言ではないと思う。それはいじめる加害者もさることながら、時に、被害者の心もすさみ、そしてすれる。
 いつも田舎ののんびりした笑顔を見せていたTさんも、どうやらマネジャーのいじめにより、心がパンパンに一杯になったらしく、そのパンパンを放っておくといつか破裂する。
 それを防ぐためには、時々ガス抜きをしなければならず、そのガス抜きのターゲットが僕だった。
 本来かばってくれるはずの先輩が、事あるごとに、
「ああ、それはイッセイです」
「それやったの確かイッセイですよ」
「関口、タラタラするな、走れ」
 などと店長のようなことを言い出したのだった。そしてそれは全てまずは自分がそう叱られたことを全て、僕に言い始めたのだった。
 僕は怒りに燃えるというよりも、むしろ悲しかった。
 人は変わるのだ。ただ、それは環境や人により、良くも悪くも変わる。Tさんは悪く変わったのだ。それはこの環境や、人、当然僕自身にも原因がある。そうしたTさんを悪く変えてしまった僕らR店の人間と環境に絶望した。同時に、Tさんには申し訳ないことをしてしまったと思った。人はどこでどうなるか分からない。昨日まで幸せだったのに、次の日はTさんのようになっていることもある。
 もし、車の事故がなければ、Tさんは長野の片田舎で、嫁さんと静かに家庭を築き、もしかしたら幸せに暮らしていたのだ。
 が、それがどうか、後輩を無意味にいじめ、吉原で義理風呂に行きながら、いつまでたっても貯まらない金の心配をして生活している。
 それを思うと、いてもたってもいられないほどだった。
 いいよ、Tさん、僕はいじめられても。僕は不覚にもR店の1階大広間兼ボーイの待機場で、涙を流してしまった。もちろん、誰にも見られないようにである。
 ごめんTさん、ごめんよ。あんなやさしかったTさんをこんなに苦しめ、変えたのは僕らだ。
 マネジャーに合わせ、好かれる為に、話しを合わせる努力もしていたのだった。
「マネジャー、やっぱ覚せい剤ですよね」
 などと悪ぶってみせる。が、そうした努力が全て裏目に出ていた。
 仕事が終わり、ビールを買って持って来い。といわれたので、買い物をし、マネジャー達の部屋に持っていき、ドアを開けたとき。
 ベッドの下から上の部分を寝そべりながら足で蹴り、Tさんが蹴飛ばされ空中に何度も浮いている光景はまさに、「いじめ」「暴力」だった。
 Tさん。
 とめてやれない僕も同罪だった。(イッセイ遊児)

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