『吉原 泡の園』 第38回/殴られて崩れ落ちる夜
さて、仕事のは何ヶ月たっても怒られっぱなしの日々の中、さすがにTさんをはじめ、先輩方はそろそろ精神的にも危険な状態になり始めていた。
Eちゃんなども、
「あいつ怒り過ぎだよ」
とマネジャーの陰口をこっそり僕に言ってくる始末であった。
店の方も、マネジャーが存分に悪徳振りを発揮し、女の娘の教育は幹部クラスのマネジャーが託されていたが、研修と称して本番などを強要するなど、その悪徳振りは自民党のように日に日に悪化していくのであった。
店のホームページにもウイルスが進入し、わけがわからぬほどひどくされた。
それでもマネジャーの目は覚めない。
というよりも、これではまだ日本人に対する、あるいは両親にたいする、いや、社会に対する復讐は足らない、と言わんばかりなのだった。
クタクタになりながら仕事が終わって焼き肉屋に付き合ったある日、金がないのは僕もマネジャーもお互い様だった。だが、マネジャーは見栄を張るのが好きで、どうしても割り勘にしている自分自身が気に入らないらしかったのだ。
それをつゆしらず、酔った僕は
「さて、けえるか」
とマネジャーが言った後、
「はいはい」
と言いながら金をマネジャーに渡したのだが、その渡し方がどうも気に触ったらしく、
「ああ、おお」
と何だか一瞬顔色が変わったのだった。僕はついお札をつまむように持ち、揺らしながら渡したのだった。
寮に帰る道すがら、僕とTさんは、
「マネジャーが高級マンションに住めるように、がんばろうな」
と僕とTさんとで話していた。
本当はTさんは心にもそのようなことは思っていないはずだった。だが、一緒の部屋にいるのだ。僕は隣りの部屋に行けば開放されるが、Tさんのストレスは半端ではなかったと思う。
2人してそのようなことを言っているのだから、さぞマネジャーも鼻が高いだろう。と僕も一安心して寮についた。
マネジャーとTさんが自分達の部屋に入る。僕はそれを見て、
「じゃあ、どうもっす」
と軽く挨拶したその時だった。マネジャーがドアから半分顔を出している。酒で顔が真っ赤だ。
ドアがゆっくり、スローモーションのように開いたと思ったら、
「おいこらテメー、はきちがえてんじゃねえぞこら」
まずスネ付近に蹴りが入った。
一瞬突然の出来事に、理解できないでいた。次に襟首を捕まれ、そのまま僕の部屋に引っ張られていく。
午前2時過ぎ、ビルの3階には、R店のボーイと、姉妹店のマネジャーの一番弟子でもあるSさんなどがいた。それに姉妹店のやはりイニシャルはRの従業員がいたのだが、
「おおこらーてんめぇ%$34#$#09」
などと意味不明の言葉を大声で怒鳴り散らすのであった。
「ひ、ひぇぇぇぇー」
その時は生きた心地がしなかった。ヤクザに監禁されるのは、きっとこんな気分なのだろうな、そうおもいながら、ああ、明日からどうしたらいいんだろう、などと思い、下を向きながら考えていると、
「うっ」
ボディにパンチが入った。
そのまま崩れ落ちる僕。床に顔をドカンとぶつけた。その床は普段、ねずみが這いずり回る不衛生的な床だった。人間は、こんな極限状態にも関わらず、そんなねずみが這いずり回っている床に、今僕の顔をこすり付けている。
床に倒れ、起きあがろうとすると顔めがけてパンチが飛んでくる。それが見えた。
「ひぇえぇー」
と顔をガードすると、一瞬パンチが止まったが、ガードを解除するとまた、パンチをするかのような姿勢をとる。 息と心臓が激しくなる。
マネジャーは青鬼のようだ。
「テメエはそんなに銭もっとるんかぃ」
息を切らせながらマネジャーが言う。
「ひぇえぇぇー」
僕は首をふる。
「俺は、銭を大事にせん奴が1番腹たつんじゃ」
「???」
「へッ」
それを聞いたとき、ああ、この人はただ単に、僕をいじめたかっただけなのだな、そう確信した。
金は大事にしていた。義理風呂で大変だと思い、支払いの時、金を出しただけだったのだ。
あー、明日からどうしたものだろうか。
心臓の鼓動が高鳴る中、布団に潜りこんだ。眠れそうもないが、目をつぶるしかなかった。
これが吉原の素顔か。この人間関係こそが、偽りのない吉原の人間関係だ。欲望は暴力で解決する。
涙もでないまま、いつしか眠りについていた。(イッセイ遊児)
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