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2007年9月 5日 (水)

ブレヒトの異化効果を狙った小泉と同化する安倍

政治とはつまるところ未来を占う営みである。未来は誰にもわからない。したがって政治家は占いが当たったかどうかという結果責任を問われる。
未来が誰にもわからない以上、政治の選択は基本的にフィクションである。そのトップにある内閣総理大臣はしたがって偉大な劇作家あるいは祈祷師といった役割を期待される。有権者は首相の描いたフィクションに感じ入るかどうかで一票を託すであろう。
しかしフィクションはフィクションとバレバレではフィクションたり得ないとの宿命を持つ。フィクションの極致はファンタジーであるが、ムーミンやスナフキンやミーが「あり得ない」と読者に思われたら生命を失う。フィクションだ……もっと強く言えば「ウソだ」と公言しておきながら読み手が「あり得るかも」と信じ込めそうな設定や配置を生み出してこそファンタジーは成り立つ。この難度の高さゆえ私は成功したファンタジー作家を尊敬する。

政治という名のフィクションを「あり得るかも」と信じさせる最も安易なのはノンフィクションを装うとか民主党が先の参議院選挙で用いた「政治は生活だ」と訴える手法であろう。多くの有権者が望んでいると推測される政策課題の順に重きを置けばいい。
一番楽なのは世論調査への迎合だ。これをポピュリズムとするならば、その名をしばしば冠された「小泉劇場」は実は正反対だったのかもしれないと最近になって考える。

ポピュリズムは大衆に迎合する。これを大衆への同化とみなせば「小泉劇場」はブレヒトが用いた「異化」の術ではなかったか。
ブレヒトの論を私流に解釈すれば「小泉劇場」は政治はフィクションだと声を荒げて訴え、とりわけフィクション性の高い課題にのめり込む姿勢をみせる。自民党員が有権者とわかっていて意味がないはずの街頭での演説で彼は総裁選挙を勝ち抜いた。実利は誰にもないとわかっているのに靖国参拝を続けた。05年総選挙の直前まで国民のほとんどが大した課題と考えていなかった郵政民営化を争点にして解散に打って出た。小選挙区で自民党支持基盤が二分されれば民主党が漁夫の利を得ると大方の政治評論家がみなすなかで民営化反対の自民党現職(総選挙時は前職)を党から叩き出して色物の刺客を送り込んだ。

異化効果は前提として荒唐無稽を要求する。「小泉劇場」は以上のように常識で考えれば損(または無意味)な選択をあえてし続けたから荒唐無稽に値する。それが成功を収めたのは異化の次のような作用によらないか。
すなわち「政治とはしょせんフィクションだ」と声を大にして叫ぶことで有権者は「そうだったんだ」と改めて認識する。政治がフィクションであるという命題は正しいけれど大半の政治家はそこを隠す。だから「小泉劇場」は正しい命題を未知の新鮮さにくるんで大衆の頭へ放り込んだ。その上で「政治とはしょせんフィクションだ。私の主張はそのなかでも最もフィクション性が高いテーマだ」と畳みかける。
誰がどう考えても突飛な、つまり「ありきたり」から最も遠い政策課題を掲げ、のみならずそのために無為とも思える行動を断固として実行する姿をみせることで大衆は革命への参加に似た共感を覚えるとともに闘争本能に火がつく。対抗する相手は「ありきたり」だ。小泉前首相の髪型や口調も「ありきたり」とはほど遠かった。

ただしこの手法では抑圧は蓄積されたまま解放できない。大衆が我に返れば当然優先順位の1位に据えるに違いない「政治は生活だ」からなるべく遠いテーマを故意に選んで荒唐無稽な悲喜劇を演出するのだから。

安倍晋三政権も当初は「小泉劇場」を受け継ごうとした。憲法改正論議や防衛庁の省昇格などだ。と同時に「ありきたり」もこれまた当初から見受けられた。復党問題など典型である。「小泉劇場」では不利とみられていた支持基盤の分裂をあえてして総選挙へ挑んだのに安倍政権は参議院選挙を前に支持基盤の再結集という「ありきたり」な理由で党へ戻した。革命の血の臭いに酔ったつもりの有権者は何だとしらける。
そして靖国参拝も控え、年金問題という「政治は生活だ」そのものが問題視されると憲法改正論議を脇において「ありきたり」の土俵へ乗った。あの辺がターニングポイントだったように思う。小泉前首相ならば「年金よりも憲法だ」と誰も支持しそうにない訴えで雲散霧消させたであろう。揚げ句は参院選挙で「成長を実感に」などと「政治は生活だ」と変わらないスローガンを掲げて異化効果とは正反対のカタルシスへ誘おうとした。
大敗後の続投はちょっと驚いたが『冬物語』でシェークスピアがハーマイオニを復活させたのとはベクトルが逆である。むしろリオンティーズが居直ったの図だ。改造内閣の面々は「ありきたり」そのもの。閣僚の辞任劇はそれなりに面白かったけれど赤城農水相あたりから「絆創膏貼ったから辞めたんでしょ」と事実誤認が定着し遠藤農水相に至っては大半が辞めた理由さえ興味がなかろう。

むしろ小沢民主の方が異化効果を発揮しつつある。何となく国民の多くが仕方ないと思っていたテロ特措法に反対すると駐日米国大使に言い放った。先の大戦敗北後、日本人が秘かに燃やし続けた「反米」が頭を持ち上げる。「アメリカに楯突いていいんだ!」といい気分である。
もちろん小沢一郎氏はアメリカを激怒させてはならないとわかっている。だが特措法衆院可決→参院否決→衆院で再可決ならば結局通る。民主党は与党の横暴だ対米追従だと騒ぐだけでいい。ここまでは大方の見方。対抗するには安倍首相が米政府と気脈を通じておいて民主党のなすまま特措法をなくさせればいい。そして米政府から「ひどいじゃないか」と言ってもらって先の大戦敗北後、日本人が身に染みた「アメリカとだけは戦うな」の心理を醸成して衆議院を解散するのだ。
だがそれにはアメリカに「特措法は廃止となります」と告げて納得を得、シナリオ通り衆院に戻せる期限ギリギリに参院で採決しようとする民主党へ難癖つけて引き延ばし、実際に廃止へ持ち込み「従米か反米か」という荒唐無稽な争点で総選挙に打って出るという太い腹が必要だ。安倍さんにできるのでしょうか。体調にはくれぐれもご注意を(編集長)

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