『吉原 泡の園』第34回/元ヤクザのボーイ
ただ、義理風呂に関しては、文字通り義理を重んじているのであり、これは僕も少しEちゃんやりすぎだぞ、と思いはするが、好き者Eちゃんに、そんな僕らの声は届かない。
なにせ、マネジャーがいくら言っても駄目なのだ。そのいいわけは、
「今日の子、ゴムはずさしてくれなくて、だから全然いかなかったんで、遅れました」
マネジャーも怒らない。そんなEちゃんの90分堪能に憧れて、実は僕も1度だけそんなEちゃんの真似をして、90分帰らず、電話が鳴ろうが出ず、時間一杯義理風呂を堪能したことがある。
いいんだ。Eちゃんもそうだし、しかも怒られもしない。そうか、僕はそう、素直すぎたんだ。これからは自由に、うん。自由にやるぞー。90分後、R店に帰り、
「行ってきました」
と入ると、赤い顔をした赤鬼、いや、鬼マネジャーがデンと構えている。
「テンメェどういう了見しとるんじゃー! いつもあれだけ言うとるだろうに、ああ」
「はいただいま」
今まで優雅だった精神状態から、一気に地獄の1丁目である。
やはり変態だから許される人がいるのだ。僕は変態キャラよりも、どちらかというと奴隷キャラの方だった。
Eちゃん、あんた伊達に苦労してないなぁ、とつくづく思ったのだった。
さて、元ヤクザのFさんは、同じボーイでもどちらかというと紳士的なキャラである。
子供もいる。奥さんもいる。そしてほかのR店のボーイ達が、汚い寮で集団生活して、とても夢の1人部屋などもてないでいる中、Fさんはマンションというリッチさである。
背中に鯉の滝登りの入れ墨を入れていた。
グループナンバー2である社長直々に、他の大衆店からスカウトされ、高級店であるR店に来た。
にもかかわらずである。Fさんはそんな子持ち、妻持ち、マンションローンなどの理由で、義理風呂免除という特殊な存在でもあった。
言ってみれば、国民がせっせとがんばって働いて、税金であっというまに持っていかれる金を、
「あなたは税金払わなくてもいいですよー」
といわれるようなもんである。異例も異例である。マネジャー自ら、Fさんの義理を免除していた。
所ところがどっこいである。そうは問屋がおろさないのが吉原泡の園である。
白い目で若いボーイなどは噂する。
「ずるいねーFさん。しかも仕事もたいしてできねえじゃん、俺らのができるぜ」
言わずと知れたボーイの仕事のできる、できないは、つまりどれだけ呼びたいときに、客を呼べるかである。
それこそがボーイの真髄といっても過言ではないし、呼びたいときに客が呼べれば、事実ふんぞり返っていてもいい。それくらい重要なのだ。
ところが、大衆店にいたFさんは、そもそも客は女が呼ぶものである。という方針の下生きてきた。
なんで、ボーイが男性客に電話したりするのか、そんな感じだろう。
そして、Fさんはヤクザ出身である。そんなナンパな芸当もできるはずはない。
1人も呼べないFさんというレッテルを貼られ、しかも義理にもいかない。
要は使えない、という風になるのに時間はかからない。
だが、Fさんだって全国を回ってきたヤクザボーイとしての意地もある。若いボーイにああだこうだ指導してはいるが、皆しらけ顔で聞く程度であった。
ボーイとしてはエリートコースを歩んできたFさんだったが、マネジャーとの出会いで、そんな自負をも打ち砕かれたのだった。
Fさんは、僕をかわいがってくれた。僕は、ほかのボーイのように思ったことをすぐ口にはださなかったから、そんな所をFさんは彼なりにかってくれたのだろう。
前にも書いたが、Fさんは元極道であった。
背中には立派な鯉の滝登りが描かれている。
「関口、悪いけどシップ張ってくれる」
Fさんにそう言われた僕は、何も知らずに、
「はい、いいですよ」
と快く受け入れた。
そしてシップを張ろうとシャツをめくると、立派な絵画が描かれていたのだった。(イッセイ遊児)
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