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2007年8月31日 (金)

ベトナム・ホーチミンを歩く(上)/バイクの洪水、食堂でフォーにトライ

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Ho1  ベトナムに行ってきた。正式名称はベトナム社会主義共和国(Socialist Republic of Viet Nam)、人口約8000万人、公用語はベトナム語、民族構成は約90%という大部分がキン族(ベト族)、その他に約50の少数民族で構成されている国である。
 長期間の滞在ではないので、今回は南部のホーチミンとニャチャンという2つの街だけ訪れた。
 ベトナムは縦長の国である。統一鉄道を使ってホーチミンから首都ハノイに行くだけで丸1日(24時間)かかるので、今回は「あの事件」的な土地であるディエンビエンフーにもテト攻勢の地・フエにもソンミ村にも行かなかった。北にあるハノイはどちらかというと文化・政治の中心であり、南のホーチミンは経済や流行の中心であるという。
 1975年のサイゴン陥落、南北ベトナム統一を経た76年の国家設立を機にホーチミンと名づけられたこの都市には現在でも戦争証跡博物館をはじめホーチミン作戦記念館、ホーチミン市博物館などいくつかの場所で戦争が語り継がれている。ベトナムではまだわずか戦後30年なのである。そして、ベトナムのドン紙幣の中ではホーおじさんが優しげにこちらを向いて笑っている(しかも、たくさんある紙幣の種類のすべてがホー氏である)
 22日に出発したが、その時点での日本とホーチミンは同じくらいの暑さ、湿度のような気がする。ただ、日本では四季の大きな温度差があってホーチミンは年中暑い。

 ベトナムでは米ドルとドンの2つの通貨が同時に流通している。レストランや宿ではドルを使い、屋台やバイクタクシーではドンを使う、というイメージか。硬貨もあるが紙幣が小額までカバーしているため日本に比べて圧倒的に使う機会が少ない。
 20代の旅行者などでそんなにゴウセイな宿に泊まらなくていい、という場合ならば1週間日本円で3万円もあればラクに暮らすことができるだろう。1泊15ドル程度のホテルでも、騒音さえ気にしなければ快適で清潔なベッドの上で眠ることができる。
 騒音。これがすごい。
 何の騒音かというとバイクのエンジン音と好き勝手に放たれまくっているクラクションである。ホーチミン人たちの足はもう、圧倒的にバイクなのだった。1日だけお世話になった現地のガイドさんによると、ホーチミンの人口800万人に対し400万台のバイクが走っているという。老人や子どももいるからややアヤシイ数字ではあるが(Wikipediaでは300万台と書いてあるからメチャクチャな数字ではないのかもしれない)、それにも納得できるくらいの勢いで、信号が青になるとバイクたちが大山鳴動してドドドドドドドドドっと道路という道路を駆け抜けていく。曲がり角では車線も何もあったもんじゃないくらい色んな方向へのバイクが入り乱れて渦になる。各車スレスレで危なっかしくて見てられないが、滞在期間中に事故はひとつも見なかった。歩行者として歩道を横切るときはけっこう命がけである。右車線ルールに慣れないせいもあるが、どこからともなく車両が突っ込んでくるように感じることがよくある。バスは走っているが圧倒的にバイク。地下鉄は2020年ごろに完成予定だという(10年以上も先じゃないか)。ガイドさんによると大量に出回っている中国製の輸入バイクよりも、日本製のバイクに乗っているほうがモテるのだそうだ。
 とにかく、男も女もバイクに乗ってホーチミンを疾走している。そして誰もヘルメットをしていない。一家4人で1台のバイクに乗るなんていう光景もザラである。たまに見るアオザイを着た女の人までが涼しい顔してバイク。それだけの数のバイクが走っているから当然、空気も汚れている。女の人は多くがマスクをしてバイクを走らせている。バイクにアオザイにマスク。このアンバランスが平然とまかり通っている。そしてなんといっても現代ベトナムの特徴といえば「ヤング」であることをヒシヒシと感じた。人口の6割が30歳以下という若者国家のエネルギーを、ホーチミンの街角に立てば感じることができる。

Ho2  食はどうか。
 ベトナムの食文化では米から作られた麺のフォーが有名だが、果たしてフォーを売り物にした屋台や食堂は数多く見られた。1杯6000ドン、日本円に換算すると50円足らずで食べることができる。何件かの地元民でにぎわう食堂に入り(観光客向けではない場合もあり、じろじろ見られることもある)、注文してしばらくすると、1分たらずでラーメンのどんぶりのような容器に入ったフォーが運ばれてくる。と同時に、枝つきの葉っぱのようなものやミントのようなものも一緒に皿に乗せて運ばれてくる。モヤシがどんと置かれることもある。郷に従うためにあたりを見回してみると、葉っぱをちぎって好みの量のぶんだけ入れ、ニョクマム(魚から作った醤油のような調味料、日本でいう醤油的な位置にあるもの)やチリソースも入れて完成という模様。ベトナムの高湿度の気候と、後にひかない米の麺がよく合っている気がした。そして、たいてい地元民でにぎわう店はどこもウマい。また、多くの店ではでっぷりした体格のおっかさんが店内を見渡したり調理したりし、アレコレ威勢よく従業員(といっても息子、娘の場合が多いが)に指示を飛ばしている。

Ho7_2 はじめてフォーを出す食堂に入ったときのこと。フォーにこの葉っぱを入れるのかな、このソースみたいなものも入れるのかな……と迷っていると、店で働いている女の子が何人かやって来てキャアキャア言いながら好き勝手に葉っぱを千切ってフォーに投げ込んだり、チューブを絞って威勢よくニョクマムを加えたりした。しかもその後、女の子たちは軽く店主に怒られていた。お、おれのフォーが……と思って半ば唖然としていたが、そこらへんのサービスの未洗練さが、土地の姿を映し出し、旅を新鮮なものにしてくれているのだ。■(中)につづく(宮崎)

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