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2007年8月

2007年8月31日 (金)

ベトナム・ホーチミンを歩く(上)/バイクの洪水、食堂でフォーにトライ

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

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astra0911@gmail.com

Ho1  ベトナムに行ってきた。正式名称はベトナム社会主義共和国(Socialist Republic of Viet Nam)、人口約8000万人、公用語はベトナム語、民族構成は約90%という大部分がキン族(ベト族)、その他に約50の少数民族で構成されている国である。
 長期間の滞在ではないので、今回は南部のホーチミンとニャチャンという2つの街だけ訪れた。
 ベトナムは縦長の国である。統一鉄道を使ってホーチミンから首都ハノイに行くだけで丸1日(24時間)かかるので、今回は「あの事件」的な土地であるディエンビエンフーにもテト攻勢の地・フエにもソンミ村にも行かなかった。北にあるハノイはどちらかというと文化・政治の中心であり、南のホーチミンは経済や流行の中心であるという。
 1975年のサイゴン陥落、南北ベトナム統一を経た76年の国家設立を機にホーチミンと名づけられたこの都市には現在でも戦争証跡博物館をはじめホーチミン作戦記念館、ホーチミン市博物館などいくつかの場所で戦争が語り継がれている。ベトナムではまだわずか戦後30年なのである。そして、ベトナムのドン紙幣の中ではホーおじさんが優しげにこちらを向いて笑っている(しかも、たくさんある紙幣の種類のすべてがホー氏である)
 22日に出発したが、その時点での日本とホーチミンは同じくらいの暑さ、湿度のような気がする。ただ、日本では四季の大きな温度差があってホーチミンは年中暑い。

 ベトナムでは米ドルとドンの2つの通貨が同時に流通している。レストランや宿ではドルを使い、屋台やバイクタクシーではドンを使う、というイメージか。硬貨もあるが紙幣が小額までカバーしているため日本に比べて圧倒的に使う機会が少ない。
 20代の旅行者などでそんなにゴウセイな宿に泊まらなくていい、という場合ならば1週間日本円で3万円もあればラクに暮らすことができるだろう。1泊15ドル程度のホテルでも、騒音さえ気にしなければ快適で清潔なベッドの上で眠ることができる。
 騒音。これがすごい。
 何の騒音かというとバイクのエンジン音と好き勝手に放たれまくっているクラクションである。ホーチミン人たちの足はもう、圧倒的にバイクなのだった。1日だけお世話になった現地のガイドさんによると、ホーチミンの人口800万人に対し400万台のバイクが走っているという。老人や子どももいるからややアヤシイ数字ではあるが(Wikipediaでは300万台と書いてあるからメチャクチャな数字ではないのかもしれない)、それにも納得できるくらいの勢いで、信号が青になるとバイクたちが大山鳴動してドドドドドドドドドっと道路という道路を駆け抜けていく。曲がり角では車線も何もあったもんじゃないくらい色んな方向へのバイクが入り乱れて渦になる。各車スレスレで危なっかしくて見てられないが、滞在期間中に事故はひとつも見なかった。歩行者として歩道を横切るときはけっこう命がけである。右車線ルールに慣れないせいもあるが、どこからともなく車両が突っ込んでくるように感じることがよくある。バスは走っているが圧倒的にバイク。地下鉄は2020年ごろに完成予定だという(10年以上も先じゃないか)。ガイドさんによると大量に出回っている中国製の輸入バイクよりも、日本製のバイクに乗っているほうがモテるのだそうだ。
 とにかく、男も女もバイクに乗ってホーチミンを疾走している。そして誰もヘルメットをしていない。一家4人で1台のバイクに乗るなんていう光景もザラである。たまに見るアオザイを着た女の人までが涼しい顔してバイク。それだけの数のバイクが走っているから当然、空気も汚れている。女の人は多くがマスクをしてバイクを走らせている。バイクにアオザイにマスク。このアンバランスが平然とまかり通っている。そしてなんといっても現代ベトナムの特徴といえば「ヤング」であることをヒシヒシと感じた。人口の6割が30歳以下という若者国家のエネルギーを、ホーチミンの街角に立てば感じることができる。

Ho2  食はどうか。
 ベトナムの食文化では米から作られた麺のフォーが有名だが、果たしてフォーを売り物にした屋台や食堂は数多く見られた。1杯6000ドン、日本円に換算すると50円足らずで食べることができる。何件かの地元民でにぎわう食堂に入り(観光客向けではない場合もあり、じろじろ見られることもある)、注文してしばらくすると、1分たらずでラーメンのどんぶりのような容器に入ったフォーが運ばれてくる。と同時に、枝つきの葉っぱのようなものやミントのようなものも一緒に皿に乗せて運ばれてくる。モヤシがどんと置かれることもある。郷に従うためにあたりを見回してみると、葉っぱをちぎって好みの量のぶんだけ入れ、ニョクマム(魚から作った醤油のような調味料、日本でいう醤油的な位置にあるもの)やチリソースも入れて完成という模様。ベトナムの高湿度の気候と、後にひかない米の麺がよく合っている気がした。そして、たいてい地元民でにぎわう店はどこもウマい。また、多くの店ではでっぷりした体格のおっかさんが店内を見渡したり調理したりし、アレコレ威勢よく従業員(といっても息子、娘の場合が多いが)に指示を飛ばしている。

Ho7_2 はじめてフォーを出す食堂に入ったときのこと。フォーにこの葉っぱを入れるのかな、このソースみたいなものも入れるのかな……と迷っていると、店で働いている女の子が何人かやって来てキャアキャア言いながら好き勝手に葉っぱを千切ってフォーに投げ込んだり、チューブを絞って威勢よくニョクマムを加えたりした。しかもその後、女の子たちは軽く店主に怒られていた。お、おれのフォーが……と思って半ば唖然としていたが、そこらへんのサービスの未洗練さが、土地の姿を映し出し、旅を新鮮なものにしてくれているのだ。■(中)につづく(宮崎)

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2007年8月30日 (木)

先日のロシア 第11回 夏休み編2~再読『おろしや国酔夢譚』

 先日、友人からウォッカをもらった。私が酒に目がない事をよ~く知っている彼女のセレクトはいつも正しい。わくわくしながら栓を開け、まずはストレートでと思いコップに注ごうとしたところ、不意に零れた。指を伝いテーブルに数滴落ち、まるく膜をつくる。アルコール度数が高いのだな、と、やたらスースーする指を感じながら台所に行き、布巾をとって居間に戻った。その間わずか20秒ほど、だったはずである。一人暮らしの小狭い部屋だ。
 しかし。テーブルを拭こうと思ってかがむと、そこには水らしき跡が何もなかった……。一瞬のうちに、零れた酒が消えたのだ。
 もしやと思い、蒸留酒を湛えた小瓶のラベルを見る。
アルコール度数97%。

殺す気か?

 私が生粋のアルコールに口をつけて果てる前に助けてくれた酒の神様に感謝、乾杯! オレンジジュースで割ってみた。割るといってもウォッカはほんの一としずくである。それでもぴりりと辛かった。500ミリリットルが空になる日はいつだろう。

 酒にまつわる小話は尽きないロシアだが、その中でも一番印象に残っているのは『おろしや国酔夢譚』の中の一節だ。本書はロシアに漂流し、のち日本に悲願の帰還を遂げた大黒屋光太夫の半生を描く井上靖の大作で、映画にもなっている。光太夫ら猟師たちの生への執着、故郷への渇望が生々しく描かれており、歴史小説として無類の面白さがある。ロシアの小話と言えば必ず出てくるアネクドートではなく、日本の小説のなかの一節が一番面白いというのも妙だが、これ以上の笑い話を私は知らない。以下に紹介したい。

 猟師たちが漂着した北の果ての島で、肩を震わせながら絶望に耐えているとき、ロシア人たちはあちらで酒宴を開いている。「唄っている者、踊っている者、それぞればらばらに自分のやりたい事をやっている感じ」(「」内本文、以下同)で、「底抜けの狂態」であった。それを見て、光太夫は言う。
「――生きてさえいれば、楽しいこともあるべし。酒飲んで歌を唄うこともあるべし。郷里へ帰るというようなことはお天道様に任せるんじゃ。お天道様だって、すっかり任せられれば、お前、棄てておくわけに行かんがな。何とかしてくださるべし。な、そうだあろう。要はお天道様に任せきることじゃ。あの酒飲んで踊っている偉人たちかて、きっと俺たちと同じ境遇じゃ。そうでなくて、あんなに途方もなく騒げるかや」

 ここに出てくるバカ騒ぎをしているロシア人たちというのは、実はアザラシの毛皮の仲買人で、もちろん漂流しているわけではない。途方にくれているわけでもない。 しかし全うな日本人の感覚を持つ光太夫らは、それを死地の行為と見る。やけくそになって杯をあおいでいるようにしか見えないのだ。書きすじは至って真面目なだけに、救いがたい残酷さがある文章だ。
 そして今回、この原稿を書くために読み直してみて新たなことが分かった(というか、私が忘れていただけなのだが)。ロシア人が飲んで酔っていた当の酒のことである。それは日本酒であった。光太夫らの船が大破し、食料も衣服もすべて無みになったところに一つ残された酒樽の中身を飲んでの行為だったのだ。つまり、絶望的な気分に打ちのめされている人の酒を勝手に飲んで酩酊しているわけだ! おうい! そしてそれを暢気に遠巻きに眺めて「あれを見ろ…」なんて言っちゃってる光太夫! おうい! その様子をなんの含みもなく淡々と書いちゃう井上靖! おうい!

  井上靖は『蒼き狼』も読んだけど、こんな違和感、あったかな……。
さらっと通り過ぎていくようで、必ず何かは引っかかる。白身魚の小骨のようだ。ロシアという題材のなせる業を、このたび改めて知ったのであった。(臼利つくし)

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2007年8月29日 (水)

磨きのかかる安倍改造内閣の「正体不明」

嫌なタイミングで執筆のローテーションが回ってきた。今日(28日)となれば安倍改造内閣に触れるしかあるまい。それがどうにもそそられないのだ。
最初のボロボロ内閣のネーミングは日刊ゲンダイ命名の「アダムス・ファミリー内閣」でよろしかろう。アダムス・ファミリー的な意味でキャラは立っていた。立っても役立たないキャラが立っていた。そして改造内閣は?何と共産党が「空気の読めない『KY内閣』」とするセンス……じゃないか。共産党に「空気の読めない『KY内閣』」とされるセンス、ですか。
私なりに命名すれば「実は数字を持っていない内閣」。派閥の領袖なる「重鎮」を要所に配置したというが、この重鎮は意外(案外?)と数字(票)を持っていそうにない。
閣僚及び自民党三役で処遇された領袖は次の通り

麻生太郎自民党幹事長
町村信孝外務大臣
伊吹文明文部科学大臣
高村正彦防衛大臣

また63歳の爺さまをそう呼ぶのも変だというのは重々承知の上で津島派の「プリンス」額賀福志郎財務大臣まで数えると領袖クラスは5人。全部首相より一回り年上。
5つの派閥のトップ級が支えるとなれば物凄く重厚な印象になるはずなのに実感はない。何も感じない。その一つに領袖とは一昔前は兵を養って総理の座を狙う最右翼だったのに麻生幹事長を除いて全然そんな気がしない点があげられる。麻生氏もまた宰相を取りに行くというより回ってくるのを待っている雰囲気だ。
文字通り「一昔前」として仮に首相を父君の安倍晋太郎氏に擬し、派閥の系統を一回り前の世代とするとよくわかる

首相:安倍晋太郎(←安倍晋三)
党幹事長:宮澤喜一または大平正芳(←麻生太郎)
外相:福田赳夫(←町村信孝)
文科相:中曽根康弘(←伊吹文明)
防衛相:三木武夫(←高村正彦)
財務相:竹下登(←額賀福志郎)

これだったらすごい。逆にいうとこれほどまでに派閥領袖の地位は落ちてしまったのであろう。
それにしてもお気の毒なのは右の皆様。昨年9月に登場した安倍政権はまさに「右のエース」とお喜びであったろうに、この右腕は逆球を放りまくってコントロールがないときた。
右の方が反中国なのは当然である。先の戦争は彼の地にあった政権との間で始まったのだから。なのに安倍政権は発足すぐに中国に出向くは、元首が来日しないのにもてなすは、8月15日に靖国参拝しないは、参議院選挙で争点とするはずの憲法改正をぼかすは、内閣改造で同じ右腕の「お友達」を外して中国に近いとされる二階俊博氏を党三役に迎えるはでハテナの連続だ。
右の方が反米なのは当然である。先の戦争は彼の国の猛攻でボロ負けしたのだから。なのに安倍政権は従軍慰安婦に関する発言で米国下院が非難決議をしようとすると渡米して釈明するは、にもかかわらず決議されるは、アダムス・ファミリーの一人が米国のなした残虐行為である原爆投下を「しょうがない」と発言したのに守ろうとして却ってケツをまくられるは、対米追従のテロ特措法をライバル民主党の小沢代表が「反対だ」と格好いいのに延長しようとキリキリ舞いしそうはでハテナの連続だ。
反中でも反米でもなく「戦後レジームからの脱却」も「美しい国」もかなぐり捨て、重くない重鎮を改造で並べ、改革に棹さしそうな人物も登用し、磨きがかかったのは正体不明振りばかり。右の皆様はこれでいいのかねえ?(編集長)

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2007年8月28日 (火)

今更ながら「ドラゴンクエストソード」ってどうよ!?

 先日、いつものヨドバシアキバ館へ行った。どうやらDSは普通に売り出し始めている模様。完売の期間が短くなってきている。
 話を変えて、Wiiの「ドラゴンクエストソード」を発売日に買い、そそくさとクリアして売っぱらったのは先月末。
 このソフトをやりたいがためにWiiを買ったのだが、クソゲーだった。スライムをやっつける、メタルスライムをやっつけるという目的を果たすことができたのはよかった。
 しかし、しかし、ゲームバランスが悪い。私はレベル上げが嫌いなので行き詰まるまで低レベルで進み、どうしても先へ進めなくなってからレベル上げをする。で、一度、レベル上げの作業に入ると20時間は費やす。そしてラスボスも余裕で倒せるくらいになってから先へ進むというプレイスタイルだ。
 で、今回のゲームのどこが悪いかというと、低いレベル(25レベル以下)でも、体験型RPGなのでプレイヤーの技術力が全てということで、キャラクターのHP(ヒットポイント)が少なくてもうまく敵を倒したり、防御ができれば先へ進むことができる。
 しかも、その低いレベルでラスボスを倒すことができるのだが、基本的にRPGのラスボスは何段階かに変身する。もちろん変身するたびに強くなる(HPが500000とか、いつ戦闘が終わるんだろうというような数値)。このゲームも例に漏れず変身した。
 第一段階で楽勝だったんだから次もいけるだろう……と思ったのが甘かった。それまでは敵のHPゲージが出ていたのに、出ていない。だからどれだけやればクリアできるのかも分からない。さらに、途中までは順調だったのに、いきなり出てくる「暗黒必殺剣」(たしかこんな名前だった)。そこで、「リモコンを振ってダメージを減らせ」という説明が出て振るのに、一向にゲージが上がらない。そしてくらうダメージが多くて相棒が死去。そして自分はすべての回復アイテムを使い切りあとは死を待つのみ……さながら死刑囚。
 本編は4人パーティーだが、これは2人パーティー。自分は魔法が唱えられず、回復系呪文が使えるキャラは一人。他はホイミは使えるけど……というくらいで使えない。
 たかだか最後の一匹を倒すためだけにレベルを上げるのも面倒だし、合体プレイがないと私の腕ではクリアできないということで、夫のデータを使ってラスボスを倒した。
 敵を自分の手で倒してみたいという願望は叶えられたが、ゲームバランスの悪さがどうも腑に落ちない。体力の消耗具合とストーリーの長さはちょうど良かったが、最後の最後だけが妙に強いのはどうかと思う。しかも強い雑魚キャラも出会わない道を通れば戦わなくてすむのもどうか。
 外伝だから仕方がないのかもしれないが、今年出る(予定)「ドラゴンクエスト9」も据え置きハードではなく、DSで出る。一体この先、ドラクエはどうなっていくのだろうか。
 そして、ファイナルファンタジー13は出るのだろうか。下半期のゲーム市場はどうなっていくのだろうか。(奥津)

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2007年8月27日 (月)

あー、忘れた!

 完全に忘れていた。
 そう、今日はわたしの担当だった。部下と日にちを変わったのである。今日はアップされていないと編集長から指摘されても、自分の番だと気づかなかった。我ながらひどい記憶力である。

 昔から記憶力が弱かった。友人の名前を覚えるのも苦手。久しぶりに会って、まず思い出したことがない。ひどい時になると、いつの同級生か分からなかったりする。
 誕生日などを覚えるのも苦手だ。あまりにも覚えないから、誕生日の覚え方まで考えてくれた彼女がいた。「よい午後だからね」と。1年後、奇跡的に「良い午後」は覚えていた。だから「4月5日、どうする?」と3月中に尋ねたら、「なに?」とけげんな顔をされた。
不思議に思って「よい午後でしょう」と答えたら、あきれたように言い返された。
「11月5日! いい午後でしょ!」
 本気であきれた人間は怒りもしないのだと知った。

 社会人になり、すぐ忘れるのが怖いのでメモはけっこうするようになった。ただ、今度はメモが紛失するようになった。メモを置いた場所を忘れるからだ。メモ帳に書き続ければ無くさないと思ってやってみたが、無くならない代わりにメモ帳をめくるのを忘れるようになった。結局、いまは付箋に書いてモニターの周りに貼り付けてある。現在14枚。そのうちメモが風景の一部となって、また忘れてしまうのだろう。
 ちなみに今回のブログの話は机の上のカレンダーに書き込んでいた。31日にオレンジのダーマトで31日に丸が付けられ27日、つまり今日に矢印が延び「ブログ」と書かれている。

 大丈夫だろうか?

 というわけで、壮大な言い訳でブログを書いてしまいました。賢明なる読者の皆様すみません。(大畑)

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2007年8月26日 (日)

■月刊『記録』9月号発売!

『記録』9月号が発売。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~astra/link/test0709.html

■《特集》東京大気汚染訴訟 ~謝罪なき和解への怒り~/取材・文 本誌編集部

 96年5月の第一次提訴から11年を経て、今月とうとう東京大気汚染公害裁判が原告側と被告側の合意に至った。結果として都のぜんそく患者に対する医療費支援制度の創設、公害対策の実施、メーカー7社合計で12億円の解決金が提示され、原告と被告がこれに応じたことになる。今回の和解は「幸福な結末」原告にとってなのか。原告団事務局長の石川牧子さんに11年間に及んだ訴訟について聞いた。

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2007年8月25日 (土)

『吉原 泡の園』 第31回/義理風呂は義理・人情!

 即サービスはもういいから、風呂、風呂である。
「ねえ、風呂入ろう」
 こんなにせわしない客もいないだろう。普通、いいムードになり、ゆっくりと湯を張るのだが、僕はまだ湯が満タンにもならないのに、座ると腰までも来ていない浴槽に1人で入り、
「ああー疲れがとれる」
 とせわしなく動き回っていた。きっと、
「ええー何この人、変態?」
 と思っていたことだろう。風呂から上がると
「ねえ、体洗うスポンジかしてよ」
 そういって勝手にゴシゴシ汚れた体を洗い始める。もう女の子も呆然としている。
「あ、シャンプー取って」
 あれやこれやと時間を気にして体を洗い、
「よし、ささ、ベットいこ」
 とムードもへったくれもない。
「あのー何かドリンク頼みますか?」
 女の子がそう気を使ってくるが、
「いい」
 そう返してとっととバスタオルを脱ぎ捨て、女の子のバスタオルも脱ぎ取るのだった。そうした義理に呼ばれる女の子は、まだ吉原の経験が浅い人が多い。
 浅いということは、つまりまだピル(妊娠を避けるように、女の子が飲む薬)によって、妊娠を避ける体がまだ出来ていない。だからコンドームをつける場合が多いのだ。
 そして、ボーイや幹部達の間では、義理でゴムありの子から、いかにしてゴムなしでサービスをさせるかを競うことがちょっとしたステイタスになったりもしていた。 E店社長は、社長でも義理などの時、自ら赴く。そして、その時の武勇伝を皆の前で話したりしていた。
「俺は、義理で入った子で、ゴムの子は、全員ゴムなんかつけたことはないぞ」
 非常に得意気だった。HIV上等。エイズ上等なのだ。その人は。故郷に奥さん、子供を捨ててきた人だった。きっと、個人的にそうとう苦悩し、苦労してきた人だったろうと推測できた。それが、背水の陣のような生き方をもさせているのだろうか、昔ながらの人情ヤクザの出身で、グループナンバー2の人だった。
 そんな影響で、僕もゴムなしでのサービスを受けさせるような心の持ち主になってやろう。と奮闘した。結果的には何度か成功したのだが、成功したらしたで、だから何なの?という感じではあった。
 義理風呂は遊びではない。あくまでも同じグループ内での助け合い。つまり義理、人情という言葉に基づく行為である。それは黒幕が常々言っていた。
「ええか、商売しとるもんが、その商品をしらんで、商売できるんか、そやろ。ボーイも同じや、義理風呂で商品について勉強するんや、そやろ。それで始めて商品知識もあがっていくんや、そやろ」
 それが黒幕会長の言葉だった。最後に
「そやろ」
 をいれるのも決して忘れない。きっと、説得力を増すのにそやろ、という言葉が重要なんだろう。そしてそれもY組で獲得した人心掌握の基本なのだろうか。僕はそう考えてしまうのだった。

 さて、マネジャーには遅くても1時間で帰って来い、そういわれているから、色々なサービスを省いて、出来るだけ本番をして、元をとって帰りたいところだった。所が、たまに話が長引き、マットなどをしていると、電話が鳴り、
「おい関口戻れ」
などと突然言われ、しぶしぶ帰る事になったりもするのだった。だから、行ったときにはまずは本番。これが基本だったのだ。
 ちなみに、国はソープランドでのサービスとしては、たとえばシーツにしても枕にしても、あるいは石鹸にしてもあってはならないことになっている。
 必要悪と考える人もいるが、定期検査などでは、そうした甘い考えは一切通らない。風呂の脇には、金色に輝く小さな蒸し器がある。人間が入って、首だけでるようになっている。
 特殊個室サウナ。これが日本語の正式名称である。サウナとつくくらいだから、その金色の輝く蒸し器こそが、そのサウナなのだ。
 実際に熱湯の湯気がその中を充満するだけの機能はあるが、その蒸し器にわざわざ入る客などいない。
 もっと安く、しかも立派なサウナにいったほうがいいからだ。当然である。
 さて、いろいろと義理風呂でサービスを受け、少し沈黙の時間になるといけないので、必死で何かを話そうとする。
 ただ、決して今までの生きてきた環境などは聞かないようにしていた。
 何もインタビューでもないし、どの道あまりいい思いでもあるようでもないからだ。(イッセイ遊児)

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2007年8月24日 (金)

お金の

 先日、いくつもの企業を経営している方にお話を伺う機会があった。その方は驚いたことに、お金を持っているかどうか会えば分かるという。ブランドものをもっているかとか、立ち居振る舞いが洗練されているからという理由ではないらしい。ボロボロの格好をしていようが、数百円の牛丼をかき込んでいようが関係なく、何となく財産の多寡が分かってしまうらしい。しかも有能な経営者は同じような能力をけっこう持っているものらしい。
 じつはこれと似たような話をほかでも読んだことだがある。ボッタクリバーかなにかのホステスで、財布の中身を1000円単位で当てることができるという話だった。
 どうやらお金持ちはこうした能力を使って顧客を獲得し、さらにお金持ち同士友人となり、おいしい儲け話をやりとりしているらしい。
「通常、お金持ちの周りには、お金持ちしか集まりませんよ」と語る経営者の言葉に深く納得したのでありました。

 終身雇用が崩れ、勝ち組・負け組という言葉がはやり始めたあたりから「起業」がある種のブームになった。まあ、いつリストラされるかわからない状況なら、多少のリスクを冒しても自分の会社を立ち上げたいと思うのは当然だろう。しかし起業して軌道になるのには、それなりの能力が必要だということが、今回よくわかった。
 年を取れば会社にリストラされる可能性は高まり、正社員で再雇用される可能性は低くなる。破れかぶれで起業でしても、成功できる可能性が低いとなれば、結局アルバイトや派遣で糊口をしのぐしかないらしい。
 派遣が原則自由化された翌年の2000年と、製造業への派遣期間が緩和された翌年の2005年に中高年の非正規雇用の割合が一気に増えているのを知り、弱小出版社に勤める私は背筋が寒くなったのでした。(大畑)

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2007年8月23日 (木)

新人理学療法士、走る! 第1回/PTの仕事と自己紹介

■今回から月に2回のペースで現役の理学療法士さんにご登場いただく。早い話が私の友人だ。

 この国の人口ピラミッドを見れば一目瞭然だが、医療・福祉は政策や生活をはじめ様々な面で重要な議題になってゆくだろう。医療制度や介護保険については情報があるけれど、医療・福祉の仕事の担い手とその仕事についてはまだあまり知られていないような気がする。当ブログでもこのジャンルはほとんど話題にしていない。知らないことは書けない。
 報道や、仕事の内容を説明するウェブサイトでは内容がどうしても構造論に陥ってしまいがちだ。人口ピラミッド云々言ってる時点で既に構造論である。
 特定の業界の仕事を構造論で捉える「鳥の目」は重要だが、ふだん実際に患者に接する者の「虫の目」には現場感、温度感の面で到底かなわない。
 また、実際に医療の仕事にあたっている者から見た業界の構造は、報道で語られているそれとは違う視点を持つかもしれない。(宮崎)

     *    *    *

 大学時代の友人である宮崎氏から、唐突に「文章を書きませんか?」と誘いを受けた。 まあ、電話とは概して唐突なものだが、彼の唐突さには今回に限らず度々驚かされてきたものだ。前回貰った数年ぶりの電話にしても、

宮崎氏「今、爆発してますか?」
私  「……? はい。たぶん」
宮崎氏「どうやったら爆発できるんでしょうか?」
私  「……? さあ。爆発ってなに?」
宮崎氏「ガー!!! ウォー!!! って感じですよ。まあ、いいです。」

 終了、という私にとっては懐かしい、不可思議感にあふれた内容であった。今考えてみれば、今回の誘いを誰に持ちかけるかについて模索中だったのだろう。
 文章を書くことに苦痛を感じるわけではないが、こと理学療法士についてとなれば話は別だ。やっと業界の入口に立てたところである私に、果たして語れることがあるのか!? しかし、業務に追われる日々のなか、頭の中を整理する機会には飢えている。そこへ「全く理学療法士を知らない人に仕事を紹介する感じ」「日々思うところを書いてくれればいい」という甘い誘惑の言葉……。かくして28歳にして新社会人4ヶ月、なりたてホヤホヤの理学療法士である私が、『理学療法士とはなんぞや!? 』ということについて語るという、肝を冷やす状況に陥ったのである。

 語り手について多少情報をいれてくれということなので、簡単に自己紹介させてもらう。
 28歳女性、独身。めんどうくさがり。よく人に言われるのは『無駄に男前』『和服が似合う』。
 就職氷河期といわれた数年前に、ごく平凡な大学を出、やっとこ就職はしてみたものの長続きはせず、25歳で一念発起、専門学校へ。なんとか卒業、国家試験をパスして、現在、一般病院へ勤務している。前職や、専門学校の様子については追々書いていきたいと思う。

 さて、本題に入るが、まず理学療法士(Physical Therapist:以下PT)とは、一言でいえば『リハビリをする人』である。リハビリテーションを実施する職業には、PTの他に作業療法士(Occupational Therapist:以下OT)・言語聴覚士(Speech-Language-Hearing Therapist:以下ST)などがあり、いずれも国家資格である。

 STは「読む・書く・聞く」という言語を扱う能力と、嚥下能力に対するリハビリを実施するもので、イメージがつきやすいし説明も簡単だ。
 一方、PTとOTについては、いずれも「体の動き」に対してリハビリを実施するもので、違いをよく聞かれるのだが毎回少し困る。
 基本的な違いとしては、PTが「立ち上がる・歩く」などの基本的な動作能力に対するリハビリを主に受け持つのに対し、OTは「トイレに行く・入浴する・趣味活動・職業復帰」など応用的な動作や、生活の潤いを持つのに必要な能力を受け持つ。また、PTが主に運動や超音波、牽引などを行うのに対し、OTは手芸や工作などを通して治療を行う。
 つまり、PTはいわゆる“運動”的なことを、OTは“生活の中のこと”“楽しいこと”をする。そんなわけで、PTにはスポーツで怪我をして競技生活を断念した人が多く、OTには細かい作業の好きな人が多い。
 実際の現場においてはそれほど厳密なテリトリーが存在するわけでもなく、同じ患者さんを担当しながら、やや視点の違いがあるという程度ではないだろうか。
 病院によっても様々で、基本動作はPT、応用動作はOTが主体としている病院もあれば、足はPT、手はOTと分担を決めている病院もある。
 しかし結局それらはオーバーラップして、どちらに多く時間を割くかという程度だろうか。
傾向としては、PTが歩行のパターンを正常化させようと躍起になるのに対し、OTはいかに早く動作をひとりでできるようにさせるかということに力を入れているという気がする。

 私の職場は比較的、趣味的活動を多く取り入れている病院である。それでもOTがやってPTがやらないことと言えば、調理実習と農作業、ゲーム(最近、Wiiが導入された),回想法(昔を語り合い精神活動を活発化させる)くらいだろうか。逆に、排痰や呼吸方法の訓練についてはPTのみが行っている。

 先ほども書いたが、PTにはスポーツマンが多い。できるスポーツといえば小学生時代に習った水泳と、中学で部活をサボれると思って選んだ卓球くらいで、完全なるイン・ドア派の私が、何故PTを選んだかについては、また次回に書ければと思う。(染谷)

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2007年8月22日 (水)

蜂窩織炎

「ほうかしきえん」と呼ぶ。私の左足首へ突如襲いかかり現在歩行が困難な状況にある。

日曜日に「ねんざか?」とおぼしき痛みを感じた。その夜から痛みが強まり、月曜日たまたま予約していた他の診療科への受診に向かった際、ピークに達する。医療事務職員へ「やっとここまでたどり着いたが帰れそうもない」と告げたところ「ねんざですか?だったら整形外科ですが本日は休診です」と鉄槌。
しかし当方としては総合病院に来ているわけだし診てくれる先生は何科でも構わない。そもそも歩けないのだから場所柄入院するしか方法がないなどなどをわめいていたら危険人物とみなされたのか看護師さんやら誰やらが三々五々私のいたロビーへやってきて
「ねんざした覚えは?」
「ありません」
「尿酸が高いとか……」
「はかったことがないのでわかりません」
といった会話の後に患部を見て口々に「蜂窩織炎じゃない?」「蜂窩織炎に似てる」「骨折の感じもないし蜂窩織炎では?」とホーカシキエンの合唱となり「だったら皮膚科だ」と車イスに乗せられて皮膚科へGO。診断してくれた医師も問診や患部の観察を一通り終えた後に「蜂窩織炎です」と断言されて薬を処方された。

その後の医師や看護師、医療事務職などの話を総合すると月曜日1日だけで蜂窩織炎の患者は私が3人目とのことで皮膚科ではこの時期珍しくも何ともない事態らしい。薬を服用して軽快したかと思ったのもつかの間その夜は猛烈に痛みが強まり今日(火曜日)は一時ほとんど歩けなくなった。
病院で言った「帰れそうもない」は多分に「せっかくだから何とかしてほしい」との願いがこもっていたが今日の痛みは本気で歩けないのだ。ベッドからトイレへたどり着くのがロード・オブ・ザ・リングのようである。午後になり薬の効果かカニのように横歩きが可能となり不幸中の幸いで蜂窩織炎でたびたび併発する高熱からはまぬかれているのでこうして原稿を書けている。というか一日中家から出られないのでそれくらいしかできない。

蜂窩織炎という言葉は故二子山親方(元大関貴ノ花)が苦しむなど大相撲の力士でその名をたびたび聞いてきた。さては先週日本相撲協会のあり方を批判した報いかと今だからオチにもならぬ戯れ言を書けるも本当につらい症状だ。しかも予断は許さない。

医師によると私の症状はまだ軽い方で人によってはふくらはぎの上部まで赤い腫れが来るという。小さなケガからばい菌が入り体力の弱った時期に多く発症する。主要なばい菌としては黄色ブドウ球菌などがあげられる。
黄色ブドウ球菌のしわざなのかと驚く。常在菌が悪さをするのをわが体内の自衛隊が撃破できなかったらしい。以前にMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)の取材をした際に病院で二次感染に遭った医療従事者から「黄色ブドウ球菌ごときに殺されてたまるか」とコメントを得てウケた記憶がある。ウケている場合ではなかったのだ。
平凡な常在菌による今の時期ではよくあると医師の顔に「オオッ!」という表情がいっさい浮かばないほどありふれた病気。それに2日間で一時期歩行不能にまで追い込まれる。つくづく人体とは弱いなあと痛感した。

そして人は必ず死ぬという命題を改めて胸に刻んだ。当面この病気を追い出すべく努力するし油断はならぬも深刻とまではいかない。だが歩けないとは大問題である。たいした病気でなくとも歩けなくなる。蜂窩織炎もこじれれば死に至る。だからここを出発点に死んでしまうかもしれない。
もちろん治る可能性の方が現時点では高い。でも治ったとしてもこの先必ず蜂窩織炎君と同等以上の敵がわが身に攻めかかり、今でさえ頼りない自衛隊が敗北する日が必ず来る。死期だ。その時の痛みとはいかなる凄さであるか。四肢はいかに滅びていくか。私は耐えられるのか。いやそれは愚問で耐えられても耐えられなくてもどうせ死ぬのである。

わが体内の自衛隊へ。君達が負けたのは悪い。だが敗報を痛みという形で司令部へ速やかに伝えたのは適切な判断であった。あそこまで痛烈にならなかったら病院内で私が「何とかしてくれー」と騒ぐこともなかったであろう。痛みは司令部へ早急な援軍派遣を求める手段として実に有効である。そして私の頼るのは結局君達しかいないので今後も期待する。というか頼むから頑張ってよ。

最後に気高き読者の皆様へ。私事をぐたぐた並べてすいません。ただ今日は本当にこれしか書く内容がないのです。精力の9割以上を左足首にかけているのでお許しを(編集長)

「蜂窩織炎」に関する他の記事↓

蜂窩織炎で入院していました」

「差別の原点」

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2007年8月21日 (火)

XBOX360ってどうよ!!

 新世代ゲーム機に、Wii(ウィー)、PS3(プレイステーション3)があると書いてきたが、もう一つ忘れてはならないものがある。別に忘れたわけではないが。
「XBOX360」だ。
 エックスボックスですよ。エックスボックス。

 今までは見て見ぬふりというか、プレイしたことがなかったから書かないでいた。やりもせず記事を書くのはあまり好きではないから……。
 しかし、先日、取材のために(正確にはゲームソフトを見に)ひいきにしているヨドバシアキバのゲームコーナーへ行ったときのこと。
 気にはなっているものの、食指が動かず未だ購入予定はない。……ないけど、ソフトが充実していれば買おうかな、どうしようかな……くらいは悩んでいる。
 こんな私の状況などどうでもいいので、とりあえずXBOX360(以下、360)とは一体何かを説明しよう。
 360は、あの天下のマイクロソフト様がゲーム業界へ鳴り物入りで送り込んできたXBOXの後継機。
 初代は激しくデカイ黒い箱の上に、これまた大きく「X」の細工が施されていた。ソフトの微妙さ、デザイン性の悪さ等々、さまざまな事が原因で売れなかった(一部では流行っていたらしい)。
 あまりの売れなさに天下のマイクロソフトも日本から撤退か!? と思われたが、「日本人はXBOXのよさをわかっていない」という言葉とともに2005年リベンジ。 ワイヤレスリモコンに、グリーンとグレーのスタイリッシュなデザイン。初代機の無骨さのかけらもない。
 デザインを一新した360だが、やはり売れず。「ブルードラゴン」というソフトが出たときだけよく売れていた。
 先日、ファミ通のXBOX特集を読んでいたら、「360の楽しさはオンラインにあり」といっているファンがいた。オフラインで一人で楽しむよりも、オンライン(ネット)ゲームで遊んだ方がよいというのだ。なるほど。
 オンラインゲームには興味がないので、買うのはやめよう……と思っていた矢先、先述のアキバで凄いソフトを見つけた。
 「Def Jam ICON」という、クソゲーそうなタイトル。裏の説明を読むと、HIP-HOP歌手を使って格闘をするらしい。んー、新感覚。Def Jamとはアメリカのレーベルで、アーバンミュージックのミュージシャンが所属しているレコード会社だ。
 そこに所属する約15名のミュージシャンを使ってプレイするなんて面白い。HIP-HOPといえば、たまに殺されたり、抗争があったりと少し血なまぐさい面子が揃っているジャンルである。まさに、Theyのlifeを体現しているgameじゃないですか(ルー大柴風味)。いやー、アメリカ人が好きそうなゲームだな、と思いつつ、微妙に遊んでみたい自分もいた。だが、これだけのためにお金を出すのはもったいない。
 後ろ髪を引かれながらも、他のゲームを見に行った。
 後日、中野へ行った際、中古ゲーム屋で同タイトルのPS3版を発見した。そのうちまた見つけたら買ってみようかと思う。今の私は、廉価版の女性向け恋愛シミュレーションゲームと、DSの「どきどき魔女裁判」が気になっているので、思い出した時に売っていたら買うという方向で。
 とりあえず、日本人が好むゲームタイトルが量産されないと、360はあまり売れないかと思うのは私だけであろうか。(奥津)

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2007年8月20日 (月)

板橋区の公文書館

 ルポものを準備してますが、『記録』入稿前でアップできない状態です。去年何度か取り上げた板橋区・岩の坂について再度調べているところ。地域のことを調べたいのであれば区の資料室が最も充実してると思ってたけど、先日職員さんに教えてもらった「公文書館」という施設にはよりディープな資料が存在していた。

 何でも、所蔵資料には区の公文書の中でも保存期限が過ぎて廃棄対象とされたもののうち、歴史的な価値があると判断されたものが移管されたものも多いという。書籍ではなく冊子のものが多く、岩の坂についても住民1世帯の暮らしぶりの簡単な聞き取り調査などミクロな資料がある。地名に関する詳しい由来の書籍や歴史資料なら区役所などの資料室にあるが、さすがにそこまではない。訪れる人もそんなに多くないようで職員さんにも丁寧に対応していだいた。(単に盆あたりだから少ないだけか?)というわけでアップはしばしお待ちを。

アフガンから白川徹さんが帰ってきた。書きたいことがたくさんある、と電話の向こうで元気そうに喋ってくれた。メチャメチャに疲れたけど家で一休みしたら回復した、というバイタリティの持ち主である。しかもお土産まで買ってきてくれたというスバラシイ気配り。『記録』で連載中の『忘れられた国内避難民』、今後とも乞うご期待です。

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2007年8月19日 (日)

ブログやmixiは取るに足らないものなのか

 たまに、見知らぬ書き手が書いたブログの海をじっくりとサーフする。方法は簡単である。たとえばココログならトップページからカテゴリを選んで新着記事をテキトウにクリックしてみる。FC2でもYAHOO!ブログでもgooブログでもだいたい同じである。
 高みからモノ言うような言い方で申し訳ないのだが、御存知のようにブログの大半は取るに足らない内容である。
 要約すれば「○○に行った」「○○を食べた」「ドラマの展開に驚いた」「○○がカッコイイ」といったことがなんとなく書き込んである。特別な情報や経験に裏打ちされた視点があるわけでもなく、何かの感想が何となく書いてあるという感じだ。しかもタレント性があるわけでもない顔の見えない市井の人が書いたものである。記事に対するコメントもなく、この人にブログを書き続けさせるものは何なのだろうか、と理解に苦しむものが多い。
 じゃあなんでそれをたまにチェックするのか、というと自分でも理由は判然としない。ただ、いまネット上を漂う膨大なブログの状況はまさに玉石混淆で、ディープな視点や知っておくべき情報が書かれてある記事にぶつかったりすることもよくある。このニュースについてこんなに深く考えている人がいるのか、と妙に勇気のようなものを得ることもある。

 この気まぐれな「巡回」を初めて2年ほど経つが、まったく見えている風景が同じというわけではない。先に書いたような「何となくの感想文」パターンが減って、一読してみようか、という内容のものが増えている気がする。バブルが収まったのではないかと思う。HTMLの技術も要らず、しかもタダでテキストを公開できる新しいツールに手を出してみた。が、ブログの総数は死ぬほどあるらしく、コメントもトラバもつかず、なんだか目的も分からないからやめた、という収まり方ではないか。06年3月末に総務省が発表した数字によると、その時点で868万のブログの登録があったそうだが、退会手続きを踏まないまま放置されているものは相当数に上るような気がする。
「ブログなど取るに足らないもの」と私自身思ってた時期もあるが、どうやら状況は変わるようだ。新聞離れが日本より顕著なアメリカでは今やニューヨーク・タイムスやワシントン・ポストの記者が自ら自社サイト上でブログを発信している。
 ブログの全体的な質やツールのステータスはおそらくこれから変わっていく。そういう意味でもしばらく巡回は続けようと思っている。

 取るに足らないものとして位置づけられていそうなツールにSNSも挙げられるのではにないか。mixiをはじめとするそれらは招待状がないとアカウントが作れないことになっていて、アカウント作成後も自分が承認した相手だけにテキストを公開することが可能(設定によるが)。インナーサークルで取るに足らないことを書き合うなんてさらにダメなんじゃないのか、といったところだが、SNSの特徴である「コミュニティ」は使い方次第で特定の情報を集める手段としてかなり「使える」ツールになる。
「コミュニティ」は特定の趣味やトピックを集合地点としてあつまる文字通りのコミュニティで、だいたいは誰もが参加可能な集まりだ。ニッチな趣味であってもmixiでいえば1000万人近い規模だから、集まる人数もバカにはできない。
 例えば「ロシア映画」を集合地点として、机の前に居ながら何百人が集まることができる。これは前代未聞の事態だろう。普段生活をしているなかで、ロシア映画ファンを見つけることはメチャクチャに難しいだろう。
 趣味だけでなく、社会問題に関するトピックでもかなり多くのコミュニティが出来上がっている。原発で例えると、中越沖地震後のコミュニティの書き込み数の伸びは驚異的で、単に「原発は危険だ」的な次元の書き込みではなく、それを報じる新聞のウェブサイトへのリンクが張られ、危険性や安全性を科学的に証明する研究へのリンクが張られ、中には海外の記事を翻訳したものが載ったこともあった。
 膨大な知識を脳にため込むという意味での知識人は必要でなくなる、情報はサーチエンジンにキーワードを入れるだけで手に入れることができる。こんなことが言われるようになったが、サーチエンジンにキーワードを入れるよりも効率的なハブの役割をはたす情報の集積地点がmixi内に置かれている、というのはたぶん暴論でもない。

 とはいえ、あらためて今ブログをざっとサーフしてみると、やはり取るに足らぬものが多い。それでもどちらかというと「擁護」の立場を取ってるのは、「本を読まない若者はアホになった」的な単純構図にブログ群の片隅で異議アリを唱えたくなったから、という気もある。私もひねくれているのかもしれない。ところで、大前提として、オマエ(自分)に玉石が判別できてるのか、という問題もある。が、そこらへんはウヤムヤにして今日のブログを閉じるのである。(宮崎)

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2007年8月18日 (土)

『吉原 泡の園』 第30回/業界ではそれを“義理風呂”と呼ぶ

 しばらくすると、
「山田様、お待たせいたしました。お部屋の準備が出来ました」
 と待合室のドアが開き、ボーイが僕を呼ぶ。たまに同じ氏の場合、2人同時に立ちあがるなんてこともあるが、そんなときは意外と困るのである。
「ええっと、えー○○さんのお客様です」
 と女の子の名前などもいってやらなければならないのだ。
 僕が待合室のドアを出て、女の子とご対面になるかならないかの頃、B店のボーイは、
「本日の女の子、レイナさんです」
 などと2人の雰囲気を盛り上げる憎いことをいうのだ。そして僕は軽く会釈して近寄ると、向こうの子が腕を回してくる。
「お部屋は1階の1番奥です」
などといわれ、そのまま腕組したまま部屋に向かう。
 この儀式、つまり姉妹店のボーイを、あるいは幹部とボーイを、または幹部と幹部を客として差し替える行為を、業界では、“義理風呂”と呼ばれ恐れられていた。中でも、Rグループのように、同じグループ内で、系列のボーイを差し替えるのは業界でもご法度とまではいかないが斬新な行為でもあり、普通違うグループのボーイなどに頼むのが常らしい。
 よって、そうした意味でも、Rグループは、ほかのグループ各社から特異な目で見られていた。それに加えて元指定暴力団員が陰を握るグループなのだ。僕にはこっそりと、ほかのグループのベテランは「いじめは大丈夫?そこのグループは、言っちゃ悪いけど、少しおかしいよ」といじめの実態をうすうす知りつつ、そう心配してくれたのだった。
 マネジャーの怒鳴り声は、その人の店まで、十分届いていたのだろう。
 Rグループは、実は暴力団そのものである。というのは周知の常識だったはずだ。
 さて、部屋に入ると、まずベットに腰掛ける。女の子は、一段低い床に座り込む人が多い。
 即尺とはいっても、さすがに二言三言は何か話す。そして何となくそういう雰囲気に持っていくのがプロなのだが、いかんせんこの義理風呂という儀式は、自分がボーイとばれてはいけないのだが、普通の客としての態度がどうもとれない。
 即サービスなど、ボーイから考えれば大事な大事な商品に、そんな自分の汚れを口になど、とてもとても考えられないのだ。
 だいいち、鬼マネジャーの顔が浮かぶ。
「いいか、義理風呂は遊びじゃねえ、ボーイが義理でいくときゃあ、仕事としていくんだ。R店の代表としてなぁ、だから、後で笑われることなんて言語道断だ」
 頭から離れない。しかも、
「いいか、90分のサービス時間があるが、義理でいくときゃあ遅くとも1時間でけえってくるのが筋だ」
 なんで1時間なの、と金を捨てるかのような義理に、溜め息しか出ないのだった。だが、溜め息などしている暇もない。そんなことをしていると、あっという間に1時間たってしまうのだ。話もしていられない。即サービスなどどうでもいいから、まずは風呂に入ろう。という考えになってしまうのだった。
「あのーお仕事の途中ですか?」
 などと女の子が聞いてくる。僕の答えは決まっていた。「はい。営業マンでして、今サボりです」
 すると、
「へえーどんな営業なんですか」
 ときて、うるさいなーなんだっていいでしょう、という気持ちを押し殺し、
「集金専門です。先輩と2人で来ました」
 と答える。
「先輩もこの店に入ったのですか」
 と聞かれる。
「さぁー? 僕が先に来てしまったから」
 いつものパターンであった。また、どういうわけか、ボーイで義理として入った場合。1度たりとも即サービスを受けたことがない。
 今は謎も解けているが、恐らく僕が嘘を言っても、白いワイシャツ、黒いズボン、どこからどう見ても変な男にしか見えない僕を、きっと、
(こいつぜってーボーイだわ)
 と見抜いてたのだろう。
 マネジャーに怒鳴られてばかりの僕は、態度どころかおち○ちんまで萎縮している。
 義理で女の子の裸を見ても、全然興奮しないのだ。ああ、精神が及ぼす性機能に対する影響は大きいな、と思ったりもするが、お金がぁ、という思いもあり、元は取れずとも借りを返してもらうためには、サービスしてもらうしかない。(イッセイ遊児)

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2007年8月17日 (金)

ワーキングプアや格差社会の原点とは

 ワーキングプアが社会問題化している。この原因の1つが1985年に制定された労働者派遣法であることは間違いない。当初、技術職だけに認められてきた派遣業務は00年、04年の改正により、さまざまな業務に「解放」された。社員よりも雇用調整しやすい派遣に企業が群がり、いまや派遣業務は4兆円市場という。すでにキヤノンなど一流企業でも、社員の4割以上が非正社員である。

 技術を身に付けられるわけでもなく、身分の保障もなく、賃金も安い。そのうえ年齢が高くなれば仕事が紹介されなくなる。このような非正社員が未来を夢見られるはずがない。高まる年齢におびえながら、とにかく毎日を切り抜けるしかないだろう。終身雇用制が崩壊していなければとも思いたくなる。
 しかし終身雇用制が当たり前だったバブル期以前の日本は、すべての労働者が幸せだったのかというと違う。以前、わたしはホームレスの人々に取材を繰り返していた。そこで分かったことは、そもそも日本は格差社会であり、企業は労働者の幸せなど考えてないという事実だった。
 正社員という枠からはみ出た人を危険な現場でコキ使い、景気が少しでも悪くなればクビを切る。そんなことが経済成長期にも、バブル期にも当たり前に行われてきたのだ。ただ正社員がその現場を見なくて済むような「隠蔽」がなされていたのにすぎない。

 その意味で現在の格差社会やワーキングプアの問題は、突如として発生したものではない。むしろ今まで隠れていた「制度」が、目立つところまで拡大しただけなのである。鎌田慧氏が書いた『全記録炭鉱』(創森社)を読んで、改めてそう感じた。

Photo 「いままでは、危険な場所はぜんぶ組(下請け)の人間におしつけてきた。直轄工(本工)がケツを割って逃げたあとを、おれたちがやってきたんじゃないか」

 81年10月、93名が亡くなった北炭夕張鉱の事故から半年もたたない内に、契約を打ち切られた下請け会社の社長の言葉である。「直轄工」を正社員に、「組」を派遣と置き換えれば、25年近くの歳月を越え、この発言がリアルに迫ってくる。

 84年1月に起こった三井三池有明鉱での事故についても、鎌田氏は興味深い指摘をしている。下請の炭鉱員がベルトの焦げるにおいに気づいていたにもかかわらず放置されていた理由を、「坑内では、本工と下請工が対等に口をきくことができなかったのだ」と説明したのだ。
 そうした職場環境の結果として83人が死亡したことになる。
 命を懸けてギリギリの環境で働いている炭鉱と、一般の職場に違いはあろう。しかし正社員と非正社員などの職場の格差が企業の事故を誘発していることは、現在でも変わりない。

 下請けの炭鉱員が能力給で働かされ、坑内にガスが多少充満して警報装置が鳴り響いても仕事をやめなかったという話にも驚かされた。そうした「危険性を指摘した労働者は『お前は出鉱を止める気か』『(会社を)再建できなくてもいいのか』と脅されていた」ともいう。これなど、安全を削って利益を優先した末に起こったJR福知山線脱線事故と、まったく同じ構図である。

 結局企業というものは、なるべく安い労働者を雇い、危険な仕事は責任のない外部に任せ、モラルや危険よりも利益を選ぶ「生き物」なのだろう。少しでも余裕がなくなれば、その地金が表れる。
 だからこそ企業の監視役が必要になるに違いない。
 先述した北炭夕張鉱の事故について、坑内運搬工は本書で次のように語っている。
「事故は、組合にも責任がある、と思うよ。70~80パーセントの組合員はそう思ってるさ。予知があったんだから、組合が強かったら防げたんだ。ガスが出ていたのに、採炭をつづけていたんだ」

 この発言は重い。わたしは組合活動をした経験がない。それどころか労組の取材で会ったダラカンに辟易し、労働運動を軽視してきたきらいさえあった。しかし、この坑内運搬工の発言を読んだとき、やはり組合は必要なんだと実感した。
 組合運動が停滞したことで、炭鉱では事故が続発していった。そして御用組合しか残っていない現在、日本中の労働者が正社員の座を追われようとしているのだ。

 企業の体質は何も変わっていない。数十年前から炭鉱にあった数々の問題が日本全国に広がっただけである。そんなことを、この本は気づかせてくれた。おすすめである。(大畑)

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2007年8月16日 (木)

先日のロシア 第10回 夏休み見学編~ロシアバレエ、舞台芸術の世界~

「先日のロシア」も第10回を迎えた。この辺りで一息つこう。新聞から離れて街に出よう。日本で味わえるロシアを嗅ぎに行こう。
そう思って出かけたのが、目黒にある東京都庭園美術館。「舞台芸術の世界 ディアギレフのロシアバレエと舞台デザイン」と銘打ち、20世紀初頭のロシア舞台芸術を紹介している。
http://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/stage/index.html
中心となるのは、セルジュ・ディアギレフ率いるロシアバレエ団(バレエ・リュス)の舞台デザイン画、衣装デザイン画、衣装そのもの、ポスターなどなど。せっかくだからと、バレエ「ペトルーシュカ」再現映像上映会に合わせて会場に向かった。

庭園美術館は旧朝香宮邸でもある。華族の邸らしく門から館までの距離がかなり長い。汗を拭きつつ受付に行くと、上品な老婦人から「赤い靴は履いてこられましたか」と静かに問われた。
思わず「はい?」と聞き返す。なんでも、庭園美術館では催事に合わせたドレスコードを用意しているらしい。今回はバレエに関する催事にちなみ、赤い靴を履いてくれば「バレリーナ割引」として団体割引になるとのこと。そんなこととは露知らず、私が履いてきていたのはピンクのパンプスだった。惜しい。
ちなみに今回は、「ダイヤ柄のアルルカン」(よくある菱形模様の衣装を付けたピエロのこと)割引と称して、ダイヤ柄の服装をしてきた人も団体割引になるとのことだった。今時アイビー? 実際には見かけなかった。

「ペトルーシュカ」の上映会場に入ると、すでに満席。40席ほどの規模ではあったが、この上映会に興味を示す人は稀有であろうとタカをくくっていた私は驚きを隠せなかった。呆然と突っ立っていると上映が始まり、その場がそのままわたしの立見席となった。
バレエ「ペトルーシュカ」では、演題と同名の操り人形が生命を与えられ、かなわぬ恋に悲嘆する。映像はダイジェスト版なのだが、片恋のお相手・バレリーナの操り人形役の踊りが本当に不気味! ランドセルすら落ちそうな驚異的ななで肩は、すでに人類の域を逸している。そしてゴボウより細い手脚でカタカタと動き回るのだが、肩の付け根、腰、脚の付け根しか動かさないで踊るさまは人形そのもの。妖しくも美しい振付が今でも目の奥に残像として残っている。夢に出てきたらきっと泣いてしまうだろう。

 続いて館内を散策。注目すべきは舞台・衣装デザインの変遷だ。「バレエ・リュス」が活躍したのは1900年代初頭から主催者ディアギレフの没する1929年まで。はじめはオペラの舞台と何ら変わらない、風景描写に忠実な舞台デザインが多い。貴族の話なら素直に宮廷、自然の中なら森の書き割り。しかし時が経つにつれて、20世紀特有の芸術的傾向である未来派、ロシア・アバンギャルドの影響を受け始める。じわじわと抽象的になってゆくデザイン画。芸術性はさておき、この絵を受け取った衣装担当者は一体どうやって作ればいいのよ?? 特にセルジュ・チェホーニンの幾何学模様を組み合わせたデザイン画は衣装の素材感を微塵も感じさせない。

https://secsvr.com/bijutsukann.com/pre/artcafe/pre_mm0708-1.html

上のURL中、左の衣装デザイン画がチェホーニンの作品。これは革的な質感がかろうじて出ているけれど、もっとキビしいものもたくさんあったのでぜひ展示を確認して欲しい。舞台デザインも然り。しかしこの芸術性こそが、衣装そのものよりもデザイン画が愛でられ、紙切れ一枚が後世に残って重宝される所以でもあるのだろう。
前世紀を引きずった精密でゴージャスそのもののデザインと、抽象的な幾何学模様にあふれた前衛的なデザイン。その両方に囲まれていると、革命期の希望と混沌が入り乱れた状況が漂ってくるようだった。
成熟すべく、いまいちどグリーンになった芸術性を垣間見た。(臼利つくし)

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2007年8月15日 (水)

朝青龍擁護と巡業をめぐる深い確執

皆が袋だたきにしているの図を見ると擁護したくなる性格である(安倍晋三を除く)。今回は横綱朝青龍。
彼が夏巡業を「仮病」ですっぽかした問題で相撲協会は2場所の出場停止や自宅と所属の高砂部屋および病院以外に外出してはいけないとの処分を下した。これまで相撲協会が定める罰則を受けたことがない朝青龍は突然の鉄槌にわけがわからない状態という。
確かに異様だ。とくに外出禁止は、そんなことを命じる権限が協会にあるとは思えない。いきさつ上まさか部屋で元気いっぱい稽古をするわけにもいかないから自宅か病院しかいてはいけないとなる。立派な憲法違反だ。

わけがわからない朝青龍にわけを教えよう。「巡業」という虎の尾を踏んだからだ、と。

大相撲の地方巡業はかねがね問題となってきた。古くは1932年、現役関脇の天竜三郎らが「地方巡業制度の改革」などを唱えて受け入れられず協会から大量脱退した「春秋園事件」があった。最近では境川理事長(元横綱佐田の山)が95年に訴えた改革がある。
境川改革はそれまで巡業の契約金を支払う代わりにいっさいを仕切ってきた勧進元のよる売り興業が金銭的に不明朗で、かつ力士の稽古環境にも悪影響があるとして廃し、協会独自の興業へ変えた。
見逃せない点として勧進元に暴力団関係者が紛れ込む可能性を排除できない実態もあった。事実、87年には前年まで開かれていた福岡県久留米市での「慈善大相撲」の勧進元が数千万円規模とも見積もられる収益の多くを指定暴力団(現在)「道仁会」に上納していた疑いが福岡県警の調べで明らかとなっている。
この一連の境川改革へ猛然と反対したのが高田川親方(元大関前の山)らである。高田川らの反対は他の境川改革にも及び、またその主張は決して暴力団の介入を許すといった内容ではない。実際に良心的な勧進元も多数ある。ここでいいたいのは改革の是非ではなく巡業にからんで境川派と反境川派が対立したという事実のみだ。
そこを押さえて次に進む。高田川は高砂一門に所属していたが98年の協会理事選立候補を理由に破門されてしまう(選挙結果は当選)。その理事による互選で決まる理事長選挙は境川後継とみなされた時津風親方(元大関初代豊山)と現理事長の北の湖親方の投票となる。結果は5対5。
その後に北の湖が辞退して時津風理事長誕生となるが問題はその時の投票結果だ。時津風票は自身と境川および高砂ら。北の湖票は自身と高田川および大島(元大関旭国)らと推測される。

北の湖理事長は2002年に実現した。その前後から巡業を再び勧進元が行う形へ戻す動きが出て実現した。境川改革での協会独自興業がうまくいかなかったという事実があるので勧進元形式の復活の是非は問える状態にはない。ただし戻した後も業績は芳しくない。
さて現在の巡業を担う巡業部のメンバーは誰か。部長が大島で巡業部副部長(契約推進担当)が高田川である。要するに反時津風(=反境川)陣営で境川改革に反対したとみられる親方だ。そして朝青龍が所属する高砂部屋の親方(元大関五代朝潮)はかつて高田川を除名して理事長戦で時津風側についている。こう考えると高田川が朝青龍の巡業参加を「半永久的に出なくていい」と激しい言葉で拒否したのも意味深である。

朝青龍はモンゴルから出稼ぎに来ている。「出稼ぎ」という言葉を決して軽蔑して使ってはいない。むしろ尊敬している。体一つで頂点に上り詰めて勝ち続けているから。もちろん八百長などのうわさは気にならなくもない。しかし弱ければそもそも八百長ができないのも事実である。
そうした身一つの稼ぎをしている者に今の巡業はどう映るであろう。「地方場所」は名ばかりの花相撲。山げいこなど今は昔の物語。何の研鑽にもなりそうにない。夏巡業は中高生が夏休みだから弟子スカウトのいい機会であると重視されてきた。しかし親方株は日本国籍がないと取れない。モンゴルの女性と結婚して出稼ぎに徹する朝青龍には魅力がない。
そもそも大阪、名古屋、九州の本場所も元をただせば「地方場所」からの昇格である。それらを含め年6場所で優勝を期待される1人横綱を長く務め結果は出してきた。何の足しにもならない巡業ぐらい休んでも罰は当たるまいと考えておかしくはない。

しかし前述のような経緯で巡業は現在の巡業部および彼らに担がれた経験を持つ北の湖理事長にとって意地でも経営的に好転させたい問題である。そこを思い切りないがしろにした行為だから厳罰となったと考えるのは邪推だろうか。

将来を大きく期待されていた関脇力道山が突然廃業した理由を本人は「私が裏切られたことと、協会の冷たい仕打ち」と語っている(力道山著『空手チョップ世界を行く』)。その真意はいまだ謎だが、廃業の理由いかんにかかわらず彼もまた国籍問題を抱えていたとの説もある(注:異説にも十分な説得力がある)。
いずれにせよ前場所に優勝し、今後も大いに活躍が期待される横綱が引退となれば異例の事態である。角界史をひもといても1920年代の名横綱・栃木山ぐらいしかいないのではないか。
確かに朝青龍に落ち度はある。だがそれを叩くならば同時に巡業にかかわる古くて新しい問題もまた俎上に乗せるべきだ。また外国人とはいえ国内で居住する大人を「軟禁」に近い状態に置くという明らかな憲法違反をも問われるべきである。(編集長)

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2007年8月14日 (火)

ホットヨガ

 お盆なので、短く書きます。
 昨日初めて「ホットヨガ」なるものへ行ってきた。ヨガといえば、一昔前は某宗教のせいで怪しいものだと思われイメージがダウン。
 しあkし、ここ数年の健康ブーム、そしてハリウッド女優たちがこぞってやっているということでイメージアップ、そして人気フィットネスに。
 今回行ったホットヨガは、気温36度、湿度70%くらいの室内でヨガをする意外とハードなもの。
 暑さと湿度は香港で鍛えられていたのでそうでもなかったが、ヨガのポーズは日頃の運動不足がたたって辛い辛い。辛いけどがんばって70分。
 大量の汗をかきシャワーを浴びたらスッキリ。徹夜が続き疲れがとれなかった体がシャキッとしました。
 疲れた時は、運動より癒しを求めてマッサージへ行くことのが多いかもしれないが、逆に汗を思いっきりかいてシャワーを浴びて思いっきり寝たほうがよいのかもしれない。(奥津)

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2007年8月13日 (月)

西巣鴨・子ども置き去り事件の現場を歩く

Nishi  1988年7月18日の朝、東京都豊島区のあるアパートの大家から巣鴨署に「家賃が滞納になっている部屋に子どもだけが住んでいる」との届け出があった。
 巣鴨署員と福祉事務所の母子相談員が訪れた後、この「西巣鴨置き去り事件」が発覚する。母親(40歳)が同年1月から家を空けたまま行方知れずになって帰らず、長男(14歳)、長女(7歳)、次女(3歳)の3人の子どもだけがマンションの1室で暮らしていた。巣鴨署員が家の中を見てまわったところ、押入の中からは1歳ごろの赤ん坊の腐乱死体が発見された。赤ん坊は母親が家にいたころに死んだが、死亡届けも出生届けもされないまま押入に入れられていた。子どもたちは出生届も出されておらず、当然学校にも通ったことはなかった。

 母親は生活費約20万円を置いて去ったあと半年以上、このマンションに帰っていなかった。生活費は現金書留などがたまに送られてくる程度だった。
 発見された兄弟は全部で3人だったが、赤ん坊以外にもうひとり2歳の女の子がいた。女の子は4月、「おなかがすいた」と騒ぎ出したため長男と中学1年生の友人3人に殴られるなどしているうちに意識を失い、その日か次の日あたりに死んでいる。遺体は長男が埼玉県秩父市の羊山公園にある雑木林に埋めていた。

 発見されたとき、2人の女の子はキッチンで毛布にくるまって眠り、長男は電熱器でみそ汁を作っていたところだった。ガス、電話は止められていた。部屋は異常な臭気で満たされ、トイレのドアの外まで大便が転がっていたという。
 生肉や生米を食べ、電気・ガスも止められ、水風呂に入って生活していた。3歳の次女は栄養失調状態だった。
 母親は高校時代から歌手を目指していて1966年にはデビューもしている。しかし人気が出ることはなく約2年で辞めている。20歳のころ駆け落ち同然で一緒になった最初の結婚相手は事件発覚の10年ほども前に借金を作って蒸発していた。実家とも絶縁状態だった。その後はデパートで洋服の販売をしていた。
 失踪後は新しい男のもとにいて子どもを見捨てたことになるが、保護・逮捕された後、長男は「おかあさんはどうなるのだろう」と言うなどして母親をかばったという。

 発覚当時は隣人のことさえ分からない、興味がないという「大都市の病理現象」などと報道された。
 同じマンションに住みながらなぜ気付かなかったのか、という非難やいやがらせが他の住民に押し寄せられ、引っ越していった世帯もあった。その一方で子どもたちへの励ましの手紙やおもちゃ、送金も全国から相次いだ。

 この事件は04年公開の映画『誰も知らない』(是枝裕和監督)のモチーフになった事件としても知られる。
 映画の中で長男役を演じる柳楽優弥が、川沿いを歩いてコンビニに買い出しに行くシーンが頻繁に見られるが実際にはコンビニは彼らが暮らしたマンションの1階にある。
 JR大塚駅から10分も歩けばそのマンションにたどり着く。かなり車通りが激しい通りに面している。マンションの中に入るとすぐステンレス製のポストと階段がある。建物の中は薄暗く、通路のリノリウムを歩くと急速に温度が下がったのを感じた。
 置き去りにされた子どもたちがいた部屋の鉄製のドアの前に立つが、中に人はいないのか廊下には物音ひとつ届かない。現在は有限会社が部屋を使っているようである。
 1階のコンビニは事件当時から現在までずっと「ミニストップ」である。部屋の配置からするとコンビニの真上に彼らの住んだ部屋がある。当時のコンビニの店長と長男は顔見知りだった。どんな頻度で店を訪れていたのかなどは分からないが、買出しで訪れる店の店長と顔見知りであるのはなんら不自然ではないように思える。事件発覚当時の新聞記事を見ると、男の子とは顔見知りだったが子どもだけで状態で暮らしているとは知らなかった、という店長のコメントが載せられている。このコメントを読んで、本当だろうか、と私は首をひねった。置き去りにされていた期間は半年以上なのだ。半年あれば髪が伸び、洗濯機も使えない状態で衣服はよごれていったはずだ。まったく少年の置かれた境遇の「異変」に気づかなかったとは少し考えにくい。

※ここから先の記事は…

『あの事件を追いかけて』(本体952円、アストラ刊)にてご確認ください。

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2007年8月12日 (日)

蓮根の連続イタズラ通報

 最寄り駅の蓮根で降りてしばらく歩くと、道いちめんに消防車が停まっていた。地元の人にしか分からなくて恐縮だが、デニーズやニッポンレンタカーのあたりである。ざっと6台の消防車が赤いランプをわんわんと回している。大火事か、大災害か? しかし、火はおろか煙も見えない。野次馬はあたり一面に溢れど、みな一様に「どこで火事が?」といった表情でお互いを見合っている。
 しばらくして、消防車から女性の声がスピーカーで流れてきた。
 ご近所のみなさま、今回の通報は公衆電話からのいたずら電話でございます、どうぞ火の元には気をつけてお休みください……。
 集まった人の何人から「またか……」という声が聞えてくる。どうやらここ最近こんなことが何件か続いてるらしい。夜の11時も超えたころだ。
 が、住民よりもいきり立っている消防士がいた。いたずらだったんだから分からなくもない。当然ともいえる。(消防車が出動する費用というのはやはり税金なのだろうか?)

 真夏にいきり立つ男がいる。

 なぜか勇気のようなものが出てきた。消防士に負けずに俺も書くぞ書くぞと思った。飛んで火に入る虫でもいいではないか。夏本番なのである。夏休みバージョンだということでごくライトで意味のないこんな書き込みでもよろしいのかしら。(宮崎)

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2007年8月11日 (土)

『吉原 泡の園』 第29回/客として、業務として行くソープ

 いつも通り懸命に命令をされるがまま働いているときのことだった。
「おい関口」
 マネジャーがいつものように僕を呼び、呼ばれたらすぐにフロント前に駆けよるのだ。
「はい」
 僕がそう返事をするのだが、いつもと何か様子が違う。
「おい関口、おまえ飛ぶなよ」(注:飛ぶ→夜逃げ、または突然いなくなり、音信不通になること)
「?」
 突然呼ばれていってみれば、わけのわからないことを言われ、しかもいつもは迫力あるマネジャーが、その時ばかりはなぜか寂しそうにいうのだ。
「はぁ」
「なあ、関口、絶対飛ぶなよ」
 そう言い、マネジャーが続けた。
「姉妹店で、客がつかない女がおる。そいつに関口が客としていってやってくれ」
 というのだった。
 そんなのお安いご用。そう思ったのも束の間。
「んで、サービス代は、きっちり給料から引かせてもらうで」
 ガガーン。雷が落ちた気分だった。
 大体、そもそも10万そこそこの給料しかもらっていないのに、さらにそこから6万5千円も引かれるのだ。
「ええー全額ですか、そりゃ無茶ですよ」
 つまりはサクラとでもいうか、客になりすますのだが、それもどうせ大金を払うならば、自分で選びたいものだ。だが、この場合、全額自己負担、しかも売れない女性の客としてである。
「今回は全額負担だが、次回からは少しは店がカバーしたる」
 マネジャーはそういう。一応は負担を軽減さしてくれているつもりなのだろうが、こちらは借金だけで頭が一杯なのだ。
 真っ青な顔をしていると
「おまえ飛ぶなよ、今月は1回でええから」
 と来るのだった。
「今から姉妹店のBとボーイの差し替えをする」
 そう言われ、所持品を全部店に置き、R店からB店に向かった。
 夜の8時くらいだ。平日だし、普通の生活をしている人ならば家族団欒でもしているだろうし、学生ならば勉強中か、ああ、僕はなんでこんな給料天引きの前貸しされた6万5千円ばかりを握り締め、こんな薄くらい吉原の裏通りを歩いているのだろうか、しかも、僕がボーイと気づかないよそのボーイからは
「お兄さん、さ、どうぞ」
 などと声までかけられるのだ。
 やはり、常連の客と見られているのだ。が、一応ボーイとして働いているものが、カモ扱いの呼びこみされることは、こんな僕でも一応は悔しいのだった。
 吉原でも悪名高いRで、ほんの新人でしかないが、それでも客でもないボーイなのに、まだどこかカモにしか見られていないことに、自分自身腹が立ったのだった。
 しかし、今はそれどころではない。ああ、大金が給料から差し引かれ、いよいよ10あるうちの5は返せる借金も、0になるなあ、という思いがあった。
 薄くらい道から、メインストリートに出て、少し行くと、ビジネスホテルがあり、その横にはコンビニが見える。その道の反対側に、B店があった。
 差し替えするくらいだから、当然店は暇なのである。
 僕が入り口をくぐると、B店の店長、マネジャーが暇そうに座っている。
「お疲れ様です」
 僕がそう言いながら、入浴料の2万5千円を払う。
「すいませんねー」
 申し訳なさそうに向こうのマネジャーが言うが、どこか口だけに聞こえる。待合室に通される。一応は客としてのもてなしを受けさしてはくれる。ほかの待合室に一般の客などもいるときは尚更である。
 おしぼりを出され、顔を拭く。
 次にドリンクのメニューなどを渡される。本来客であり客でない身なので、ドリンクなども躊躇するが、喉も渇いているので冷たい飲み物をいつも頼んでいた。
 飲みながら少し待っているとB店のボーイが来て、
「何と言うお名前でお呼びしましょうか」
 と僕の耳元で囁く。
「えーと山田でいいですよ」
 ありきたりな、適当な思いつきを言う。
「はい、今日はこの子です」
 今日の僕のあたる女の子の写真を見せてくる。
「あっ、はい」
 僕はすましてそう返事するが、内心
「当たりだーうほー」
 などと思ったりもする。それは性格的に明るいかどうかというインスピレーション的なものなのだが。
 そしてB店のボーイは待合室を出るのだ。
 R店と違い、姉妹店の待合室は、綺麗だし、置物のセンスもいいし、テレビも薄くて大きなプラズマテレビというやつで、我がR店とのあまりの違いに、
「いいなーB店のボーイは。なんだか楽しそうに仕事をしているなぁ」
 などと思ったりもしたのだった。(イッセイ遊児)

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2007年8月10日 (金)

ゾンビ安倍はいつ成仏するのか

 さっぱりわからん。
 いや、安倍首相ことである。続投していったい何をしたいのだろう? 

 憲法改正といっても参院の改憲派は03年の調査開始以来初めて3分の2を割り込んだ。衆参両院で3分の2以上の賛成がないと憲法は改憲できないことを考えると、自民党が予定している3年後の発議は難しい。
 自民党内でも首相批判が渦巻き、今月中の臨時国会召集案も党内の反対があって来月に持ち越されるほど、首相の影響力は低い。
 支持率もガンガン下がっている。8月6日に発表された毎日新聞の世論調査では、内閣支持率22%、不支持65%。自民党の政党支持率も55年の結党以来2番目に低い17%。首相を「辞めるべき」と答えた割合が56%である。
 
 通常ならこの状態で「改革」が断行できるとは思えない。ところが当人はやる気まんまん。とにかく支持率だけは回復しようと、露骨な人気取りに走っている。

 内閣改造は派閥推薦を拒むと決めたと言い始めたが、すでにベテラン議員からの批判にさらされている。領収書の添付義務を資金管理団体から政治団体に広げ、1円以上を対象にすると号令をかけたが、党内大紛糾。自民党議員からは「言論の自由が脅かされる」と不可思議な反対論まで現れた。
 原爆症の認定についても「見直すことも検討させたい」と語ったが、寝耳に水の厚労官僚は顔色真っ青だった。小泉前首相のハンセン病訴訟の公訴取りやめをマネたつもりだろうが、被爆者からもパフォーマンスだと言われる始末。
 もうボロボロである。

 しかし、どうも首相はこの緊迫した事態を理解していないようだ。
 7日に招集された自民党代議士会では、中谷元・元防衛庁長官から「この際、いったん身を引くことで抜本的にやり直すべきだ」と、ズバリ退陣論を説かれ呆然としていた。こんな厳しい意見を言われるともは思ってもいなかったという表情でだ。
 党内の批判が強まっている件については、「最後には、自民党は一致結束していく政党であると信じている」と、自分を辞めさせるのに「一致結束」するなど考えてもいない口ぶり。
 内閣支持率が20%代に下がったことについては、「失われた信頼を、一つ一つ実績を積み上げていくことによって回復していかねばならないと決意している」と、回復できるかのような言い草だった。

 恐ろしいことに、首相は「まだいけてる」と思い込んでいるのだ。誰から見てもゾンビなのにである。
 結局、自分が否定されることを受け入れられないのだろう。「岸の孫」としてチヤホヤされ、すべてを肯定されてきたに違いない。人生初の否定を首相として国民から受けるというのも壮絶な体験ではある。
 この現実を受け入れないゾンビを、誰かが成仏させてやらなくちゃいけない。普通の方法では死にそうにもないが……。

 最後に明るい話題を1つ。
 この続投で唯一よかったことがある。それは安倍の再登板の芽が完全に消えたことだ。まあ、勝手に「再チャレンジ」してもらってもらえば、彼の唱えた「再チャレンジ」が容易ではないことも理解してもらえるかもしれない。(大畑)

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2007年8月 9日 (木)

先日のロシア 第9回/三種の神器

 今、三種の神器といえばなんだろう。高度経済成長時代にはテレビ・洗濯機・冷蔵庫が三種の神器としてもてはやされた。近年においては、デジタルカメラ・DVDプレーヤー・ハイビジョンテレビ、なんてウワサもあったかと思う。とくに洗濯機、冷蔵庫と生活に根付くイメージの強い前者に比べて、3つとも観る・聴くための道具である後者。基礎的な生活がこれ以上は便利にならないとなれば娯楽に走るということだろう。

 さて、現代ロシアの三種の神器はいったい何か。このたびは新潟にあるロシア情報誌、JSNよりひと記事ご紹介したい。
 こちらもロシアの新聞「ВЕДОМОСТИ(「vedomosti」)」7月23日付の記事からの引用なのだが、いまさら私が訳すよりも信頼性が高いだろうから以下、そのまま紹介する。

 ロシアのマーケティング会社が、「モスクワっ子(モスクビチ)の中間層」というテーマで調査を行った。回答数は1072人。調査は、直接インタビューする形式で行われた。(中略)ソ連時代の三種の神器は、「住宅、自動車、ダーチャ(郊外の別荘)」だったが、現在でも、まだまだ通用するようだ。
 返答者のうち82%が、住宅を自己所有している。住宅の平均的な広さは70.4㎡。もっとも重要なのは「住宅を所有していること」で、80%は自分の住居に満足していて、住宅の質にはあまり拘らないと答えた。71%が、自動車の所有が中間層の絶対条件だとし、41%は、その自動車は高価な外国製の新車でなければならないと考えている。回答者の15%は1家族あたり最低でも2台必要だと答えた。また、ダーチャを中間層の必須条件としたのは、85%だった。
(引用:http://www.jsn.co.jp/news/2007/18.html より)

 中間層の必須条件として「住宅を所有していること」というのはなかなか実用的なセンである。そして次に自動車が来るという。経済発展状況にかなりのズレがあるとはいえ、娯楽を主とした日本の神器とは大違いだ。そして島国では考えも及ばないものが三つ目に来る。別荘だ。ただこのダーチャと呼ばれる別荘、日本のいわゆる別荘とは少し様子が違っている。国民の大体6割が持っているとも言われるダーチャは、庶民のものであればたいていは掘建て小屋のようなものだ。電気やガス、ともすれば水道すらなかったりする。下手すると別荘自体がご主人の作品だということがありえる。リゾート地や避暑地に建てるわけでもなく、建設地は近所のどこか。

 ダーチャを持っているロシア人は、バカンスをダーチャで過ごす。ほとんどは菜園を持っているので、そこで野菜を作ったり、冬のしたくにピクルスやジャムを作ったり。まるで定年退職して朝から畑に行き、トタンで作った小屋の中で昼寝をするおじちゃんのような生活をするのだ。

 まとまった土地を二つと、それを結ぶ移動手段。生活を彩る便利で華やかなもの、というよりも、生活の大枠に関わるものを所有しているかどうかに重点を置かれているようだ。ロシアは只今、世界の注目する経済急成長国。これからこの3つがどのように変化していくか楽しみなところだ。(臼利つくし)

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2007年8月 8日 (水)

零細企業主だから怒る事務諸費問題

事務所費問題では心底あきれかえった。自民党は今になって「1円から」の領収書添付を言い出しているけれど本来そんなのは当たり前である。私も含む零細企業主でさえ当然のごとくしている作業なのだから。

「慶弔費はどうする」……確かに領収書はもらいにくい。そうした場合たいがいの零細企業主は自腹を切る。少なくとも国会議員の腹の方が零細企業主より太いはずだ。何しろ憲法で「一般公務員の最高給料額を下まわらない歳費」が保障され、他に公費での秘書3人が宛がわれ、議員会館もある。さらに交通費など諸手当も保障済み。自分の食い扶持(歳費)と社員(秘書)3人の給与と事務所兼宿舎(議員会館)と交通・通信費などが与えられている。零細企業主の多くがこの「自分の食い扶持」「3人程度の社員の給料」「自宅の家賃」「事務所の家賃」「交通・通信費」をやっとこさ自力で稼ぎ出して維持しているのだ。それでプラスマイナスゼロか赤字である。
明らかに零細企業主の年収より多いはずの歳費を受け取っているのだから慶弔費ぐらい自腹で払えばいい。でなければ公費を使うのだからせめて目出度い席の領収書ぐらいもらっても罰は当たるまい

「切符など交通費はどうする」……国会議員はさまざまな場面で事実上免除されている。しかも今はICカードが普及して経路などがすぐ出せるようになった。東日本ならばスイカを購入してチャージの際に領収書を出せばよかろう。ちなみに零細企業ではそれで税務署様にご納得いただけるか心配なので今でも社員の精算で日時と経路を申告させている。

「事務作業が増加して負担が増える」……だって「事務所」なのだから当たり前でしょう。事務所で事務作業をするのはリンゴ園にリンゴがあるのと同じである。零細企業でも大企業でも経理は必要だし領収書の保存は義務だし決算もする。
確かに面倒と感じることもないではない。なぜならば会社のなり(狭いオフィスと雑然とした光景)と経営者のなり(貧乏くさく苦しそう)を見れば豪勢な生活なぞしているはずないとわかりそうだから。でもそれでは税務署は通らない。だから領収書はキチンと取りそろえ帳簿と合うようにする。編集会議の時に食べたコンビニで買ってきたお菓子の領収書をどうしようなどと悩む。経費として認めてもらえると考えれば添付するし、無理と判断すれば自腹である。たいていは後者だ。
幸いにして私はそこまで追い込まれていないものの零細企業主のなかには自腹でまかなえなくて消費者金融に走る方さえいる。商工ローンでなく消費者金融なのだ

「プライバシーが守れない」……そこまでして零細企業主がきちんとした帳簿にしようと努力するのは納税の義務を果たすためだ。結果的に業績が振るわず赤字決算になると(零細企業ではしばしば)法人税の多くは免除されるが、それを申し訳ないと思っている。消費税はどんなに赤字でも支払う義務がある。もちろん税務調査では任意であっても領収書1枚1枚について説明できなければならない。
そうやって国庫などに納められている税金をもとに使われるのが歳費など国会議員の収入である。企業・団体献金も少なくとも出所が民間ならば同じように決済した結果として使われている。だとしたら本来は税務調査と同等か、それ以上の厳しさを求められるのが「政治とカネ」ではないのか。
公金およびそれと同等のカネならば使い道がわかって困るなどといった理屈が論理的に存在しない。すべて堂々と払われるカネであるべきだし、そうでなければならない。もらったり支払われる側も堂々たる者でなければならない。暴露されてまずいカネなどあってははならない。したがってプライバシーを侵害する理由がない

赤城徳彦前農水相は郵便発送費の領収書の二重計上や選挙運動費用収支報告書での「5重」領収書疑惑がささやかれている。本当ならば立派な政治資金規正法違反だ。
零細企業主でも魔が差して架空の領収書を使って経費を水増ししようとする者もいるかもしれない。もちろん脱税行為だからしてはならないし罰せられる。しかし「架空の領収書で水増し」といった「悪質」に類する行為を「してみるか!」と踏み入れようとする悪徳経営者でさえ領収書をコピーして何とかしようとは思いもよらないはずだ。いくらなんでもそれはできないと常識中の常識でわかり切っているから。それが公金の世界でまかり通るとなればこの世はヤミである。
まだ先がある。小社を含む多くの零細企業は「架空の領収書で水増し」する必要さえない。なぜならばキチンと説明できる領収書だけで決算の損益はトントンか赤字になるから。そもそも「水増し」部分がないのである。使い切れない=「水増し」部分が公金で存在し、脱税をたくらむ者でさえ「さすがにそれは」と忌避する領収書コピーなどという最低最悪の手段でごまかすなど考えられない悪徳行為である。大臣を辞めればすむという話ではない(編集長)。

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2007年8月 7日 (火)

深夜のマル秘編集部レポート

 深夜3時。ネオンはきらめかないが、一部だけ眠らない街・神保町。その一角に月刊「記録」編集部がある。 そしてそこに、男と女が二人きりで泊まっている。
 男の方は、不惑も近い最近は徹夜も辛い大畑。そして、女の方は仕事が終わらずやむなく泊まりの奥津。
 これまで何度も一夜を共にしてきた二人。彼は私の寝相やいびき、麻呂のような顔も知っている。そして私は彼のいびきや、少し薄くなってきた頭皮のことも知っている。
 狭い編集部内で男女二人きり。二人きりといったら起こることはただ一つしかない……だがここは職場である。 二人とも既婚者でいい大人だ。モラルもある。にもかかわらずアクシデントが起きてしまったのだ。
       *     *
 奥津が大畑に誘いをかける。手には銀に光るポーチ。中から出てきたのはニンテンドーDS。
 そう、奥津は大畑の邪魔をするべくゲームを出してきた。ソフトはぷよぷよ。
 ぷよぷよしたものに目がない大畑は、奥津の目論みどおり興味を示した。しかし、彼にはやらなくてはならない仕事がある。「うぅ……どうしよう」小声でつぶやきつつ、結局は「ぷよぷよ弱いから早く終わるかもー」と喜んでエサに食いついてきた意志の弱い大畑。
 そして二人のぷよぷよプレイが始まった。
「おじゃまぷよを相殺してフィーバーにするんですよ」「ふっふっふっふ。フィーバーだー!あーっはっはっは」
 と二人はプレイにのめり込む。
 早く終わると言っていたにもかかわらず、なかなか終わらない。あっという間に5ラウンド。奥津も、「さすが大トリをつとめる人は格が違いますね~」と感嘆の声。 しかし、でかぷよにやられてしまいフィニッシュ。それにしても不惑に近い男にしてはすごいスタミナである。 クリアという目標の前に倒れた大畑の意志を継ぎ奥津が続きをプレイする。
 しかし、7ラウンドで撃墜。やはり若輩者には偉大なる大畑先輩の足下にも及ばないということを改めて思い知らされた。
 思う存分プレイしたあと、急に「ビリーやろう」と言い出した大畑。まだスタミナは切れていなかったようだ。肉体年齢は若いのだろうか。
 そして二人でビリーをやり始める。やり始めるといっても、DVDはみていない。二人で適当にやっているだけだ。しかし、ビリーのあの無駄なテンションと、軽快なダンスミュージックがないといまいちノれない二人は早々にやめてしまった。
 ふと二人の戯れから現実に戻った大畑は、「やばい、仕事をやらなければ! ……でも、まずはお菓子を買いに行こう」とまたしても欲望の渦の中へ飛び込んでしまった。
 そして二人で近くのコンビニへ行き、プリンとお菓子を買う。帰りがてらおもむろにお天気占いを始める大畑。 仕事でせっぱ詰まっているはずなのに、「あー、明日は晴れだー」と無邪気な声。
 そして、「奥津さんの履いているサンダル。投げ心地よさそうだね」という声に、やはり先輩の言うことは聞かねばならないと思った奥津がサンダルを投げた。
 その瞬間、サッカーボールのように大畑に蹴られてしまった。なんて嫌な先輩。
「ひどいわ……オヨヨヨヨ」と泣く奥津。なんていたいけな女なんだ。「いじめるなんて僕ちんが許さないぞ!」という声など、夜中の神保町にはあるはずもなく先輩に虐げられる奥津と、お天気占いプレイに満足した大畑は無事に帰社し仲良くプリンとお菓子を食べましたとさ。 おしまい。ちゃんちゃん。

 後日談。ブログをアップした直後大畑は寝てしまった。そして私は帰ることにした。(奥津)

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2007年8月 6日 (月)

市川一家4人殺人事件の現場を歩く

Iti1  1992年3月5日午後4時過ぎ、千葉県市川市のマンションの一室に当時19歳の少年が入っていった。カギは開いていて、少年は金を盗むために入った。
 少年は前年の91年の終わりごろから傷害や強姦など10件以上の犯罪にあたる行為を繰り返していた。すでにタガが外れていたが、2月には関わってはいけない相手にとうとうぶつかってしまう。女がらみのいざこざを起こして暴力団員から200万円用意するよう脅されていた。
 どうしても金を工面しなければならなかった。少年・関光彦が侵入した会社員・柳沢氏のマンションには適当に飛び込んだわけではなかった。前月2月にたまたま路上で見かけた柳沢氏の長女の自転車を乗っていた車で追突、その後、女子高生だった彼女を強姦している。そのとき取り上げた身分証に記されていた柳沢氏宅の住所に向かったのだ。
 侵入後、柳沢氏宅にいた柳沢氏の83歳の祖母を絞殺、次いで長女とともに帰宅した柳沢氏の妻の背中を5回突き刺して殺害、長女は殺さずに生かし、母親の死体を運ばせ、床の血を拭き取らせた。保母につきそわれて帰宅した長女の4歳の妹は別室に追いやり、関は長女を再度強姦。
 午後9時を過ぎて帰宅した柳沢氏を背中から包丁で刺し、預金通帳の在処を聞き出した。柳沢氏の会社にある通帳を取りに行くため長女を連れ出す。朝方マンションに戻ったあと、関は4歳の妹を刺し殺した。
 柳沢氏の会社で居残っていた従業員が、長女の行動について不審に思い警察に通報、警察官が駆けつけたところを逮捕された。一夜のうちに長女以外の一家4人が殺害された。
 関光彦が小学校4年のときに両親は離婚。何回かの転校、苗字の変更も経た。都内の高校に入学。1年次では進学クラスで700人中50~60番目の成績だったが、2年次になり荒れ始める。友人の女友達に近づいた他校の生徒を鉄パイプで殴ったあと退学。まだ新しい学年に上がって間もない5月だった。

 
 市川市、東西線行徳駅から15分ほどの距離にある事件の場となったマンションに向かった。
 行徳駅や隣の妙典駅や南行徳、このあたりの地図を見て違和感を覚えたのは区画があまりにもハッキリと整えられていたからだ。普通、街というものは真っ直ぐな道や曲がりくねった道が錯綜して区画は様々な形となる。が、この辺りはどの道も真っ直ぐで、区画は大半が長方形に整っている。年代は定かではないが、区画整理が行われた土地であるという。
 セミがひたすらやかましく鳴いている。駅を出て東京湾方面に歩く。行徳駅からは2、3㎞も歩けば東京湾に至る。地図で見たとおり、道が真っ直ぐに東京湾のほうに伸びている。どの道もひたすら直線に伸びているようみ見える。そして、湾の方向にはいくつもの巨大な4本足の鉄塔が建っている。
 赤と白のストライプの鉄塔に近づくようにして歩くと東京湾に近い川にたどり着く。駅から湾までの道は歩道も車道もゆったりと広く、水際までくるといっそう開けた土地のように思えてくる。白いボートがいくつも停まっている。釣りをする人たちが見える。明るい土地柄のように思えた。
 堤防を歩きながらマンションの住所を探すが、どうも位置がはっきりと分からない。ひたすらに暑い。40代くらいの恰幅の、どこか小沢一郎を思わせる風貌の男性に事件のあったマンションについて聞いた。小沢風も額に汗を浮かべている。
「ははぁ……、あの事件ね……。どこかって? ……知らない」
 こちらを真っ直ぐ見すえて言う。明らかに知っている目である。わずかな時間でどんなことを考えて応えたのか、私には知る由もない。男性から離れたすぐ後に、会話を聞いていたのか、夫婦でウォーキングしている夫の方が話しかけてきた。「一家のあの事件でしょ、あっちだよ、堤防のあの階段を下りて少し入って、右にある」。快活な口調で淡々と道順を教えてくれた。奥さんのほうは一歩引いてやりとりをじっと聞いている。明らかに、晴れた日に、明るい土地でされる会話としては似つかわしくない。
Iti2  現場のマンションの柳沢氏が入居していた8階まで上ると、通路から遠くまで景色が見渡せた。やはり鉄塔が目立つ街だ。鉄塔の下、大型マンションがいくつか並んでいる。その周りを小さな民家がうめている。
 事件のあった部屋には別の名前の表札がかかっていた。空き部屋になっていたりするのだろうか、と思っていたので少し驚いてしまった。部屋は新しい住人を迎え入れている。
 ふと声がするのでそちらを見ると、同じ階の2つ隣の部屋で、住人と工事の人があれこれ相談しながらサッシを修理している。修理が済んで工事の人が帰ってから、その部屋の住人に話を聞いた。

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2007年8月 5日 (日)

格差について・圧縮版

 ちょっとショックなのだが、いわゆる“格差社会”について、20代というタイムリーな世代に位置する立場からいろいろ書いたのである、で、その原稿をアップしたつもりなのだが……アップされていなかった。私見の域を出ないものとはいえけっこうな分量を書いたものが消えてしまった。ショック!

 圧縮版で再度アップを試みる。
 20代後半から30代半ばまでが格差世代の中心であるという。これは本当である。交友関係を見回してみても、フツーに就職して正社員を続けているカテゴリーとそれ以外のカテゴリーでは年収で恐るべき差が出ている。収入だけではなく福利厚生や有給休暇の面でも雲泥の差がある。

 格差の上にいる人には格差がみえづらい。象徴的な出来事があった。友人の結婚式の2次会で久しぶりに友人同士で会った時、証券会社に勤めている友人がいた。友人は言った。「絶対、BRICs債はこれからくるから買っとけ」。友人の何人かは運用に回す貯蓄など持っていない。証券会社の友人は悪気があって言ったのでは決してない。ただ、その友人には経済格差が見えていない。
『希望格差社会』で山田昌弘は、暮らしの格差は当然ながら、上流の人と下流の人とでは将来に持てる希望までに格差があらわれると書いた。正社員として先のビジョンがある程度見える層と死ぬまで「積み上げていくこと」に実感が持てない単純作業を点々と続ける層とではまったく景色の違う人生を歩むことになる。
 私が“格差社会”について思ったのは、数字に見える上流と下流の格差よりも、むしろ山田昌弘が言うような精神状態につながるような格差についてだ。
 私たちは貧しい生活をしていますがこの生活が気に入っています、という人ならば何ら問題はない。だが、そんなヤツは少数派だろう。例えば高校や大学の友人と集まったとき、いかんともしがたい経済力や生活の余裕の差をみたとき、人はそれをしょうがないことと受け入れることができるのだろうか。何だか当たり前のことを書いてるような気もするが、格差とはそういうことではないのか。

 人材派遣企業のフルキャストが業務停止命令を受けた。港湾荷役業務への労働者の派遣でパクられているが、同社に給料の不払い、つまりタダ働きを食らった人を私は知っている。いずれ問題になるだろう。
 外資系の企業に勤める友人は夏休みが1ヵ月近くある。
 私は有給もボーナスももらったことがない。高校生なみの給料だが、まあ好きな仕事なので続けていくことができる。ただ外資系からお呼びがかかったら、シッポを振ってついて行くかもしれない。経済力と時間がある人生は遠く輝いて見える。
 
 近い将来、私たちの世代が社会の中核となる。永瀬清子が詠んだ「美しいものを美しいと私らはほめてよいのですって。」という詩は美しいが、ルサンチマンで飽和した層の人々は美しいものを美しいと言える心持ちを失っているかもしれない。

 この国はいつか、大変なことになる。
 短くまとめたので抽象論ばかりになってしまった気がする。このテーマにはいずれちゃんとした形で関わりたい。(宮崎)

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2007年8月 4日 (土)

『吉原 泡の園』 第28回/「おあがりなさいませ」

 女の子と一緒に風呂に入った後は、最後のラウンドに入るも良し、疲れたのでマッサージをしてもらうもいいだろう。
 もちろん途中フロントに内線コールすれば、ドリンクは何度でも飲み放題なのだが、大体お客さんは、そんな大金を払っているにもかかわらず、相手がヤクザだと思っているのか遠慮しているのだ。大体2回くらいが平均で、3回ドリンクを頼む人はほとんどいない。
(いーんだよ、そんな大金払ってるんだから、全部飲むくらいの勢いでも)と言ってあげたいくらいなのである。
 90分という別世界、別次元のひとときを堪能したら、帰るのも寂しく、女の子はまるで自分のものとでもいうくらいの感覚に陥る。が、それこそが女の子の技であり、店としてはそれを望んでいる。
 大体、上がってくる客の顔はテカテカに赤く輝いている。満足した証である。
 上がる際、内線コールをフロントに入れる。
「あの、お客様がおあがりになりたいそうです」
 するとマネジャーが次に予約がないかなどを調べ、ないようならば、
「お疲れさん」
 といって僕達ボーイの出番になる。
「おい、関口、客あがるからおまえ受けろ」
 そう言われると、慌てて階段下にかけより、客の顔を見ないように下に頭を下げ、客の足が見えた頃、
「おあがりなさいませ」
 と僕が言うと、ほかのボーイが、それもたとえ外で客引きをしていようとも、もしもそれが聞こえたならば、皆して、
「おあがりなさいませ」
 とオウム返ししなければならばならないのだ。
 上がった客に、冷を出し、ついでに冷たいおしぼりもだす。帰りの客に出す冷は、麦茶と決まっている。
 ちなみに、待合室の客と接する際、ボーイは片ひざをつき、丁寧に対応しなければならないのだ。
「おあがりなさいませ」
 ひざをつきながら、そういって冷をだす。
「いかがでございましたか」
 などと聞くと
「ああ、よかったよ」
 といってくれる人もいるが、中にはボーイの口車に乗せられて騙された客などは
「おい、全然よくねえよ」
 と真剣に訴えてくる。それがまたおかしく、真に迫った表情で
「写真と全然ちがうよ」
 といったりされると、思わず吹き出しそうになり、それをこらえるのが辛かったりもする。すると、
「ねえ、自分だってさっきの子いいと思わないでしょう」
 などと駄目だしを言われると、ますますおかしくなり、体を振るわせながら接客したこともある。
 6万5千円も払わしておきながら、実にふざけた対応である。ただ、そうしてサービスを受けられただけでも、悪名店ではまだありがたいことなのである。
 マネジャーはいつも
「客は懸命に働いて、6万5千円を握り締めて来るんや、それを考えなぁあかんでぇ」
 といっているのだが、いちばん客を騙しているのもまた、そのマネジャーなのだ。
 ざっとだが、サービスの流れとしは、このような流れになっている。遠い地方から遊びにくるならば、それだけでカモにされるので、優良店を見つけて遊んでいただきたい。
 さて、何故このように事こまかくサービスの説明をしたのか、それは第一にソープランドを知らない人、チェリーボーイ(童貞君)が、ソープランドに行きたいけど、怖くて、と思っている人などに、インターネットや雑誌では知れない本当の情報をお知らせしたかったこともあるが、こうした一連のサービスが、ボーイにとっては時と場合によっては、苦痛以外のなにものでもないということもあるのだ。ということをリアルにしたかったためでもある。
 ちなみに、チェリー君は、きちんと本当の事をソープの女の子に伝えれば、きっときちんと色々、あんなことも、そんなことも、ええーそうなの、ということまで、きっと丁寧に教えてくれると思う。
 下手に格好つけて、馴れてますから、みたいな態度をとると、逆に何のサービスもない、みたいな事態に陥ることがある。だから、変に格好つけるのはいらない。それをまず踏まえて行ってみてはどうだろうか。6万5千円というのは、あくまでも高級店であり、もちろんそれ以上高い店もあるが、大衆店と言って、下は総額2、3万くらいの店などもある。
 女性を知らないと、確かに世の中いろいろなことが怖いし、そんなこときにせんでもいいんだよ、というようなことまで何か気にしてしまうものだ。それが男だと思う。現に、僕も素人女性に対して、あまり積極的ではない。いろいろ考えてしまうのだ。だから、こうもいえるのではないだろうか。
 まじめで、誠実なやつは、ソープに行かなければ駄目だ。別に僕がまじめだとかそういうのではなく、ボーイとして様々な客を見てみて、改めてそう思うのである。(イッセイ遊児)

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2007年8月 3日 (金)

「ばんそうこう」赤城切りは殿のご乱心なのか?

 もしかするとノイローゼで正常な判断ができなくなっているのかも、と思わせるほど奇怪な行動連発の今週の安倍晋三であった。
 歴史的惨敗を受けての続投、そして赤城徳彦農相の更迭である。

 まず「機先を制した」と評された(?)投票結果が出る前の続投表明。民意など関係ないというなら選挙前の続投も問題なかろうが、彼としては民意を受けての続投なのに、選挙結果が出る前に続投宣言するというから不思議だ。
 そして惨敗から一夜明けた30日の会見でも理屈の通らないコメント満載。
「すべての責任は私にある」と言いながら「政権の基本路線は多くの国民に理解されており、間違ってない」と断定。その根拠が「(街頭演説などで)聴衆の反応感じたから」だという。
 すでにいろいろなところで指摘されていることだが、本人が「安倍を取るか、小沢を取るかの闘いです」と選挙演説しておいて、「小沢」を国民が取ったら私の「基本路線」は「間違ってない」と。そのうえ「人心を一新せよというのが国民の声だ」と、自分以外の「人心の一新」という不思議な「国民の声」を聞いたらしい。

 当人としては「約束した改革を進め、実行する責任があると信じている」と語っているが、首相になったとき改革を約束した相手は小泉純一郎前首相である。一応、形式ばかりの投票も行われたから、その分を認めても自民党員ぐらいにしか約束してない。国民から改革を信任されて首相になったわけではないのだ。初めての国政選挙こそが、その信任を得られるかの評価となる。つまり改革を掲げて首相になったことは間違いないが、国民と約束したわけではない。今回の選挙結果を当たり前に受け止めるなら、改革路線が否定されたととらえるべきだろう。

 それでも安倍首相の記事を読み続けてきた者として彼の気持ちを無理やり解釈していくと、首相就任当時の人気こそ「改革を続けよ」という国民の意思に満ちあふれたもので、現在の不人気は閣僚や年金官僚が足を引っ張った結果だから自分には責任がないということなのだろう。かなり異様な考え方だが、こうした現状認識は首相だけのものではない。
 選挙前、「年金や政治とカネなどくだらない問題が選挙の争点になってしまった」と幾人かの評論家が語っていた。本当に議論すべきは、政治の流れを大きく変えるはずの「戦後レジームからの脱却」だと言いたかったようだ。こういった主張の人からみれば、戦後の首相が手を付けなかった問題に取りかかっているだけに、志半ばにして首相から引き下ろすのは惜しいと感じるのかもしれない。

 しかし国民が審判したのは、本当に年金問題や事務所費問題だけだろうか? むしろ国民の生活が疲弊しているのに、高邁な理想ばかりをぶちあげては数を頼りに法律改正していく政治姿勢そのものではないのか。その意味で民主党のキャッチフレーズ「国民の生活が第一。」は、まだしも民意をとらえていたとも思う。
 結局、収録1時間にウン十万のギャラが振り込まれる評論家や、三代続く“名門政治家のボンボン”に、国民の苦労など分かるはずもないってことだ。

 いまごろボンボン首相は、自分が非難され続ける「異常事態」を「正常化」するための方法を考えていることだろう。彼の論理でいけば「正当な判断が下される状況なら国民から支持を得られる」のだから。
 で、とりあえず戦犯のバンソウコウを自ら呼びつけ首を切った。
 しかし、こんなタイミングを外した更迭など国民から歓迎されるはずもない。高まる内閣改造への圧力を下げるためという理屈は、あくまでも自民党内部の論理で一般には理解しがたいからだ(理解したくもないし)。

 今後、党内で反安倍の動きは強まるだろう。小沢民主党代表も政界再編に向けて自民党に手を突っ込んでくる。それらへの内向きの対応によって、ますます国民からの信頼を失っていく。そんな流れのなかで、おそらく首相は御高邁な改革に手を付けることなく、首相としての生命を終えていくことになるのではないか。
 そのころには国民の声をまったく理解できない政治家として名を上げ、首相として国民を啓蒙するどころか、すでに政治生命すら終わっているかもしれない。合掌。(大畑)

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2007年8月 2日 (木)

参院選・伝えられなかった異色候補者の主張/神田敏晶氏・和合秀典氏

参院選が終わった。有力各候補者の主張や動向などは新聞などに掲載された。当然のようにマスコミの多くは「主な候補者」のみ扱ったが、少数者の味方である本誌が伝えられなかった「異色候補」の主張を皆様にお届けする。神田敏晶氏と和合秀典氏は東京選挙区から出馬したが落選に終わっている。インタビューは選挙前に行ったもので『記録』8月号に掲載したものである。

       *      *      *

■神田敏晶(かんだ・としあき……ビデオジャーナリスト。IT系のフリーペーパー編集長、デジタル放送局KNN.comを起業。著書に『Web2.0でビジネスが変わる』(ソフトバンク新書)など)
 テンガロンハット、見る者を引きつける笑顔、こちら側に差し出されたマイク。クリーンで誠実な人柄を演出する選挙ポスターの中でも異色ぶりが目立つ。
 だが、最も目立つのは彼の掲げる公約。今回はじめて国政選挙において立候補した神田敏晶さんが掲げるのは年金政策や格差是正や憲法論ではなく「政治2.0」である。ピンと来た人はお分かりだろう。選挙制度や情報公開制度の面で、神田さんはインターネット時代に合わせた法整備を訴えている。
「コンピューター誌の編集や取材を通して日本におけるITを眺めているうちに思うようになったのは、インターネットの技術が政治や行政においてうまく活用されていないことです。インターネットを取り入れた投票制度や選挙運動の是非などが議論されてはいますが、現状はまったく変わっていない」
 選挙制度を規定する公職選挙法が制定されたのは今から60年近くも前の昭和25年のこと。同法は当然、インターネット社会を想定されたものではない。“ドッグイヤー”という表現があるように情報技術は驚異的なスピードで発達し、ケータイ、ネットを中心に社会へ多大な影響を与えた。今や企業社会は情報技術への適応なしに生き残ることはできないのが、国を牽引するはずの政治や行政だけが旧世界を引きずっているのが現状である、と神田さんは言う。
「例えば行政でいえば情報公開。行政が行うことについての透明性がこれほど求められているのに、ネットでアクセスしても考えられないくらいサイトが見づらい。ユーザビリティが全く考えられてないんですよ」
 行政のサイトであっても簡易明瞭に目的のデータを手に入れることができること。さらに、透明性ある社会を目指すのなら、土木事業であれば「行政からの発注先企業は○○でいくらで請け負うことになった、またROI(費用対効果)はこのくらい」という部分まで国民が知ることができるようにすべきだと訴える。
 国会の構造についても疑問がある。“良識の府”などと言われる一方で存在意義についても議論が絶えない参議院だが、神田さんの見方はこうだ。
「衆議員で決めたことが、同じような政党で占められた場でもう一度是非を問われる。それはおかしいでしょう。思うに、参議院に政党は必要ないんですよ。任期も長いですよね。1、2年のサイクルで、政治参加したい人材をどんどん回すくらいのことはしないと」
 既存大手マスコミの煽動型メディアのあり方にも否定的。閣僚の失言について、言葉尻だけを取り上げておもしろおかしく書き立てるような方法論が果たして実のあるものなのか、そしてその内容に影響を受ける国民性を疑問視する。
「失言にあたる言葉だけをクローズアップするよりも、発言までの文脈の流れが重要なはずですよね。例えばyoutubeのようなメディアで、いつでも個人が会見の様子などを見れるようになれば、発言の内容について自分で判断出来る。力を持った者だけが発信する内容に流されるといったことが起こらなくなる。そういったメディアリテラシーも培われるはずですよ」
 神田候補のビジョンは率直に言えば説得力があって興味深い。ただ政界での認知度の低さとパッと見て特異に映る政策から、地球は回ると説いたガリレオを見る心境にも似たものがあった。だが確かに地球は回っていたし情報技術は確実に新しい時代を創る。
 目には見えないITユーザー層が神田さんに激しく同調している可能性は大いにあり得る。

       *      *      *

■和合秀典(わごう・ひでのり……新党フリーウェイクラブ党首。1941年生まれ。71年に(株)和合ダイカスト代表取締役。86年には(株)ユニティー代表取締役に就任。87年に任意団体フリーウェイクラブの代表となり、06年に解散)
 久しぶりに会った和合秀典さんは、ちょうど昼食を食べているところだった。
「おー、遠いとこ悪いねー」
 力強い笑顔と張りのある声。元気過ぎるほど元気な姿に、正直ホッとした。昨年9月、和合さんは道路整備特別措置法違反で逮捕された。新聞などでは通行料金を払わなかったかどで捕まったかのように報じられた。
「違うんだよ。世間の人はオレがカネを払わなかったから逮捕されたと思っているの。でもね、カネを払うか払わないかは民事事件。民営化された会社のカネを警察が回収するわけにはいかないでしょ」
 たしかにかつての道路公団は株式会社となっている。「来月からタダになるよ」と宣伝していた通販の商品を、翌月に申し込んで受け取ったら有料だった。抗議してお金を払わなかったら逮捕された。こんなことが起こるはずがない。民事事件には警察は不介入だからだ。
 では、なぜ和合さんは逮捕されたのか?
 料金所で一時停止をして、「発進の承諾」に当たる「ありがとうございました」と声をかけてもらっていないからだという。そもそもフリーウェイクラブのメンバーは、必ず係員に無料通行宣言書を手渡している。料金所の係員も黙って宣言書を受け取ることが習慣化していた。つまり、もともと逮捕の理由がメチャクチャな上に、今回の逮捕はその要件さえ満たしていない可能性が高い。
「オレはね、裁判になりさえすれば、こんなおかしな理由の逮捕なんて無罪になると思っていたの。この年になるまで、司法の正義を信じていたからさ。でもね、違うんだな」
 そう言うと和合さんは豪快に笑った。「選挙はね、高速道路の無料化実現の最終段階なんだよ。これまでは子どものケンカだった。でも、国が逮捕してまで運動を潰そうとするなら、大人のケンカをせざるを得ないでしょ」
 あまり知られていないことだが、和合さんはただ高速料金を払わなかっただけではない。これまで何度も官僚や政治家と話し合い、無料化への道筋にさまざまな角度から迫ってきた。彼の豪快な性格が一部の官僚を魅了していたことさえある。政治活動は彼の得意分野といってもよい。
「政党の党首として立候補したことで、官僚なんかの対応も違うんだから。これでまかり間違って当選でもしたら、1年以内にオレは道路を無料化できるね」
 しかし当選となると、かなり難しいのが実情ではなかろうか。「大丈夫、オレは無駄なことはしない。今回の選挙は、次の選挙に向けた前哨戦だよ。別に有名になりたいわけじゃない。テレビ出演なんて断っていたぐらいだからな。ただ、高速道路を無料化したいだけだよ」
 信念に裏打ちされた「大人のケンカ」なら、仕掛けなくちゃいけないときもあろう。面白いケンカになりそうである。

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2007年8月 1日 (水)

自民大敗で「うれしさを/包みかねたる/袂より」

うれしさを/包みかねたる/袂より/悲しき露の/など零れらむ

うろ覚えでゴメンナサイ。確か香川景樹の歌だ。結婚式での父の心境をイメージしたとも言われている。したがってシチュエーション設定はまったく違うものの参議院議員選挙における自民大敗の報を聞いて真っ先に思い出した歌だった
「おめでとう」「よかったね」といったメールなりをくれた多数の皆様。まあうれしくはある。前にも書いた。私は自民党が嫌いというよりもウンザリなのだ。物心ついてからずっと(細川・羽田政権の一瞬を除いて)自民党。下手すれば死ぬまで自民党。油ギッシュなオヤジが闊歩する風景など見たくないと自ら油ギッシュなオヤジの歳になり、その油も薄れかけた今でも続く自民党。それが崩壊するならば大歓迎……のつもりだった。
しかし安倍晋三首相の続投とその後の会見を見聞きしてがく然とする。続投を許す自民党へだ。自民党に期待などしていなかったはずなのに「歴史的大敗」を喫してなお代わりを出せない弱さには寒々とする。同じような大敗で交代したパターンは「宇野宗佑→海部俊樹」と「橋本龍太郎→小渕恵三」がある。多少語弊があるけど海部俊樹や小渕恵三ほどの人材さえいないのか。
そして安倍晋三総裁の続投会見である。私は「正体不明」と書いてから安倍首相のことをほとんどここに記してこなかった。ありていに申して興味を持てなかったからである。だから大畑の「今週の安倍」に任せてきた。だが今回は私が書かねばならないと安倍首相張りの「自己満足な使命感」(後述)を感じたので以下に述べる。

「反省すべきは反省する」……「右手とは左手の反対である。左手とは右手の反対である」といったトートロジーに近い。何かを説明しているようで何も説明していない
「私の国造り」「新しい国をつくっていくために」……アンタは大国主神か。そんなことを頼んだ覚えはない。多分自民党支持者も頼んでいない。いつの間にか自分勝手に目標を定めて使命感を抱いている。まあ自民党結党以来初めて参議院議長を野党に取られ(見込み)衆参が同じ国の民が選んだとは思えないほどねじれる立法府と敗軍の将にもかかわらず続投する首相という構図がすでに「新しい国」ではあるけれども
「基本路線については多くの国民のみなさまに理解していただいている」……「多くの国民のみなさま」は今回自民ノーと投票した。それが「基本路線」の「理解」とどうしてなるのか。新手の超訳? それとも今回の投票結果は「基本じゃない路線」への無「理解」なの?
「ここで逃げてはならない」……責任を取って辞任する行為は我が国の首相にとっては「逃げる」に値するらしい。三十六計によると万策尽きたら逃げるが上策のはず
「人心を一新せよというのが国民の声」……その代わりに閣僚を「一新」すると。だったらもう少し先に辞めさせてくれてもよかったじゃないかと泉下より松岡勝利さんから怨み節。それを選挙前にやってくれれば後ろから銃弾を浴びる苦戦を強いられなかったと討ち死にした落選議員のうめき。そんな内閣でもデージンになりたい権力亡者の舌なめずり。地獄絵図だ。ていうかそれが「国民の声」なの?「国民の声」は綿貫先生の党の言葉だ。うちの総理は鉄砲の音が小鳥のさえずりに聞こえる聴覚の持ち主のようだ。

と悪態をついてみても「悲しき露」がこぼれてくる。それが私の国の、私も属する国のトップであるのだから。

「悲しき露」の理由はもう1つ。勝ったのが民主党という事実だ。民主党(嘆息)。『記録』編集部に信じられない対応を取って当ブログで叩きまくった民主党。二大政党とはこういうことなのか。より良い方を選ぶのではなく悪い度合いが少ない方を選択するのが。あまりいい制度ではなさそうだ。

一服の清涼剤は大勝した民主党本部に小沢一郎代表が現れなかったこと。「遊説疲れと風邪気味」が理由という。本当ならばお大事にというところなれど信用していない。きっと候補者のボードに花をつけて喜ぶ姿を映されたくなかったに違いない。現れたらそうしなければならないし、その際に仏頂面とはいくまい。しかし「命をかける」小沢代表にとって今回の勝利は「命拾い」に過ぎないから笑っている場合ではない。事実「医者から静養するよう言われている」としながらモンゴルで中田ヒデとサッカーに興じる姿がテレビで放映されていた。エッ、それは別人。これはまた申し訳ありませんでした。

いずれにせよ、だったら欠席してしまえ、と。「歴史的大勝」なのに記者会見さえキャンセルする行動から「こんなことで喜んでいるんじゃねえよ」との脅しが聞こえる。1998年の自民惨敗後、小渕政権を追い込めたはずの菅直人民主党は「政局にしない」との姿勢で小沢自由党をいたく落胆させた。今度は自身であるから間違いなく「政局にする」であろう。そのラストダンスだけには期待する。ジダンの頭突きみたいな終わり方だけは止めてよね(編集長)

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