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2007年7月 6日 (金)

強気でボロボロ安倍政権

 久しぶりに安倍首相の1週間の動きを丹念に追ってみたら、自民党幹部から「死に体」だといわれほどボロボロになっていた。

 年金問題を指摘されると「年金不安をあおる危険性がある」と反論してひんしゅくをかって支持率が下がり始まると、「最後の一人まできちんと払う」と大転換。それまで一切の問題を放置してきたのに該当者不明記録の照合を1年以内にやると明言。あのサメ頭と名高い森元首相にまで「(実現できるか)心配だ」と言われる始末。

 国会の会期を変調して、ほとんど国会で話し合う時間を設けなかった公務員と年金の法案を強行採決。ところが支持率はさらに悪化。毎日新聞の調査によれば、不支持率が52%で、5割を超えた不支持率はあの森内閣以来だと報道された。しかも無理に通した年金関連の法案も評価されず「年金対応評価せず」が63%となった。
 で、この支持率を調べていた1日に起こったのが、久間防衛相の「しょうがない」発言である。米国の原爆投下を「しょうがない」などと、どうして長崎県が地元の政治家が発言したかサッパリわからないが、当人曰く「しょうがない」は口癖らしい。
 しかも、安倍首相はここでも世論を読み間違え、「アメリカの考え方を紹介した」だけだと防衛相をかばった。1日に防衛相の謝罪会見。2日には首相が防衛相を呼んでしかり、完全に事態が収拾するはずだったらしい。少なくとも首相の頭の中では。
 ところが陳謝のあとのに「政治家がこういうことで、いちいちストレスを感じたらやってられん」というコメント報じられるなど、反省の色のない久間大臣に世論の反発は高まる一方となる。各種報道によれば、それでも首相は彼をかばおうしていたらしいが、公明党が引導を渡すことになった。

 公明党の会議への久間大臣の出席を断り、その会議の後には浜四津敏子代表代行が「久間さんには辞めていただきたい」とバッサリ。
 その日の午後には久間氏も大臣を辞めることを決断せざるを得なかった。もっとも謝罪する気はないが参議院選挙への影響を考えて辞めるという趣旨の辞任会見は、状況をさらに悪化させることになったが……。

 しかし首相なる前は、あきらかにスターで「選挙に強い」との理由で首相持ち上げられた男が、そうしてここまでズタボロなのだろう。
 就任当初のつまずきは彼の優柔不断な姿勢だった。その弱腰に批判が集まると、強気で突破する作戦に変更。そのおかげで一瞬支持率が回復したものの、年金問題あたりから「強気の判断」が裏目に出て支持率を下げることになった。
 久間氏といえば失言の多いことで知られた人。「しょうがない」発言を聞いて、即座に辞めさせていれば、ここまで事態は悪化しなかったはずだ。

 結局、彼は政治家としてのセンスがわるいのだろう。
 強気だとか弱気だとか言う以前に、事態にどう対処すべきか適切な判断だができないのだ。政治センスだけはずば抜けていた小泉首相とは、そこが違う。
 しかし考えてみれば、小泉や森などの近年の歴代首相と比べれば、安倍首相が個人的には「イイ奴」かもしれない。恩を忘れない論功行賞ぶり、「戦後レジュームからの脱却だー!」と己の理想にもえる無邪気さ。強気と決めたら方向転換できない不器用さ。
 友達なら「イイ奴」で通りそうだ。
 その性格がアダになるのだから、政治家なんかになるもんじゃない。(大畑)

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