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2007年7月16日 (月)

練馬一家5人殺人事件の現場を歩く

Neri  1983年(昭和58)6月27日、朝倉幸治郎(当時48歳)という名の不動産鑑定士が練馬区大泉学園町にある1軒の家に乗り込んだ。

 旧知の間柄とはいえ強引に家に入り、一家の母親をハンマーで撲殺、さらに1歳、小学校1年、小学校3年の子どもを次々と殺害。風呂場のバスタブにまとめて遺体を隠して家の主である白井明の帰りを待ち、帰ったところをナギナタで斬り殺した。その後、一家の死体をナギナタやノコギリでバラバラに分解。作業中に親族から連絡を受けた警察に踏み入れられ殺人容疑で逮捕された。
 長女を除く1家5人が一夜のうちに殺された。長女だけが偶然2泊3日の林間学校で家から離れていたため殺されることはなかった。

 犯人である朝倉幸治郎はかねてから「カッとするか何をするか分からない男」と言われ、実の兄弟を出刃包丁で刺したこともある一方、事件の近年では近所に住む主婦に「あいさつを欠かさない腰の低い人」とも見られていた。また、付き合いのあった人からは「筋を通さねばならない」性格とも言われた。

 白井一家が住んでいた土地624平方メートルは事件から25年前の1958年(昭和33)に白井妻の父親が地元の地主から買い取ったものだった。父親がこの土地と白井家の木造2階建ての家屋約140平方メートルを担保にして共栄信用金庫など銀行から借金。その借金を返すことができず土地は共栄信用金庫により競売にかけられていた。
 朝倉は1億600万円でこれを落札。すぐさま1億2950円の転売契約を結んで内金を受け取っていた。白井一家が立ち退かなければ転売契約不履行になり、違約金に加えて朝倉が払わなければならない銀行からの借金の利息が100万円に上る見通しだった。
 要するに、朝倉は白井家が立ち退かないことに相当な焦りを感じていた。逮捕後、動機については「建物の転売がうまくいかず、破産宣告されるのが怖かった」と述べ、また「白井に対しては骨まで粉々にしてやりたいと思っていたのですっきりした。しかし、女、子供まで巻き添えにしたのはすまないと思っている」とも述べた。
 白井側にも妻の父親からの借地権をタテにして引き渡しを拒み続けるなど落ち度はあったがその代償とはまったく釣り合わない惨事となった。

 現場は東京都練馬区大泉学園町6町目。1km圏内には陸上自衛隊朝霞駐屯地や大泉中央公園などがあるが、事件のあった家付近まで来ると国内どこにでも見ることができそうな、ごく普通の匿名的な民家が続く。若干、1件1件の敷地が広く思われたくらいだ。
 白井一家が住んでいた家を探すのに少し手間取った。行き止まりで繋がっていない道が少し多い。一軒の家を通りかかったとき、40~50歳くらいの良き父親風の人が出てきたのでたずねると、やはり一家殺人事件のことは知っていた。昔からここに住んでいる人だという。
「あの家はね、事件の後しばらくして取り壊されて駐車場になったんですよ。でも最近家が建ったんだっけなあ……。ちょっとそっち側に行ってないから。この区画の反対側だよ」
 言われたあたりを探すが駐車場は見つからない。しばらくして自転車に乗った初老の男性に話を聞いたが、この男性がはっきりと事件のことを覚えていた。口調もカクシャクたるものだ。
「こっちに来てみなよ。これがあの事件があった場所だよ」
 示された場所には見るからに新しい家が建っていた。よく見られる今どきの民家があった。
「当時はね、もっと木がワーーッとあったんだ。事件のあと、ほら、土地の権利とかそういうものが絡んでたのがあったからなのか、しばらく放って置かれてたよ。それが駐車場になって、つい何年か前にこの家が建ったんだ」
 もちろん今住んでいる人は事件を知らないだろうと言う。
 この男性が事件について明確に覚えているのは、白井明が殺される日、朝通勤時に彼に会っていたからである。
「朝、会社に行く途中、白井さんに会ったんでちょっとだけ話をしましたよ。何を話したかは覚えてない。どんな人? 温厚そうな人だったよ。次の日、会社から帰ってくるとき、ヘリが上空をバタバタ飛んでるし何となく雰囲気がいつもと違う。報道のヘリだったんだね。帰って妻に聞いて白井さんとこの事件を初めて知った。そりゃ驚いたよ。言葉もなかった」
 話を聞いてる間にも、家の中から楽しげにはしゃぐ声が聞えてきた。子どもがいるらしい。偶然、洗濯物を取り込む母親が出てきた。健康で明るそうなそうな人で、想像だが豊な家庭に思われた。

 犯人・朝倉には2001年に死刑が執行された。小泉政権下での初めての死刑執行だった。
 林間学校に行っていたため凶刃から免れた長女は現在母親になっている。1審判決は法廷で傍聴したが、最高裁での判決は育児で忙しいため来ることはなかった。(宮崎)

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