池内ひろ美が語る「市橋容疑者への推理」を嗤えるか?
最近、このブログに「池内ひろ美」で検索してたどり着く人が増えたことを、アクセス解析が教えてくれた。トヨタの期間工を差別した彼女のブログを批判したものだ。昨年の12月1日に書いた記事だから、読み返すにはずいぶんと古い。きっと池内氏がネット上で叩かれているのだろうと調べてみたら、その通りだった。
今回の騒ぎの発端は5月24日『東京スポーツ』に寄せた彼女の文章だ。
英国人女性リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害容疑で指名手配されている市橋達也容疑者が、どこで何をしているのかを推理した内容だった。
彼女の結論は「ネット上で知り合った協力者の元で潜伏生活を送っている可能性が高い」というもの。しかし、この結論にたどり着くまでの推理がひどい。あまりに杜撰だ。
「書き込みが多い人ほど英雄になれる掲示板で、一橋容疑者はある種の“オレ様的”発言をして、支配下に置くようなネット友人がいたとしたよう」
これが池内氏の推理の前提である。
こんな友人がいれば、一橋容疑者は友人に通報されることなく過ごせるはずだというのが彼女の推理である。
なぜなら「一般の人ならその時点で通報も考えるが、ネット友人の場合、報道よりも妄言を信じてしまう人もいる」からであり、「常識で考えればそんな妄言は信用せず通報するものだが、容疑者が自信たっぷりに語るために信じてしまう。そのうち、巨悪に立ち向かう革命家を支援しているような感覚にさえ陥る」からだと。
この記事を読んだ人が笑いのタネとしてネットで取り上げた。「トヨタの期間工問題で自身のブログが『炎上した』恨みを果たすためのだけの記事だ」、「完全に妄想だ」といった批判が多かったように思う。
さて、問題はこの文章が本当に「恨み」や「妄想」の産物なのかである。
池内氏のブログが炎上してたとき、一部のネット住民が彼女の過去を洗い出した。その結果、いくつかの疑惑らしきものが浮かび上がった。この「疑惑」が本当かどうかは分からない。池内氏に反論の場が用意されたわけではないからだ。
ある事実を組み合わせれば、それらしく見えることはいくらでもある。だからこそ新聞社や雑誌記者は裏を取るために走り回るのだ。過去の著作やネット上の発言だけで真実に行き着くのは易しくはない。
しかし真実かどうかはネット上ではあまり関係ない。その「悪事」を根拠として、どんどん「制裁」がエスカレートしていくからだ。
池内氏の場合、彼女の自宅の写真を撮るというネット上での予告があった後、300ミリレンズを付けたカメラを抱えた学生が警官に事情聴取された。さらに娘の留学先がネットに流れ、その友人にも嫌がらせが起きた。
また池内氏の公演先や出演先、彼女が登場する番組のスポンサーにも抗議メールや電話が殺到し、出演依頼がキャンセルとなる事態にまで発展。しまいには彼女が受け持つ講座に対して、「教室に火をつける」「血の海になる」とネットで予告した犯人が逮捕されるにいたった。
発端は彼女の職業差別である。成功した者の高みからの発言、あるいは、そうした批判に対する言い訳にもならない強弁が「炎上」を拡大させたのだろう。しかし家族が脅され、圧力で仕事が次々にキャンセルされるほどの発言だったのかは疑問だ。
第三者から見ても気味悪い盛り上がり方なのだから、当事者にとっては恐怖そのものだったと思う。不特定多数の者が自分に悪意を持ち、その何人かは自宅にカメラを抱えて来るなど「実力行使」に及んでくる。
そのうえネットで殺人予告をして逮捕された人物は45歳の会社員だったりした。自分と同年齢、しかも社会人。彼女が信用しにくい期間工やフリーター、あるいはギャップを感じる若い世代ですらない。そのショックはかなりのものだったに違いない。
このような経験をした池内氏にとって、「ネット友人の場合、報道よりも妄言を信じてしまう人もいる」や「巨悪に立ち向かう革命家を支援しているような感覚にさえ陥る」というネット住民に対する感想はかなり率直なものではないか。
彼女は20冊近い著作を持つ評論家である。他人を納得させられないような言論を繰り返していたら、出版以来は確実に途絶える。つまり「妄想」だとネットで一蹴されるようなものを書き連ねてきたわけではない。事実、トヨタの期間工問題の原稿も賛同こそできないが、論旨は通ってはいた。
精神医学の第一人者である小此木啓吾氏は、ネットが万能感を引き起こすと指摘している。たしかに、そういった側面はあるだろう。池内氏のネット炎上事件でも彼女の講演などが中止になり、そうした「成果」に満足した人が攻撃をエスカレートさせたのだと思う。ネットから現実を動かせたと感じたのかもしれない。
しかしネット上の匿名を捨て、自分の素性を明かして彼女を攻撃した人はいない。ネットから動かせる現実から万能感を感じることはあっても、現実の自分にその能力が備わっているとまで勘違いしている人は滅多にいない。だからこそ今回の池内氏のプロファイリングは一般的に「妄想」だと感じてしまう。しかしネットから攻撃された経験のある人にとって、ネット世界から抜けだし現実的な犯罪行為を行う人物など、けっこういるように感じるのだろう。
1996年、池内氏は『素敵な女性は今、インターネット』を書いている。アマゾンの紹介によれば、「インターネットという空間の中に“オリジナルな自分”を感受した女性たちが語る奔放で瑞々しい仕事観、家庭観、恋愛観」という内容らしい。わずか10年ほどで、池内氏にとってのインターネットは「希望」から「モンスター」へと変わった。
その振り幅の激しい変化を、ネットで攻撃を受けたことがない自分は嗤えない。(大畑)
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