スチュワーデス殺人事件の現場を歩く
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ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
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1959年の3月10日、東京都杉並区、善福寺川で若い女性が死んで横たわっているのが発見された。場所は宮下橋付近で、当時このあたりは川底が浅かったので遺体は沈むことがなかったのだ。
遺体は武川知子27歳、職業はスチュワーデス、今で言う客室乗務員である。イギリスの航空会社BOACが日本人として初めて採用したスチュワーデス8人のうちの1人で、同月13日からは香港行きのフライトで初乗務する予定だった。当時の毎日新聞には、フテキな笑みを浮かべ、ふっくらとして健康そうな武川さんの写真が載せられている。スチュワーデスというより八百屋のカンバン娘、という風情である。
死因は「やく殺」、つまり手で首を締めて殺されたと判明、ただちに高井戸署に捜査本部が設置された。
この事件が世を大いに騒がせたのは、捜査によって加害者として浮かんだのが保守・厳格で知られるキリスト教カトリック派の神父だったからである。神父ベルメルシュ・ルイズ(38歳)はサレジオ修道会で神父の資格を得て、宗教系の出版社ドン・ボスコ社に勤務していた。
武川とベルメルシュは仲が良かったようで、ドライブに出かけるほどだった。
ところで、事件が発覚してからベルメルシュに目が向けられるまでにしばらくのタイムラグがあるが、それは武川のオトコ脈絡が豊富だったために捜査が難航したからのようである。「毎日のようにダンスパーティーや映画の誘いがあった」と新聞にも載せられており、ある日などは極太ゴシックで「イブに泊まった男」などとデカデカと組まれているので、なんだかワイドショー的展開だけは捜査を差し置いて着々と進行していたようなのである。
閑話休題。犯人はベルメルシュであるとほぼ断定はできていたが、事件後3ヵ月後の6月、突然彼は帰国してしまい、捜査は事実上困難となる。そんな中でも本人は容疑を否定する手紙が新聞社に送るなどして若干の余裕を示す。6月20日に、未解決のまま捜査は打ち切りとなった。
カトリックの神父が殺人に手を染めるという日本では前代未聞の大事件となったが、逮捕にたどり着けないまま事件は葬られることとなった。
善福寺川の現場に向かった。京王井の頭線の永福町から歩いて15分ほど。大宮八幡宮を過ぎると善福寺川にぶつかる。流れの様子から見て現在でも川の深さはそれほどないようだが、水が灰色っぽく濁りきっていて正確には分からない。周りに緑は多いが典型的なドブ川の匂いがそこはかとなく漂ってくる。それでもジョギングのコースに丁度いいらしく、ときおりランニングウェアの人がせっせと足を運んでいく。
事件当時の写真では善福寺川を囲っていたのは土の堤防だったが、現在ではコンクリートできっちりと護岸されている。
「いやァ、当時はそりゃ大事件だったですよ」と話すのは散歩中の男性。70歳代くらいだろうか。この「スチュワーデス殺人事件」からは50年近くが経っているが、少し前に起こったことを話すようなのだった。男性の家は現場から川下にくだった所にあるのだが、やはりしばらくは話題は事件のことで持ちきりだった。ここ(現場)には来られましたか、とたずねると、「いやァ、その当時わたしは働き盛りでしたから……」と少し照れた風に話す。
「あの事件は、まだ戦後10年とちょっとの時期に起こったでしょう。日本は焼け跡までとは言わなかったけど、まだまだ欧米諸国にアタマが上がらなかった。だから、あの神父も最後まで追及することができなかったんでしょう。犯人の神父が国に帰ったから終わり、なんて今では考えられないことじゃないですかね……」
川のまわりは臭いを除けば緑の多いよい環境である。日ごろそのあたりを走っているという人でも、事件のことを知る人は男性以外いなかった。
ところで、事件当時の容疑者ルイ・ベルメルシュは38歳。事件から今年で48年。現在86歳、生きていてもおかしくない年齢である。帰国後、彼はサレジオ会の活動を続けたのだろうか。生きているならば今何をしているのか。
トロトロと緩慢な流れの灰色の川の、まさにその地点で女性が沈んでいたと思われる場所の間近には、ぽつんと西洋風三角屋根の一軒家が建っていた。「入居者募集」のプレートが出ている。家の周りの草地から猫がこっちを見ていた。(宮崎)
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コメント
(○`・ェ・)ノ【こ】【ん】【に】【ち】【ゎ】
ビートたけしが映画化を考えたことがあるそうです。それでか知りませんが、数年前に新潮45はベルギーに記者を送り、突撃取材を敢行。本人の写真も掲載しておりました。
今も健在かは知りませんが。
取材に行くと、その神父はどこかの教会の司祭をしておりました。\(*`∧´)/
投稿: 李 隆 | 2009年6月21日 (日) 18時06分
小生がいわんでも皆さんご存知でしょうが、
http://www.shinchosha.co.jp/book/110913/
この本が小説です。
史実はどうだったかというと、ドンボスコは今も四谷にあります。
小生も知っています。
世界中にあります。世界中に出版社を持っています。ドンボスコというのは孤児などの教育に生涯をささげたイタリアの聖人。偉大な方です。彼の志をついで、世界中にあります。
上の記事の中では、サレジオ会が悪の巣窟のように描かれておりますが、それはない。本国に逃げた形になった神父は、警察内部の裏話はともかくとしても公式には「加害者」とも「容疑者」とも認定はされておりません。それが史実。
その神父は当時ルノーに乗って、そのスチューワーデスと間違いを犯した可能性がはあったとは思いますが、真実はわからず。
最後に裁くのは神。そのベルギー人神父にはどんな審判が来るのか。それは誰もわかりませんが、遠藤周作はエッセイの中で、「真相が究明されるまで、あの神父をとり調べるべきだった。あの神父は逃げたらいけなかった。堂々と取調べを受けて、潔白ならば証明すべきだった。あの事件のせいで、どれほどの悪イメージが日本の教会に当時広まったかが計り知れない」という趣旨の言葉を残しておりますし、小生もその通りと思います。
投稿: 李 隆 | 2009年6月22日 (月) 23時08分