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2007年5月15日 (火)

先週の安倍もひどかった

 風邪で倒れていた先週、安倍晋三首相にかんして「いかにも」という報道が相次いだ。

 まず政治資金法改正案で5万円以上の経常経費に領収書の添付を義務づけたものの、過去にさかのぼっての適用はしないと表明。「真実一路」を信条とする松岡利勝農水相の「過去」を葬り去ることを決めた。

 8日には靖国神社の例大祭に、首相の肩書きで「真榊」を奉納していたことが判明。記者団からの質問には、「靖国神社にかかわることが外交、政治問題化している以上、私が参拝するしない、お供え物を出した出さないについて申し上げないことにしていこうと思います」と回答。
 記者から「奉納の事実は否定しようがないのでは」との質問にも、「否定はしていません。否定も肯定もしなかったということで申し上げているわけです」と、人をくった答でけむにまいた。こんな発言をしておきながら、「私は今こう申し上げているわけでありまして、国民の理解をいただきたい」だって。
 保守系の人たちにアピールするために、参拝に変わる何かを靖国にしなくちゃいけない。だけどアピールし過ぎると政治的にヤバイ。ならアピール用に供物でも奉納して、あとは何にも話さないことで通せばうまく誤魔化せるだろう、と。

 9日には長崎市長射殺事件をめぐる週刊朝日の報道に対して、首相の秘書たちが訴訟を起こす。当人も「私の秘書にも人権があるし、家族もいる、まったく関係ない暴力団とあたかも関係があったのかのように報じられている。まったく事実無根で捏造だと思う」と、記者団に怒りをぶつけている。ところがネットではもっと詳細な記事を書いた週刊ポストを提訴しない首相に、疑問の声が巻き起った。
 
 11日には集団的自衛権について「いままでの憲法解釈で良いのか真剣に議論する時がやってきた。解釈にのっとって自衛隊が行動する場合に、根拠となる法律も必要になる。有識者会議でしっかり議論していかねばならない」と語りながら、「私は内閣法制局長官に憲法解釈を見直せとはいってない」とも述べた。
 つまり「憲法解釈を見直せとは明言できないけど、雰囲気を察して変更しろよ」と言いたいわけだ。

 同日、首相が参院選の争点にしたいとの理由で審議を急いだ国民投票法案が参院憲法調査特別委員会で採決された。改憲派からも拙速とい批判されるほど問題が山積となった。

 そして12日には4月末の日米首脳会談の新たな「真相」が明らかになった。会談に同席したライス国務長官が北朝鮮に対する「テロ支援国家」の解除について、「米国民が直接(拉致の)被害に遭ったわけではない。(拉致問題は解除の前提条件にならない」と述べたことが報じられたのだ。
 じつは同じ日の『朝日新聞』でジャーナリストの上杉隆氏が、安倍首相の訪米に米政府が大きな敬意を払わなかったとも書いている。
「ある外務省職員が語る。
『同盟国の首相の初訪米であるにもかかわらず、かなり早い段階から「国賓待遇」から外されることが決まっていた』。エルビス・プレスリー記念館を訪れたあの最後の小泉訪米が国賓待遇だったのにである」

 従軍慰安婦問題を沈静化してから渡米するため、外務省職員をまで動いて米メディアの記者を接待しようと頑張った様子まで報じられて赤恥をかいたものの、ブッシュから拉致問題解決に協力するような言質を取ったかのように騒いでいた。その本当の結果がこれである。

 そして12日にはクールビズの初日の閣議は、沖縄のかりゆしを着用するように言いわたした。沖縄振興のためだと……。

 結局、先週も安倍首相は意味のないアピールに費やしたわけだ。政治資金をきちんと規制するわけでもなく、各所から叩かれそうな靖国問題ではだんまりを決め込んでやり過ごし、朝日には強持てに訴訟をぶち上げ、内容を詰めないで国民投票法案成立に動いた。
 で、同じくアピールのためだけに行った日米首脳会談が何の意味もなかったことがバレた、と。

 安倍首相の動きは腰の引けたパンチしか撃てない弱小ボクサーのようだ。踏み込まない、強打しない、でもパンチが相手に触れる。こんなボクシングをしていても支持率が上がるから不思議だ。やっぱり試合内容よりも、かりゆし着用みたいなコスチュームでのアピール方が大衆受けするのか……。(大畑)
 

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