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2007年5月19日 (土)

『吉原 泡の園』 第17回/借金にまみれた男たち

 毎日朝になるのが早かった。11時30分には店に行き、くだらない話を聞くのだ。それが、僕らや店に本当にためになるならばいいが、マネジャーの憂さばらしに付き合わされるのだ。起きるのも嫌になる。
 それだけではない。故郷の知人、親などに、吉原のソープランドで働いていることが知れるのではないか、と気になったものだった。
 中学生などが、エッチな本を隠すのに似ている感覚である。周りからすれば笑い話かもしれないが、当事者にとっては大問題なのだ。
 ソープランドの求人欄には、「アリバイ万全」などと謳っているが、ボーイの親だって、「そんなところで働くためにそだててきたんじゃない」と悲しむだろう。そんな思いがあった。
 ただ、現在では風俗の仕事を恥じる気持ちは無い。当時、親に知れるのを恥と思っていたのは、ソープランドの従業員、ソープランド自体を馬鹿にしていたからだ。
 たしかに、風俗の職場環境は特殊だ。特に、風俗で働く女性の仕事は、一般的な仕事と大きく異なる。ただし、みんな一生懸命働いていた。生きていた。本当に恥ずかしいのは、働く意欲も無く、あるいは傷つくのが嫌で、それらから逃げていることだとのちのち気づいた。今、思い出すと恥ずかしい話だが。
 さらに僕には大きな問題があった。借金である。当時、毎月7~8万の金を返済にあてていた。返せども返せども一向に生活はよくならない借金地獄だ。
 先週働いた分はここに、今週はここに返済という具合に賃金が減っていく。当時、給料が手取りで10万前後だから、月に使える金はわずか2万程度だった。
 家賃も食事もただの吉原で、「どうにか『逆転』してやろう」と考えていたのに、前に書いた通り食費すら出ない。楽天家の僕も、さすがに焦りを感じた。

 類は友を呼ぶという諺がある。しかしうまいこと言ったものだ、と感心する。
 借金のある僕には、どうしてだろう、借金まみれのやつが自然に分かるし、そんなやつが自分の周りを囲っているのだ。
 そんなやつらに借金の相談をしても仕方が無い。そいつらも苦しんでいるのだ。
 僕が堅気の仕事をしていたころ、職場の上司は借金の苦しみを話すと露骨に嫌な顔をした。
 が、ここのスタッフは暴力団まがいの愚連隊連中である。きっと借金の悩みにも的確な解決方法を熟知しているのではないか、と思ってしまった。
 マネジャーにそっと胸のうちを話した。
「フンッ、借金てぇのはな、30万以上膨らんだら、相当まとめて返さねえ限りてぇへんで、まあおめえじゃ無理だな」
 と笑い、馬鹿にされ、見下されて笑われたのだった。
 当人は意地の悪い冗談のつもりかもしれないが、僕はもう放心状態だった。藁をもつかむ思いで相談したのだから。
 そして思った、もう節約しかないと。まず削れるのはタバコ代だ。店の前で客引きをしていると、ほかの店の客引きがタバコを吸いながら立っている。その姿が実に羨ましかった。
「いいな、タバコが吸いえて」
 とわずか数日の禁煙でそうつぶやくようになっていた。
 あとの問題は、残った金で飯を食えるかどうかである。漫然としているわけにもいかない。ニチレ○本社のお客相談室に電話する。
 冷凍たこ焼き1袋の値段を聞く。なんと450円。1日1袋ならなんとかいけそうだ。
 寮はタダ、たばこはやめる。ようしいける、いけるぞー。
 ところが僕は禁煙に失敗し、冷凍たこ焼き生活も結局実行しなかった。そして返済が滞りがちになった。金がないのに、さらに追い討ちをかけるように店ではスタッフ全員が朝、「お付き合い」で近所の酒屋が来ると、店長が「あつまれぃー」の掛け声で皆を集め、ジャンケン大会を始める。5~6人は毎回いて、負けたものが全員にジュースを奢るのだ。
 そして、これに僕は結構負けるのである。
 ヤクザ顔負けの店長に、ヤクザそのもののマネジャーがいては、「お付き合い」を断れるはずもない。
 負けると当然僕は落ち込む。落ち込むとマネジャーが本気で苛立つのだ。
「なんや、えらい景気の悪い顔しおって」
 と。
「吉原のボーイは借金地獄で来るもんがぎょうさんおるんや、それくらいでガタガタするな、ボケ」
と締める。
 実際、ほかの借金を抱えているものは、一千万、一億と桁が違う。が、そんなもの自慢しあっても意味はないのである。
 日々一向に光が見えない暮らしの中、僕の思い描いていた東京ライフは音を立てて崩れていったのである。(イッセイ遊児)

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