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2007年4月19日 (木)

米軍再編下の沖縄で ~前参議院議員・糸数慶子氏に聞く~

 世界最大規模の軍隊である米軍の再編が進んでいる。日本においても沖縄県宜野湾市にある普天間基地の名護市辺野古崎への移転、在沖米軍海兵隊約8000人のグアム移転、神奈川県の座間基地における米軍の司令部機能強化などが日米間で合意に至っている。
 在日米軍の75%の基地が集中する沖縄の民意が反映されるとして注目された去年(06年)11月の沖縄県知事選では約35万票対31万票という接戦の末、自公推薦の仲井真弘多氏が反自公が推す前参議院議員の糸数慶子氏を破っている。新聞やテレビによる報道では、知事選前後で仲井真氏が「基地容認と経済復興」、糸数氏が「基地の国外移設」を旗印として戦い、結果県民が「基地容認と経済復興」を選んだという見方がされていた。しかし“基地のない沖縄”が住民たちの悲願であることには変わりないのではないか? 米軍基地のある読谷村で育った糸数慶子さんに基地と知事選について聞いた。

     *    *    *

■ 糸数さん自身の基地への感情について聞かせていただけますか?

「小学校のすぐ横に国道(現在の58号線)があって、その国道を、米軍がリュックをしょって、顔はペインティングされた状態で、軍靴を鳴らしながら歩いてくのがごく当たり前の光景だった。中学校のときは、パラシュートの降下訓練場を横切って登校してました。風向きが不安定な日なんかは、着地点がそれて、朝礼をやってる場所のど真ん中に兵隊が着地することもありましたね。米軍に対する「おかしい」っていう思いが一気に高まったのは、高校3年生のときでした。パラシュートの落下訓練でトレーラーが吊るされていて、パラシュートが開かないまま落下し小学生の女の子が潰されてしまった(1965年)。近所のよく知ってる子だったんで本当にショックだった。ショックと憤りがないまぜになって。その事件の後すぐ、大規模な県民集会があってそれに参加しました。それが自分としては最初の具体的な活動でした。

■ 集会には当時の高校生たちも多くが関心を寄せた?

 ほとんどみんな集会には参加しましたよ。目の前に基地があり、そこで起こった事故だから。基地があるという現状への異議申し立てですよね。基地の近くに住んでる人にしか分からない恐怖というのはありますよ。社会人になってからも、嘉手納基地の弾薬庫近くにB52が墜落(1968年)したのを、屋根の上から見たりもしました。
その頃は社会人2年目でしたが、高校卒業後からバスガイドの仕事をしてました。バスガイドの仕事をしてよかったなと思いますよ。大学でも教えないような日常的な沖縄のことを、20年も学ぶことができましたから。

■ 県議員を3期務め、04年からは参議院議員を務めた後、沖縄県知事選に出馬。選挙の争点について、仲井真氏「基地容認と経済復興」vs糸数氏「基地の国外移設」と報道されることが多かったですね。

 これを見ていただけますか?(知事選での糸数さんのパンフレットを見せていただく)私の提示する政策として、たしかに1つ目には「平和な沖縄づくりをめざします」として、普天間基地の即時閉鎖・返還を挙げています。ただ、2つ目にはものづくりを含む地場産業の育成、3つ目には農林水産業の振興、それ以外でも福祉政策の充実などを挙げています。当然ですが、私は基地問題のみを扱う者として知事選に出馬したわけではないんです。政策としては基地問題以外にも準備してありましたが、それらを浸透させる時間が足りなかったのだと思います。去年の知事選では、直前まで自公以外の勢力の中で候補を一本化するまでに時間がかかってしまったため十分な選挙活動ができなかった。またそれとは別に、マスコミが政策をちゃんと伝えてほしかったと思っています。

■ 糸数さんが挙げる産業などについての政策について詳しく聞かせていただけますか。

 基地が返還されたとすると、国からの補助金が途絶えてしまいますから、その後にどのようにして国に頼らず生活を成り立たせていくのかを考えなければなりません。まずここで言っておきたいのは、基地がなければ生活ができないという考えがしばしば県民の間からも感じられますが、そうではないことを伝えたいんです。北谷町のハンビー飛行場跡にはショッピングセンターや衣料店が集まるハンビータウンができ、県民の雇用が100人から1000人へと一気に膨れ上がりました。行政としても、国からの補助金の変わりに法人税収入が入ってきます。 基地による収入より観光による収入が上回っていますから、基地がなければ生活ができない、というのは長い間かけてできあがった思い込みでもあるのです。石垣島には基地はありませんが、石垣島はいまものすごく経済的に活性化しています。豊かな自然を利用してダイビングやホテルなど観光産業がうまくいっており、それに伴う雇用増があり、農業や地域の織物などの地場産業も充実しています。沖縄には自然がありますから、その自然に依拠する観光産業をつくり上げていくことを政策にしっかり盛り込んでいるのです。実は、もともと沖縄の中でも肥沃な土地に基地が集中しているんです。肥沃な土地だからそこに基地を置いたかどうかは分かりませんが。
 基地が返還されれば、そこで農業をはじめることもできるでしょう。「糸数は経済や産業を考えない」ということを言われたりしますが、とんでもないですよ。基地返還後の跡地を利用しての産業について現実的な政策は示してありました。仲井真さんは選挙公約で失業者をすぐ半分に減らすなどということを掲げてましたけど4年内での実現も難しいはず。大風呂敷にしか思えないんですが、そこに有権者がなびいてしまった。

■04年の参院選では糸数さんが翁長候補に10万票をつけて当選しています。選挙では翁長候補は自民公認・公明推薦で、糸数さんは自公以外の推薦だった。対立候補者が仲井真氏に変わってはいるが、争点も含めて構造的には去年の知事選は04年の参院選と似ている。しかし、結果は圧勝から敗北へ。これは不思議に思えますが。

 先ほど政策を浸透させることができなかったと言いましたが、それはあると思います。ただ、それは「表向きの理由」です。10万票の差がひっくり返ったのは相手が企業選挙という手法をとってきたからですよ。知事選では11万票の期日前投票があったことが分かっていますが、その7割以上が仲井真さんに投票されています。誰が見ても不自然なことですよね。土木関係をはじめ県内の多くの企業が社員を投票所まで連れて行き、強引に期日前投票の手続きが取らせたんですからね。04年の参院選のときの翁長候補の選挙対策部長が去年の知事選でも仲井真候補の選挙対策を引き受けており、しっかり「対策」を練ってきたということでしょう。私の方の陣営では、あれだけの差をつけて勝ったのだから、今回も同様の戦い方でいけばうまくいくのだと思っていました。が、あんな戦い方をしてくるとは思いませんでした。こんなことがあるのは沖縄だけですよ。

■ ここに来る前に、タクシーの運転手さんに、知事選ではどちらに投票されましたか、とたずねてみると、「仲井真さんに入れたけど、基地を容認するということではない」という返事が返ってきました。

 様々な調査の結果を見ても、決して沖縄の人が米軍基地がこのまま居座り続ける状態をよしとは思っていないのです。しかし、やはり「基地がなくなったら生活はどうなるのか」という不安が拭いきれていません。失業率が高い若い人たちには特に「基地問題より雇用をなんとかしろ」という気持ちがあるようです。生まれた頃から基地がある世代なので、基地に対する価値観も変わってきている面もあるでしょう。「国際交流の場としていいのでは」という意見もあるくらいですから。

■ 最近の活動ではどのようなものがありますか?

 つい先日も「女性のための3.81デー」というイベントに行きました。イベントでは沖縄北部の福地ダムについて取り組んでいます。このダムは私たちの飲み水になっているダムなのですが、米軍がダムの真上で演習をしているため何千発もの弾丸が沈んでいるんです。それをどうにかするべきだということで、安倍首相にも意見書を提出しようとしているところです。全国的にはほとんど報道されることがないのですが、沖縄では米軍による事故や被害が今でも多発してるんです。去年12月にも読谷村付近の漁場として使われている海上に、輸送機から車両が落とされるという事件がありました。現在も、米軍基地があるという危険は続いてるのです。

■ まだ確定ではないが、今年7月の参院選に出馬する可能性があるという。選挙の行方、沖縄の再編から目が離せない。(聞き手:宮崎)       

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