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2007年3月31日 (土)

『吉原 泡の園』 連載第12回 「あるボーイの朝」

■少しずつ明らかになってきたR店と従業員の姿。日々の仕事と比類無き圧力でボーイたちを支配するマネジャーに追われ、今日もイッセイは目覚める。一日の始まりである。

      *      *      *

  朝、11時に目覚ましが鳴る。下で寝ているEちゃんも、僕につられて起きる。
「おはようございます」
 一応先輩には元気よくいっておくものだ。厳しい運動部でそう教えられたものだった。それに、先輩という生き物は、とにかくそう挨拶されると、急に態度が大きくなり、
「おおっ」
 などとなるものだった。が、Eちゃんは仕事で疲れ果て、そんな格好つけなどうんざりなのか、それとも愛想が無い人なのか、とにかく挨拶しても、
「フンッ」
 としているのだった。
 7.3に分けた髪の毛が寝癖で乱れ、それを直し、色つきのシャツに、少し洒落た色とつくりのスーツを着て、店に行く準備をしている。
 僕も、それに負けじと必死に着替えをする。誰のか分からぬシャツ、ネクタイがクローゼットに山とある。
 Eちゃんは水で寝癖を直すが、僕は当時坊主だったので、そのまま出かける。寒いときは暖房をつけっぱなしで行く。熱いときは冷房ガンガンで出かけてしまう。どうせ支払いは店側なので、Eちゃんも僕も、それくらい贅沢してもいいだろうと思っていたのだった。
 寮から店まで、歩いて1分かからない。走れば、25秒くらいだろうか。休みたいとき仮病が使えないのはいたい。
 隣の部屋にはマネジャーが寝ているのだTさんと共に。それだけに大騒ぎもできないし、こそこそクーデターの準備も出来ない。まあ、出来てもやらないが。
 Tさんなどは、もう笑い話にもならない。店で顔を合わせ怒鳴られ、殴られ、寮に帰れば、同じ2段ベッドの上と下で寝る。寝ない間、彼らの部屋は狭く、テレビが1つあるのみである。Tさんは、少しでも気に入られようと話しているが、それでも逆効果なのである。なぜか、うまくいかないのだ。
 鼻持ちならないというか、何か話すと、お前ら知ってるか、みたいな感じが伝わり、それでマネジャーも面白くなくなり、逆に嫌われてたりする。まあ、マネジャーと同部屋なので、精神に異常が出ても不思議ではないが。
 ライオンのいる檻に、人間が放り込まれたようなものである。
 店に着くと、後からTさんが来るが、普通寝て疲れがとれるはずなのに、なんだかマネジャーとともに過ごしているせいか、やつれて疲れがとれていないようだ。
 店に11時30分に皆が集まる。マネジャーは緑色のパンチパーマで、起きたばかりの顔で朝礼をはじめる。
 ボーイはきちんとした格好である。もし、ボタンのとめ忘れがあると、厳しく注意される。また、ボーイは白いシャツが基本で、僕ら新入りは当然白だが、白いTシャツは下の着物が透けてしまう。柄つきのTシャツを着ていることが多かった僕は、
「シャツが透けてるぞ」
 とよく注意された。それでも、
「はい、すいません」
 といい、それだけで何もしなかった僕も、今考えれば自殺ものであった。

「昨日は客も少なかったし、売り上げも悪い。このままじゃRは店の存続もやばい。皆気合い入れてくれよ」
 マネジャーが言うことといえばいつも決まっている。みんな毎日同じことに、適当に頷いている。マネジャーもそれが気に入らなく、だんだんヒートアップしてくるのだ。そして、終いには1人でキレて、1人で暴れ出す。
 それを止めるのは僕の役目になっていくのだった。
 絶対に朝礼と言えないような、ただのマネジャーの独り言を終え、掃除に入る。
 毎日忙しい忙しい。もっと早く終わらせようと思いながら、自分はフロントに入りインターネットを見始める。
 マネジャーが急げボケが、と言うから必死に動いていると、
「イッセイ、コーヒー作ってくれ」
 と言われるのだ。専用マグカップに、砂糖とミルクの量が決まっていて、それをフロントにドンと置くと、また掃除に戻る。
 はじめはTさんが、僕に掃除というものを教えてくれた。
「おいT、イッセイに掃除おしえたったれや」
 Tさんが疲れながらも精一杯の笑顔で僕に教えてくれるのだ。
「まずね、3階の備品庫に行って鍵を開けるのね」
 フロントのマネジャーに、
「備品庫の鍵をください」
 というと、マネジャーはこちらを見もせず、ただ鍵を投げた。投げるというよりも、もっと正確にはぶん投げる。つまり乱暴なのだ。
「まあ始めは覚えることが多いけれど、覚えてしまえばいつも同じだからさ」
 Tさんはなんて優しい人なんだろう。僕は説明を聞きながら、そんな思いで返事をしていた。(イッセイ遊児)

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