『吉原 泡の園』 連載第11回 「鬼マネジャーの過去」
■「俺が下っ端のときにされた仕打ちを下っ端にしてやることが、俺をここまでがんばらせたんじゃ」。こう言い放つマネジャーにももちろん過去はある。愛する娘と妻は、石川県に置いてきたという。
* * *
さる日、まだ吉原に来たてのマネジャーは、ぺーぺーのボーイだった。休日を申請しており、その日、娘と奥さんとディズニーランドに行く約束をして、東京駅で待ち合わせしていたらしい。
その日がやって来た。朝、先輩ボーイがマネジャーに言った。
「ワリィ、今日俺休むから。おまえ店でてくれ」
当時のマネジャーはまだペーペーである。
「あっ、今日は自分やすみ」
言い終わるまえにさえぎられ、泣く泣く仕事に出たという。悔しさで、奥さんと、娘に連絡を出来ず、会えるチャンスを棒に振り、そのまま音信も途切れたという。 さらに、それ以前は全国をまたにかけた建設業者のスターだったらしい。
クレーンなども運転でき、それなりの金も稼いだ。が、マネジャーの働いてた会社で、現場で事故により死者が出て工事はストップ、会社に仕事は来なくなり、それまでの収入が激減、夫婦間で喧嘩が絶えなくなり、離婚。娘の自慢はいつもしていた。
そして、地元に吉原流のソープランドを立ち上げようと、東京吉原のソープに修行に来て、そしてマネジャーまでになったそうだ。
事あるごとに、
「俺は3回も離婚しとる、娘も捨ててきた、富士樹海もさまよったこともあるんじゃ」
地元暴力団のSさんが兄貴で、前身刺青入れろと、700万置かれたときには、さすがに逃げたね、が口癖で、まあ確かに普通で考えればそれなりにビビる経歴ととれるが、僕はそれまでに壮絶人生読本を読んでいたせいで、だから何なの、くらいにしか思わなかった。
* * *
朝の掃除は、時に洗車をする場合もあるが、まずファブリーズで、室内の汗やタバコの臭いを消す。
タイヤ、ホイルを磨き、そして灰皿の中身を捨てる。ソープランドの必要経費として、タオルも大きな物のひとつだ。タオル業者は毎日出入りしているが、その都度、送迎車のクラウンの荷物入れを確認し、細長い、車磨き用にしているタオルを補充してくれる。そして、これがまた重宝するのだ。
車をざっと水洗いし、その細長いタオルを2人で端と端を持ち、ボンネットからフロントガラスから後ろ側まで一気に拭き取る。
「ほー、ええ手つきしとるな」
と僕に言う。
「手つきがちがうな」
マネジャーは、嘘でほめることはしない。命がけでも本心しか言わない男だ。このときは少しうれしかった。
掃除はこのほか待合室の掃除も行う。R店の入り口にある鏡のようにすべてを映す柱2本も丹念に磨き、毎月1回訪れる花屋さんが植える花壇の花に水をやり、待合室に向かう。
待合室は2つある。理由はおいおい述べるとして、広いほうは第一待合室、狭いほうは第二待合室だ。
それぞれにテレビ、革張りの一人がけソファ、新聞台、雑誌台がある。
第一待合室は、黒い革張りのソファ、新聞を数種類とっていて、その背の部分をホッチキスでとめる。週刊誌も入れ替える。エアコンのフィルターの掃除、また言葉ではそのゴージャスを言い表せないが、とにかく細いシャンデリアのようなきらびやかな装飾品が、電気をつけると光り輝き、一層幻想の世界にいざなう効果を持っている。
ただ、姉妹店のG店は、そうした演出がうまくいき、繁盛してる店だが、我がR店は、何をどう演出しようと、まずもってマネジャーの怒鳴り声、罵声がその高級店のかもしだす幻想を崩し、客を現実に引き戻す。よって流行らない。そして、それ以上かもしれない要因が、とにかく古いのである。
このR店は、遊郭だった時代、つまり明治から、花魁の寮として存在していた。が、そのためにガタもきている。そして、そのガタを直すことは、この不思議な空間、吉原ではできない。
つまり、建物は普通、一度壊し、サラ地にし、そこからまた新しい建物が造られるが、吉原では一度サラ地にした土地は、原則建物は建てられないとなっている。
この界隈に詳しい、福鳶のおかあさんに聞いてみたところ、
「政府が吉原をなくしたがっているから、そんな政策があるの」
と語ってくれた。
では、サラ地にしたらそこは何になるのか。答えは簡単、大体が土地所有者はパーキングとして金儲けをする。最後の手段として。
よって、吉原には無意味にパーキングが林立している。(イッセイ遊児)
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