『吉原 泡の園』連載第8回 「僕は身代わり?」
どうにか、初日の仕事を終えた。足が超痛かった。吉原デビューしたものの、ソープ街で働いていることが知り合いに知れたら? 借金は? この後の人生は? 悩みは尽きなかった。体の痛みと精神の苦悩でボロボロになっていた。しかし仕事が終われば、マネジャーや客に気を使わない自由時間だ。
店は24時で閉店というのは表向きで、実態は違っていた。閉店は毎度2時過ぎなのだ。労働法違反だと騒ぎ立てる者もいない。労働法を知らないことも理由の1つだが、こうした職場しか受け入れてもらえない人種という奴もいる。
深夜2時過ぎ、ようやく寮に帰れる。潰れたパチンコ屋の3階部分がR店の寮であった。3階までの階段は急勾配で、足が痛くて上るのも一苦労。1階、2階には、裏業者が入っている。それも数ヶ月単位で入れ替わる。2002年当時、1階が闇の携帯屋、2階がカメラスタジオだった。3階にあてがわれた寮の部屋は6、7畳で、2段ベッドがあり二人部屋。狭いのに、私物をたくさん持ってきたので、相部屋にも関わらず、自分の部屋のようになった。冷暖房完備で、押し入れがある。窓を開けるとベランダがありゴミの山が悪臭を放つ。ネズミの巣になっていてもよさそうな感じで非常に不潔なのであった。
初日の深夜、部屋に戻ると二段ベッドの上を使っていた優しそうな先輩ボーイの姿が見えない。彼には荷物などなく、体ひとつで吉原に来たそうだ。固定されたスポットライト型照明がついたままで、コンビニでもいったのかと思った。同部屋になる人には、早く挨拶をしておきたかったのだ。1人でいると不安になり店に戻った。ほかの先輩ボーイがまだ店にいて勝手に客用の缶ビールを飲み、つまみを食べ、待合室のテレビを見ている。
「あの~同じ部屋のボーイさんいませんが、知りませんか?」
ほろ酔い気分の先輩ボーイにそう尋ねると、Eさんというベテランボーイが立ちあがり、真剣な面持ちで言った。
「飛んだか!」
「飛ぶ?なんすか」
初めて聞く業界用語だったが、なんとなく察しはついた。代わりが入ったから消えたの? これからは、僕がいじめられる代わりなの? やさしそうに思えたボーイさん。うまく身代わりを入店させて、そのままドロン! 体1つで来るということは、“飛ぶ”のにも有利なのだとそのとき知った。荷物が多いと、飛ぶに飛べない。坂上次郎の「飛びます、飛びます」というギャグも、吉原ボーイには笑えないギャグなのだ。ましてやその時の僕には尚更だった。(イッセイ遊児)
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コメント
不衛生は嫌いです。飛びます飛びます。
投稿: スナフキン | 2007年1月16日 (火) 14時42分