『吉原 泡の園』 連載第9回 「勘違いで大食い」
■寮の部屋に戻ると、先輩ボーイの姿は消えていた。初日に、同部屋の先輩ボーイが飛ぶ(誰にも言わず辞めてしまう)という事態が待ち受けていたのだ。うろたえるイッセイのもとに、マネージャーがやって来た。
* * *
やさしそうな先輩ボーイがいなくなった事件が勃発して、ボーイ達が深夜2時過ぎの店で話し合っていると、鬼マネジャーが来た。
「Fがいないそうです」
Eさんが、マネジャーに言った。
「あ?飛んだか」
薄ら笑いながらそう言った。
いじめられて、飛ぶという決断しか出来なくて、飛び、それをざまあみろと笑う。
「これであいつに今月の給料やらんですむわい!」
鬼だ! 人間じゃあない! しかし何も言えない。
「イッセイ、初日ご苦労やったな、飯でもいこか?」
仕事初日だったためか、僕にはやさしい言葉をかけてきた。
「おいT、お前もこい!」
坊主頭のTさんも付き合いで一緒に行くことになった。
店から歩いて約3分の場所に、焼肉T店はある。朝まで営業している店で、ボーイやソープ嬢をターゲットにしているため、かきいれどきはソープ店が終わってからだと言う。
座敷の1番奥に陣取った。生ビールが運ばれるとマネジャーも少し饒舌になる。
「見ろよイッセイ、このT、こいつ裸の大将なんだぜ!」
マネジャーがそう言うと、Tさんも裸の大将の真似をする。間の抜けた表情と“どもり”である。けれどもTさんはどう見ても裸の大将には似ていない。
「おいT。いままでみてえにふざけてると、このイッセイにぶっ飛ばされるぞ!」
酒が入ると今度は勝手にTさんを脅している。
「僕は暴力は振るいましぇ~んよ!」
Tさんを横目でチラッと見ると、裸の大将の顔を真似た状態で固まり、青ざめていた。そしてそれが1番おかしく見えた。
しばらくすると。
「あら、いらっしゃい」
30代の女性が、マネジャーに挨拶してきた。
「おうK子!」
知り合いのようだ。妙に親しげで、でも特別恋人でもなさそうだ。
「あのコ、出身国どこですかね?日本人じゃないみたいですね」
恥ずかしいことに、興味本位で少し差別視して聞いてしまった。
「どうでもええやろ、そんな小さなこと」
さすがはソープの世界のマネジャーさんだ。心がでかい。でかすぎる。こりゃその心意気に応えねばと思い。
カルビ、ハラミ、ビール、ご飯とどんどんおかわりした。そのほうが。
「食いっぷりも良く、期待できる新人だわい!」
そう喜んでもらえると思ったからだ。だが、何だかマネジャーの顔色が赤くなってきた。お酒のせい?それともお怒りのせい?
「おまえ食うな~」
「ええ、まあ、でもまだまだ序の口ですから」
つい喜ばそうと、それだけの思いで言った。こうした任侠の人は、人を世話するのが好きに違いないと思い込んでのことだ。
「ほーそんだけ食ったら、仕事もそれなりにやってもらうぜ!」
僕の箸が止まった。
この焼き肉屋Tには、他店のボーイ、ソープ嬢や店の幹部クラスなどさまざまな組み合わせの客がいて、悩みを聞いたり、客の話、恋の話などで盛り上がっている。それなのに、僕らのテーブルは、いつ“マネジャーという爆弾”が爆発するかと気が気ではなく、葬式のような雰囲気だった。その後、重い空気の新人歓迎食事会は、メチャクチャ嫌な雰囲気で幕を閉じたのである。(イッセイ遊児)
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コメント
焼肉!!!楽しく食事したいですね。
投稿: スナフキン | 2007年1月16日 (火) 14時52分
更新が、遅れてるみたいですな。???。
投稿: スナフキン | 2007年1月24日 (水) 15時23分