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2006年12月19日 (火)

防衛省昇格と防衛施設庁の「特権意識」

防衛庁の省昇格に暗い影を投げかけたのが防衛施設庁の不祥事だった。06年1月、防衛施設庁舎新設空調工事などを巡る競売入札妨害(談合)容疑で同庁ナンバースリーだった生沢守元技術審議官ら3人を東京地検特捜部が逮捕した。退職後のOBが天下った企業に便宜をはかった「官製談合」とみられ、7月に東京地裁は生沢被告に懲役1年6月の実刑判決を言い渡した。
この過程で額賀福志郎防衛庁長官は逮捕後に施設庁解体を明言、07年度には実行されて防衛省に吸収される見込みだ。

この防衛施設庁とは不思議な役所である。「防衛庁に置かれる機関」とあるが防衛庁自体が外局なので事実上「外局の外局」である。在日米軍や自衛隊の施設用地を調達したり、そこに建物を造ったり、その管理をしたり騒音などの周辺対策も担う。
役割から想像して何で今まで防衛庁と一緒になっていなかったのか「外局の外局」という不自然な形にしてまで独立を保ったのはなぜか不思議である。どうやらその理由は形式こそ防衛庁の外局的存在だが、歴史的には施設庁の方が先輩との経緯が大きいようだ。

施設庁の前身は1947年の特別調達庁(後に調達庁)設立にさかのぼる。当時は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の求める資材などの調達を任務とし、旧日本軍施設などで似た任務に当たっていた運輸省や大蔵省(当時)の職員などが加わった。サンフランシスコ講和条約が発効した52年に保安隊が発足してからは、その施設に関して現在と同じような役割をも果たすようになった。
54年の自衛隊創設にともなって新設された防衛庁は今の施設庁が果たす任務を担う部局として建設本部を置いたが、自衛隊とはそもそも保安隊の後身だから調達庁の役割と思い切り重なる。ならばここで合併すればよかったが、防衛庁は逆に建設本部を切り離して調達庁に譲り、62年の防衛施設庁誕生となる。

施設庁解体に言及した額賀防衛庁長官は06年2月1日の参議院予算委員会での質疑で「今の施設庁というのは、占領軍時代のそもそも特別調達庁として発足をいたしました。したがって、米軍の仕事を直接的に引き受けたものですから、その施設庁の前身の皆さん方はある意味では特権意識を持ち、あるいは人事交流でも非常に排他的であって本庁との交流がなかった。そういう中にやっぱりこういう不正を生み出す温床があった」との見解を示した。
したがって防衛省への施設庁統合は「不正を生み出す」「特権意識」をつぶす効果があると評価できる一方で、そうした組織を何となく統合してしまっては新省内で次第に息を吹き返しかねないと「焼け太り」を批判する声もある。
いずれにせよ21世紀となっても終戦直後の権力者だったGHQのお仕事を担ったという約60年前の出来事と、54年の防衛庁より47年創設の施設庁の方が先輩だという「特権意識」として脈々と受け継がれていたのは驚くべき現象である。それが「不正を生み出す温床」だったとしたらなおさらだ。(編集長)

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