池内ひろ美氏の「期間工」差別を嗤う
ネット上ではやや旧聞に属するが、池内ひろ美氏のブログが炎上した件を取り上げたい。
問題のブログの内容は、こんな内容である。
「30代後半~40代半ばの女3人」、会社経営者・医者・池内氏というメンバーで飲んでいたら、30歳前後の男性から「お姉さんたちは何をしているんですか」と声を掛けられた、と。彼らはトヨタで期間工をしており、適当に話を合わせて大人の対応をしている彼女たちに甘え、仕事のグチを言いまくったうえに「会社とか経営してんだったら、俺のことも雇ってくださいよ~」と女性経営者に語ったという。
この発言に腹が立ち店を変えて飲み直した席で、件の女性経営者は「向上心がなくて勉強もせず、平日の早い時間から連日飲んでいる男の子なんて、うちでは絶対に雇わない」と発言したという。
池内氏もこの発言に対して「彼らに年間300万円以上も払っているトヨタは偉い」と書き、「金を儲けることだけを求める彼らに仕事を与え、なかなか仕事を継続することのできない彼らに期間を区切ってでも採用する企業は立派である。真面目に働き企業の求める基準を満たす期間工については、正社員への登用も行なっている。その意味でトヨタは社会的責任を果たしている」と断じた。
この記事に対して「期間工をバカにした職業差別だ」と抗議が殺到。池内氏も一時的に記事を削除したが、「今回の記事で、池内が期間工を職業差別をしたと言われているようだが、私は、出会った男の子を批判しただけで、その男性が期間工と自称したために期間工全員を差別したわけでも、期間工は向上心のない頭の悪い人間と言っているわけではありません」などという反論とともに記事を再掲した。
なるほど気持ちよく飲んでいたところにウザイ連中が割り込んできて、腹も立ったのだろう。せっかく大人の対応をしていたのに調子にノリやがって、と言いたい気持ちもわからなくはない。ただ「出会った男の子を批判しただけ」で「期間工全員を差別したわけ」ではない、というのは残念ながらウソだ。それは再掲された文章から「彼らは『トヨタ』を漢字で書くことができるのだろうか」という文章をカットしたことからもわかる。完全に期間工だからバカにしていたのだ。
まあ、ネットでの「炎上」はお祭り騒ぎでもある。職業への差別意識を持った人だって批判に参加していただろうから、「炎上」そのものに興味はない。問題はこうした職業差別の根が意外なほど深いことだ。
バブルの崩壊とともに訪れた日本経済の激変に最初に飲み込まれたのは日雇い労働者だった。1990年代後半から仕事にあぶれだした彼らはホームレスとなり、新宿の地下通路などで暮らすようになる。
それまでの日本社会では日雇い労働者など、経済的弱者の姿は巧妙に隠されてきた。ほとんどの人は終身雇用制の会社員として、あるいは自営業者として過ごし、そのレールを外れた不安定雇用の弱者は山谷など都市の周縁にある特定地域が囲いこんできたからである。そうした周縁に収まりきれなくなった人々が「一般人」の前に姿を現す。つまり見えないようになっていた経済的弱者の存在を認識したのが90年代後半だったといえる。
この時期私はホームレスの取材を続けていたが、簡易宿泊所(不快用語だが彼らは「ドヤ」と言っていた)などに住めなくなり、アオカン(野宿)をするようになった彼らの人生は、いわゆるサラリーマンの人生とまったく別物だと感じたものだ。
その後、ホームレス問題はさらに広がっていく。一般企業の正社員でもホームレスとなる時代が到来したと本気で感じたのは2000年ぐらいだったと記憶する。ただ当時は終身雇用制に変わる制度が現れ、労働者の流動化とともに何らかのセーフティーネットが張られるのだろうとも漠然と思っていた。
しかし07年現在、状況は一向に好転する気配をみせない。それどころか悪化している。『若者はなぜ3年で辞めるのか?』(光文社新書)で城繁幸氏が書いている通り、終身雇用制は年功序列と結びつき若いうちの滅私奉公を評価し、若干の強弱を付けて給料を支払ってきた。ただしこの方式は経済のパイが増えないことには維持できない。当然だろう。業績が伸びなければ、適当に割り振るポストが足りなくなる。結局、滅私奉公はカラ手形に終わり、ポストにありつけない人々はリストラされるか低賃金で我慢するしかない。かつて驚きをもって迎えられた「年収300万円」という生活も当たり前に起こる世界となったのだ。
しかし年収300万円というのは正社員の話である。企業が新規採用を絞った結果として生まれたフリーターや契約社員の中には年収200万円という人も少なくない。事実、厚生労働省「国民生活基礎調査/2003 年」によれば、年収200万円以下の世帯は、およそ5世帯に1世帯(18.1%)となっている。
経済の安全弁としていつでも首を切れる契約社員や期間工の存在は企業としてはおいしい。そうした企業側の「要望」に応えるごとく労基法の改正も行われた。現在ではフリーターや契約社員あるいは期間工から始めるしかない新卒が当たり前に存在する。
つまり90年代後半に突然目の前に現れた「経済的弱者」が普通に隣にいる。それが現在の日本の状況といえる。
ただし正社員になるのが当たり前だった30代後半以降の人々にとって、「不安定雇用」に「甘えている」人々など軽蔑の対象でしかない。
池内氏は「トヨタは社会的責任を果たしている」というが、現場では「トヨタ方式」で自殺している労働者も多く、機械に挟まれて死亡する事故なども発生している。系列部品メーカーで生産ラインでは年間20件を超える死亡事故まで起きているのだ。
徹底したコスト削減によって追いつめられた労働者は「向上心を持つ」気力すら奪われてしまいかねない。小誌で連載している鎌田慧氏も『自動車絶望工場』(講談社)での取材はつらかった、と私に話してくれたことがある。「仕事を終えてメモを取るのが大変だった」と。
新聞記者としての仕事をこなした後で、自分の追いたいテーマを取材していた人物に、そう言わしめた仕事がトヨタにはある。ましてトヨタの仕事は日々「カイゼン」され、日に日に労働強化が進む。
人生相談に応じている文化人であるなら、このような労働が存在することも念頭に置くべきだろう。
まともに働けば正社員という時代はとうに過ぎた。ここまで日本の経済状態が変化してしまった以上、誰もが経済的弱者として生きる可能性がある。もちろん私も例外ではない。たとえ60歳まで会社で勤め上あげても、年金制度と退職金制度が崩壊した状況で、どうやって20年間生きていくのか?
長くなったが、最後にホームレスの人たちを取材していたときの印象深い言葉について書いておきたい。それは「オレはあいつらとは違う」である。
『ホームレス/現代社会/福祉国家』(明石書店)で岩田正美氏も指摘しているが、ホームレスの人々はよくこの言葉を口にする。「エサ(食事)をゴミ箱から取ってないから」「お金を恵んでもらってないから」「たまに働いているから」という言葉の後に「だからオレはあいつらとは違う」と続く。
「働かざる者食うべからず」と考える日本人にとって、働けないのは罪悪となる。だから落ちるところまで落ちてないぞ、と彼らは主張するのだ。
しかし本当は周りのホームレスも、いつ潰れるかわからない弱小出版社に所属して取材している自分も彼自身とさして変わりはない。
じつは経済的弱者であることを恥じる必要などないし、蔑むほどの「安全地帯」に、ほとんどの日本人は住んでいない。(大畑)
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コメント
幻泉館 主人 様
ブログへの書き込みができなかったので、
トラックバックのお礼をこちらで。
幻泉館 主人さんがおっしゃる通り
「季節工」は「期間工」に名前を変えました。
でも、東北など就職口の限られている地域から
大量に雇い入れているのは鎌田さんのころと、
まったく変わらないようです。
環境はひどくなり、
金儲けだけが上手い「評論家」も増えたように思います。
それでもミニコミ以上の読者を、
個人がネットで集められるようになったのは
希望とも感じています。
そちらの記事も読ませていただきます。
今後ともよろしくお願いいたします。
投稿: 大畑 | 2006年12月 1日 (金) 21時35分
大畑さん、御丁寧にありがとうございます。
すっかり忘れておりました。
「楽天ブログ」はスパムコメントが多いので、コメントを「楽天ユーザー」に制限しているのです。
失礼いたしました。
自前でサーバを立てているのですが、楽天やSo-netのミラーと違い、あまり訪れる人がいないのです。
テレビを点けても、新聞を読んでも寒い気持ちになるばかりです。
最近【月刊「記録」編集部】を知って、ほっとしました。
長く続けていただきたいと思います。
よろしくお願いします。
投稿: 幻泉館主人 | 2006年12月 1日 (金) 23時15分
はじめまして、こんにちは。突然のコメントで失礼します。
ご関心がありましたら、世論調査にぜひご参加をお願いします!
大阪府知事選世論調査(全国)
http://www.yoronchousa.net/vote/3348
政党支持率調査
http://www.yoronchousa.net/vote/3350
福田内閣支持率調査
http://www.yoronchousa.net/vote/3352
回答者の代表性は担保されませんが、様々な考えを持つ
多くの方に参加して頂き、たとえ偏りがあったとしても
それはそれで参考となるデータとなっていきます。
ぜひブックマークもして頂き、調査やアンケートも作ってみて、
お知り合いの方などにもご紹介ください!
世論調査.net - みんなの声!
http://www.yoronchousa.net
お邪魔いたしました。
投稿: 世論調査.net | 2008年1月 2日 (水) 14時34分