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2006年11月28日 (火)

教育格差こそ「下流」が勝つメカニズム

①少ない子どもに集中的に投資する。個室を与え、塾に通わせ、「いい先生」がいる環境の整った私学に進ませる。

②多い子どもに最低限の投資しかしない。3人の兄弟姉妹は同室、塾に通わせるお金はなく、「デモシカ先生」ばかりの公立小中学校に放り込む。子の数が少なくてもカネがなくては結局同じ。「3人の兄弟姉妹は」が「3人家族が」に代わるだけ。1人の子どもでも最低限の投資しかできない

どちらがより高いリターンが期待できるのか。ふつうに考えれば前者のようだが、ある研究者と話したら後者の方がいいらしい。優秀な人材は生物学的には少産少死の少子型よりも多産多死の側に輩出が期待できるようだ。

史学でも身分制度よりも民主制の方が人材が育つとされる。志村けんで有名な「バカ殿」だが、身分制社会に生まれた「殿」の後継者は①である。跡継ぎ教育を幼少より徹底的に行っても、むしろそれがゆえに「バカ殿」が生じる。
もっとも身分社会でも文字通りの「バカ殿」は陰に陽に排除はされてきた。「陰に」は毒殺などで大名家の家系を調べていると時折奇妙な死者がみつかる。「陽に」は「主君押し込め」だ。「殿」は企業のオーナーの如き存在だから改易など食らえば藩士は路頭に迷う。そこで限られた条件下で「押し込め」は江戸時代になかば黙認されてきた。
しかしそれでも主君の血脈に他に代わる者がいなければ逆に改易となってしまう。あまりに範囲を広げると今度は御家騒動に発展する。よって身分制度の下での「バカ殿」出現は防げない。

身分制の弱点は下層にいくほど人口が多いという点に発する。優秀な人材はより多くのオーディション参加者から選ぶのが望ましい。しかし身分制は優秀な人材が就くべき重要な役割を世襲できる参加者は重要度が増すほど減少するという宿命を抱える。
この難問に取り組んだのが徳川吉宗だった。彼の将軍就任は初代家康が死んでちょうど100年後。家康が論功行賞で、いわば実力と親疎の関係で選んだ家柄も上記の過程が進んで「バカ殿」「バカ重職」が生産されつつあった。
そこで吉宗は足高制という人材抜擢手段を室鳩巣の進言を容れて断行する。能力ある者が身分不相応に高い役職に就く場合には在職中だけ禄高を相応に足すという手法だ。
しかしいかなる方法を用いても身分制を前提とする限りは限界がある。田沼意次の政策も「封建制のしきたりを一部崩す手法で封建制を守る」ものであったが論理矛盾が最終的な失敗を呼び込んだ。

そして今「勝ち組」「負け組」論争が盛んである。教育において親の経済力が出発点で違うと生まれながらにして格差を生むと。「生まれながら」ならば身分制も同じである。
そして「勝ち組」の多くは冒頭の①を選択し「負け組」は②を選ばざるを得ない。
ポイントはここにある。「だから……」と多くの識者がつなげる論法は「格差が固定して勝ち組の子が勝ち続け、負け組の子は負け続ける」である。だが生物学的にも史学的にも案外とそうはならないのだ。
資本主義経済下で「負け組」の方が「勝ち組」よりも圧倒的に多いのは必然である。彼ら彼女らの子は「勝ち組」ではあり得ないような粗末な設備と低レベルの教育と「いじめ」などさまざまな闘争に放り込まれる。「だから……」本当はその中から次の「勝ち組」は出てくるに違いない。何度か引いている言葉であるが薄田泣菫は「貧乏人は何でも知っている」と喝破した。
逆に「勝ち組」の親は案に相違して「バカ殿」を育ててしまう危険があると気づいていない。わが「負け組」仲間よ。そこに付け目がある。「勝ち組」がどんなに立派な校舎の私学に通わせても豪華な自宅の個室よりは劣る。「いい先生」がそろっていても所詮は教員だから子はより高い地位にある自分の両親より下に見る。もともと金持ちだから投資されている有り難みもわからない。①の選択はスキだらけなのだ。(編集長)

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コメント

だから某首相のような「バカ殿」こそが「勝ち組」であるよな社会こそ(固定的)格差社会として批判されているのでは?

投稿: Sou | 2006年11月28日 (火) 08時27分

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