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2006年11月27日 (月)

ビーイング系アーティスト・その後

音楽プロデューサー・長門大幸が設立した音楽グループの総称をビーイング系、と言う。90年代から現在に至るまで音楽シーンにおいて大きな影響力を持つが、いつの間にかヒットチャートに姿を表すことがなくなったアーティストもいる。その後、いったい彼らはどうなった?

■T-BOLAN
 1987年にボーカルの森友嵐士とドラムの青木和義で前身のバンド「プリズナー」でビーイング主催のオーディションでグランプリ獲得。1991年にT-BOLANとしてデビューし、数々のヒット曲を飛ばす。セールス的にも絶頂期にあった95ごろから、森友の体調不良が原因とされる活動休止状態に。散発的にシングルをリリースするが、99年にとうとう解散。
 2001年からラジオ日本で『森友嵐士のアラシを呼ぶぜ!』という番組のパソナリティを現在に至るまで続けていて、05年にはプロデュース活動を始める。
 最近では今年の8月2日、ボクシングWBA世界ライトフライ級王座決定戦(亀田興毅vsファン・ランダエダ)で突如森友が国家斉唱の場面に現れ、『君が代』を歌っている。
 青木和義はDOGSTARというインディーズバンドで活動中。12月にもライブの予定アリとなかなかに精力的だ。

■WANDS
 1991年にデビュー。“中山美穂&WANDS”としてリリースされた『世界中の誰よりきっと』で知名度が急上昇し、以後、リリースする曲がことごとく大ヒット。95年あたりから音楽性がガラリと変わり、デジタル・ビート的なものからグランジ色の強いものに変わってゆく。こんなに急に音楽性が変化するものなのか、と当時思っていたが、96年にボーカル上杉昇と柴崎浩が脱退。3人のうち2人が脱退したにもかかわらずWANDSは活動を続けるが、2000年に解散している。上杉の後にボーカルとなった和久二郎が、先代の声質と余りにも似すぎていて、私のまわりでも「あんなことってあるのか?」と話題になった。
 脱退した上杉と柴崎はal.ni.coを結成、シングルを4枚、アルバムを1枚リリースするが、1回目のツアー後に解散。
 最近の上杉昇について調べてみると、かなり精力的に活動していることが分かった。WANDS時代の、どことなくストイックな感じの(そうでもない?)上杉をイメージしてからこのページに行ってみると結構驚く。少なくとも私は「おおっ!?」と身を乗り出してしまった。http://www.ongen.net/domestic/artist/feature/wesugi_show060125/index.php
 うーん、すごい。人は変わるものですね…。今年の12月にはカバーアルバムをリリース。WANDS、al.ni.coで自らが歌ってきた曲のほか、ニルヴァーナや中島みゆきもカバーする。なにやらスゴい組み合わせだ。

■BAAD
 92年に結成。3枚目のシングル『君が好きだと叫びたい』がアニメ版『スラムダンク』のテーマソングに使用される。(同アニメのテーマソングには代々ビーイング系のアーティストがタイアップされ、大黒摩季『あなただけ見つめてる』、WANDS『世界が終わるまでは…』など多くが大ヒット)。BAADの最大のヒット曲もこの曲だった。95年からビーインググループから移籍、99年に解散。ビーイング後から解散までの数年間では主にアニメのテーマソングなどを歌っている。まだオフィシャルホームページは残されていた。メンバー紹介のページで、大田紳一郎(ボーカル)の笑顔をバックに載せられた「イマ、新曲つくっています。待っていてください。」というコメントが99年から更新されておらず、なにかものすごく寂しい。だが、大田は解散後もZARDやB'zのサポートメンバーとして活躍、現在ガンガンCMで放送されている上木彩矢(ビーイング系のGIZA studio所属)のアルバムでは作曲も担当している。

■ZYYG
 ボーカルの高山征輝はビーイング主催のオーディションでビーイング入り。1993年にデビューし、パンクロック色の強い音楽作りを展開。99年に活動休止していたが、なぜか突然去年になりラストライブを行なうことが決定、今年の2月に解散している。

■相川七瀬
 95年、織田哲郎の作詞・作曲による『夢見る少女じゃいられない』でデビュー。以降、織田の曲提供で大ヒットを量産、ファーストアルバム『Red』は売り上げ270万枚を突破。パワフルな歌声と不良っぽいイメージで中高生層に絶大な人気を得る。
 歌手活動も続けているが、なんと現在カラーセラピストの養成機関「ORENDA」を設立し、講師としての活動も行なっている。相川七瀬は7年ほど前からカラーセラピストに本格的に興味を持ち、2004年には書籍も出版している。「ORENDA」ではイギリス発祥で発祥し、徐々に市民権を得つつあるというオーラソーマの体験もできる。(こんな文章を書いてるけど、オーラソーマというものについては今回ネットで調べて初めて知った。マイナーな世界だろうと思ってたけど78万件もヒットしてびっくり。)
 オフィシャルサイトでは10日に2、3回くらいのペースで日記風のメッセージを更新している。10月13日には「元コンビ」織田哲郎のライブに行った下りがあり、「織田さんの声にはいつも魂を揺さぶられてしまう」とのコメントも。(最近はアーティストのウェブサイト用日記も多く、織田哲郎も書いている。しかもけっこうフランクな文体。)
 これを書いてから気づいたのだが、織田哲郎が曲を提供しているが、相川七瀬の所属はエイベックス系のCuttingEdge。つまり、織田哲郎はビーイングだが、相川はエイベックスなのだった。

 ビーイング系のアーティストで、いつの間にか聞かなくなったアーティストは他にもいる。しかし、今でもテレビを見ていると、新しいアーティストでも「あ、ビーイング臭い!」(や、バカにしているわけではない)と直感的に思い、調べてみると実際にビーイング系だったというアーティストがどんどん現れているから、血の入れ替えのようなものなのか、とも思えてくる。
 40社以上とも言われているビーイング・グループ。日本の音楽シーンで大量の楽曲を放ってきたが、同時に大量に忘れ去られている、ということでもある。(宮崎)

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コメント

織田哲郎は96年にビーイング脱退してますよ。

投稿: さや | 2006年12月21日 (木) 03時56分

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