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2006年11月20日 (月)

ビーイング系のアーティストたちはその後どうなった?

 私は1980年生まれだ。90年代に中・高生時代を送った世代が聞いていた音楽(ここではヒット・チャートに上るような流行音楽)を現代に向けてたどっていくと、膨大な数のアーティストやヒット曲を結びつける、いくつかの巨大なグループが存在したことが改めて分かる。
 90年代前半から後半にかけては「ビーイング系」がオリコン・チャートの上位にランクインしない週はなかった。90年代半ばから後半にかけては「小室ファミリー」。後半から2000年以降にかけてはつんく率いる「ハロプロ系」、2000年以降は「和製R&B」と「和製ヒップホップ」。そしてここ数年は「ジャニーズ系」の売り上げ的な台頭が目覚しい。

 今回は、現在はほとんど見ることも耳にすることもなくなった、当時の「ビーイング系」の人たちはどうなったのか、という謎(?)に迫った。ビーイング系全盛のころに流行音楽ファンだった人たち数人に聞いても、「あれ、そういえば○○もいつの間にか見なくなったよねー」というアーティストは多い。街のレコード屋では彼らのやけにせっぱつまった歌が聞こえない日はなかった、それにも関わらずだ。
 そもそも「ビーイング系」とは何か。
 ビーイング系の創始者は、長戸大幸である。70年代に作曲家の阿久悠の事務所で作曲活動をしていた長戸は、78年に音楽制作会社「ビーイング」を設立。当時若手だった、今では言わずと知れた織田哲郎を擁し、80年代にはアイドルの曲や歌謡曲をプロデュース。
 86年には織田哲郎作曲でTUBEの『シーズン・イン・ザ・サン』が大ヒット。90年に、近藤房之助らが参加するビーイングの企画バンドB.B.クイーンズがちびまるこちゃんの主題歌『おどるポンポコリン』を発表(作詞・さくらももこ、作曲・織田哲郎)、190万枚のメガヒットを飛ばした。
 ビーイング系、とはビーイングを母体とする多くのレコード会社に所属するアーティストの総称を指す。
 B’zをはじめT-BOLAN、WANDS、ZARD、大黒摩季、DEEN、FIERD OF VIEW、ZYYG、BAAD、相川七瀬、小松未歩など挙げ始めればキリがない。B’zは未だにバリバリだが、ZYYGのように5年ぶりに名前を聞いた!というバンドも多い。さて、彼ら(ビーイング系)は全盛期後、どうなったのか。次週に続く。(宮崎)

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コメント

とりあえず,"FIELD OF VIEW"? <"R" じゃなくて。

投稿: るね | 2006年11月20日 (月) 20時31分

ご指摘ありがとうございます。
恥ずかしかとです。

投稿: 宮崎 | 2006年11月21日 (火) 03時52分

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