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2006年10月 4日 (水)

引き裂かれてゆく社会の姿を捉える一冊!『不平等社会』(斎藤貴男)

Kikai  どういう人に読んでほしいかといえば、自分と同じくらいの若い世代の人に読んでほしい本だ(私は現在26歳)。『機会不平等』では、現代が「構造改革」の勇ましい名の下に、どんな人たちによって、どのようにして市場原理主義的な制度が採用されていったのかを、斎藤貴男氏が綿密な取材によって浮き彫りにしている。

 本書の内容からは少し離れるが、最近、こんなことを思う。この世代というのはもしかすると、人が管理・監視される社会だとか、非正社員が多くを占める職場の常態化とか、実質的に機能しなくなった労働組合だとかが、割と当たり前のものとして目に映ってしまっている世代なのかもしれない。
 デニーズに行けば「いらっしゃいませデニーズにようこそ」とウェイトレスが無機的に言うが、どうもアレを言われることについて居心地が悪い。友人に、「なんか、気になんね?」とうかがってみるけど、「別に……、普通じゃん?」と彼は答える。人によっては気にならない場合もあるみたいだけど、「デニーズにようこそ」を言うウェイトレスには、やっぱり何か妙にひっかかる違和感みたいなものがある。それは、彼女が笑顔であればあるほどデカくなってゆくのだ。

 私がある飲食店で働いていたとき、こんなことがあった。バイトたちを管理する立場であるシフトリーダーのような存在がいた。彼があるとき、こんな紙をバイトたちに手渡した。
「これを今から記入してくれ」と渡された用紙には「行動目標」「達成するためにはどうすればいいか」という項目がある。そこに何かしらの文句を入れ、次の面談までにそれが改善されたかどうかを検証する、とのことだった。後から知ったのだが、それには自給の昇給にあたっての査定のような役割が置かれているのだった。

 こんな風にして管理社会は浸透している、みたいな単純なハナシではない。
 よく考えたらとても不思議な場面だったのだ。紙を差し出したシフトリーダーは、この項目に記入してくれ、とは言ったものの、完全に彼の役割をまっとうしていたか、というとそうでもなかったのだ。
「移動は常に小走りに」「個々の仕事をすみやかに進める」
 などの項目も用紙にはあり、それをバイトたちが実行できているかのチェックポイントがあるのだが、そもそも「小走り」するような状況も必要もなく(第一に危ないし)、「個々の仕事をすみやかに進める」とは言われても、作業自体が集団でやる類のもので、何をもって自分の仕事を評価していいのか、それすら曖昧だった。それについてのギモンをあるバイトがシフトリーダーに尋ねるのだが、シフトリーダーは答えることができず、「俺にきかれてもなぁ……」という状態なのだった。そして、どうもその用紙については彼自身が要領を得ていないというか、何のための用紙なのか、理解してすらいないみたいだった。
 シフトリーダーは無能なヤツではなかった。テキパキと仕事をこなし、アハハハとでかい声で笑う好青年だったと思う。
 シフトリーダーもまた社員ではなかった。ただ「上」から用紙に記入することを課せられ、従ったのだが、用紙に記入するという「制度」だけがあり、「実」を伴っていないというヘンな状況だった。管理社会は脅威だが、それが機能せずに妙な形で制度化されていたというハナシ。

『機会不平等』を読んで改めて思ったのは、どうやら管理という「制度」が思ってたよりも浸透しつつあるんだな、ということだ。教育も、労働形態も、労組も、管理下にはほぼ収まってしまったらしい。
 先に書いたような「実」を伴わないマヌケな管理ならまだよかった。だが、「実」を伴い、「上」の意にそぐわないものが躊躇なく切り捨てられていくような社会は着々と形作られている。そもそもその社会においては、労働者のみならず、子ども、老人までもがモノであるらしい。
 本書ではその構造を推し進めている者たちの発言と考えが明らかにされている。

 私たちは「本を読まなくなった世代」などと言われてる世代で、もしそれが本当ならば読み進んでいくのにちょっとばかりへヴィな文章に感じられるかもしれない。でも、つまづきつつ、少しずつでもいいから読んでほしいのだ。自分たちがどんな地点に立ち、その場にどんな力が働いているかが見て取れると思うから。(宮崎)

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コメント

例によって読んでもないのにコメントです.

書評なんかをパラパラと眺めて見ると,この本の内容
は「ゆとり教育は階級分化を狙ったエリート層の陰謀」
というような陰謀論が骨格になっているということで
す.私見ですが,陰謀論というのは「まず結論ありき」
な議論中に頻繁に見られるようで,例えば「世界はユ
ダヤ=ロスチャイルドに支配されている」とか「アメ
リカ政府は宇宙人と契約して地球を支配しようとして
いる」とか「9・11はアメリカ政府の自作自演」とい
うような結論から現実を読み解こうとする際に当然生
じてくる矛盾を,全て「○○の陰謀」として説明づけて
それで解決したような気になろうとする態度のように
思えます.もちろん反証可能性は限りなく低く,従っ
てまともな仮説でないことは明かでしょう.本書が陰
謀論を展開しているという時点で「ああ,これは駄目
だな」というのが私の感想です.

また,著者の斎藤貴男氏(以下,氏)の文章をいくつ
かオーマイニュースで読みましたが,どれもこれも読
むに耐えない罵詈雑言と勝手な決めつけの嵐で,これ
で本当にジャーナリストなのか?と疑ってしまうよう
なものでした(氏と同じ立場の人が読めば爽快なのか
もしれませんが).どうもそれが氏のスタイルのよう
ですが,そんな人間の書いたものに果たして読む価値
があるのでしょうかね.

頭から氏の言うことを信じて「権力者が自分に都合の
良いように支配する社会が来ている」とか「そこでは
労働者,子供,老人までもがモノである」等と感じる
(≠考える)人が増えることに深い危惧を覚えます.

投稿: 国家の犬 | 2006年10月 5日 (木) 02時08分

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