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2006年10月10日 (火)

吉展ちゃん誘拐事件・入谷南公園

Yo_1  1963年3月31日に起こった「吉展ちゃん誘拐事件」の現場、入谷南公園を訪れた。
 解決まで2年3ヶ月を要し、人質の安全を確保するため日本で始めて報道協定(警察とメディアが連携し事件についての報道を控える協定)が結ばれたこの事件では、誘拐された吉展ちゃんが殺され、犯人の小原保も71年に死刑が執行されている。
 JR上野駅の入谷口から歩くと昭和通のバイク用品街を通り、15分ほどで公園にたどり着く。

 すぐ近くには山伏公園があるが、こちらはあまり人がいない。入谷南公園は広くて遊具もたくさんあるからだろう。住宅地の中にあるにしては大きな公園である。
 公園から幅の狭い道路を一本はさんだ所にはかつて被害者の村越吉展ちゃんの家(工務店)があったが、今はマンションと思われる建物になっている。吉展ちゃんが小原に声をかけられたとされている便所も新しい建物になっている。
 体育の日、天気がよかったこともあるからか、入谷南公園には人がたくさんいた。子どもがそこら中を駆け回っていて、つきそいの親たちが一緒に遊んだり、ベンチに座って親同士で話していたりする。
「小学校に上がるまでは(公園に)一緒に来ますよ。小学校まで上がってしまえば、大丈夫だと思ってますけど」
 ある主婦が言いながら、公園の反対側の隅のほうを見る。この公園に入ったときに不思議な印象を受けたのは、ひとつの公園が、たくさんの遊具があって子どもと親が遊ぶゾーンと、もうひとつの小さいグラウンドのようなスペースの野宿者だと思われる人たちがいるゾーンに分かれていたからだ。手すりには好天気を利用して何枚もの布団が干されている。主婦は、野宿者たちがいるゾーンを見て、大丈夫だと思いますけど、と言ったのだ。子どもを持つ親が野宿者を気にするのは、それほどおかしいことではない。

 吉展ちゃんの事件は、公園に来ている親の間では有名だった。5,6人の親に聞いた限りでは100%の確率で知られていた。
「こっちに引っ越してきたのは10年くらい前ですけど、この公園に入ってきてすぐに他の人から聞いたんですよー。ここ来てる人はみんな知ってると思いますよ」
 

※ここから先の記事は…

『あの事件を追いかけて』(本体952円、アストラ刊)にてご確認ください。

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コメント

今度、小原保を自供させた平塚八兵衛のドラマをやりますが、よしのぶちゃん事件を中心とした内容だとしたら、平塚刑事は名刑事とたたえられるかもしれません(死刑後に被告の墓参りまでしたそうだから)が、帝銀事件ではどうでしょう?足利事件同様に、容疑者に拷問に近いことやったわけでしょう?刑事であろうとも人間性を欠いてしまったら、ねえ・・・。やっぱり平沢さんは無罪だよ。

投稿: 足利事件に興味津々 | 2009年6月14日 (日) 20時19分

今回の足利事件がキッカケとなり息子の進路が大きく変わりました。警察の大学進学が希望でした。「いけない事がいけないと言えない世の中は間違っている」と言って小学生の時から足利事件まで「警察官から、いづれは刑事になる」と夢を語っていました。 でも足利事件を毎日見て「正しい事をするのが警察」この信じきっていた事が脆くも崩れ落ちた感じだった様です。 所詮上からの命令には一切逆らえず組織の中で雁字搦めにされ、ありもしない事のでっち上げ…仕組みから何もかも警察が許せなかった様です。 たまに警察の不祥事が事件化しますが情けないと思います。こんな事ばかりじゃないですが若い次世代には夢を見て頑張っていける仕事とはかけ離れている職業となり次第に正義感溢れる有望な若者は警察離れしていくのかも知れないと感じました。間違っていても当時の担当者は雲隠れ、全ての関わった人はきちんと本人に謝るべきです。後始末もきちんと出来ない大人が権力をかさに何をしてるのか…恥ずかしいしこれではもう良い人材は得られないと感じます。実際こうして警察から手を引いた人間がいますから。

投稿: まこ | 2009年7月19日 (日) 22時38分

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