« 三河島鉄道事故・現場を歩く | トップページ | JR事故続発の真相がココに »

2006年9月12日 (火)

属性しか語らぬ安倍晋三の正体不明

例のベストセラーも含めて関連記事などもずいぶんと当たってみたが安倍官房長官という人はわからない。
ある側は「超タカ派」「戦争屋」「これでアジア外交もお仕舞いだ」とけなしまくる。「信念の人」「国家観がある」「命がけだ」とほめる側もある。「イケメン」とする一方でヒゲをつけたらヒトラーそっくりと混ぜっ返す向きもある。「頭が悪い」「病弱だ」などと誹謗中傷に近い声もある半面で「決断力に富む」「若さが魅力」と正反対の評価も存在する

そうなんだろうか。どうもすべてが当たっているようでもあり外れているようでもある。「安倍晋三」というイメージがあって支持する、または支持しない人はそれぞれ自分の信念や感覚に近いか遠いかで評価をしているのではないか。現に女性の大学生に聞いたら「イケメン!」「イケメン風」「イケメン風ってのが一番キモい」「どこがイケメンなの?」と分かれた。
もし本当に「超タカ派」ならばそれでもいい。「信念の人」も同じ。そこから批評できるから。でも決め手がないのだ。「超タカ派」と批判する人に聞きたいが靖国参拝をコッソリ済ます人物が憲法改正できますか?「信念の人」とほめる方にも問うが具体的にどこがそうなんですか?

比較的ハッキリとしているのは北朝鮮の拉致問題への強硬姿勢である。見捨てられたも同然の状態だった被害者家族の声を聞き続けたのは気高い姿勢と私も頭が下がる。だがそれをもって一国の宰相を任せる必要十分条件にはなりえない。
この拉致問題も含めてかねがね気になるのが安倍氏はしばしば属性でものを語るフシがある点だ。拉致問題も北朝鮮および金正日総書記という相手があって初めて問題となる。安倍氏自身もインタビュー等で述べているように自分が乗り込んでいって解決するような問題とは限らない。「相手あってこそ」という時点で属性である。
また以前にも書いたことだが彼は自分の父や祖父をしばしば引いて語る。父の安倍晋太郎元外相は首相直前まで迫って病を得て67歳で世を去った。チャンスが訪れたら逃せない理由として父の無念を吐露するが晋三と晋太郎は親子とはいえ別人格である。晋三の決起に晋太郎のリベンジを見るのはオカルトだ。

祖父といえば岸信介元首相の思い出や政治信条を基本的には肯定的に晋三氏は口にする。身分制度が当然の時代にはよくある手法だった。例えば藤原仲麻呂は祖父の不比等が編纂した養老律令を施行した。「オレは偉い」というと角が立つが「オレの爺さまは偉かった」だと美談となる。だが今の政治家は世襲ではない。爺さまが偉かったのと自分との関連は何もない。
それにしてもと思う。岸信介は1987年に90歳を越えて死去するまで隠然たる勢力を自民党内に放ち続けた。私は1962年生まれで子どもの頃はよくテレビを見ていたからニュースに映り込む不気味な風体の爺さまを「アレ何だ」って感じで受け止めていた。「妖怪」「両岸」「八方岸」と散々なあだ名が付いていたが「妖怪」はまさに絶妙だった。
ここではあえて戦前の行いや安保改定での手腕は触れない。ただ子ども心に非常に古めかしくて妖しい人物の右代表のイメージだったとだけ述べる。その孫であるというのが少なくとも肯定的に受け止められる時代になったのだ。
いずれにせよ50を過ぎたオッサンが父だ祖父だと属性で自分を表現するのはおかしい。

一方で晋三氏があまり語らない属性もある。母方の祖父である岸信介ほどに晋三氏は父方の祖父である安倍寛を語らない。安倍寛は悪名高い1942年の翼賛選挙で翼賛政治体制協議会(翼協)の推薦を受けずに当選した気骨の政治家である。ちなみに同選挙は東条英機内閣によって実行され商工大臣だった岸は当然のごとく翼協の庇護を受けて当選した。対立していたわけだね。
安倍寛は52歳で、晋太郎は67歳で死去と安倍家は比較的短命である。対して「妖怪」はえらく長生きだった。岸の長命にあやかりたいから晋三氏は彼の名をあげるのか。安倍家の短命を実は恐れているのか。いずれにしても政治家の資質とは関係ない。早死にの家系だから早めに総理をやらせてよなんて話はあり得ないのだ。ただ前述のように晋三氏が晋太郎を語る際の深刻な面立ちから、この推察があながち外れていないようで怖ろしい。何しろオカルトだから。

まだある。晋三氏は公表されている経歴から判断する限り神戸製鋼のサラリーマン時代を除いて東京生まれの東京育ちである。先月、山口県の松林正俊長門市長は「同じ長州人である安倍晋三先生が・・・」云々と発言したが本当に彼は長州人といえるのか。この辺も岸や安倍寛の属性を引き継いでいるだけのような気がしてならない。

実は属性でしか語り得ない人物が再チャレンジという。なぜ「再」なのか。それ以前に人生とはチャレンジしなければならないのか。

安倍晋三氏を危険視する人も絶賛する人も多分、氏のなかにそれぞれのイデアを感じているのだろう。護憲を主張する人は「戦争屋のイデア」を、軟弱外交にあきれ返っている人は「闘う政治家のイデア」を。しかし晋三氏は実はイデアの正反対である「そのもの以外」の集合体に過ぎない。少なくとも今のところ。ただの空虚に人がイデアを求めようとするのは倒錯である。その行方が恐ろしい。(編集長)

|

« 三河島鉄道事故・現場を歩く | トップページ | JR事故続発の真相がココに »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

以前NHKの番組で森元首相が嘆いていたように飯島秘書官を筆頭にした電通の広告戦略に隷属的な民法各局の対応を暗に批判するような発言がありましたが、正にその通りかなと。
一般国民は広告戦略が作り上げた虚像’安倍’を無意識に信仰しているようです。逆に言えば、マスメディアは’安倍’の実像を全く伝えていないとも言えますね。まさに言論統制。

投稿: ぱりん | 2006年9月13日 (水) 04時17分

自民党の広告戦略は、自民党の’ダーティな’癒着部分を隠すために電通を影響力をバックにマスメディアを支配し操作している状況です。(森田実氏の著書をご参考ください。)
つまり’隠す’ためには、自民党に’クリーン’なイメージを植え付け易い’安倍’に白羽の矢が立ったともいえるのではないかと。

投稿: ぱりん | 2006年9月13日 (水) 04時26分

はじめまして。ブログ「きまぐれな日々」の管理人・kojitakenと申します。
私が運営しているもう一つのブログ「kojitakenの日記」に、「ポポンS」さまとおっしゃる方から、貴ブログの記事を紹介いただきました。元毎日新聞の記者の方が編集長を務められる雑誌のサイトということで、TBを送ろうかどうか迷ったのですが、思い切って「きまぐれな日々」の記事をTBさせていただきました。私の記事自体より、記事中で引用したsonicさんのコメントに価値があると判断したからです。
以上、ぶしつけなコメント及びTBで失礼いたしました。

投稿: kojitaken | 2006年9月14日 (木) 21時19分

kojitakenさん。TBありがとうございました。拝見してコメントもつけさせていただきました。
当ブログの皆様にも同じ内容ですがコメントをさせていただきます。

安倍宗任伝説は私も気になっていたのですが確証はつかめません。安倍晋太郎元外相もsonicさんのコメント通り当初は伝説を頼りにした支持集めだったと思います。

貞任・宗任が凄かったという伝承は結果として源頼義・義家伝説(これも途方もなく強かったとなる)があって、それに肩を並べる戦ぶりが奥州人に強い感銘を与えたから生じたのでは。『古今著聞集』などにみられる怪物のような宗任の姿はまた『保元物語』の源為朝と似ています。そして『古今著聞集』『平家物語』などが松浦党へと宗任の子孫を結びつけたと。

もう1つが人形浄瑠璃の『奥州安達原』ではないでしょうか。モチーフの猿楽能『黒塚』に宗任伝説をくっつけて世に出した。『本朝廿四孝』の武田勝頼と併せて考察するに近松半二得意の付会なんでしょうね。

そこに奥羽越列藩同盟の戊辰での敗北が重なりそうです。源氏長者でもあった徳川を長州は倒したわけだから元来は安倍氏の敵をやっつけたという意味で長州は安倍氏の仇討ちをしたともいえるのですが戊辰戦争で岩手(盛岡藩)は賊軍にされてしまった。恨みは当然薩長へ。岩手県出身の原敬は露骨に長州・陸軍閥の山県有朋とやりあっていましたし。

考えてみれば岩手県は山口県(長州藩)と並んで首相輩出数トップなんですよね。安倍という苗字は安倍寛の存在から明治維新以来の主流派にも、宗任伝説から賊とされた東北側にも比較的耳障りよく響くとはいえそうです。ただ岩手は今は小沢一郎民主党代表を擁しているので晋三氏(ATOKでは最初に「心臓死」と出てきた)は安倍宗任伝説で東北の支持を得るよりもストレートに「長州の岸」を打ち出している・・・というのは穿ちすぎでしょうか。

投稿: 月刊「記録」編集長 | 2006年9月15日 (金) 01時02分

月刊「記録」編集長さま
ていねいな長文のコメントありがとうございます。
編集長様のコメントといい、もとになったsonic様の7月30日付弊ブログ記事へのコメントといい、ブログ管理人の私の能力をはるかに超えた議論が形成されたことに驚いています。
ブログというメディアには、まだまだ十分引き出されていない可能性があるように思います。
それを引き出していって、「大衆の叡智」を形にしていきたいものだと思っています。

月刊「現代」誌で、立花隆氏が安倍晋三氏に「宣戦布告」をされましたが、弊ブログも参加している「AbEnd」運動(美爾依さんのブログ「カナダde日本語」提唱)もまた、今年6月来、安倍晋三氏に闘いを挑んでいます。大手広告代理店の情報操作による「空虚なファシズム」というべき時代など、招来させてはならないと思っています。

投稿: kojitaken | 2006年9月15日 (金) 01時45分

 はじめまして。「反戦老年委員会」と申します。
 kojitakenさまからTBいただき、編集部におじゃましました。安倍の姓に関する解説を拝見し、私もコメントしようと思いましたが長文になりそうなのでとりやめ、自ブログにエントリーしました。ご高覧賜れば幸いです。

投稿: ましま | 2006年9月15日 (金) 13時27分

 初めまして。
 安部政権誕生が確実視される中で、またネット右翼と呼ばれる不確実だが、明らかに迷惑な存在の跋扈に対して、身近なところから平和を説き起こして行こうと思い、新しいブログを立ち上げたものです。まだ、記事が2つしかありませんが。
 で、余談ですが、私の母は、満州生まれで、その父(私の祖父)は、満州での塩の製造会社の技術部門のトップをやっていました。その前は、旧大蔵省での塩の製造に関する部署にいて、大蔵省の官舎に入っていたそうです。そして、そのとき隣に住んでいたのが、岸信介だったそうで。
 満州から逃げるとき、岸家は、関東軍と一緒に、事前に情報を得て、いち早く日本に逃げ帰りました。
 技術屋で、政治に疎かった祖父にはそのような情報は入らず、母方は、母の両親、母の兄姉、あわせて5人を戦後の混乱の中で失い、幼い孤児として弟一緒に引き揚げてきたそうです。
 岸が、隣の母の家にも情報をくれていたら、私の祖父母、伯父、伯母は生きていたかもしれません。しかし、情報を一般に洩らすことなく、ひそかに逃げ帰ったのです。
 だから、私は、血族の恨みをこめて、安部晋三に反対します。
 雑駁で申し訳ありませんでした。では。

投稿: 眠り猫 | 2006年9月15日 (金) 15時42分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 属性しか語らぬ安倍晋三の正体不明:

» 安倍晋三は「安倍家の面汚し」 [きまぐれな日々]
7月30日に書いた記事『安倍のもう一人の祖父は「平和主義者」だった』に対して、9月7日付でsonicさんからコメントをいただいた。 安倍家が安倍一族だと言うのは、安倍晋太郎氏が岩手に来ていく先々で直接人々に話していったこ... [続きを読む]

受信: 2006年9月14日 (木) 21時11分

» 「安倍」という姓 [ 反戦老年委員会]
 最初にお断りするが、この記事の内容は自民党総裁選にも「反戦」にも全く関係ない。 [続きを読む]

受信: 2006年9月15日 (金) 13時29分

« 三河島鉄道事故・現場を歩く | トップページ | JR事故続発の真相がココに »