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2006年8月24日 (木)

日本の分離論否定は米中独みなビックリ

伝統左翼は泣いている。もう日本は戦後ではなく戦前だと嘆いている。A級戦犯が合祀されている靖国神社に首相が8月15日に参拝したのを多くの国民が支持していると知って。
反対に右翼や愛国主義者は有卦に入っている。最近ではA級戦犯も顕彰の対象で構わないだの東京裁判はサ条約で何もかも受け入れてはいないだのと勇ましい。

ただね右翼さんや愛国主義者さん。いい気になって宇宙の果てまで飛んでいくような気分を抱かない方がいいよ。あなた方は陽気でカラッとしていていいのだが調子に乗るのが昔からの悪い癖。先の大戦の時なぞ宇宙の果てまで飛んでいけ!みたいな空騒ぎの挙げ句にボロ負けしてしまったから。
17日に述べた続きで説明する。ポツダム宣言の論理は敵国の「日本人ヲ民族トシテ奴隷化」「滅亡」させる「意圖」はないが「戰爭犯罪人ニ對シテハ嚴重ナル処罰ヲ加ヘ」るとした。この分離論は主に第一次世界大戦後のドイツ処理への反省だったと述べた。

第一次世界大戦でのドイツ敗北は多くのドイツ人にとって「あれえ」だったはずだ。何しろ本国は無傷のままドイツ11月革命が起こってウィルヘルム2世が逃げ出しての講和だったから。本土決戦をしなかった日本とは大違い。日本の場合は陸戦こそなかったが1次大戦の際には偵察などの役にしか立たなかった軍用機の大発達で至るところ焼け野原になったり原爆食らったりしたからねえ。
何やら平和的な政府ができて皇帝も逃亡してしまうし同盟国は相次いで降伏していたからまあ止め時かぐらいに思っていたらヴェルサイユで「ドイツ人は最低最悪無限責任ざまあみろ」とでも表現していいゲンコツを食らって「この野郎」とルサンチマンをため込んだ。よくドイツ人は2度の大戦で2度とも負けたとされるが1回目は実はこんなところであったろう。
それがヒトラーの「この野郎だよな皆」のワッショイに乗せられる原因となったので分離論が発明されたというのが一般的な解釈である。

これにみごとに応じたのが他ならぬドイツであった。「嚴重ナル処罰」は自殺してこの世にすでにないヒトラーとその眷属に覆い被せて民族一般はその責任追及をゆるめない。なぜならば我らもまたナチスにだまされた被害者だからという姿勢をいまだ貫いている。ドイツは戦争責任を明確にしていると評価する者がいる。確かにその通りだが内実は上記のように結構なご都合主義だ。
翻って日本はどうか。ナチスに相当するのがわが国では東京裁判のA級戦犯となり、占領下では彼らにナチス張りの「戰爭犯罪」をおっかぶせて終わった。少なくともアメリカはそのつもりだった。日本人にとっても本来はその方が都合がいいはずだった。だって自らは免罪されるのだから。東条英機も後の世代が免罪されるならば罪を背負ったかいもあるというものだ。
ところが日本人はサ条約が発効して独立を回復すると妙な動きを始める。せっかくの免罪の論理を放棄しようとの言動が生じてくるのだ。A級戦犯合祀や擁護論もその1つである。
中華人民共和国が1972年の国交回復以来ずっと言い続けているのも実は分離論である。当地では二分論とも別称される。戦時中の国民全員をピラミッドに例えたら上部のどこかにグイと線を引いてそれより上は真っ黒で下は白とする。この論理が正しいかと純粋に考察すれば変なところはいくつもある。とくに線引きの恣意性は隠しようもない。
たださあ。それをしなかったらピラミッド全体が灰色になっちゃったんだよ。となればよくてヴェルサイユ条約でドイツが食らった処置を、悪ければ征服されていた。

ナチスとA級戦犯を一緒にするなという議論がある。ごもっとも。私は東条を許し難いとする者だがヒトラーよりはずっとマシでしょう。東京裁判に問題があったのは間違いない。全部認める。
それでもなお、あれしか方法はなかった。もし敗戦後のあの時期に拒絶する余地があって実行していたら日本は間違いなくアメリカの属国になっていただろう。じゃあ今と同じだって? ここは混ぜ返さないでもらいたい。珍しく真剣なのだ。

その「あれ」を今になって日本のかなりの人が覆そうとしている。もしかしてキョトンとしているのは中国の方じゃないか。助け船の分離論をサ条約と同様に持ちこんで、もう死んでしまった数人だけ悪玉にしておけば日本の責任は問わないとして大喜びされるかと思いきやブツブツブツブツ。
だったら何だ。分離論を認めないならば日本人全員に戦争責任があると主張したいのか。変なヤツだがそれならばそうとはっきりしろとまではさすがに中国も明確にいわないが、何となく反問しても日本側はブツブツブツブツ。
ブツブツの本音は要はピラミッドの上も白かったと訴えたいのだろうが、さすがにそれは通らない。中国にではなくアメリカにである。

それを明言してしまうと日米戦争で戦死した米兵は何だったのかとなる。日米は相撲を取ったのではなく戦争をしたのだ。米兵の命と引き換えにアメリカは征服地を得なかった。代わりに大将首と民主化という果実を得たとして内外を納得させた。だったら大将首はいつまでも敵の御大将でなければ格好がつかない。勝ったけれども何も持って帰りませんでしたで収まる国家が古今東西1つでもあったろうか。
現に日本がそうだった。後に守備隊の関東軍が「独走」する南満州鉄道と周辺の特殊権益を戦争での「十万人の生霊と20億円の国幣を犠牲にして勝ち得た」とする。勝ったら分捕り負けたら分捕られる。A級戦犯の「犠牲」もまた「ン万人の生霊とン億円の国幣を犠牲にして勝ち得た」米軍には必要だったのだ。
自軍の戦死は重い。小社近著『誰も知らない靖国神社』のなかで英霊の「ドラマチックな遺書たち」を掲載した。なるほど三島が激賞した出来映えである。ただ本書で奥津裕美が分析しているように「この遺書の書き手はすでに戦死している」との立ち位置から読むからの解釈であって背景を知らないと読後感は全然違ってくる。

だから私はA級戦犯に戦争責任をかぶってもらうのは決して非礼ではないと信じる。逆にそうしないと「だったら誰に責任があるのか」「敗戦国民全員が悪いというヴェルサイユの論理を日本人は今になってかぶる覚悟なのか」と切り替えされたらどうする。前者は改めて昭和天皇の問題を洗い出すしかなくなるし、後者は民族の「奴隷化」「滅亡」を自ら選択するとなる。いずれも愚の骨頂だ。

で、冒頭に戻る。元気のない左翼殿。というわけで今は本当はチャンスなのです。皆様がやりたくて仕方ない昭和天皇の戦争責任論が蒸し返せるし、右の論理が「奴隷化」「滅亡」を指し示すとなれば今や誰も聞いてくれなくなった皆様得意のあのフレーズこの決めゼリフが再び脚光を浴びるかもよ。(編集長)

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コメント

初めまして、htsです。以後よろしくお願いします。

>右翼や愛国主義者は
ただ今回に限って言えば、右翼や愛国主義者も手放しでは喜んではいないような気もする。少なくとも文藝春秋は秦氏や保阪氏らと対談させて冷静な意見を書いているし、日刊ゲンダイの俵氏も割りと冷静な意見を投稿していたはず…。後は一水会の木村氏もかな…。まあ、正論や諸君の連中が叫ぶのは今に始まったことではないし…。

>「だったら誰に責任があるのか」
>「敗戦国民全員が悪いというヴェルサイユの論理>を日本人は今になってかぶる覚悟なのか」
後は「戦争をさせるように仕向けたアメ公が悪い」という論理が考えられるけどそれをいってしまうと、再度大東亜戦争をやる以外になくなるからねえ…。(そうなった場合は今度こそ本当の意味で破滅になるかも…。しかしさすがにこれは正論や諸君の連中でも主張しないな…。彼らはは右翼は右翼でも親米右翼だし…。ただSAPIOの連中あたりは小林がいることも考えると下手をすると主張するかもしれない…。)

投稿: hts | 2006年8月30日 (水) 23時15分

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