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2006年8月19日 (土)

小泉の歴史観って、なんだ???

 8月15日に小泉純一郎首相が靖国神社に参拝した。野党はこぞって参拝を批判した。翌日の『朝日新聞』は野党は首相の歴史観を否定したとして、次のようにまとめている。
「民主党の鳩山由紀夫幹事長は『小泉首相の靖国観、歴史観に基づいた後継者が首相になれば、ますます日中、日韓関係は厳しくならざるを得ない』と批判。共産党の志位委員長は『侵略戦争と植民地支配への反省の日を最後(の参拝の日)に選んだのは、問題をさらに深刻にした』、社民党の福島党首も『8月15日を、平和の誓いの日から再び国のために死ぬ誓いの日に変えようとしているのではないか』と強調した」

 なるほどとも思う。しかし、そもそも小泉は「歴史観」で参拝したのだろうか?
 よく知られている通り、首相就任以前に彼は靖国神社に参拝していない。 彼が8月15日に靖国参拝に重きを置いていたのかについては疑問の声も上がっている(後日訂正)。 それなのに01年の自民党総裁選でいきなり「8月15日の参拝」を公約にしてみせた。一説には遺族会の票を取りまとめるためだったともいわれている。
 だいたい総裁選での公約は自民党員に向けた約束である。そのとき投票できなかった多くの国民が投票で支持したわけでもない。自民党員との約束を守るために、国内外をこれだけ混乱させるのは変じゃないか? しかも、ただただ自分が首相になるためにだけに発した公約であり、御霊を慰霊するためですらないのだ。

 まあ、それでも首相“候補”が約束したのだから重要な「公約」だとするのは無理筋だとは思わない。ただし同じ人物は、「この程度の公約を守れなかったことは大したことではない」と国会で答弁している。気持ちの入らない参拝より、赤字国債を減らすほうがよほど重要な「公約」だと感じるのは私だけだろうか。

 そもそも小泉の歴史観とは、どのようなものか?
 まずA級戦犯については「戦争犯罪人であるという認識をしている」と国会で答弁している。この言い方からすれば東京裁判の結果は認めているのだろう。
 もっと驚いたのは富田朝彦元宮内庁長官のメモをあげ、自身の靖国参拝に影響があるのか問われたときの回答だ。
「これは心の問題ですから、陛下におかれましても様々な思いがおありだったと思う」
 いや、正しい。
 日本国憲法化で象徴となった昭和天皇がどんな思いを抱こうが、たしかに首相の小泉には関係ない。いや、関係ないどころか彼は個人の「心の問題」という点で、自身と昭和天皇を同じ地平に置いた。この発言をわかりやすく言い換えれば、「誰が何を感じようが関係ない、それが天皇でもだ」てなことになる。
 正直、左翼かと思った!

 明治天皇によって作られ、現在でも年2回の例大祭に天皇から勅使を遣わしてもらっている神社で天皇の参拝が途絶えているのである。純粋に宗教問題として考えるなら、やはり大きな問題なのだと思う。それを小泉は気に掛けてもいない。
 しかも『文藝春秋』の9月号によれば、富田メモでは中曽根内閣時代の藤尾正行文部大臣の「侵略された側にも責任があった」という発言と、靖国参拝について公人か私人かと問われた奥野誠亮国土庁長官の「もうそんな質問やめたらどうですか。何も中国の悪口をいうつもりはないけれど、鄧小平に国民が振り回されているのが残念ですよ」という復古調の発言を、昭和天皇が批判しているという。
 このような情報が官邸に届かないはずがない。これも小泉は気にとめた様子はない。メモの存在そのものを疑う談話なら、まだわかりやすい。しかし『読売新聞』の8月16日号によれば、メモの存在があきらかになった直後の7月下旬に、「富田メモは、俺には関係ないよ」と旧知の評論家に語ったというのだ。

 間違えないでほしい。このような状況を首相が気にするべきだとは言ってない。ただ、彼の「歴史観」が理解しづらいと言いたいのだ。少なくとも旧来の左右両陣営のカテゴリーでは分けられない。そうなると彼が参拝後に語った「犠牲者に対する心からの敬意と感謝の念で参拝している」という言葉を素直に信じるかどうかにかかってくるのだろう。
 残念だから私はこれも信じられない。
 というのも首相は参拝前2度にわたって、参拝に賛成か反対かを密かに世論調査をしているからだ。富田メモが発見される前と後に。結果は参拝賛成が反対をわずかに上回ったという。
 この事実から小泉が気にしていたのは天皇でも中韓でも英霊でないことがわかる。気にしていたのは世論だった。もし15日の参拝こそ英霊の慰霊となるという信念を持って参拝したなら、2度の世論調査など必要ではなかった。中韓に毅然たる態度を示したかったとしても同じことだろう。
 もう自身の政治生命が終わろうとしているのに、彼は世論から喝采を浴びるために参拝した。これを慰霊のためとするなら、それこそ英霊の冒涜だ。

 彼のパフォーマンスを見て、私はミロシェビッチを思い出した。彼の独裁者の演説を契機に、コソボは流血の地となった。それゆえ強烈な民族主義者と思われている節もあるが、じつは違う。問題の演説で彼は言い間違ってしまっただけと言われている。それがあまりにも大ウケだったので民族主義者を気取って権力を強化したと。
 結果、そうした演説に煽られてた多くの一般市民は他民族の隣人に襲い掛かった。膨大な数の人々が死んだ。NATOの空爆もあり、街は瓦礫の山となった。経済は疲弊しきった。
 ところがである。銀行や軍の上層部はこの戦争を生き抜き、バルカン利権に群がる国外企業とも連帯した。民族主義に煽られた一般人が死に、とらわれない上流階級が利益を得る。
 こんなことが許されていいはずがない。

 民族主義者以上に怖いのは、民族主義を語る権力者である。なぜなら自身の権力が増大する限り、彼らは国の崩壊すら気に留めないからだ。
 私はそう考えている。

 GHQが靖国神社の処遇を検討していたとき、靖国神社は生き残りに必死だった。そこで遊就館を潰してメリーゴーランドと映画館を建てようという案まで本気で検討されていた。その案が実現していたら、小泉参拝の映像にメリーゴーランドで遊ぶ子供や『ミッションインポッシブルⅢ』の看板が写りこんでいたかもしれない。
 すごくおかしな光景に思えるが、『誰も知らない靖国神社』でも触れたと通り、政治利用されない靖国神社はミーハーで庶民的な側面を持っている。小泉のパフォーマンスは、そうした面を根こそぎ吹っ飛ばした。彼が煽ったおかげで、靖国は論争の場になってしまったのだから(いや、それは『朝日新聞』がという方もいるでしょうが……)。しかも彼の“かっこいい”パフォーマンスのために。
 
 まあ、こうして小泉参拝を取り上げることすら、彼の狙いに添ってしまうと考えるとやりきれない気持ちになってくるのだが(大畑)

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コメント

お前は大嘘つきだな。

>よく知られている通り、首相就任以前に彼は靖国神社に参拝していない

共同通信の記事:
文字エンコード 日本語な。
「首相は初当選以来ほぼ毎年、終戦記念日に靖国神社に参拝してきた。」

http://web.archive.org/web/20030131094405/http://news.kyodo.co.jp/kyodonews/2001/yasukuni/news/20010817-186.html

投稿: Ada | 2008年8月16日 (土) 15時21分

Ada様、ご指摘ありがとうございました。改めて詳細を調べてみました。まず「参拝していない」という表現は間違いでした。申し訳ありません。訂正いたします。共同通信にあるように毎年参拝していたのかについては、小泉元首相が「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」に所属してないこともあり、事実が不明確で論争になっているようですが、少なくとも1997年の厚生大臣時代の参拝は明確に記録に残っていました(それ以前の大臣就任時期は8月15日に被っていませんでした)。当時、なにがしかの報道を元に書いた記憶があるのですが、いずれにしても調査不足でした。

投稿: 大畑 | 2008年8月16日 (土) 20時42分

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