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2006年8月

2006年8月31日 (木)

静岡大学教育学部附属静岡中学校

というのは私の母校である。長い名前だ。ひらがなで数えると30字もある。三菱東京UFJ銀行でさえ20字だから際立つ。そこで当地では大胆不敵にも「附中」と略す。
「当地」といっても国立中学なので範囲は広い。校舎は静岡市内にあるが東は富士市あたりまで校区に含む。JR富士駅とすれば東海道線で40分以上離れている。
その範囲で「○○附属中学」または「○○付属中学」は他にあるに違いない。それらは略せばみな「ふちゅう」である。だが当地ではそうしない。「ふちゅう」といえばわが母校のみを指すのである。
なぜかというと有名校だからだ。単にThe teacherといえばアリストテレスを指すように、地名もつけずイングランドサッカー協会は自らをThe Football AssociationまたはThe Associationと呼ばわるように。

こうした黙契は学校名にもしばしばある。武蔵工業大学はかつてMITと自称したが当然いろいろとあって今ではMi-techとする。茨城キリスト教大学はIbaraki Christian Universityだから当然ICUと略すかといえば皆さんご存じの理由でそうしない。学校のロゴはIC、ホームページはhttp://www.icc.ac.jp/。でもユニバーシティーなのにカレッジのCは苦しい。帝京大学は帝大とは自ら略さない。
実はこの辺は皆かつて細かくいきさつを取材していろんなところで書いた。

元に戻ろう。なぜ附中が有名校かというと当地有数の進学校で当地の上流階級や秀才が集うからだ。そんなところになぜ私がいたかというと中学受験で合格したゆえである。私の家は褒めまくって中流、正直を申せば中の下か下の上であるから上流階級ではない。だったら秀才だったとなる。少なくとも小学6年生まではそうだったようだ。
自慢と読まれるかも知れぬが私も43歳となって気高き読者にはお里が知れている現在、12歳の段階で地方じゃ秀才だったという話を自慢げに書く人間ではないとわかっていただけていよう。ないしはそうした程度を自慢する小人物だと逆に納得していただいても構わない。
何でそんな昔話を書くかというと先日同級生から突然電話がかかってきたからだ。何でも来年の創立60周年を記念した同窓会名簿を作っているが私が消息不明になっていてネットで検索していたらこのブログのプロフィールでわかったとの話であった。
消息不明。私らしい状況である。私はこのブログ以外はペンネームで書いているので、ブログを開いてなかったらずっと不明だったかもしれない。消息不明の一因は私が当時の同窓生とまったく接触していなかったからだ。中学に限らず私は驚くほど仕事関係以外の付き合いを大切にしない。多分突然死んだら葬式は仕事関係者ばかりが集まって私の遺影を前に名刺交換をするであろう。
だがこれだけでは消息不明の必要十分条件の片方しか満たさない。もう片方は私以外の同窓生が私に何の関心も抱いていなかった点だ。寂しいというよりホッとする。多分嫌なやつだったはずだ。なぜならば今でもそうだから。だが「積年の恨み晴らさで・・・」ほどには嫌われていなかったようだ。そうした同窓が1人でもいれば消息そのものはわかったわけだから。

では何の思い出もないかというと1つ大きな感謝がある。それは果てしなく自由な校風だ。何しろ信じられないくらい生徒会活動が盛んで私は新聞係長(係は一般の委員会に近い)を務めた。ちょうどその頃が創立30周年で教官(国立では教諭ではなく教官)が係の保存している古い写真などを貸してくれと言ってきた。
その頼まれ方が横柄に感じたのであろう。生意気盛りの私は何らかの条件闘争を担当教官として、それを飲まない限り資料はいっさい渡さないとの闘争を貫いた・・・ような記憶がある。すいません。ディテールは忘れました。子供じみているが何しろ子供だったのだから仕方がない。
一事が万事「教官恐るるに足らず」みたいな気風で生徒総会も中央委員会も毎度ロングラン。政権を狙う勢力が複数存在して言論での抗争を果てしなくやっていた。
そこで市井にも言論という武器があること。時に教官とさえ渡り合えること。その代わり自己の言論には責任もともなうこと。言論と言論のぶつけ合いが民主主義の原点であること。その大きな役割を新聞は果たしうること・・・・などを知った。
私は愚かだからそんなこんなに熱中しているうちに成績がジェットコースターのように降下してしまったが代わりに得た体験は大きかった。もちろんそれが動機となって長じて新聞記者になったというわけではもちろん・・・・ある。あるから困る。以前に本田靖春の著作の影響が大きかったと書いたが次の動機が中学時代だった。

今になって振り返ると優等生を集めた上での自由は安全をあらかじめ担保しているという点で本来の自由ではなかったのかもしれないとも思う。教官に勝ったと威張ったは実は教官の負け芸にすぎなかったと教官と同じ以上の年齢になってわかる。だが何にせよ溢れんばかりの自由を謳歌できる環境を与えてもらったのは幸いだった。
なんて延々と書いているということは、やっぱり電話かかってきてうれしかったってわけか。照れるじゃないか。何に対してかって。わからない。(編集長)

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2006年8月30日 (水)

書評どころじゃない

 大変です。原稿があがりません。あと数時間で落ちそうな状況であります。
 今日は書評の日なので『オシムの言葉』について書こうと思っていたが、パニック状態でそれどころではない。それでも1つだけ。

 著者の木村元彦氏と会ったことはないが、そのアグレッシブな取材ぶりは通訳から聞いたことがある。あのコソボ紛争の直後、国境付近で激しい戦闘を仕掛けていたゲリラに接触すべく、通訳を置いていく勢いで現地に乗り込んでいったと。NATOの空爆を怖いとすら思わなかった通訳者が言った。「さすがにあの取材はヤバかった」と。
 今回の本は「戦争」そのものを描いたものではない。でも、彼がどれだけ突っ込んで取材したのかはわかる。銃弾が跳ねても現場に近づこうとした行動力が、そのまま取材者への質問に向かっている。それをオシムがかわそうとしているのが、また面白い。
 しみじみいい本だなーと思った。

 オシムが記者会見で言葉を選ぶのは、ナショナリズムを煽るだけ煽り、故郷を火の海にしたマスコミのひどさを肌で感じたかららしい。それゆえ笑いを含んだ批判を熟考して言葉に紡ぎ出す。
 うーん、立派だ。
 あと数時間で何百文字もの吐き出す自分が情けなさ過ぎる。しかし皮肉を交えている時間も、熟考している時間はない!

 というわけで執筆に戻るのでありました。

 内容がない更新ですが、読んで損のない本だと思います。ではでは。

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2006年8月29日 (火)

森喜朗プロレスデビュー寸前に嗤う

スポーツニッポン06年8月28日付け記事によると「惨劇」は以下の如し。

全日本プロレスのマットで衆議院議員(石川1区)にしてレスラー馳浩選手の引退試合があった。試合形式は6人タッグで相手はVOODOO-MURDERSという悪役ユニット。その一員である“brother"YASSHI選手が同じ石川県選出で馳氏の政界進出のきっかけを与えた森喜朗前首相が座っているリングサイドに向かって

「おい、森の野郎」
「お前、悪そうな顔してるな。お前が総理やったから日本がダメになったんだ。カス野郎!」

と挑発。森前首相の怒りは頂点に達して馳選手がVOODOO-MURDERSのリーダー格TARUを羽交い締めにすると自ら椅子を持ち出して攻撃しようとしたが、その瞬間SPが緊急出動して制止する事態となった。
森前首相はムッとした表情で

「あんな口を聞かれて失礼だ」

と怒り心頭だったという。

このニュースを読むまで寡聞にして私はVOODOO-MURDERSも“brother"YASSHI選手も知らなかった。申し訳ない。あなた達は、そしてYASSHIさん、あなたは立派である。
「ラストサムライ」安倍へ安倍へと草木もなびく中で後見人を自認(実体は不明)する森前首相に「おい、森の野郎。お前、悪そうな顔してるな」と言い放ったは偉い。できるならば「悪そう」の前に「アタマ」を付けてほしかった。
もっと凄いのは「お前が総理やったから日本がダメになったんだ。カス野郎!」である。金言だ。森首相在任中に「日本がダメになった」のは間違いないし、小泉フィーバーは彼の「カス野郎!」振りに自民党員と庶民までがあきれ果てた反動であった。それが約5年も続いて今また森派の若頭に政権が禅譲されようとしている。そこまで見通して「日本がダメになった」のは間違いない。

プロレスにおけるマイクパフォーマンスはショーであると誰もが知っている。何をいっても冗談なのだ。そういう場だから何でも言えた。つまり正しいことさえも言える場であるとのパラドックスを教えてくれてありがとう。

それもそうだが「自ら椅子を持ち出して攻撃しようとした」森前首相の行動が結果的に「お前が総理やったから日本がダメになったんだ。カス野郎!」を自ら曇りなく証明してみせたのだから森さんもつくづく・・・・である。

1984年発表のRelaxの大ヒットで知られるFrankie goes to Hollywoodが同年にやはりヒットさせたTwo Tribesという曲がある。FrankieはYesの一員でプロデューサーでもあったTrevor Hornによるユニットだが、Two TribesはPVで面食らった。まだ米ソ冷戦の最中でソ連を「悪の帝国」呼ばわりしたレーガン米国大統領とチェルネンコソ連書記長の似てないそっくりさん(この辺も深い!)がマット上で闘って雌雄を決するという内容だった。
当時大学生だった私はこれをみて「そうか!こうやって冷戦を終結させる方法もあるんだな」と他愛なくTrevorに騙されていたら最後は地球爆発。やっぱりダメなんだと納得した記憶がある。
あれから22年。米ソほどではないけれども経済大国の、現職ではないけど前首相が場外とはいえマットでケリを付けようとした。「それをやっちゃあ、お仕舞いだよ」という愚行をね。しかも相手が金正日総書記のそっくりさんぐらいならばともかくVOODOO-MURDERSだ。痛切というか哀切というか、とにもかくにもゴーンと低く響いたという古代平安京の鐘の音のように森前首相のダメさ加減が伝わってくる。

“brother"YASSHI選手はなぜプロレスの場で森氏の正体を暴く挑発をしたのだろうか。にわかファンで深く知らないため彼のブログ(http://blog.livedoor.jp/dragon_door/archives/cat_1392049.html)を読んでみた。すると

ココだけの話し…
俺って贅沢なプロレスライフを満喫してるよ。
まさかマジでこんな日が来るとは…
俺は馳浩選手に憧れてこの業界に入ったわけやけど、ついに試合する事ができたんや!
しかも馳さんの引退記念試合で(後略)

なるほど。馳選手に憧れてというメンタリティーが私にはわからんがYASSHI選手はそうだったのだろう。だとしたら馳選手からリングを奪ったのは要するに森前首相となる。怒って当然だ。
森氏の「あんな口を聞かれて失礼だ」も傑作だね。よほど普段はおいしいことを回りに吹き込まれているのでしょうよ。正しいことを、しかもしょせんはショーの場でいわれてグサッとくるあたり彼が単にウマとシカを合わせただけではなくチキンでもあると満天下に示した。やるな全日本。(編集長)

なお当ブログ洋楽関連の記事はhttp://gekkankiroku.cocolog-nifty.com/edit/cat3881693/にあります

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2006年8月28日 (月)

寿産院事件の現場を歩く

 以前、岩の坂の『もらい子殺し事件』(1933年)について書いた。子どもを預かり、養育費も同時に受け取る。しかし、子どもをちゃんと育てようという気はなく要はカネ目当てで子どもを預かるという卑劣な事件だった。
 しかし、それに似た事件はどうやら他にもあったようだ。中でも有名なのは“寿産院事件”だ。
『昭和の残酷事件』のような特集本でもいまだに取り上げられるような大事件、つまり不幸にも死に至らしめたれた子どもの数が飛びぬけて多かったのが寿産院事件なのだ。
 1948年に東京で起こった事件であり、死者の数はなんと169人に上る。
 昭和23年(1948年)1月16日の朝日新聞では、この事件について「つぎつぎに死ぬ子」との見出しをつけて報じている。記事によると、犯人である産院経営の石川夫妻は「一人につき五、六千円の養育費をとつて赤ン坊をもらい受け」、葬儀屋に一体500円で処理させていたということだ。つまり、産院と葬儀屋がグルになって行なった犯行なのである。
 面白いところでは、と言っては不謹慎すぎるのだが、記事の終わりに「なお同家には今なお七名のもらい子がおり、三畳間の竹製のベッドにやせた赤ん坊がころがっている」というくだりがあり、その記事を見た女親たちが血相を変えて産院に駆けつけ、子を取り戻しに来たという記事が翌日の新聞にある。
 赤ん坊の死因は多くが栄養失調。胃袋の中には何も入っていなかったという。さらに、石川夫は赤ん坊の葬式に特配される2本の酒のうち1本を飲み、1本はヤミに流していることを自慢げに知り合いに喋ってもいたというから、たしかに猟奇的な色合いが強い事件だといえる。
 1948年、今から58年前もの事件ではあるが、当時寿産院があった場所をたずねた。場所は新宿区である。(昔の新聞には事件の加害者、被害者の住所がバッチリ記載されているのだ)

 もと産院があった場所は新宿線の駅と大江戸線の駅の中間くらいにあった。現在、その場所は飲食店になっている(だから画像はアップしません)。
 店員の茶髪の髪が似合ういい感じの兄さんは言う。
「えぇ、ここでそんな事件があったの? そんなんまったく知らなかったよ。2年くらいここで働いてるけど聞いたことないね……」
 寿産院事件の顛末について話すと、うんうんと頷きながら熱心に聞いた。この店ができたのは2年前。その前も飲食店だったという。茶髪の兄さんは店長ではないが、たぶん店長もそんなことは知らないのではないかと言う。まったく同じ場所でそんな大事件があったことについてどう思うか聞いてみると、
「うーん、まあ、すごい事件だねぇ。(事件については)あぁそうなんだって思うけど、別にこの場所自体を気持ち悪いとは思わないけどね」
 茶髪兄さんは、事件そのものについては興味深く聞いたが、やはり「この場所で起きた事件」というリアリティはそれほど感じなかったようだ。50年以上も前の話である。当然といえばそうなのかもしれない。

※ここから先の記事は…

『あの事件を追いかけて』(本体952円、アストラ刊)にてご確認ください。

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2006年8月27日 (日)

月刊『記録』9月号発売!

『記録』9月号が発売。今月号のラインナップはこちら。
■《今月の特集》 「靖国神社 06年8月15日 ~この日、九段で起こっていたこと~」
 今年、小泉首相が総理大臣としては21年ぶりに8月15日に参拝。午前7時台という早い時間帯での出来事にもかかわらず、靖国神社は人々のさまざまな思惑がぶつかり合う場となった。同じ日に行なわれた千鳥が淵戦没者墓苑での首相の献花、そして25万人が訪れた8月15日の靖国神社の様子を伝える。
 また、《特集2》の「女性専用車両って変じゃないか?」では女性専用車両導入の経緯や疑問点について、毎日電車に揺られる「サラリーマン代表」井山氏が鉄道会社各社に取材する。
 

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2006年8月26日 (土)

ハンカチ王子に我ら「もてない男」は嫉妬する

私は「東洋太平洋もてない男連盟」の会長である(会員1名)。齢43に至るまで一度ももてたことがない。したがって「もてる男」は入金して下さるお客様を除いて敵である。8月になって新たな敵が登場した。早稲田実業野球部の斎藤佑樹投手=ハンカチ王子だ。

私はハンカチ王子と監禁王子(懐かしい)の区別がつかない・・・・はずはもちろんないが被るものは感じる。それは両方とも「もてる」点だ。

私は汗かきなので夏はハンカチどころかタオルを持ち歩いてヒマさえあれば頬に当てるどころか顔中を拭いている。ハンカチ王子より数段上のパフォーマンスといえよう。ところがそれで一度たりとも「素敵!」と言われたことがないどころか冷たい視線すら感じる場合がある。「汗拭いてんじゃねえよ」みたいな。オレが汗拭いて何がおかしい。電車の空席に座ってタオルを用いていたら隣席の女性が逃げていった経験もある。タオルをもっていなくて汗ダラダラで着席して逃げられたこともある。何か。私は汗を拭いても噴いてもダメなのか。誰が決めたそんなこと。聖書には書いてないぞ

私は「生徒」と呼ばれる未成年のみぎりより野球部やサッカー部の者たちを敵視していた。同時に彼らを持ち上げるマスコミも嫌いだった。何だか自分は「青春の傍観者」のように位置づけられているようで。それが何を血迷ったのか長じて新聞記者となって高校野球の記事を書き連ねた。生涯消せない汚点である。

私は同じ人気者でも亀田興毅君は許そうと思う。ハンカチ王子が出てくるまでは批判的だったが今は違う。亀田君は口の利き方も態度もなってなくてバッシングされている。よいではないか。ハンカチ王子は言動さえいちいち爽やかである。亀田君は疑惑のチャンプだがハンカチ王子は正々堂々だ。亀田君は次に負けたら後がなさそうだがハンカチ王子は希望すれば早稲田大学に進学確実という。早稲田といえば私が進んだ青山学院より上とされている大学だ。

私はちゃんと受験勉強をしなかったから青学にはよくぞ拾ってくれたと感謝している。とはいえ「もてない男」の習いとして勉強はそこそこはできた。その上を内部進学でスッとハンカチ王子は抜けていく。

私は亀田君のように申し分のある人気者ならば我慢ができる。だがハンカチ王子には申し分がない。そこが耐えがたい。許せない。もちろん斎藤投手に何も瑕疵がないのはわかっている。だから怒りをもっていく場さえないのだ。

私は前に書いたように高校野球の取材をした。その際に選手になぜタオルやハンカチをプレー中に使わないのかを尋ねたことがある。理由は投手の場合は不正投球を疑われる危険があるからだった。これが統一見解かどうかは知らない。だがハンカチ王子には許されている。なぜかというとハンカチ王子が不正投球をするはずがないからだ。なぜそう言い切れるかというとハンカチ王子だからだ。これってトートロジーだよね。論理的には破綻しているはずだ。なあんて小賢しい東洋太平洋もてない男連盟会長の主張など誰も聞かない。

私は版元の経営者である。これでもかこれでもかと小誌や小社発行の単行本を宣伝しても築くのは巨万の冨ではなく在庫の山だ。なのにハンカチ王子が使ったというだけで当該ハンカチは売り切れという。何という不公平。これを格差社会というのではないかね。そんな私が「再チャレンジ」する余地がどこにあるのか。教えて下さい安倍晋三さん。おっとあなたも「もてる男」だった。聞くだけ無駄だ。

私は当ブログで「万国のもてない男よ団結せよ」と以前に書いた。ハンカチ王子という新たな敵の出現で我々は存続の危機にすら瀕していると自覚しなければならない。

私は生きている。ということは生まれたのだ。最近はそのことすら時折忘れる。生まれたということは生んだ父母がいる。その父が生まれたということは父を生んだ父母がいたからだ。ということは・・・・とさかのぼると要するに太古の昔から余裕だったか際どかったか、積極的だったか嫌々だったか、どうもいずれも後者のような気がするものの、いずれにせよその男の子を生んでもいいと了解した女性が代々存続した証左である。これを「実存」というとはサルトルはいっていないが私は声を大にしていいたい。

私はゆえに私と同じ不遇をかこっている「もてない男」に訴える。ここまで途切れずに来たのだ。すごく低レベルではあってもオレ達もまた万世一系だったのだ。誇り高き系統の最先端なのだ。それを当世の「もてる男」に阻まれてなるものか。同感の声よ充ち満ちよ。(編集長)

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2006年8月25日 (金)

ルポ・CR「河原美代子」

「CR河原美代子」なるものをやることになった。CRといっても、わざわざパチスロ屋に行く必要もない。ネット上にあるのである。http://www.geocities.jp/cr_miyoco/
編集長に「とりあえずやってみろ」と言われたのでとりあえずトライすることにする。
よく分からないままにサイトに飛ぶと、いきなり「断固講義します!!」とおそらくホントに彼女のものと思われる声でどやされてしまう。いったいなんなんだ。(音無しと音ありだとまったく別物になります。心臓の弱い方はまずは音なしでやってみてはいかがでしょうか。)
真ん中に3枚のプレートがあって、高速で回転している。どうやら、「美」「代」「子」がそろえば手持ちのコインが増えるということだろう。
パチスロ経験わずか1回の私がコレをやってみてどうこう言うのもアレだが、基本的にはオモロくない。基本的というか全面的にオモロくない。いや、オモロくないどころか続ければ続けるほど精神的に鬱屈してくる。音アリでプレイした人には分かるだろうが、スーパーなボルテージで美代子サンの怒声がスピーカーから飛び出してきて、呆然とモニターの前でプレイする私の耳をつんざくのである。
でもちょっと待て、こうなったら負けんぞーと何のためなのかよく分からない負けず嫌い根性をフルで動因し、挑戦的にもボリュームを挙げてプレイを続けてみた。スタート時は150あったメダル数がみるみるうちに減っていく。つまりボロ負けだ。しかし、我慢比べで打ち負かしてやるぜ美代子、と思った瞬間、

「おもろい、おもろい、おもろいかぁ!!!!」

と、それまでより一段テンションの高い罵声を浴びせられて、心が折れた。
まったく意味のないため息をつきながら、「CR河原美代子」の製作に携わった人間が、よくも心折ることなく完成に至らしめたものだと思って妙に感心した。
作ってる途中に優しかったおばあちゃんなんか思い出してたらやってられなくなるでしょ。
「おもろい、おもろい、おもろいかぁ!!!!」にやられながらも黙々淡々とプログラムを書いた製作者さん、次はもっと心穏やかな人を選んでつくってください。努力は認めるから。(宮崎)

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2006年8月24日 (木)

日本の分離論否定は米中独みなビックリ

伝統左翼は泣いている。もう日本は戦後ではなく戦前だと嘆いている。A級戦犯が合祀されている靖国神社に首相が8月15日に参拝したのを多くの国民が支持していると知って。
反対に右翼や愛国主義者は有卦に入っている。最近ではA級戦犯も顕彰の対象で構わないだの東京裁判はサ条約で何もかも受け入れてはいないだのと勇ましい。

ただね右翼さんや愛国主義者さん。いい気になって宇宙の果てまで飛んでいくような気分を抱かない方がいいよ。あなた方は陽気でカラッとしていていいのだが調子に乗るのが昔からの悪い癖。先の大戦の時なぞ宇宙の果てまで飛んでいけ!みたいな空騒ぎの挙げ句にボロ負けしてしまったから。
17日に述べた続きで説明する。ポツダム宣言の論理は敵国の「日本人ヲ民族トシテ奴隷化」「滅亡」させる「意圖」はないが「戰爭犯罪人ニ對シテハ嚴重ナル処罰ヲ加ヘ」るとした。この分離論は主に第一次世界大戦後のドイツ処理への反省だったと述べた。

第一次世界大戦でのドイツ敗北は多くのドイツ人にとって「あれえ」だったはずだ。何しろ本国は無傷のままドイツ11月革命が起こってウィルヘルム2世が逃げ出しての講和だったから。本土決戦をしなかった日本とは大違い。日本の場合は陸戦こそなかったが1次大戦の際には偵察などの役にしか立たなかった軍用機の大発達で至るところ焼け野原になったり原爆食らったりしたからねえ。
何やら平和的な政府ができて皇帝も逃亡してしまうし同盟国は相次いで降伏していたからまあ止め時かぐらいに思っていたらヴェルサイユで「ドイツ人は最低最悪無限責任ざまあみろ」とでも表現していいゲンコツを食らって「この野郎」とルサンチマンをため込んだ。よくドイツ人は2度の大戦で2度とも負けたとされるが1回目は実はこんなところであったろう。
それがヒトラーの「この野郎だよな皆」のワッショイに乗せられる原因となったので分離論が発明されたというのが一般的な解釈である。

これにみごとに応じたのが他ならぬドイツであった。「嚴重ナル処罰」は自殺してこの世にすでにないヒトラーとその眷属に覆い被せて民族一般はその責任追及をゆるめない。なぜならば我らもまたナチスにだまされた被害者だからという姿勢をいまだ貫いている。ドイツは戦争責任を明確にしていると評価する者がいる。確かにその通りだが内実は上記のように結構なご都合主義だ。
翻って日本はどうか。ナチスに相当するのがわが国では東京裁判のA級戦犯となり、占領下では彼らにナチス張りの「戰爭犯罪」をおっかぶせて終わった。少なくともアメリカはそのつもりだった。日本人にとっても本来はその方が都合がいいはずだった。だって自らは免罪されるのだから。東条英機も後の世代が免罪されるならば罪を背負ったかいもあるというものだ。
ところが日本人はサ条約が発効して独立を回復すると妙な動きを始める。せっかくの免罪の論理を放棄しようとの言動が生じてくるのだ。A級戦犯合祀や擁護論もその1つである。
中華人民共和国が1972年の国交回復以来ずっと言い続けているのも実は分離論である。当地では二分論とも別称される。戦時中の国民全員をピラミッドに例えたら上部のどこかにグイと線を引いてそれより上は真っ黒で下は白とする。この論理が正しいかと純粋に考察すれば変なところはいくつもある。とくに線引きの恣意性は隠しようもない。
たださあ。それをしなかったらピラミッド全体が灰色になっちゃったんだよ。となればよくてヴェルサイユ条約でドイツが食らった処置を、悪ければ征服されていた。

ナチスとA級戦犯を一緒にするなという議論がある。ごもっとも。私は東条を許し難いとする者だがヒトラーよりはずっとマシでしょう。東京裁判に問題があったのは間違いない。全部認める。
それでもなお、あれしか方法はなかった。もし敗戦後のあの時期に拒絶する余地があって実行していたら日本は間違いなくアメリカの属国になっていただろう。じゃあ今と同じだって? ここは混ぜ返さないでもらいたい。珍しく真剣なのだ。

その「あれ」を今になって日本のかなりの人が覆そうとしている。もしかしてキョトンとしているのは中国の方じゃないか。助け船の分離論をサ条約と同様に持ちこんで、もう死んでしまった数人だけ悪玉にしておけば日本の責任は問わないとして大喜びされるかと思いきやブツブツブツブツ。
だったら何だ。分離論を認めないならば日本人全員に戦争責任があると主張したいのか。変なヤツだがそれならばそうとはっきりしろとまではさすがに中国も明確にいわないが、何となく反問しても日本側はブツブツブツブツ。
ブツブツの本音は要はピラミッドの上も白かったと訴えたいのだろうが、さすがにそれは通らない。中国にではなくアメリカにである。

それを明言してしまうと日米戦争で戦死した米兵は何だったのかとなる。日米は相撲を取ったのではなく戦争をしたのだ。米兵の命と引き換えにアメリカは征服地を得なかった。代わりに大将首と民主化という果実を得たとして内外を納得させた。だったら大将首はいつまでも敵の御大将でなければ格好がつかない。勝ったけれども何も持って帰りませんでしたで収まる国家が古今東西1つでもあったろうか。
現に日本がそうだった。後に守備隊の関東軍が「独走」する南満州鉄道と周辺の特殊権益を戦争での「十万人の生霊と20億円の国幣を犠牲にして勝ち得た」とする。勝ったら分捕り負けたら分捕られる。A級戦犯の「犠牲」もまた「ン万人の生霊とン億円の国幣を犠牲にして勝ち得た」米軍には必要だったのだ。
自軍の戦死は重い。小社近著『誰も知らない靖国神社』のなかで英霊の「ドラマチックな遺書たち」を掲載した。なるほど三島が激賞した出来映えである。ただ本書で奥津裕美が分析しているように「この遺書の書き手はすでに戦死している」との立ち位置から読むからの解釈であって背景を知らないと読後感は全然違ってくる。

だから私はA級戦犯に戦争責任をかぶってもらうのは決して非礼ではないと信じる。逆にそうしないと「だったら誰に責任があるのか」「敗戦国民全員が悪いというヴェルサイユの論理を日本人は今になってかぶる覚悟なのか」と切り替えされたらどうする。前者は改めて昭和天皇の問題を洗い出すしかなくなるし、後者は民族の「奴隷化」「滅亡」を自ら選択するとなる。いずれも愚の骨頂だ。

で、冒頭に戻る。元気のない左翼殿。というわけで今は本当はチャンスなのです。皆様がやりたくて仕方ない昭和天皇の戦争責任論が蒸し返せるし、右の論理が「奴隷化」「滅亡」を指し示すとなれば今や誰も聞いてくれなくなった皆様得意のあのフレーズこの決めゼリフが再び脚光を浴びるかもよ。(編集長)

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2006年8月23日 (水)

コンビニの納豆巻きは好きなんだけど……

先月、米国産牛肉の輸入が再開された。今年の1月に検疫で特定危険部位である脊柱が含まれていることが分かり、再び輸入がストップ状態にあった。食肉処理施設での脊髄除去方法の再教育が行なわれたことを評価し(ということに表向きはなっている)、再び危険部位の混入があれば「違反の性質に応じた適切な措置を講じる」という超ウヤムヤな日米の合意のもとに輸入は再開されることになった。
しかし、各新聞で牛肉輸入再開についてのアンケート調査結果を見る限り、その肉を食べることになる日本の消費者の不安はかなり大きいようだ。たしかに、安いからとはいえ、どういう処理・管理のされ方をしたのかも分からない、しかもわざわざ海の向こうから運ばれてきた肉を口にすることに不安があるのはなんら不自然なことでもないだろう。
Dfa ただ、実際には、日々私たちが口にしているもの、そのほとんどがもはや“アヤシイ”ものなんだな。『食品の裏側』(安部司・東洋経済)を読んでそう思った。
著者は食品添加物を扱う会社に勤め、「食品添加物の神様」といわれるほどの業績を残した人物である。かまぼこ、製麺、ギョーザの皮、タラコ、漬物、挙げればキリがないほどさまざまな食品加工の現場で、食品添加物の光の部分を売りにして業績を伸ばし続けた。光の部分とは、食品が加工しやすくなる、新鮮に見える、食品としては利用できないようなものを食品として成り立たせることができる、ということである。
しかし、ある日、娘の誕生日のテーブルに並んだミートボール(著者が開発に携わったもの)を食べようとする家族を見て凍りつき、「ちょっと待て!」とミートボールを取り上げる。消費者としての自分や自分の家族に気づいたとき、今まで自分が開発し、売り歩いてきたものの恐ろしさを知った。そして翌日、著者は会社を後にした。
本の中では、イヤというほど食品に含まれている添加物の事例が載せられている。しかし、著者はただただ食品添加物の存在を批判するわけでもない。食品添加物をとらない生活をシュミレーションしてみれば明らかだが、口にするあらゆる食品を毎日毎日自分の手で作ることになるのである。食品の選別も含めて。食品添加物の光と闇の作用を知り、どこまで生活に取り入れるのかをしっかり考えるべきだと筆者はいう。
もともと、食品添加物が含まれる食品をまったく口にしていなかったわけでもない。本書を読んでハッと気づかされたのだが、豆腐に含まれるにがりは塩化マグネシウムである。
食品添加物からの分離独立は不可能、と前提として考えてしまったほうが今の時代では自然なのではないだろうか。そのうえで著者の言うように、その功罪をできるだけ把握しておく。

すべての加工食品には添加物の表示が義務付けられている。会社の昼メシにコンビニのおにぎりを食べる前に一瞬だけでも、「原材料名」の欄をよく見てみてはどうだろうか。納豆巻き食べるのやめようかな、うーん、食べる、かなぁ……(宮崎)

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2006年8月22日 (火)

亀田興毅と安倍晋三の類似10点

このお二人さんは似てないか。

まず過激発言で名を売った点。亀田君は下品に、安倍官房長官はソフトにという違いはあるが、よく聞くと安倍氏の「制裁」「圧力」「核武装」「先制攻撃」云々は亀田君の下劣だが無邪気な内容よりもはるかに怖ろしい。なお自分よりも弱い相手に対して過激発言を放つという点では両者共通する。それが巧みなパフォーマンスになっているのも含めて。

第二は、にも関わらず実はチキンではないかと疑われる点だ。亀田君が世界王座戦でダウンを食らった時に見せた怯えの表情を安倍氏の「こっそり靖国参拝」がわかった際に思い浮かべるのはたやすい。あれだけ靖国参拝を公言していたのに「こっそり」はなかろうよ。
小社近著『誰も知らない靖国神社』では昨年8月15日の安倍氏の参拝を次のように表記している。

午前10時40分。靖国参拝の急先鋒、安倍晋三自民党幹事長代理(当時)が到着殿に姿を現す。首相を除けば最大のスター登場に本日、最高の盛り上がりを見せ、姿をカメラに捉えようと各社殺到。英霊の前でほとんど肉弾戦の様相を呈す。
午前10時50分。参拝を終え出てきた安倍議員に記者が殺到。ついにロープを飛び越えて取材する者が現れ、「ルール通りにね、ルール通りにー!」と叫ぶ神社関係者の声もむなしく、到着殿前は大混乱となる。スター安倍はさすがにスターだった。記者のために脚をとめ、数分の取材に答え、手を上げて車に乗り込んでいった。さすが。目立つ位置、そぶりを考えている。これもスター安倍の才能かと感心する。

とまあ視線がもっぱら「チャンピオン小泉」に向いていた当時は格好つけていたのに自らがチャンプになる可能性が出てきた途端にウヤムヤにしちゃうなんて。良し悪しは別にして公然とファイティングポーズを取り続けた小泉首相とは腹の座り方が違う。「心臓が弱い安倍晋三」は本当なのかも

第三に功績はあるにはあるという点を挙げよう。亀田君は「ザ・男の世界」だったプロボクシングを女性や子どもにまでPRした。安倍氏も冷淡に扱われていた北朝鮮への拉致被害者の立場から支え続けた。何の理由もなく人気者になっているわけではないのは認めねばなるまい。

第四は若さが売り物との類似性。亀田君はまだ未成年である。安倍氏の年齢も首相になるには若い。若さには無限の可能性を感じさせる力がある半面、経験不足からくる弱点もある。だが2人とも後者を上手に覆い隠して若さの肯定的なイメージで女性や各分野での「若手」の支持を集めている。

第五は第四の「上手に覆い隠」す術についてである。いわば「人工的に作り上げた実績」で大人物かもと大向こうに期待させる経歴が共通している。亀田君の過去の成績は今さらいうまでもない。明確に強豪といえる対戦者は見当たらないまま実績らしきを積み上げていった。安倍氏の自民党幹事長→幹事長代理→官房長官という経歴も庇護者である小泉首相からの宛がい扶持であるのは明らかだ。
自民党幹事長というのは要職だが選挙の顔という側面が強かった。官房長官は内閣のスポークスマンで露出は多いが戦前は閣僚でさえなかったポストであり、現在も「大臣」ではない。もっとも「大臣」を経験した人は立派かというと大いに疑問だが1つの巨大組織を運営した経験にはなる。安倍氏にはそれがない。経験不足・傍流」といわれた小泉首相でさえ大臣経験はある。

第六に親や兄弟などの属性がやたらと出てくるところが似る。亀田君も3兄弟が売りだし、何といってもパパがセットになってくっついてくる。亀田君は例の世界王座戦の後に「親父ありがとう。お母さん俺を産んでくれてありがとう」と叫んでいた。亀田パパの露出は本人がチャンピオンになったが如くである。
一方の安倍氏もことあるごとに「祖父の岸信介は」とか「父の安倍晋太郎の無念を」などという。弟を国会に送り込む手助けもした。
本来世界チャンピオンや首相といった地位にある者は属性ではなく本人の器量ではかられるのがすべてであるべきではないか。親兄弟は尊いにせよファンや国民にとっては私的な関係にすぎない。それを武器にして世間の紅涙を絞るようなあざといマネはなかなか普通の人にはできない。亀田君は坊やだからそうなってしまうのもやむを得ないが50を過ぎた安倍氏が利用するのはちょっと。
もっともそれで紅涙を絞られてしまう側にも十分に問題があるわけだが。

第七に両人とも強力なプロモーターがバックに控えていることを示そう。亀田君の場合は協栄ジムの金平桂一郎会長で安倍氏は小泉首相だ。ともに属する世界で強力な足場を持ち、庇護者になれば他はなかなか太刀打ちできない。

第八はマスコミのヨイショ。亀田君は「作・演出TBS」である。安倍氏に至っては全マスコミがヨイショして回るから困ったものだ。特に民放地上波の恥も外聞もない持ち上げにはがく然とせざるを得ない。

第九にインチキ王座戦の存在がある。亀田君の例の試合は説明不要であろう。安倍氏は今年9月の総裁選への出馬が確実だ。自民党総裁は現状の衆参両議院の議席から考えてイコール首相となる。要するに王座だ。したがって総裁選は王座戦なのだが相手は金平会長でさえそんなマッチメークはしないぞというぐらいの「かませ犬」である。
対抗馬(らしい)谷垣禎一財務相も麻生太郎総務相も大臣すら辞めていない。安倍氏は小泉首相の庇護を受けていて小泉路線の継承を基本的にうたうから辞任の必要はないが、谷垣・麻生両氏は対立軸を示さなければ戦いにならない。小泉路線継承の対立軸はどうしても小泉批判に踏み込まざるを得ないが2人ともその内閣の閣僚のままだ。いわば東洋太平洋のベルトをしたまま王座戦に臨むような形で戦意なしは明白である。
亀田君の世界戦に比して安倍氏の総裁選に批判が出ないのは亀田君の試合はリアルファイトであるべきと観覧者が信じたがゆえである。対する総裁選はプロレス程度にしか思われていないから。WBAとIWGPのベルトの差というところか

そして最後。亀田君も安倍氏もインチキ王座の後生は祟ると予告しておこう。現に亀田君は急速にヒール化している。「空白の1日」事件で一夜にしてヒーローからヒールになった江川卓元巨人軍投手と似ているが江川投手は実力自体はあった。亀田君もいつまでも先の王座戦みたいにはいかない。すると若くして王座になった分だけ後の人生設計は厳しくなるだろう。現に具志堅用高白井・具志堅ジム会長が刺客を放つようだし。もっともこの構図もまた仕組まれているかもしれぬが、この件は大畑が書きたがっているので触れないでおく。
安倍氏の場合は来年の参議院選挙で本当の王座戦が待っている。相手は小沢一郎民主党代表。
小沢氏は具志堅用高そのものだ。彼が首相をしのぐ権力をふるっていた時代があったのは周知の事実である。しかも「亀田-具志堅」と「安倍-小沢」はそもそも同じジム・政党に所属していた経緯もある。
政界はボクシング界と違って現役期限が長い上に小沢氏自身が驚異的に長い賞味期限の持ち主だから亀田vs具志堅戦が政界では来年見られるわけだ。しかも亀田戦と違ってジャッジは国民が下す。調子のいい話が続くのか、そうは問屋が卸さないのか。天網恢々疎にして漏らさず。(編集長)

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2006年8月21日 (月)

騒音と靖国

 先月、奈良の“騒音おばさん”の敗訴が確定した。結果的に200万円の支払いを命じられたのだが、その額を多いと見るか少ないと見るか。
 隣人の生活音に悩まされる、ということを幸いまだ経験したことがない。隣の人も若いから、友人を何人も呼んでベランダであれこれ話していることもある(夏だし!)。ただ、まぁ友人もたまに呼んでるみたいだから、今のところ気にしてない。
 ずいぶん前に何かの本で、音を高レベルで遮断するアルミサッシが、生活の共有空間を個人空間化するのに一役買ったということが書いてあった。たしかに、それはよく分かる。他人、そして自分のたてる物音の行き来が少なければ少ないほど、それぞれの空間が独立することは容易に想像できる。
 同時にそれは、他からの物音を必要以上に「外部のもの」「聞こえてはならないもの」として感じさせる原因にもなっただろう。
 もともと日本の建物には障子が使われていた。障子全盛のころにはプライバシーという概念すらなかったらしい。今考えればそれはそれで、なにか楽しそうなものがある。つまり、隣の家からタクアンを切る音が聞こえてきて、おぉ、お隣さんに差し上げたタクアン、さっそく今晩切ってるねぇ、などという心温まる会話のきっかけが、近所の家から聞こえてくる音である可能性もあるわけである。
 しかし、世の中にはいろんな人がいる。未来人が住むSFチックなコロニーを思わせる、新しい建物ではあるが異常に密集したアパートに住んでいた私の友人は、昼下がりに窓を開けてB'zを聞いていて隣人に怒鳴り込まれた。普通の音量だったらしいのだが。難しいのは“普通”の程度が千差万別であることなのだ。
 ただ、明らかに度を越えてていたと思われる騒音おばさんのような例は別ということになるのだろう。アルミサッシで無闇に音に対する神経が敏感になったから、ということでもなさそうだ。
 曲がりくねった文章になって申し訳ないが、過度に他からの物音にナーバスになった連中が、騒音おばさんを必要以上に悪者にした気がしてならない。や、おばさんを擁護するという意味合いではなく、騒音=完全悪の図式が前提として成り立っているような気がしてならない。
 またか、と思われるかも知れないが、ここで登場するのが靖国だ。ドーン。
【A級戦犯の祀られた社!=悪!】
 という構図で語られることが常になった靖国神社は奥行きをなくして、のっぺりとした奥行きをもたないテレビアニメの絵ようなものとしてしか語られなくなった。勘違いしないでほしいのだが、靖国は正しい機関なのだ、ということを言いたいわけではない。
 靖国は正・悪の二元論では表現しきることができない、歴史的な色彩に富んだ場所だった。
 それを、靖国をまったく知らなかった若者がひとつづつ明らかにしていく。『誰も知らない靖国神社』とはそういう本なのだ。

 障子ではなくアルミサッシの中で育った神経質な私たちには、その豊かな音色を聞き分けるのが難しくなっているのかもしれない。(宮崎)

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2006年8月20日 (日)

靖国本を徹底比較するつもりだったけどね

 先日、編集長から「我が社の『誰も知らない靖国神社』と最近の靖国関連書籍を比較し、ブログを使って大いに宣伝しろ」とのお達しがくだった。
 ご存じの通り靖国本はハードな内容のものが多い。読むのに時間もかかるし、しっかり検討しなければいけない。だが、私の前には仕上がっていない仕事の山が、それこそK2のごとく積み上がっているのだ。寝る時間さえないのに、本を読む時間などあるわけない。
 しかし読者の皆様はすでに知っておられることと思うが、我が社で編集長との会話に使えるのは「わかりました」と「すいません」しかない。編集長からの命令を受けて、一瞬「すいません」を使おうと思ったが、もう10年以上も働いているせいだろう。パブロフの犬のように「わかりました」と口が動いていた。言ってしまってから後悔したが、もう遅い。仕方なく何冊かの靖国本を買う。しかし、やはり本を読む時間などロクに取れなかった。
 それでもアップする時間は迫ってくるない。

  どうするんだ~! 
 アップできないなら「すみません」しか選択肢はないが、ほかの締め切りも迫っており編集長の叱責を聞いている時間すらない、などと考えていると目の前に「蜘蛛の糸」が。

 靖国本の1つとして買った「靖国論」があるではないか!
 漫画としてはふきだしも多く、読むのに若干時間がかかるが他の靖国本よりかは楽だ。
 いやー、助かった。
 思想は相容れないが、よくまとまっていること。昨年8月に発行されているのに平積みになっているわけだ。
 惰眠をむさぼり、なるべく仕事を丸投げして生きている通常の私ならまだしも、一般のサラリーマンが分厚くて情報満載の靖国本を読むのはツラかろう。そう、みんな忙しいのだ。
 最近出版されたものを除きけっこう靖国関連書籍は読んでいるが、わかりやすさでは群を抜いているかもしれない。そのうえ小林よしのり氏が言い切る、言い切る。まあ、「ごーまんしてよかですか?」が決め文句だから言い切って当たり前だが、私なぞは不安になる。そんな割り切れるものですか、と。ただ読んでいてカタルシスは得やすいかな。さすがに売れるわけだ、と納得。

 この本を読んで改めて確認したのは靖国問題の難しさだった。本書に書かれている靖国神社のおおよそ情報は知っているものだったが、私の結論は小林氏と完全に異なる。これはもう感情論に近いのかもしれない。どの情報を選択し、何を正当と主張するのかによって答えが180度変わってくるが、理屈だけでは選択できないからだろう。
 まあ、いろんな意見を持つ人が共存できるのが理想、と考えている私にとって、それは悲劇でもなんでもない。正直、軟派で怠惰な私にとっては左も右も怖い。血気盛んな両陣営に好かれる自信など正直ない……。変わり者が揃う弱小出版で生きていくのがお似合いだろう。

 さて、小社発行『誰も知らない靖国神社』との比較・宣伝もしなければならん。
 まあ、読みやすさは負けないだろう。なんたって英霊が靖国にいるのか、霊能者に頼んでみてもらったりしているのだから、小難しい靖国問題論なんぞふれてもいない。
 んー、あとー、そうそう、カルト的な知識がほしいなら、絶対に小社の本を薦める。クリスマスイブの靖国がどうなっているかなんて、小林氏が描くはずもないしな。
 で、どうだと言われる、返す言葉もないのだが、まあ、そういうことだ。
 とにかくまったく類書のない小社の本で比較広告は難しいことが判明した。というわけでお茶を濁す! では(大畑)

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2006年8月19日 (土)

小泉の歴史観って、なんだ???

 8月15日に小泉純一郎首相が靖国神社に参拝した。野党はこぞって参拝を批判した。翌日の『朝日新聞』は野党は首相の歴史観を否定したとして、次のようにまとめている。
「民主党の鳩山由紀夫幹事長は『小泉首相の靖国観、歴史観に基づいた後継者が首相になれば、ますます日中、日韓関係は厳しくならざるを得ない』と批判。共産党の志位委員長は『侵略戦争と植民地支配への反省の日を最後(の参拝の日)に選んだのは、問題をさらに深刻にした』、社民党の福島党首も『8月15日を、平和の誓いの日から再び国のために死ぬ誓いの日に変えようとしているのではないか』と強調した」

 なるほどとも思う。しかし、そもそも小泉は「歴史観」で参拝したのだろうか?
 よく知られている通り、首相就任以前に彼は靖国神社に参拝していない。 彼が8月15日に靖国参拝に重きを置いていたのかについては疑問の声も上がっている(後日訂正)。 それなのに01年の自民党総裁選でいきなり「8月15日の参拝」を公約にしてみせた。一説には遺族会の票を取りまとめるためだったともいわれている。
 だいたい総裁選での公約は自民党員に向けた約束である。そのとき投票できなかった多くの国民が投票で支持したわけでもない。自民党員との約束を守るために、国内外をこれだけ混乱させるのは変じゃないか? しかも、ただただ自分が首相になるためにだけに発した公約であり、御霊を慰霊するためですらないのだ。

 まあ、それでも首相“候補”が約束したのだから重要な「公約」だとするのは無理筋だとは思わない。ただし同じ人物は、「この程度の公約を守れなかったことは大したことではない」と国会で答弁している。気持ちの入らない参拝より、赤字国債を減らすほうがよほど重要な「公約」だと感じるのは私だけだろうか。

 そもそも小泉の歴史観とは、どのようなものか?
 まずA級戦犯については「戦争犯罪人であるという認識をしている」と国会で答弁している。この言い方からすれば東京裁判の結果は認めているのだろう。
 もっと驚いたのは富田朝彦元宮内庁長官のメモをあげ、自身の靖国参拝に影響があるのか問われたときの回答だ。
「これは心の問題ですから、陛下におかれましても様々な思いがおありだったと思う」
 いや、正しい。
 日本国憲法化で象徴となった昭和天皇がどんな思いを抱こうが、たしかに首相の小泉には関係ない。いや、関係ないどころか彼は個人の「心の問題」という点で、自身と昭和天皇を同じ地平に置いた。この発言をわかりやすく言い換えれば、「誰が何を感じようが関係ない、それが天皇でもだ」てなことになる。
 正直、左翼かと思った!

 明治天皇によって作られ、現在でも年2回の例大祭に天皇から勅使を遣わしてもらっている神社で天皇の参拝が途絶えているのである。純粋に宗教問題として考えるなら、やはり大きな問題なのだと思う。それを小泉は気に掛けてもいない。
 しかも『文藝春秋』の9月号によれば、富田メモでは中曽根内閣時代の藤尾正行文部大臣の「侵略された側にも責任があった」という発言と、靖国参拝について公人か私人かと問われた奥野誠亮国土庁長官の「もうそんな質問やめたらどうですか。何も中国の悪口をいうつもりはないけれど、鄧小平に国民が振り回されているのが残念ですよ」という復古調の発言を、昭和天皇が批判しているという。
 このような情報が官邸に届かないはずがない。これも小泉は気にとめた様子はない。メモの存在そのものを疑う談話なら、まだわかりやすい。しかし『読売新聞』の8月16日号によれば、メモの存在があきらかになった直後の7月下旬に、「富田メモは、俺には関係ないよ」と旧知の評論家に語ったというのだ。

 間違えないでほしい。このような状況を首相が気にするべきだとは言ってない。ただ、彼の「歴史観」が理解しづらいと言いたいのだ。少なくとも旧来の左右両陣営のカテゴリーでは分けられない。そうなると彼が参拝後に語った「犠牲者に対する心からの敬意と感謝の念で参拝している」という言葉を素直に信じるかどうかにかかってくるのだろう。
 残念だから私はこれも信じられない。
 というのも首相は参拝前2度にわたって、参拝に賛成か反対かを密かに世論調査をしているからだ。富田メモが発見される前と後に。結果は参拝賛成が反対をわずかに上回ったという。
 この事実から小泉が気にしていたのは天皇でも中韓でも英霊でないことがわかる。気にしていたのは世論だった。もし15日の参拝こそ英霊の慰霊となるという信念を持って参拝したなら、2度の世論調査など必要ではなかった。中韓に毅然たる態度を示したかったとしても同じことだろう。
 もう自身の政治生命が終わろうとしているのに、彼は世論から喝采を浴びるために参拝した。これを慰霊のためとするなら、それこそ英霊の冒涜だ。

 彼のパフォーマンスを見て、私はミロシェビッチを思い出した。彼の独裁者の演説を契機に、コソボは流血の地となった。それゆえ強烈な民族主義者と思われている節もあるが、じつは違う。問題の演説で彼は言い間違ってしまっただけと言われている。それがあまりにも大ウケだったので民族主義者を気取って権力を強化したと。
 結果、そうした演説に煽られてた多くの一般市民は他民族の隣人に襲い掛かった。膨大な数の人々が死んだ。NATOの空爆もあり、街は瓦礫の山となった。経済は疲弊しきった。
 ところがである。銀行や軍の上層部はこの戦争を生き抜き、バルカン利権に群がる国外企業とも連帯した。民族主義に煽られた一般人が死に、とらわれない上流階級が利益を得る。
 こんなことが許されていいはずがない。

 民族主義者以上に怖いのは、民族主義を語る権力者である。なぜなら自身の権力が増大する限り、彼らは国の崩壊すら気に留めないからだ。
 私はそう考えている。

 GHQが靖国神社の処遇を検討していたとき、靖国神社は生き残りに必死だった。そこで遊就館を潰してメリーゴーランドと映画館を建てようという案まで本気で検討されていた。その案が実現していたら、小泉参拝の映像にメリーゴーランドで遊ぶ子供や『ミッションインポッシブルⅢ』の看板が写りこんでいたかもしれない。
 すごくおかしな光景に思えるが、『誰も知らない靖国神社』でも触れたと通り、政治利用されない靖国神社はミーハーで庶民的な側面を持っている。小泉のパフォーマンスは、そうした面を根こそぎ吹っ飛ばした。彼が煽ったおかげで、靖国は論争の場になってしまったのだから(いや、それは『朝日新聞』がという方もいるでしょうが……)。しかも彼の“かっこいい”パフォーマンスのために。
 
 まあ、こうして小泉参拝を取り上げることすら、彼の狙いに添ってしまうと考えるとやりきれない気持ちになってくるのだが(大畑)

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2006年8月18日 (金)

気高き右翼は加藤紘一氏宅放火を糾弾すべき

加藤紘一衆議院議員の実家と事務所が放火され全焼した。犯人らしき男は右翼団体の幹部だったという。マスコミは暴力で言論を封殺する行為は許せないと烈火の如くに怒っているが当然も当然だ。意見が違うと放火なんて最低である。民主主義云々以前に軍国主義でもナッシングだ。
なのでそこは当然中の当然、いわば公知の事実であって許せないに決まっていると結んでしまって私が言いたいのは正統な右翼であればさらに二重にも三重にもこうした愚挙は叩かなければならないと申し上げたい。
右翼よ。あなた方が気高いとすれば西郷隆盛以来の保守主義・民族主義・国粋保存主義の由緒ある後継者であるからだ。逆にいえば故をもって誇っていい。アメリカに一敗地にまみれたとてシュンとなることもない! そんなあなた方が以下のように分析できる加藤紘一氏宅放火犯を間違っても擁護してはいけない。

まず放火した実家および事務所に加藤氏自身は不在で家族がいたという点だ。狙いは加藤氏本人でしょ。本人がいれば放火していいわけでは無論ないが親族しかいない現住建造物に火を放つのは「アンタにも可愛い娘がいるんだろ」と脅す暴力団と同じである。
右翼よ。あなた方は思想集団ないしは思想家なのであって暴力団と同一視されるなぞ耐え難いはずである。親族というソフトターゲットを狙うような卑怯な真似は日本男児の風上にも置けぬ恥さらしである。すでに犯人とみられている男性の所属する団体と暴力団との関係も取りざたされている。
思想家とは三度の飯を抜いて骨と皮になってでも卑怯はせぬ者だ。人を脅してカネを巻き上げる手合いに施しを受けるなんてあり得ない。西郷隆盛がどうであったか語るまでもなかろう。

次に加藤紘一氏ごときを狙って何の右翼だという問題だ。個人は歴史を動かせないというのが史学の基本だが時には「この人物が今を動かしている」と錯覚させるほどの大物はいる。それが自分の思想の対極にあって今まさにある脅威だったとしたら一命を賭して防ごうとの論理はわからなくはない。むろん実行すれば犯罪者だが汲むべき情状はある。
そんな人物かいな加藤紘一氏は。加藤氏といえば「加藤の乱」で徹頭徹尾終わった人である。「今を動かしている」巨人はそれゆえ国の行く末を左右する決断をしなければならない。あのライオンさえ「国の行く末を左右する決断」はした。その点で「加藤の乱」は我々全国民に加藤紘一という人物にはその能力が決定的に欠けていると満天下に証明してみせたのだ。
あのライオンはスポンサーのアメリカからイラクに自衛隊を派遣せよと迫られた。一方で何をどう解釈しても憲法の規定で自衛隊は海外に派遣できない。まったくの手詰まりのなかで彼は派遣を決断した。いっておくが私は派遣自体は大反対である。
だがそれが加藤首相だったらどうか。手詰まりで涙をこらえながら「殿! 殿!」と呼ばわっても硬直して何も決められずに放り出す。そういう人だと「加藤の乱」はわからせてくれた。したがって彼が「今を動かしている」地位につくなぞありえないし、何か間違ってそうなったとしても「国の行く末を左右する決断」はできない。要するに放っておけばいい人物である。
どうでもいい人物をテロるというのはテロリストの論理ですら下らない行動であるはずだ。まして気高き右翼の取るべき道ではない。

もっと言おう。加藤紘一氏宅放火事件は軍法に照らして最低の行為である「利敵」にすらなる危険性がある。他でもない右翼が利敵行為をしてどうする。
敵は加藤氏が唱える首相の靖国神社参拝反対論であろう。他に火をつける理由もないから。加藤氏は大変に勉強熱心で私の及ぶところではない学識の持ち主ではある。だが「加藤の乱」を起こしただけあって間抜けなところはきちんと抜けている。
例えば彼は頻繁に遊就館に通ってそこの展示を調べている。そこから遊就館史観の危険性を説く。確かにあれはやりすぎだ。だが遊就館に何度も来ているというならば当然靖国神社にも同じ数だけ来たわけだ。だとしたら小社新刊『誰も知らない靖国神社』で示したように遊就館展示は靖国の空間のごくごく一部だとわからないとおかしい。
確かに一度や二度の来訪では気づかない可能性もあるが加藤氏ほどに通えばアメリカンドッグにしか見えない横須賀ドッグや信じがたいほど元気な参拝の高齢者など靖国は全体で何を意味しているのかわからないと変である。「靖国に行ったら遊就館」の繰り返しは不気味ですらある。あそこに何度もいけば誰でも気づくよしなしごとには気づかない。一心不乱に参考書を読みふけるガリ勉みたい。
右翼的に問題なのはだ。こと靖国問題に関してもそんな偏執狂的興味しか示し得ない、まして国家の指導者になる資質などゼロどころかマイナスだとわかっている人物を今回の事件は「大物」に仕立て上げてしまった点だ。「加藤の乱」で終わった人物を不屈の男に転じさせるきっかけになりかねない。これが利敵行為でなくて何だ。死にかけの敵に薬を送ったのである。言論の自由の旗手という大義名分を与えたかもしれないのだ。

「加藤の乱」での体たらくを忘れない私は加藤氏のその後の言説を正しいか否か以前に政治家の発言として評価の対象外、つまり論外の位置に捨ててきた。聞いても仕方がない人の話だと。だがテロに遭ったとなれば別である。
そもそも気高き右翼の皆様は街宣車で堂々たる言論を街中で展開しているではないか。以前は軍歌ばかり流していたが最近では「ホォー」と感心させる博学で鮮やかな切り口の演説も時折聞く。「A級戦犯を合祀している靖国神社への首相参拝反対」を「靖国反対」と縮めてシュプレヒコールをあげていた左翼のデモに最近会った。この言語感覚の貧困に比べれば右翼の言論もなかなか聞かせる。北方領土の島々の固有名詞をすべて暗記していた方もいた。あっぱれ!
要するに「論理は左翼。感情は右翼」という長らく続いてきた固定観念が最近では逆転している場面が多々あるわけで、そこまで成長した表現力を右翼の皆様は大切に育てた方がよろしいのではないでしょうか。(編集長)

追記 版元の蝟集する「神田村」には日本教職員組合の会館やら靖国やらがおそばにあって右翼の街宣車も元気はつらつである。だが宵っ張りが常の編集者たちにとって徹夜明けの仮眠時間、つまり早朝からの軍歌大音響はつらい。
寝入りばなに「見よ東海の空明けて!」とやられると戦前の子供達の替え歌である(私の創作ではない!念のため)「見よ父ちゃんのハゲ頭」の方に聞こえて逆効果ですよ。神田神保町周辺の大音響は午後からにして下さると助かります

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2006年8月17日 (木)

靖国神社の熱狂を呼んだ「加害責任」論の迷走

本日(16日)も靖国神社は大盛況。何らのイベントもないのに午前10時と正午すぎに大鳥居で確認したところ引きも切らない。先日近くの武道館でCOLD PLAYのコンサートにいったがノリは大して変わらない。ラフなスタイルで見物という体である。たしか少し前まではこんなテンションではなかった。
人の波に期待して小社近刊『誰も知らない靖国神社』売れ行き増を期待する。靖国付近の書店様にはお願いをして万全の迎撃態勢を敷いた。後は敵が・・・・じゃなくてお客様が買って下さるか否かである。

さて首相の靖国参拝は国内ではおおむね好意的に受け止められているようである。まあ直に辞める人だからというニュアンスも濃かろうが85年の中曽根参拝とは大違いである。これはなぜか。極めて実体験に基づく個人的な感覚では誰やらが「加害責任」とやらを言い出した頃から潮目が変わったように思う。
本田靖春が書いているように終戦直後の日本の民草は骨のずいまで反戦平和に賛成だったろうし憲法9条をもって平和憲法とするにも何ら違和感がなかったであろう。それはストレートに「あんな嫌な思いを二度としたくない」との感情に基づいたはずだ。いうなれば被害者感情が強烈に後押しした。
それは占領政策からの文脈でもわかる。そもそも日本のGHQによる占領は「征服」「併合」ではなかった。あまり顧みられないが近代の一時期まで敗戦国は戦勝国に併呑されても文句はいえないのは常識ですらあった。第一次世界大戦では敗戦国ドイツは「征服」こそ免れたが戦争責任をドイツ全体にかけて天文学的な賠償金と屈辱的な領土の割譲をドイツに強いた。それに対する応報感情がナチスの扇動を容易にし、その拡大路線を割譲に対する「取り戻し」のような感覚をドイツ国民に与えたのは想像にかたくない。

したがって1941年に英米首脳が集った大西洋憲章では領土の不拡大や敗戦国民の応報感情を煽るような割譲を否定してみせた。ナチスとは違うぞとの意思表示であったのと同時に戦争に勝っても「征服」「割譲」などのメリットを受けないとの姿勢は考えてみれば画期的であった。日本が受諾して終戦となったポツダム宣言の「吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ國民トシテ滅亡セシメントスルノ意圖ヲ有スルモノニ非ザル」もこの流れにある。

その半面として連合国はこの宣言で「戰爭犯罪人ニ對シテハ嚴重ナル処罰ヲ加ヘラルベシ」とした。最小限の国土を保障し、戦争に巻き込まれた一般国民を「奴隷化」「滅亡」の憂き目には遭わせない代わりに「戰爭犯罪人」には厳しいぞとの分離論である。もしこれがなければ日本はアメリカに本当に征服されていたかもしれない。案外と忘れられている点である。
したがって敗戦後の日本人は一種の被害者でもあり続けた。十分にひどい目には遭ったのだから。その身代わりに「戰爭犯罪人」は裁かれた。無論ポツダム宣言のそれと東京裁判の被告がイコールであるかは疑問が残るが、お陰で日本は結果的に独立も回復したし応報感情も敗戦直後の都市住民に顕著に見られた「反マック」感情を除いておおむね穏便に済んだ。
実際に戦渦に遭った日本人の多くは客観的にも被害者の側面を持つ。むろん例外はある。終戦直後を震撼とさせた連続強姦殺人犯の小平義雄は中国戦線で強姦と殺人の味を覚えて首を絞めながらの強姦は最高だったなどと取り調べでうそぶいた。ただ小平が持ち前の変質的性行を戦地や国内で実現化しただけなのか戦争が彼からそうした性癖を引き出したのかはわからない。あの悪鬼・小平でさえ戦争の被害者の側面がある可能性は拭えないのだ。

私は1962年生まれだが高校生の頃まではおおむね国民の多数は憲法9条に親近感を抱いていたし「反戦」だった。だが80年代頃からそれまでもくすぶっていた日本人の加害責任が強く打ち出されてきた。沖縄の民でさえそれはあるとか、「唯一の被爆国」という言い方は被害感情だけでバランスを欠くとの指摘もなされた。
なるほど曲がりなりにも立憲政体を名乗った戦前において日本人一般に先の大戦の加害責任はないかと問いつめられれば「ない」とはいえない。だが強い違和感を少なくとも私は抱いた。高校生ぐらいでは最初は「オレにも責任があるというのか」という素朴な反発だった。生まれてもいないオレのどこに責任があるのかと。

この反感は根強く今でもある。「謝る」「謝れ」話の繰り返しで心の中で次第に増幅された。私は東京裁判の正当性を認める立場だ。それで一応は終わったはずだ。中国の被害者感情が収まらないというのもよく理解できる・・・・などと書く側だ。それでも孫子の代まで「謝る」「謝れ」話を持ち出されるのはどうしても釈然としない。
オレが何か中韓に悪いことをしたのかねと在日の方と口論した経験もある。いや君個人の問題じゃあないという。では誰の問題かというと日本人全体の問題と答える。オレは日本人だと反問すると「いや君個人の問題じゃあない」の堂々巡りなのだ。「塵芥集」の「親の咎ハ子にかけへし」の一節がよぎる。応報感情が体の芯からうずいてくる。

繰り返すが私は反戦平和を叫ぶグループに思想的には近い。中国や韓国が時に反日感情を爆発させるのもわかる。彼らにとって「日本人」は加害者なのだから。世代が違うといっても我々が「中国人」「韓国人」と一視同仁するくらいだから向こうがそうであっても仕方ない。先に紹介した在日の人とは今でも仲良しだ。「日本人というと皆同じに見える」とも聞いた。もっともである。
したがって私が強く疑念を抱くのは中韓の民の反日感情ではなく、どうやら日本人の中に声高に加害責任を叫び、何やらオレの世代にも責任があるやなしやの綾をかけてくる手合いがいるらしいことだ。ただしこのなかで戦前生まれの方は実体験に基づく主張だから傾聴に値すると除外している。嫌なのはちょうど団塊の世代から私の世代の少し後ぐらいまでいる様子の「加害責任史観」の人達だ。
考えてみると私の世代は十分に10代後半から20代前半の子どもがいておかしくない。ということは今の若者が本来加害責任を問える世代があるとすれば曾祖父母以上だ。名前も顔も知らなくておかしくない。そんな若者に結局は戦争を知らない世代が加害責任だ何だと申せば私の世代ですら反発したのだから冗談じゃないと怒るであろう。

「加害責任史観」の人達は年月が経てばやむを得ない反戦への思いの風化を防ぐために叫んでいるのかもしれないが明らかに逆効果である。ポツダム宣言から東京裁判に至る論理からそもそも外れる上に先に述べたような中世の連座制を彷彿とさせる論法を、戦争体験者が「私も含めて日本人には」というならばともかく知りもしないという点で同類の戦後生まれの年配に加害だ謝罪だと説教されても鼻白む。
私たちは悪くないのに悪いというロジックが反戦平和の護憲ならば悪いとされた人達も本当は悪くないんじゃないかと思っても仕方ない。

何で戦地の悲惨さ、空襲の恐ろしさ、原爆のすさまじさ、沖縄戦の無残を語り継いでの平和の誓いでダメなのだろうか。私は遊就館の「大東亜戦争」展示は間違っていると断じる。だがその展示でさえ若者は戦争がいかに忌まわしいかを悟って書き残していくのである。
英霊顕彰の遊就館でもなお感じるある種の反戦感覚が「加害責任史観」からは生まれない。むしろ「しゃらくせえ」に近い何かがこみ上げてくるのだ。
私の祖父は中国戦線から「チャンコロを田楽刺しにした」との手紙を内地によこした。明らかな加害者であるが私は彼の加害責任を問う気はない。ましてその孫というだけで責任など毛頭感じない。だが戦争反対は揺るがないし首相の靖国参拝にもNOだ。こんなところで踏みとどまっている人は案外といるが窮地にある。
現にこうした文章を書くと左右から挟撃されるか無視されるかなのだ。右に攻撃されるのはやむを得ないが最近ではむしろ左にあれこれ攻められ右の方が太っ腹だったりする。困った倒錯の渦中にあるわけだ。(編集長)

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2006年8月16日 (水)

小泉首相の靖国神社参拝について

周知のように8月15日に小泉首相は「公約通り」靖国神社に参拝した。
当ブログでも散々にこの問題およびA級戦犯のことは述べてきたので感想は書かねばなるまい。また事実として15日に小誌編集部もまた靖国に首相を追う取材はした。『誰も知らない靖国神社』という本を上梓し、小誌に連載を続けている以上は欠かせない行動であった。
にもかかわらず私はむなしい。矛盾するようだが15日の首相動静はマスコミ全社が報道しなければよかったとさえ感じている。賛成にせよ反対にせよ元来は首相が勝手に仕組んだレトリックに結局は踊らされる羽目になるから。ただそうはいっても追っかけるしかないとわかってはいる。でも官邸でほくそ笑む彼の人の心境を思うだに腹が立つ。

そもそも8月15日は靖国にとって何の日でもない。ただこの日(新暦)は仏教の盂蘭盆会にあたり、それは神道には直接関係ないとはいえ長く存在していまだに民間信仰としては神仏で不分明であろう。まして靖国は人を祀る特殊な神社だから境目はますます明確とならない。
そんななか何とはなしの祖霊信仰と結びついて多くの人が死に、一区切り付いた敗戦の日を慣習上盂蘭盆会のイメージを重ねて参拝してきた多くの英霊の親族縁者がいた。今年もいたであろう。そうした人の他愛ないといっては怒られようが、あえていわば他愛ない情感を大問題に仕立て上げたのが小泉首相だった。

以前にも述べたが私の祖父は中国戦線で徴兵されて戦死し靖国の英霊である。残された子である我が母は幼き日に靖国に招かれて饅頭をもらったという。私とて祖父が母を残さねば生を受けていないのだから会ったこともない祖父が英霊として祀られている靖国に何の感懐も抱かないわけがない。
その象徴的な日が8月15日とするのもいい。実に不思議なもので死が日常を支配していた当時は戦死した場所や日時さえ知らないで、ある意味平然としている遺族は結構いる。だから8月15日を記号とするのはあながち間違っていない。
そうした本来ならばまったく違った思想の持ち主同士でさえ慰霊なり鎮魂なりで厳粛な思いを共に抱く日であるべきだった。靖国への首相参拝を願う人も靖国神社など消えてなくなれとの信念の人も等しく。それを鎮魂とはほど遠い大騒ぎに日本中を巻き込んで自己顕示欲、首相の言葉を借りれば「私の心の問題」とやらを巻き散らかすのが許せない。

ちょうど高校野球が佳境である。スタンドで取材すると応援している高校生が両手を組んだり合わせたりしてピンチやチャンスの際にしきりに祈っている。では祈っている先は何だ。神か仏かキリストかアラーの神か。かつて私はそれを聞き回った経験がある。対象を言い当てた高校生は皆無であった。
何かに祈る。でも何かはわからない。そんな素朴な祈りが日本では存在するとわかった。

それは一種の美点であろう。祈りの対象は偉大な何かで構わない。誰でもいいから想いをかなえてほしいという形。小泉首相の参拝はそこに解釈を強要した。A級戦犯はいけない。いやいい。顕彰だ。いや鎮魂だ。8月15日への首相参拝こそ意義がある。いやない。近隣諸国に配慮すべきである。冗談じゃあない・・・・。いくつもの裂け目を祈りに押しつけた。
百歩譲ってそれもいいとしよう。では首相の今回の参拝で何が論理的に解決したのか。どちらに軍配をあげるべきかわかったのか。なにもない。単なる混乱が残っただけだ。

東条英機に関して私は当ブログで相当に批判的に書いてきた。だが彼こそ敗戦の責任を背負って刑死した殉難者であるとの擁護論もある。私は与しない立場だが今回はあえて認めよう。
認めたとしたら東条は進んで責めを負ったとなる。その人を死後50年以上経って再び参拝の対象とするかどうかという議論は東条の親族を除いて(親族の感情は親族ゆえに徹底擁護であっておかしくない)東条の覚悟に失礼に当たるのではないか。

靖国神社もまた本来はそうしたギリギリしたイデオロギー論争にふさわしい場所ではない。『誰も知らない靖国神社』で紹介した等身大の靖国はもっとほのぼのとした「お社」なのである。折々に集う靖国参拝の高齢者と四方山話をしてみればわかる。それを軍国日本の象徴か、はたまた平和のシンボルかなどという議論に首相の参拝は置き換えてしまった。
梅原龍三郎は死に際して「生者は死者に煩わされることなかれ」と言い置いた。およそ死者は自らの死で残された者が何らかの呪縛を受けるを望むまい。逆にいえば死者への解釈は生者が行っている一種の虚構である。確かにそれ自体は人間らしい営みではある。
しかし首相の参拝は煩わしく、さらに死者(英霊)の存在ないしは無念、鎮魂というレベルさえ無視して中国や韓国の反対に毅然とした態度を取ることでカタルシスを得ようとするだけが目的のダメ人間を喜ばすパフォーマンスは見苦しいの一言だ。
念押ししておくが首相が純粋に鎮魂のために靖国参拝をしているのに親近感を抱いているのに中韓がギャーギャー言うのは我慢ならんという人は許せる。ありうる感情である。正直いって私も靖国問題を中韓がことさらに取り上げるのには別の意図を感じるし外国にいわれたから鎮魂の気持ちを表せないなどあってはならない。先の大戦で主に中国の民を多く殺したのはいけないが、それと戦死者への鎮魂は別にあってもいい。

嫌で仕方がなのはそうした人に交じって英霊も鎮魂も不戦の誓いも実はどうでもよく単に中韓にほえ面かかせれば痛快だとする集団である。彼ら彼女らは英霊に対してさえ礼を失しているだけではなく悪用している。他者に一杯食らわせるのは楽しいが卑しい。そしてそれらの頂点に小泉首相がいるように思えてならない。(編集長)

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2006年8月15日 (火)

ぱっとしない地元話

さっき編集部に戻ってきました。福井県の実家に帰っていたのです…。
わずか4日間の滞在だったが、まずは夏と言えば海やろ!ということで車で30分の鷹巣海水浴場へ(あと、夏休み気分を少しでも満喫するために)。
思ったよりも泳ぎに来ている人の数が少なかった。
家族連れも少ない。パラソルの下でじりじり肌を焼くカップルも少ない。男女6人恋物語ふうの男女も少ない。要するに全体において少ない。昭和25年以降、大半の年度において人口が社会減少(転勤などによる移転)を続け、他県に人がじわじわじわ流出するという、なんだかかなしい地方都市の横顔を見た気がして思わず唸ってしまう。

人口に比例してかどうかは分からないが、本屋全般の品揃えが少しさびしかった。
福井駅前の「勝木書店」(福井駅前の店が本店)は元ライブドア社長・堀江貴文が証券取引法違反容疑で東京地検特捜部に逮捕された次の日に、28店舗すべてから氏の著書を返品したというなかなかに気骨ある書店である。しかし、ほしい本を何冊か検索用のタッチパネルで探してみると、すべて「在庫なし」と表示されてしまった。
県内最大規模の本屋である同書店で在庫なしならば、手に入れるためには注文しなければならない可能性は高いと思われる。注文するには手間がかかるし、書店まで取りに来なければならない。面倒だ。
となると、やはり思い浮かんでくるのはアマゾンをはじめとするネット書店の存在だ。地方においては人口に比べてのネット書店のシェアが高い、というレポートでもあれば、それで「なるほどね」と落ち着く。けど、そんなレポートはなかった。けっこうネットで探してみたけどなかった。興味があるところなので機会があったら調べてみよう。(我こそは、という人は「コメント」まで!)

平積みになっている本の特色といった点でも、パッと見は大きな差異はないように見えるが、よく見ると東京の多くの書店でコーナー化されている靖国モノはほとんど見当たらない。これは福井県の他の書店でも同じだった。また、地域情報「ULALA」がレジ前にどーんと積まれていたりする。
ところ変われば品変わる。休み明けのユルい記事はこのへんで…。(宮崎)

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2006年8月14日 (月)

編集長を告発する

もう我慢がならない。来る日も来る日も原稿原稿原稿原稿原稿原稿原稿原稿である。小社ほど環境の悪い会社は他にあるのであろうか。すべては編集長のせいである。今回は私、大畑が勇気を持って告発したい。

1)マルナゲドン
かつて編集長は当ブログでマグロ船の例えを用いていた。ここで使われる「マグロ船」とは請負仕事で糊口をしのいででも自ら信じる出版活動を貫くとの意で用いられていた。マグロ漁を生業とされている方には申し訳のない表現なので(こうした不作法も編集長の悪癖である)私は「糊口をしのぐ仕事」と言い換えて述べる。
なるほど小社は「糊口をしのぐ仕事」をしている。その多くを編集長が取ってくるのも事実である。それをもって編集長はあたかも自分がそれをこなしているように書くが読者諸賢に声を大にして言いたい。こなすのは我々編集部の下々である。下々といっても多数いるわけではないから徹夜につぐ徹夜となる。
編集長は仕事を取ってくる。すると予告もなく私に「やれ」という。以前に宮崎が述べていたように編集長との会話は「わかりました」と「すいません」しか許されない。こうした場合は「わかりました」である。
すると彼は「じゃあ頼むわ。締め切りは○月○日。遅れるな」。それだけしか説明しない。後は丸投げである。一事が万事こんな光景だ。彼はマルナゲドンなのである。そうこうしているうちに丸投げが小社の文化の如くになって最近では私が後輩の宮崎に丸投げして、宮崎は大畑こそマルナゲドンだと思い込んでいるフシがあるが違う。問題の根本は編集長の態度にあるのであって私は無罪だ宮崎君。

2)ミッション・インポッシブル
ただ丸投げだけならば零細版元ゆえ我慢もしよう。問題は経営者としての編集長ではなく編集長としての編集長にもある点だ。端的にいえば無茶苦茶な企画を考え出して編集部員に押しつけるのだ。
単行本になったから喜んではいるものの『誰も知らない靖国神社』の著者である奥津裕美もまた編集長が雇い入れた一人である。本人も述べているように「クリスマスイブに靖国は何かある」とか「24時間張り込め」とか思いつく限りの難題を並べる。奥津本人は黙して語らぬが現在香港にいるのも、こうしたミッション・インポッシブル振りから逃げたに違いない。

私も散々な思い出がある。「知られざるスポーツ」という企画では「サンボの技をかけてもらって来い」と命じられて死ぬ思いをした。カバディという競技では女子日本代表と対戦させられた。編集長は弟まで駆り出して「『記録』編集部チーム」をでっち上げ、たまたま私が過去にバスケットをかじったのをいいことにエースに任命して必勝を厳命させられた。
だが相手は女子とはいえ代表チームである。ボロボロに負かされて私もヘトヘト。何しろプレー中「カバディカバディ」と唱え続けるルールだから息が吸えない。皆様。ヒトが長らく息を吸わないとどうなるでしょう? 死線をさまよった私に編集長は敗北の責任を負わせ、私ときたら後はお決まりの「すいません」連発である。ちなみに試合での編集長はカメラマン役で汗を一滴も流していない。

まだある。日本フリーメイスン本部と日本ユダヤ教団への取材だ。ちょうどオウム真理教がメイスンとユダヤが世界を狙っているなどの妄想を発表している頃で「本当かどうか調べてこい」「わかりました」となった。
わかりましたとは言いたくなかった。だってなんて質問すればいい? 当事者を前に「本当に世界征服を考えていないのですか」と聞くのか。すると編集長曰く「いいか。もともとが妄想なのだから相手も快く違うと話してくれる。それを尻込みするのは君がわずかでも妄想が当たっているかもしれぬと疑っているからだ。そういう心根が卑しい!」。やむなく「すいません」といって取材をしたのであった。
ああ思い出すだに腹が立つ。「コ・ギャル世相を語る」という取材では渋谷の女の子に片端から声を掛けて今でいうならば「小泉首相の靖国参拝とA級戦犯合祀をどう思うか」みたいなハードな質問を連発して反応を調べるというものだった。わかりましたと始めると警察官に誰何された。当たり前だ。もう少しで逮捕されるところだった。
JR中央線の「開かずの踏切」取材では「高齢者になるグッズ」なるを着用して渡らされた。もうわかるでしょ。このひどさが。

3)人格障害
さすがに断った企画もある。
編集長:在日米軍の日本女性に対する性的いやがらせは許せない。取材しろ
大畑:わかりした
編集長:といって女性の記者を出して暴行されたりしたら取材どころではないよな
大畑:わかりました
編集長:ならば君は男だから大丈夫だ。でも男では相手もちょっかいを出してこないから今度は取材にならないじゃないか!
大畑:すいません
編集長:こうしよう。君が女装をして界隈をうろつく。すると不良米兵に襲われる。でも君は男だから大丈夫だ。よしこれでいこう
大畑:わかり・・・・

・・・・ましたというところだったよ危うく。詳しくは書かないし書く必要もないが無意味で有害な企画だ。ここまで来ると彼は人格障害ではないかと疑わざるを得ない。
私が黙っていると編集長は人格に問題のある人特有の急変をした

編集長:考えてみると下らない。それで襲われなかったら二重三重に価値のない取材になる。女装もカネかかるしなあ。止めよう

そ、それが理由かい!違うでしょうよ。
怖ろしいのはこうした会話が編集部では毎日起きているという事実だ。

4)誇大妄想
確かに編集長はよく働く。それは評価するが自分ができることを他人もできると思っているのが困る。
彼の記者時代はまだ録音が普及していなかったから今でも彼自身の取材はノートとカメラだけでフラッと出かける。現場では猛烈にメモして帰社するや再び猛烈なスピードで書き上げる。すごいとは思うが彼の時代では当たり前だったようだから高く評価する理由もない。
だから録音してテープ起こしをしながら原稿を書いていると、また完成は数日後と報告すると露骨に嫌な顔をする。暗に、ないしはキッパリとオレと同じようにやれと告げている。無理ですって。
先に編集長は「糊口をしのぐ仕事」のマルナゲドンだと述べた。だが例外もある。何やら自宅で、または会社でも抱え込んでいる謎の仕事があるようでガンガンガンガンとワープロに何かを打ち込んでどこかへメールしている。雰囲気から遊びではないのは確かだがでは何かというと本人以外誰にもわからない。だがあれだけのマルナゲドンが手放さない仕事だから実入りがいいに違いない。(大畑・・・・が書けるわけないでしょ!)

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2006年8月13日 (日)

バイトの地位

 アストラ編集部において権力を握っているのはもちろん編集長と社長。普通その後社員アルバイトと続きますよね。しかし往々にして社員以上にアルバイトが幅を利かせています。

先日も社員の方に入力の仕事を任されたのですが(入力なんてバイトの仕事なので「やれ」一言で済みそうなものなのに)「お願いします」と拡大コピーされたものを渡されました。どこまで気を遣わせているんだバイト!という感じですよね。でも毎回そんな感じです。

そしてお金貰って働いているのだから仕事して当然なのにもかかわらず「いやー来てくれてありがとう、助かったよ」としこたま賛辞されて帰っていくのです。

このようにバイトの地位は確立していくようです。(バイトとしては非常に居やすいのでこのままであってほしい…)

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2006年8月12日 (土)

日刊ゲンダイに『潮』の全面広告が

日刊ゲンダイに『潮』の広告が1面全部を使って出ていたのには驚いたと聞いて驚いた。まさかと思って探したらやっと見つけた8月7日付号4面。たしかに『潮』9月号の全面広告だ。
なぜ驚いたかというと日刊ゲンダイは『週刊新潮』と並んで反創価学会の急先鋒だったとの認識が私にあったこと。いうまでもなく『潮』は創価学会系の総合月刊誌である。最近の日刊ゲンダイがそうでなくなったかどうかは寡聞にして知らぬがゲンダイも馬と裸だけでは厳しくなったのかなあ・・・・と最初は疑った。

だが全面広告の内容から別の推察へとたどり着いた。広告によると・・・・って書くならば『潮』を買って読んでからにせよとの反論が不回避だとここまで書き進めて気づいた。しかし「『潮』を買う」「『潮』を買う」・・・・・・。うーんどうしても自分がそうしているシチュエーションが思い浮かばない。
いったい私がどうしたら「『潮』を買う」ことができるのか。自分としてありえる光景なのか。
私は創価学会そのものは好きでも嫌いでもない。ただし自民党は大嫌いで公明党はグルである。そして公明党の支持母体はダントツで創価学会だ。公明候補がいない選挙区では自民に投票しているともいう。この関係性すなわち自公政権が続き、学会がその票田であり続ける以上は私のスタンスもまた政治的には反創価学会となる。だから「『潮』を買う」自分の光景がありえないのだ。
もちろん公明党が野党に回れば別だ。場合によっては同党に1票を入れぬでもない(ここは実は伏線。張り方が下手なので暴露して先に進む)。

創価学会において池田大作名誉会長は仏様にも近い崇高な存在であろうが学会員ではない私には「池田大作」という人物は「出版界の大物」との印象を出ない。逆にいえばそれほど学会系の出版物は盛んに出されていて結構買われているらしい。
だが視読率となるとどうかな。小誌編集部内では「『潮』の刷り部数と購読者数は『記録』とは比較にならないが熱心な視読率だけで比較が可能ならば同じぐらいだったりして」と小さく盛り上がったことがあるが無論そんなはずはない(あったりして!)。
『潮』には小社の単行本を好意的に紹介していただいた過去もある。読者の信教が何であるかを問う気は全然ないからうれしかった。何の宗教を信じていようが小社の本を買っていただければ気高きお客様である。だがそれは金銭の絡まぬ世界でのこと。反創価の急先鋒が全面広告でカネを少なからずもらって紙面に載っけるのとは違う。

まあそれはいいとして「『潮』を買う」ができないまま広告から意図を読み取る。といいつつ実は近くの書店様まで足は運んだのだ。たぶん総合雑誌のコーナーにあると思って探したがみつからない。だから書店員様に尋ねようとしたが声が出ない。ウー、ウー・・・・。いかん。これでは季節外れの怪獣ウーが出てきてウルトラマンを呼ばなければならない(知っている人も笑えないツボ)。
下らない話はやめて広告に戻る。まず「新連載対談」として池田大作先生が外国人と「二十一世紀の平和と宗教を語る」というハイテンションなタイトルが目に飛び込んできた。
右下に池田先生の対談相手が書いてあったが一瞬「ハービー・ハンコック」と見えてのけぞる。ハービー・ハンコックと池田先生が「二十一世紀の平和と宗教を語」ったらシュールだな(知っている人だけ笑えるツボ)との疑問はすぐに氷解。「ハービー・コックス」だった。知らない外国人。

これもまたいいとしてやっと「別の推察」を述べる。池田先生にページを割くのは学会系出版の決まり事だから仕方ない。問題は「特別企画」として広告の中心に載せられた内容だ。タイトルは「『日中友好』への道を問う」。明石康、石川好、天児慧ら各氏のオピニオンが並ぶ。
いずれも学会系の出版物に時折名を見るのでビックリではないが明石氏はともかく石川好、天児慧の両氏なかんずく天児氏はいわば朝日新聞文化人ではないか。内容も「『靖国』で国際社会から孤立する日本」である。

さあ。自民党総裁選や首相の8月15日靖国神社参拝問題を前にして打たれたこの広告は何なのだ。創価学会とりわけ池田先生が日中友好に熱心なのは知られた話である。だが小泉-安倍ラインは少なくとも「『靖国』で国際社会から孤立する日本」との文脈を「『日中友好』への道」で考えるのは拒絶するに違いない。
するとこの時期のこの主張は暗に学会=池田先生の深謀をうかがうよすがにならないか。それを年中悪口を書かれている(はずですよね。確認してないけど)日刊ゲンダイに打った。ゲンダイの読者は当然反自民・反小泉の色合いが濃い(はずですよね。確認しようもないけど)。
つまり一種の「敵の敵は味方」的な論法で学会は日刊ゲンダイを媒体に選んだ。小泉-安倍ラインが嫌がる主張は小泉-安倍ラインを嫌う読者を多く持つ夕刊紙にはピタリと合う。ゲンダイ側もそれを察知して大人の対応をしてみせたということではないのか。

小泉首相が織田信長だとすると「ラストサムライ」安倍官房長官は豊臣秀吉(出自が違いすぎるが)。となると徳川家康は小沢一郎民主党代表かもしれない。関ヶ原は来年の参議院選挙。小沢代表はすでに衆参同日選挙にまで言及しているから本当に関ヶ原になるかも。となると小早川秀秋が小沢民主には必要となる。まさかその役を買って出るとのメッセージ?

深読みか。深読みだよね。暑くておかしくなっているのかも。余計なお世話だが広告左下の「連載ドキュメント企画」のでかいタイトル「三代会長と九州」はコピーが練れてないよ。一瞬道仁会か何かのことかと思った。これも暑さのせいか。(編集長)

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2006年8月11日 (金)

怪談! コンビニ弁当

 ――夜な夜な襲うジャンクフードへの魔力。そして俺の腹には脂肪が!――

 毎年恒例の「夏祭り」みたいなもんだが、会社に泊まり込んで資料を調べ、記事を書きまくっている。とにかく、この夏の仕事が入ると、すべてを放り出して仕上げるしかなくなるのだ。
 まあ、私の計画性のなさが毎年危機を招いているともいえるのだが……。

 で、会社から銭湯に通い、夜中に原稿を書く生活を続けていると、どうしてもコンビニ弁当を食べる機会が多くなる。ふと気づくと定食屋さんの終わっている時刻だったとか、とにかく簡単に口に入れるもんがほしいとかね。
 1ヶ月間マクドナルドの食事だけで過ごす『スーパーサイズ・ミー』ではマック食には習慣性があって、体調は悪化するのにどんどん食べたくなるってな状況を映し出していたが、コンビニ弁当とお菓子を摂取しすぎると同じよう症状になっていく気がする。胃が荒れて何となく胃が重いのに、デザートとかおにぎりとかをつまみたくなるのだ。夜の3時とか4時とかにさ。
 まあ、ストレス食いだろうけどね……。

 というわけで、本日は身近で聞いたコンビニ食が怖い話を書いておく。まあ、検証していないので都市伝説だと思ってくれても構わない。

 最初は知人の話。
 彼女はコンビニ弁当が続くと体が痒くなるという。最初、因果関係がつかめずにいたが、自宅で自炊をするとピタッと収まる。もちろん皮膚とストレスは密接な関係があるから、忙しくなってコンビニ弁当を買う生活そのものが発疹の原因になっている可能性もある。ただ、あの添加物と防腐剤の量を考えると、考慮せずにはいられないという気もするのだ。

 神戸に住んでいた友人の友人は[遠いパターンっすね(笑) でも、友人の友人の友人じゃないッスよ!]すごく食べ物に気を遣っていた人だったという。無農薬の野菜を買い、外食を一切せず、ひたすら安全なものを食べていた。
 そこに襲ったのが阪神大震災だった。商品の流通ルートは崩れ、無農薬野菜なんぞに構っている場合ではなくなった。コンビニ弁当と外食で食いつなぐ生活をしていたのだが、半年後に大腸がんでいきなり亡くなってしまったという。
 これも因果関係は定かではない。がんとストレスの関係が深いことなど今さら言うまでもないことで、大地震後の混乱から生まれたストレスがガンを増殖させたのかもしれない。ただ大腸ガンってのが引っかかる。
 絶対にナチュラルハウスの食材しか使わないなんて人は要注意。さあ、ジャンクフードを食べて地震に備えよう!

 次は仕事でコンビニ弁当の工場を訪れた友人からの話。
 とにかく弁当に詰めるときに消毒薬が大量に使われるのは有名な話。蓋にも容器にもシュッシュ、シュッシュと消毒薬を吹き付けまくる。うーん、これだけもかなりゲンナリっす。
 でも、ここまでは想定済み。
「いや、コンビニ弁当って、なんか酸味があるなと思っていたんだ。だから工場の人に聞いたんだよ。少し酸っぱくありませんかって。そうしたら担当者が『分かりますか?』って笑ってね。『PHを調整して、どの弁当も若干酸味をきかせているんです。腐ってもわかりにくいですから』だって」

 オイオイ本当かよ。腐らない工夫だけじゃなく、腐ってもわからん工夫まで……(笑) まあ、おにぎりなんかちょっとやそっとじゃ腐らないと言われる代物だから、そもそも腐る心配さえする必要もないんだが、それでも腐った場合を想定していることに驚いた。あらゆる事態を想定しているわけね。
 つまりなんだ、コンビニ社員の計画性を爪のアカほどでも煎じて飲めば、毎夏ごとに会社に泊まり込みなんてことにはならないわけだ。

 一応、そろそろ仕事のピークが過ぎ去っているかもなんて思って、画像作成用のフィギュアを自宅から持ってきてみたが(そんな写真があることすら、読者の皆様はお忘れでしょうねww)、まだ全然仕事が終わってないのでした。
 せっかく持ってきたので、会社の机の上で健康のために体を伸ばす彼の様子をスナップ風に入れておきたい。
Photo_31

 まあ、この写真に意味はない。あしからず(大畑)

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2006年8月10日 (木)

田中康夫長野県知事選落選で信州人略考

田中康夫ほどの著名人をいただきながら信州の人はなぜ地味な自民系を新知事に選んだのだろうか。クセはあってもなかなかいないタマだよなヤッシーは・・・・と思い、ふと田中康夫曰く「表現者」が信州でどれだけいるのか調べてみた。するとものすごくいるのだね。
しかも主張こそ脈絡はないが皆が皆「濃い」「ひねくれている」「しつこい」の3要素を1つからすべてに至るまでに該当する。今回は省略したが故人を入れるとさらにすごい。

要するに他の都道府県を圧して田中康夫程度にクセのある「表現者」はいくらでも代わりがいる県なのだ。何しろ本多勝一から「くまぇり」まで(「から」と「まで」に特段の意味はない)ズラッと勢ぞろい。

【あ行】
◎飯田譲治 「世にも奇妙な物語」の脚本家というだけで3要素がないと務まるまい
◎井出孫六 直木賞作家で桐生悠々を作品に取り上げた時点で濃い。文人政治家井出一太郎を兄にもつというのも兄弟そろってしつこく来てる
◎猪瀬直樹 作家としても政府の一員?としてもひたすらしつこい。尋常ならざる粘り腰
◎落合信子 落合博満中日ドラゴンズ監督の夫人。ただただ濃い
【か行】
◎北村晴男 「行列のできる法律相談所」のレギュラー弁護士。あれをみてひねくれていないと感じる人は皆無であろう
◎くまぇり 最年少の犯罪者・・・・もとい表現者。今回の錚々たる顔ぶれでさえヌードと放火で自分を表現するという奇天烈な物好きはいないので文句なく濃い。熊田耀子に意味なく粘着するしつこさもあり
◎熊井啓 社会派映画をきちんと作って客が呼べる数少ない監督の一人。帝銀事件も九州大学医学部人体実験も松本サリン事件もスクリーンに。しつこかろう。『黒部の太陽』は伝説
◎小平邦彦 『ボクは算数しか出来なかった』(書名)のにフィールズ・ウィナーという時点で猛烈ひねくれている
◎小林紀晴 ひたすらアジアを旅するジャーナリスト。キャラがかぶるも道理の小林キユウとはご兄弟というか双子と聞く。双生児で同じようなテーマをしつこく追っかけるというのが濃い
【さ行】
◎崔洋一 濃いことにかけては一流。『月はどっちに出ている』以来の作品はともかく(ともかくだってさ)あのコメンテーターとしての存在感はたいしたものだ
【た行】
◎田口計 東大卒なのに仕様もない悪役まで平気に演じるのがひねくれている。デビューが山本薩夫作品というのも一癖アリの濃さ
◎田中康夫 説明不要
◎常田富士男 「ゲバゲバ90分」の濃いキャラから「まんが日本昔ばなし」で市原悦子とも渡り合えるほのぼのナレーションに急速降下(上昇?)できる才能は並大抵ではない
【な行】
◎中嶋嶺雄 あれほど中国を研究し、あれほど中国を攻撃する学者はちょっとやそっとではない。3要素がすべて中国に向かう希有な学者である
◎中牧昭二
巨人の桑田真澄投手の暴露本『さらば桑田真澄、さらばプロ野球』で知られたかと思えばプロレス転向。そこで出会った大仁田厚が参議院議員になると政治家秘書に。濃すぎます
【は行】
◎林マヤ 芸能系は今回はなるべく除外しようとしたが彼女は表現者だ。パリコレのモデルとは思えないほど、いや思わば一目瞭然でもあるのだが「マヤマヤ」キャラが濃くて濃くて
◎久石譲 宮崎駿アニメを代表に大林宣彦、北野武の作品に楽曲を提供できるという果敢な才能の持ち主。これまた濃いね
◎日垣隆 「ひねくれている」「しつこい」内容をサラッと書くのが二重にひねくれているウイットの名人。猪瀬直樹と飲んだなんてことがあるのだろうか。同席したら悪酔いしそう
◎藤本ひとみ この人なくして80年代後半以降のコバルト文庫系新型文学少女の出現はなかったであろう。未完につぐ未完は「しつこい」の対極にあるようで、未完を貫くという視座からはしつこいと証明できる。今の作風は別人。どうも信州人は君子豹変の表現者が多い
◎降旗康男 鉄道マニア、すなわち「鉄」と「極道」という脈絡のない2大テーマをしつこく濃く追い続けてはヒットを飛ばす映画監督
◎小山田いく 荒木飛呂彦と同じくアニメ化できない漫画をあえて描くという時点で十分にひねくれている。硬派なテーマをしつこく追って売れなくなっても気にしない。いや気にしているかどうか私は知らないのだが
◎武論尊 今では「バキ」などでふつうになったが主人公ではない者同士のバトルで盛り上がる設定は彼の『北斗の拳』が嚆矢では。しゃべらない主人公というのもひねくれた設定だった
◎本多勝一 好かれる人からは絶賛され嫌われる人にはとことん嫌われるジャーナリスト。超攻撃的姿勢もヤッシーそっくりと思っていたら案の定言い争っていた。「濃い」「しつこい」は当代一流
【ま行】
◎美川憲一 存在自体が3要素を振りまいている
【や行】
◎義家弘介 ヤンキー→教師→ベストセラー作家→文化人。この人の熱さを私は情熱というよりは「濃い」「しつこい」に感じる
◎吉岡忍 ノンフィクション作家としても大家だが何といっても個人情報保護法反対の先頭に立って孤立無援を恐れずしつこく声を上げ続ける姿勢を私は限りなく尊敬する

何だかつかれた。つかれる人ばかりのせいだ。これだけタレントがいれば「今度はつまらない人を知事にしてみよう」と彼らを育んだ信州人がひねくれて村井仁知事誕生となってもおかしくない。
ただし新知事では信州人は飽きたるまい。いっそ次の知事選では上記メンバーが全員立候補したら。誰が一番「濃い」「ひねくれている」「しつこい」かを争点に。おっと「くまぇり」には被選挙権がないか・・・・というかそれ以前の問題か。

追記
なお皆故人だが信州人には出版界の恩人も多い。岩波書店を創業した岩波茂雄、同じく筑摩書房の古田晁など。
また羽田孜元首相の父でもある武嗣郎が創設して宮沢賢治を世に送り出した羽田書店の従業員でやはり信州出身の3人がみすず書房を開いている。いずれも「濃い」「ひねくれている」「しつこい」版元だ。もちろんここではほめ言葉として用いている。〔敬称略〕(編集長)

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2006年8月 9日 (水)

病的に無内容な歌詞・葬られた歌詞

 たまーに「ジャパンカウントダウン」や「カウントダウンTV」を見ている。カウントダウンTVは高校生の頃から見てるから、10年くらい見ていることになる。

 最近はどうやらケツメイシらしい。去年出た『ケツノポリス4』も200万枚を突破したらしい。CDがこれだけ売れなくなっている中での200万枚はすごい。「ケツメイシってなんだろう、ケツに名刺を挟むほど礼儀知らずだぜ俺たちはってことだろうか」と思っていたけど、そういう名前の薬草があるってことを最近ようやく知りました。
 たしかにケツメイシはポップセンスがずば抜けてて、新曲を聞くたびにうーん、やるなぁと唸ってしまうのだが、今回はそれを書きたいわけではない。
 チャート番組を見たり有線で流れている最近の曲を聞いていると、というか否応なしに耳に入ってくるのだが、ほとんどの曲の歌詞が破滅的につまらないのである。たいていが「愛」だとか「果てしない夢」だとか「ひとりじゃないよ」的な歌詞のカテゴリーに収まってしまうのだ。いったいなんなんだよ、「壊れそうな想い」って。なぜだろう? なんでこんな歌詞ばっかりが世に流れているのか。
 需要と供給とかいうステレオタイプな説明でも一応片づけることができるものの、どこかこう、脇の横当たりでワニワニした感覚が残ってしまうのである。

Asdfasa  かつて、歌に乗せられた歌詞が、ギラリと怪しくも心揺さぶるものだった時代があったらしい。
「ラジオの深夜放送からはいつも、フォークソングが聞こえていた。様々なメッセージや情感を自作の詞に託し、肩まで髪を伸ばしてギターをかき鳴らしながら歌うフォークシンガーたちは、当時の僕や僕の世代にとっては、今の言葉でいえばスーパースター。まさしく憧れの存在だった」。
『放送禁止歌』(森達也・光文社)の冒頭の部分である。この部分だけ読むと、なんだ懐古本か、と思われるかもしれない。が、森達也がいちいちそんな本を書くわけがない。
 本書では、高度経済成長の中、音楽に乗せた歌詞という形で体制や権力を痛烈に批判した数々の歌が、次々と放送禁止に指定されてラジオから聞かれなくなっていった経緯を追っていく。次第に存在感をなくしていった多くの歌、岡林信康、高田渡、泉谷しげる、友部正人、彼らの歌はどうして放送禁止歌にされたのか。誰が指定したのか。
 また、森は、放送禁止歌をテレビドキュメンタリーで検証する企画を立ち上げ、番組放送を実現するためにテレビ局の番組考査部や審査部と交渉をするが、その様子も納められている。
 このブログを読まれてる多くの人にはなんとなく察しが付くかもしれないが、そこにはメディアを取り巻く「構造的な」問題が横たわるのでした。

 本来ならこの場所に上野勝輝『世界革命戦争宣言』の歌詞など載せたいところだけど(それにしても物騒なタイトルだなぁ)、著作権の関係でそれはできません。すいません。(宮崎)

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2006年8月 8日 (火)

小泉首相の「靖国参拝」批判の朝日社説をネチネチ批判

「嘆かわしい首相の論法」と題した朝日新聞06年8月4日の社説。「3日付で配信された小泉内閣メールマガジン」での首相の靖国神社参拝に関わる記載を「なんともお粗末」「ずさんな論法」と切り捨てたが、その社説自体の「論法」が「なんともお粗末」で「ずさんな論法」だから困る。
まず私の立ち位置であるが小泉純一郎首相が折に触れて発言してきた靖国参拝の理由(のようなもの)が「なんともお粗末」であるのは同感も同感である。ただし迎え撃つ側が以下のような「なんともお粗末」な「論法」では話にならない。よって難癖をつける。なお引用個所はすべてカギカッコで示す。出典はすべて朝日新聞06年8月4日付朝刊社説である。

「メールマガジンで」小泉首相すなわち「私の靖国参拝を」「批判するマスコミや有識者、一部の国」に対して首相は「戦没者に対して、敬意と感謝の気持ちを表すのはよいことなのか、悪いことなのか」と問いかける。それに対して社説は「悪いなどとは言っていない」「あたかも戦没者の追悼そのものに反対するかのようにすり替えるのはやめてもらいたい」と反論する。
じゃあ「戦没者の追悼そのもの」への「追悼」は「よいことなのか」。よいとハッキリ書きなさいよ。
小泉首相の直らないバカは靖国が英霊すなわち戦死者を顕彰しているのを広く「戦没者」に「すり替える」点にある。空襲で死んだ日本の民草などは原則として含まれていない。ところが社説は後半を読めばわかるが靖国を「戦没者+A級戦犯」ととらえ「A級戦犯」の方に気を取られすぎるせいか首相の「戦没者に対して」とのレトリック自体は許容してしまっているような書き方だ。
「戦没者」の一部に過ぎない戦死者を「戦没者」に「すり替える」な。おいらの親戚は空襲で死んだ「戦没者」なのに靖国には祀られていない。なのに首相は靖国で「戦没者に対して、敬意と感謝の気持ちを表す」という。すると何か? おいらの親戚は「敬意と感謝の気持ちを表す」価値がないってことかと噛みつきなさい。

参拝批判者の「意見を突き詰めていくと、中国が反対しているから靖国参拝はやめた方がいい、中国の嫌がることはしない方がいいということになる」 という点を「はなはだしい曲解」と断じて「日本がかつて侵略し、植民地支配した中国や韓国がA級戦犯を合祀した靖国神社への首相の参拝に反発している。その思いにどう応えるかは、靖国問題を考えるうえで欠かすことのできない視点だ。ただ、それは私たちが参拝に反対する理由のひとつに過ぎない」とするのも考え込んでしまう。
つまり「ひとつ」ではあるわけだ。ということはひとつしかない可能性もある。後続の論述でいくつも示したとの反論はできる社説だが、この「ひとつ」がどの程度のウエートを「私たち」(=朝日新聞)が占めると考えているのかわからない。
また「どう応えるかは」「欠かすことのできない視点」ならばどう応えるべきか明記してほしい。

続く「無理やり中国に限定し」もちょっと。「中国や韓国が」を「中国に限定し」たのは首相お得意の健忘症であろう。「無理やり」「あおる」などの書き方をすると首相があたかも深謀遠慮を働かせる策士のようになる。つまりほめちゃったのだ。
思わず韓国を忘れるような者では外交は担えない。韓国ってどこにあるか知ってますか首相と揶揄するぐらいでないと。小泉首相などからかうのがちょうどいい程度のオツムしかないのにね。

さて戦犯合祀問題だ。「その半面、首相が語ろうとしないことがある。あの戦争を計画・実行し、多くの日本国民を死なせ、アジアの人々に多大な犠牲を強いた指導者を祀る神社に、首相が参拝することの意味である」には重大な2つの事実を混同している。

「多くの日本国民を死なせ」た「指導者」
「アジアの人々に多大な犠牲を強いた指導者」

前者には私も強い憤りを抱いている。その1点で首相の靖国参拝は不当だと信じてもいる。だが後者はどうか。少なくともこの社説では前段の「理由のひとつに過ぎない」に含まれる。だから「その半面」ではない。
またおいらの爺さんを戦死させた「指導者」と中国人をおいらの爺さんに殺すようし向けた「指導者」とでは違う。これは人ごとではなく私の爺さんは両方であった。
「あの戦争」もあいまいだ。確かに「あの戦争」ないしは先の大戦とされている戦争をどこからどこまでとするかは難しい。ただ大新聞の社説であるから明記する義務がある。1937年からの日中戦争からとかね。すると例えば広田弘毅はどうなんだとの議論ができる。そこを明示しないのは恣意的だと読まれる危険が大ありだ。
行かえて「戦争の過ちと責任を認め、その過去と決別することが、戦後日本の再出発の原点だ」の「戦争」もまた同じ理由であいまいとなる。好意的に読めばこの「戦争」は「あの戦争」にかかる。だが「あの戦争」の定義がハッキリしていないから続く論説もぼやける。悪く取れば改行後に「あの戦争」を「戦争」一般にすり替えたとも読める。

「昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感を抱き、それが原因で参拝をやめたという側近の記録が明らかになった。国民統合の象徴として、自らの行動の重みを考えてのことだったのだろう。もとより中国などが反発する前の決断だった。国政の最高責任者である首相には、さらに慎重な判断が求められる」は明らかに筆がすべっている。
「昭和天皇」の「不快感」が事実だと仮定しても、それがあるから「さらに慎重な判断」を「求め」てしまったら政治家の行動は「国民統合の象徴」の思いに左右されねばならないとなる。

読んでいるとヒシヒシと伝わるのは筆者(ないしは執筆陣)が靖国に足を運んでいないという事実。皆様は年齢から推すに、まずは現場だ! と私の世代に教えた先輩でしょう? 小社近刊『誰も知らない靖国神社』でも痛烈に示したが現場でしかわからない姿を知らない人でないとこうした文章は書けない。もちろん文章そのものは上手だ。こうした文章書きを悪達者と呼ぶ。

朝日人よ。現場を踏めよ。築地の論説委員室の居心地はそんなにいいのですか? こんな文章では小泉内閣に4割の支持をいまだ与えて「ラストサムライ」安倍晋三首相を冀う惰民には響かず、惰民を扇動する「コイズミという時代」の首謀者に切り返しの余地を残すだけ。これしか書けないんだったら退社して草でもむしっていたらどうですか?(編集長)

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2006年8月 7日 (月)

亀田興毅君は勝って当然である

先日の大畑の原稿がぬるいので論点をまとめてみた。

世界的に人気があって権威あるスポーツのうち興行主と選手の所属先が一緒でも許されているのはプロボクシングぐらいである。亀田君の所属する協栄と帝拳はバーニングとジャニーズ事務所のごとく斯界の二大勢力で世界王座戦を組める興行主は事実上ここだけ。と同時に選手を育成するジムでもあるわけだ。
興行主だから興業(試合)にかかる徒然の経費はアゴ足つきで負担は当然である。そして興業を打つ。今回の選手は興行主一押しの子飼いの亀田君。勝って当然である。負ける方がおかしい。「協栄マジック」なんてほめすぎだ。マジックというにはタネと仕掛けが見え見えだから。自作自演がまかり通っていると言い換えてもいい。「制度的ドーピング」ってのもいいな。
それはリング下にいた鬼塚勝也氏が一番ご存じのはずだ。思い出すなあタノムサク戦。今回の試合に彼ほどふさわしい解説者はいなかった。

判定に怒っているファンとやらに聞く。試合直前まではかねてより「亀田勝て」と応援していた人だけが盛り上げていて判定後にそれらは沈黙。代わってかねてより「亀田負けろ」ないしは「プロボクシングのジャッジは公正だ」と信じていた人が抗議電話をかけまくったって構図なのか? ならばいいが・・・・
違うでしょうよ。試合が始まるまで亀田君に肩入れしていた人、終わる瞬間まで逆転の一発を亀田君が放つと最後は「イケーー」とテレビの前で絶叫していた人に限って豹変したのではないか。そんなあなた。その感情を偽善と呼ぶのだ。よく覚えておいて今後の人生に生かしましょう。場合によっては「君子豹変」に転化できる素敵な性格ですからね。

だいたいホームタウンデシジョン(hometown decision)という言葉の発祥はプロボクシングである。もともとそうした汚い土壌がある上に日本では今回、呼び屋のところの人気者が勝つことを待望しているファンとやらを引きつけるべくリングに立った。その結果がああだったのをどこで驚く。ビックリするツボはどこにあるのだ?
私がビックリしたのはむしろプロボクシングの「ジャッジは公正」と信じている(らしい)人が多数いるらしいとの現実である。なるほどあのライオンの下手な「マジック」に5年もだまされて首相の座を与えてきた国民らしい。ご立派としかいいようがない。せいぜいだまされ続けて、しなくてもいい喜怒哀楽に翻弄されまくって、無意味な人生を送られるとよろしい。

日本ボクシングコミッション(JBC)が勝手に認定しているWBAとWBCが階級を乱造して今や両団体合わせて延べ34人もの「チャンピオン」が粗製されている。その一人が亀田君だっていいじゃないか。体重別に8人程度しかいなかったファイティング原田の時代とは価値が全然違うわけで・・・・。
ところでJBCがIBFとWBOの王座を認めない理由は何だかご存じか。チャンプの粗製乱造につながるからだって。これはマンガだと例えたらマンガ家に怒られる。
興行主が選手と経費を丸抱えで試合をするといえばプロレスと同じ。なのにご立派なマスコミは前者をほんまモノのスポーツと美化し後者をくだらんインチキと伝えさえしない。でも興業の真剣さ、選手の誠実さは断じてプロレスの方が上でしょう。

ホームタウンデシジョンという呪われた発祥から始まり、自作自演がまかり通り、チャンプが粗製乱造され、ついでに言えば頭に障害を与えるという本物のドーピングよりさらに危険な行為を専らとしていて歴史上何度も禁止令が出されたプロボクシング。このインチキ構図は亀田君のせいではない。亀田君の生まれるずっと昔からそうであった。それを称えてきた方が間違っているのだ。
くやしかったら正してみたら。それができないからプロボクシングは「メジャーのなかではマイナー」から一歩も這い上がれない。(編集長)

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日曜ミニコミ誌! 僕を南米に連れてって!

Chuu  夏だし本格的に暑くなってきたことだし、真っ青な海が広がる砂浜に行って泳ぎまくりたいなぁ、などと思うんだが、仕事でがんじがらめになり息も絶え絶えで、編集部のドアの外にさえ出ることができない。
 そんな私のことをせせら笑うように、ミニコミは遥か海の向こう、地球の裏側の南米にまで足を伸ばしていた。
「音楽が社会科が1でも2でも面白い」というちょっとよく分からないキャッチフレーズがついている『中南米マガジン』の最新号、実は楽しみにしてました。
 中南米。えらく壮大なスケールを感じさせるが、「危機的であるアルゼンチンの経済状態は……」などというハードボイルドな切り口ではなく、例えば「ハバナ古書店めぐり」に代表されるような誰にとってもとっつきやすいソフトボイルド(?)な空気が全体に流れているのである。
「ハバナ古書店めぐり」では、キューバの首都で近年増加中(らしい)である古本屋の様子をソフトな感じでレポートする。このコーナーの執筆者・すずきさちさんによるとハバナの古本屋は「屋外型」「ガレージ型」「屋根つき店舗型」「にわか店舗型」に分類されるらしい。 この中でやはり興味をそそられるのは「にわか店舗型」だろう。
 「もともと店の建物がない場所に忽然と発生する。基本的には雨がしのげること、人が座ることができるスペースと本を並べることのできる広さがあればオッケイらしい。人通りの多い場所に無理やり作られる」。
 いいね、そういうの、と思ったが、よく考えてみれば東京の駅の回りにもそういう店はある気がする。屋根なし屋台のような感じで、どこかから拾ってきたと思われるスピリッツとかヤングマガジンとかが置いてあったりして。要は「にわか店舗型」もそういう感じの本屋なのかもしれない。
 ハバナは観光スポットであるため、チェ・ゲバラのポスターやカレンダーも多くの店舗に置いてあり、表紙にゲバラの写真が使われた書籍はよく売れるそうだ。キューバときたらゲバラでしょ!ということらしい。ここ数年の間でも彼の伝記的な映画が何本か全世界で公開されていて、そのうちのひとつ『モーターサイクル・ダイアリーズ』を目黒の映画館に観に行ったことがある。映画自体はおもしろいとは言えなかったが会場は満員で、ゲバラグッズもそこそこ売れてるみたいだった。ゲバラのカリスマ力はいまだに健在らしい。

 さて、『中南米マガジン』の最新号の目玉はやはり「『チリには美人が多いのだ』説を、われとわが目で検証してみました。」なるすばらしいコーナーだろう。
 チリに住んで5年が経つ左海浩一さんが文章と写真を担当するコーナーで、けっこう美人といっていい女の人が4人紹介されている。
 私が気に入ったのは黒いノースリーブが似合う、ラスアメリカ大学で心理学を勉強しているバルグァルネラさん22歳。(誰に似ているかといえばイタリア代表のサッカー選手ピルロなのだが)
 「いまお金を貯めて来月にはアルゼンチンとペルーと、できればエクアドルにも行きたいと計画してるのよ。日本で記事をみて訪ねてきてくれる人があれば是非いろいろ話してみたいな」。
 心豊かになるコメントだ。編集部のドアの外にさえ出ることができない私は、いつかチリに行こうと心に決めたのだった。
『中南米マガジン』では他に「日本在住キューバ人アーティストシリーズ」(この号では男性ダンサーを紹介している)を始めとしてインタビュー物が充実している。
 キラーコンテンツこそないものの、ソフトボイルドな雰囲気に満ちた誌面は読み応えがあり、未知の情報も満載である。次号も楽しみだ。場所にもよるがタワーレコードやHMVにも置いてあることがあるらしいので、キリマンジャロでも飲みながらゆっくり楽しんでほしい。(宮崎)

■(A5 74ページ 定価500円 季刊 株式会社テイクオフ)

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2006年8月 6日 (日)

王子製紙の北越製紙TOBを出版社として考える

仕事がら紙屋さんのことをあれこれ言うのは止めておこうと最初は黙していたが考えるところあって発言すべきと翻した。やっぱり版元とは紙の塊を作っている製造業なのだから。というわけで今回はコアな話となるのをあらかじめご勘弁。

製紙業界トップとは知っているが日々の出版活動で王子製紙の存在を痛感することはほとんどない。王子といえば包装などパッケージに使う白板紙の会社という印象があったので。ただつらつら思い起こせばそうでもないと思い当たる節が出てきた。

まず書籍紙(本文の紙)である。小社の単行本の大半は「クリームキンマリ」という北越製紙の品物をほとんど使っている。「うちも!」という御同業も多かろう。決して素晴らしい品質とまではいえないが費用対効果は高い。「この品質の割には廉価」という感覚なのだ。同系は王子ならば「OKシュークリーム」が当たるが友里征耶の言葉を借りれば「傑出したものとは思えません」。値段と品質の関係で選択すれば御同業の大半がクリームキンマリであろう。
最近は束が出る嵩高紙のブームであるが、この世界は王子のライバルである日本製紙の独壇場で「オペラウルトラ」ブランドが大人気。ただ零細版元には高い買い物だし嵩高紙なんか使ってたまるかという矜持もなくはない。
北陸が王子に吸収されてしまうとクリームキンマリも王子のものとなる。業界では覇権主義的傾向のある王子がブランドを大切に維持できるであろうか。
傍証ではあるが心配な過去がある。1993年に王子は神崎製紙を事実上吸収合併した。その神崎にはView KANZAKIという素敵な広報誌があった。小とはいえ文化や芸術を伝えようとの気風に満ちた冊子であったが合併後もそうしたDNAが受け継がれている例を寡聞にして知らない。クリームキンマリもまた「ただの一品」にされてしまわないだろうか。
また巷間伝わる王子の非効率を北陸で補うとの図式は取りも直さずクリームキンマリの値上げとなるはずだ。少なくとも論理的には。これも頭痛のタネ。

次に単行本を飾るカバーに使う特殊紙である。この世界は何といっても富士製紙だったのだが(ただし小社は特種製紙がお好み)2004年に次のような変動があった。王子のHPによると「王子特殊紙株式会社は、王子製紙株式会社・特殊紙事業本部とグループ会社であった富士製紙株式会社が統合」である。伝統ある富士の名は消えて王子に変わった。ここにも覇権のにおいをかぐ。
そもそも富士は戦前には王子と争うほどの企業規模だったが1933年に王子の株買い占めにあって軍門に下った経緯がある。王子はもう1社も買収して洋紙のシェアは8割(生産ベース)に達した。藤原銀次郎一代の大勝負だった。
33年といえば大デフレだった昭和恐慌の荒波が一段落して高橋財政による順風が吹き出したころだ。デフレ脱却の際に覇権に動く点で奇妙な符丁を聞かぬでもない。

かつて請負でよく作ったパンフレット類でも王子はなかなか思い浮かばない。あえていえばマットコート紙の「ニューエイジ」かなあ。

というわけでこの世界に入って久しい私でさえ書籍紙は北陸、カバーは名ばかりとはいえ富士が真っ先に頭に浮かんでくる。SPも冊子が中心だったせいか王子はニューエイジ
しか出てこない。
ところが2004年に富士は王子の名を冠する会社に代わり、今回のTOBが成功すれば書籍紙でも王子の存在感がいきなり増すわけだ。白板紙屋さんがとにもかくにも文化の担い手たらんと(むろん担っているなどと大言は吐かぬが)意地を張っている零細版元の懐具合まで左右してくるという現実。
反対とまでは行かないが何とはなしの不安を覚えるのは小社だけなのか。確かに利害当事者は印刷屋さんなのであろうが、そこに支払うのは版元だからねえ。(編集長)

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2006年8月 5日 (土)

肌命!

 私には趣味が沢山ありますが、今回はスキンケアについて。

 肌がきれいな人って何割か増しに見えませんか?顔の造作を変える事は困難(整形するのは自由だと思っているけれど私は恐くて出来ません・・・)だけど日ごろのスキンケアは簡単!というわけでツルスベの肌を獲得すべく奮闘しています。

 実績はまあ汚くは無い肌だと思いますね。そんな私が何に注意しているかというと。洗顔と保湿それだけです。洗顔料は数えてみたら5種類もってました(笑)

 男性陣が多いと思われるこの場で詳しい説明をするのはどうかと思うので割愛しますが、泥のものや石鹸・美容液でできたものなど最近は種類豊富なんです。そして風呂上りにすぐ化粧水を。これは2種類しかもってません!しかも安いやつ。ただ1瓶を3週間で使い切るほどたっぷりつけます。これでもちもちの肌を保ってます。

 これほど気にしている私だからかもしれませんがきれいな肌の男性はやはり魅力的。というか清潔に見えます。油ギトギトという肌の持ち主さんでも案外肌が乾燥している場合もあるみたいですよ。なので今日からはちょっと保湿なんぞしてみてはどうでしょう?(S)

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2006年8月 4日 (金)

亀田に怒った具志堅用高の真意

 ライトフライ級王者となった亀田興毅選手への批判が渦巻いている。ハッキリとは書かないが、各紙とも八百長試合だといわんばかりである。
 まあ、たしかにそうだろう。初回にダウン、11、12ラウンドは打たれてヘロヘロになり、どうにかクリンチで逃れたボクサーが判定で勝っちゃまずい。

 一番問題とされているのが、最終12ラウンドの判定だ。パナマとフランスのジャッジが対戦相手のランダエタにポイントを付けたのに、韓国のジャッジだけが亀田選手のポイントとした。もし彼がほかの2人と同様の採点をしたら引き分けだったから、「怪しい」と勘ぐりたくもなる。

 しかも亀田選手にまつわる「疑惑」はこれだけではない。
 そもそも彼の階級はフライ級、前チャンプがタイトルを返上したため急遽階級を下げて挑んだ試合だった。ところが闘ったことすらないライトフライ級の順位は2位。一方、階級を1つ上げて挑戦したランダエタも実績のないライトフライ級で1位。いったい何を基準にライトフライ級の順位を決めたのだろうか? いや、そもそも亀田選手のフライ級の順位でさえ、1回も日本人と闘わずにつくりあげたのだが……

 そのうえ今回の世界戦を放映したTBSはレコード大賞を大晦日から30日に移し、亀田選手の防衛戦を放映する計画まで事前に明らかにしていた。世界戦を放映するためには今回のタイトル戦で勝たなければならない。結果もわからないうちから放送予定の変更まで漏らしていいのか、と他人事ながら心配になってしまった。

 あの試合内容に追加して、これだけの事実がわかれば心証真っ黒である。じつはネット上では、試合前から怪しい判定試合になると予想する向きもあった。弱い外国人とだけ当てて順位を上げ、階級の無理な変更などを見て「やるぞ」と感じていた人がいるわけだ。

 さらに興味深いのは、今年6月末に元ライトフライ級王者の具志堅用高氏が『毎日新聞』の取材で亀田選手のことをボロクソにこき下ろしたことである。
「我々もとボクサーや現役選手で、彼を本当に強いと思っている人がどれだけいるだろうか」
「日本選手と戦わず、本来のフライ級はWBA、WBCとも王者が強いこともあり、1階級下げて空位の王座決定戦に出る。金をかければ、そんなに簡単に世界挑戦できるのか」

 どれも強烈なコメントだ。問題は、彼が会長を務めるジムのプロモートなどを請け負い、自身が選手時代に所属していた協栄ジムの選手に、どうしてこれだけの批判を浴びせたのかである。具志堅氏のインタビュー記事が掲載された翌日、協栄ジムの会長は「具志堅氏から謝罪がない限り、今後は試合を組むなどジム同士の交流を停止する」と発言した。大手の協栄ジムがプロモートを取りやめる影響は少なくない。そんなことは具志堅氏も発言する前からわかっていたはずだ。
 だが、どうしても言わずにはいられなかったのだろう。
 ただ「僕は亀田君のために厳しいことを言っている」とも氏は語っているが果たしてそうか。

 ここで思い出すのが、協栄ジム前会長が具志堅氏の防衛戦相手に仕掛けたとされる事件だ。あろうことか薬物を混入したオレンジを相手に与えたという。このスクープでマスコミの取材を受けた具志堅氏は、「そんな話は知らなかった。試合前のボクサーはそんな策をろうす余裕などない」というような趣旨の発言をしたように記憶する。

 たしかにそうだろう。

 激しい練習と減量のさなかに、毒入りオレンジを相手に渡す余裕などない。だいたい13回もの防衛に成功した具志堅氏は策をろうするまでもないほど、圧倒的な強さを誇っていた。
 つまり毒入りオレンジはジム側が選手に黙って仕掛けた可能性が高い。1つの「保険」として。

 ボクシングほど「一敗」の重いスポーツはない。
 王座陥落、あるいは王座への挑戦失敗となると、必ずといっていいほど選手は引退を問われる。チャンピオンに負けたとしても、オリンピック風に考えれば銀メダルなのにである。
 だからジムとしては「保険」がほしくなる。

 こうした協栄ジムの「保険構造体質」を熟知していた具志堅氏が、協栄ジムに向けて警告を発したと考えるのはうがち過ぎだろうか?
 世界戦の前から盛り上がっていた人気。後に続く兄弟の先陣としての役割。初の世界戦に2時間半もの枠をTBSに用意させた注目度。
 金のなる木である亀田興毅選手を絶対に枯らせてはいけないというジムの方針こそ、彼は批判したかったのではなかろうか。
 自分のまったく知らないところで「保険」がかけられ、その疑惑によって自分の戦歴が傷ついた経験を持つだけに、姑息な手段が許せなかったとも考えられる。

「強い選手とやって負けたっていいじゃないか。経験を積んで強くなる。でも、テレビの視聴率のためには、そうはいかないのだろう」と語る具志堅氏の言葉は重い。

★最新の記事は「亀田一家とマイク・タイソンの微妙な関係」です。

 


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2006年8月 3日 (木)

北朝鮮の何が脅威なのか

畠山鈴香容疑者の逮捕・取り調べと北朝鮮の「7連発」の時期が重なったせいか鈴香容疑者と金正日総書記が「何をしでかすかわからない」という点で重なって仕方がない。ミサイルの発射ボタンを鈴香容疑者が押したのか、自分の子どもを金総書記が橋から突き落としたのか区別がつかない自分がいる・・・・わけないか。ネタにしようとしたけど。

その「7連発」だがウヨさんを中心にギャーギャー叫んでいるが、そもそもそんなに恐れる必要があるのだろうか。
・・・・なんて書くと「やっぱりお前はサヨか」と何百回もされた突っ込みを入れられそうだが、いいたいのはそうではない。過去の日本人に比べて憶病になってるんじゃないかとの疑問があるのだ。

1949年にソ連が核実験に成功。1951年に日米安全保障条約締結。この最初の安保条約は事前協議も随時協議もなく、アメリカがその気にさえなれば勝手に米軍基地から米軍が「極東」のどこかと一戦交えることができた。日本がソ連との戦争状態を一応終えたのは56年だからソ連が対日参戦(1945年)してから11年間、日ソは交戦国のままであり、49年から8年間は核兵器をいつ繰り出されるかわからない関係にあり、51年安保条約から6年間は米ソ冷戦の真っ直中でメチャクチャ危険な状態・・・・のはずだった。
いかも91年のソ連崩壊まで日本は基本的に冷戦構造の一角にあった。実に42年間、日本は旧ソ連の核に脅えていた・・・・はずだった。

1964年に中華人民共和国が核実験に成功。日本は1937年の日中戦争開始から72年の日中共同声明で「不正常な状態」が「終了」するまで中国大陸にある国家と実に35年間交戦状態を続けた。64年から72年までの8年間は、その交戦国が核を持っているという状態にさらされて恐怖のどん底にあった・・・・はずだった。

つまり日本は戦後の非常に長い時期に中ソ両国の核に恐れおののいて暮らしていた・・・・はずだった。

おわかりであろう。「はずだった」期間に大多数の日本人は復興から経済成長へとひた走って福田赳夫をして「昭和元禄」と言わしめた繁栄を謳歌していたのである。ごく客観的に考えて当時の中ソの方が今の北朝鮮よりはるかに強大で威圧感があった「はず」なのに。
謳歌できたのは安保のお陰だという人がいる。だとしたら今も変わらない。憲法9条のなせる技と訴える向きもある。だとしても今も同じだ。

言っては悪いが旧ソ連のスターリンやブレジネフ、中国の毛沢東や周恩来と金正日総書記では役者が違う。月とスッポンだ。どっちが月かって? 言うまでもない。
月がぎらついていた時よりもスッポンの挙動にびくつくのはなぜだろう。まだ北朝鮮は核を保有して爆発実験に成功してはいない。この時点で中ソよりも弱い。逆に日本列島をほぼ射程にするノドンミサイルは1993年の試射でわが国に届くのはわかっている。ゆえに今になって騒ぐ理由はない。
だいたい「7連発」はわが国を狙ったのであろうか。もし列島に落下したら相当な被害が出たであろうし、そりゃあもう戦争だ。だがしそれは同時に重い腰の米軍を立ち上がらせる。将軍様はアメリカと交渉したいのであってアメリカ軍と交戦したいのではないはずだ。

北朝鮮との問題には拉致がある。拉致問題よりも核問題の方が重要だという意見に私は与しない。国民の生命や財産が外国によって1人でも脅かされたら場合によっては存亡をかけて戦うのが国家の宿命だからだ。したがって拉致を軽くして核を重んじるのはおかしい。むしろ現在のマスコミの扱いは拉致が相当で核を軽く見過ぎている。
前述のように日本は実は長らく核の現実的脅威にさらされていた。でも大丈夫だった。近年めっきりと「唯一の被爆国」とのフレーズも聞かれない。おおよそ「加害責任」との言葉が横溢し出した頃からの傾向だ。加害責任を痛感すべきだから「唯一の被爆国」は強調すべきでないとの雰囲気もおかしな話。「拉致と核」と同じで両方とも重要なのだ。

「唯一の被爆国」を次第に忘れ、核保有国からの攻撃もないまま冷戦が終結して相当な年月がたった。こうした事実から日本人は何となく核攻撃はないような気がしてきているとしたら。例えば「横田めぐみさん生還」と「北朝鮮が核開発放棄」のニュースがあったとしてどちらが大騒ぎになるかというと前者であろう。
繰り返しになるが前者が大ニュースになるのは当然である。断じてめざすべき国家目標とさえ呼んでいい。問題は後者が前者ほど話題になりそうもない点だ。

現在の北朝鮮は恐くも何ともない。というか中ソとの冷戦期を平然と乗り切ったわが民族が彼のちっぽけな男に率いられるちっぽけな国を恐れるのは恥である。だが核開発だけは見逃せない。少なくとも現在の拉致問題と同程度に騒ぐべきである。冷戦期に核が炸裂しなかったのは偶然の産物にすぎない。恐るべきでないを恐れ、恐るべきを恐れないは本末転倒だ。

閑話休題(閑話だったのか!)。小社は北朝鮮に似ている。サヨに見えて実は単なる弱小独裁組織というところがね。その弱小版元がノドン発射並みの勇気で出した『誰も知らない靖国神社』を買って下さい(臆面ゼロ)。テポドン並みの蛮勇で増刷してしまった。これが打ち上げ失敗となると私の独裁が揺らぐ。それはイコール小社の滅亡になる。どうですか。可哀想でしょ!今すぐ買わないと大変なことになるのです。
小泉さん。8月15日に参拝して下さい。中韓よ。大騒ぎして下さい。「ラストサムライ」安倍晋三さん。参拝は秋の例大祭にしていただけると本の寿命が延びて助かります。おっとその前に総裁選の争点は靖国でお願いします。・・・・・もちろん冗談です・・・・と言い切れない自分がいるような。(編集長)

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2006年8月 2日 (水)

恋愛小説で殺伐とした人生を実感する

 仕事が忙しく煮詰まってくると、なぜか恋愛系の小説を読んでしまう。現実逃避なんだろうな。先週買ったのは『水曜の朝、午前三時』(蓮見圭一 著/新潮社文庫)と『娼年』 (石田衣良 著/集英社文庫)の2冊。

Photo_29  『水曜の朝、午前三時』は45歳の女性が死ぬ前に残したテープを、彼女に憧れていた男性が書き起こした形式の小説。大阪万博で出会った美男美女が相思相愛なのに思いを遂げられず、互いに別の人と結婚する。その出会いから別れ、そしてガンと闘う日常なんかが、うまく書かれているわけです。

 で、うらやましいな、と……。

 主人公の素敵な女性が言うんですよ。「人生は宝探し。私はもう十分に楽しんだつもりです」って。
 私も宝探すためにけっこう掘ったつもりだけど、気力体力とも尽きて、いまは穴の中に座ってます。36歳独身大畑、いまだ宝の痕跡すら発見しておりません! 主人公の年齢まであと8年ですよ。ヤバイぜ、頑張って宝探ししないと。もしかして私だけ武田信玄の隠し金でも探しているのではなかろうか……。何もないぞ、なんも。

Photo_30  『娼年』の方は男娼になった少年の話。その秘密倶楽部の主催者に恋心を抱きながら、売れっ子になっていく姿が描かれているのだ。

 この手の話は男性にとって永遠の憧れなんだろうな。しかも、なぜか自分も売れっ子男娼になれると思いがちらしい。メールアドレスには「あなたを買いたい」と書かれたスパムメールが山ほど届くし、またそれに引っかかっている男性もけっこういるらしいし。
 以前、H系のビデオにチラッと出ていた女性に聞いた話によれば、ビデオ出演を知っているオヤジと寝ると「おれはAV男優になれるぐらいウマイだろう?」とか、よく真顔で質問したりするそうだ。こんなこと言うのは山拓ぐらいかと思っていたが、どうやら違うらしい。
 少なくても「自分も男娼になれるんだー!」とか思える経験を、世の男性は積んでいることだよね。

 どうしたら、そんな楽しいことが転がってるんだ~!

 現在、私の携帯電話には恋に胸焦がす2人の男性から、「この恋つらいぜ」てなメールが届く。でも、恋があるだけいいだろう。こちとら砂漠のごとき不毛の大地なんだから。
 不毛だからこそ恋愛小説の世界に逃げ、読み終わってから現実の不毛さに泣くと。まあ、ひどい状態である。弱者・少数者のための雑誌を標榜する『記録』編集部員であるから、やはりこれぐらい「弱者」でないと務まらんと己を慰めているが。

 何の脈絡もない文章を書いてしまった。

 で、結局ココで何が言いたいかというと、隅田川花火大会の影響で浴衣姿のカップルをいっぱい見ちゃって、何だかうらやましいってことです。以上!

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2006年8月 1日 (火)

■月刊『記録』8月号発売!

ラインナップの紹介はこちらです。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~astra/link/test8.html

今月号から、久々に『記録』に登場の中村一成氏の連載『「国民の歴史」の外で』が始まります。
中村氏は在日朝鮮人、難民、病者といった「健全な国民」としては扱われない者たちと、彼らを取り巻くこの社会について執筆を続ける現役新聞記者。『記録』では02年から03年にかけて連載した『レバノン9.11』で、ベイルートのパレスチナ難民キャンプをルポしている。
今回の『「国民の歴史」の外で』では戦前、戦後から現在に至る朝鮮人部落に迫る。今月号から連載の第1部では京都府宇治市のウトロ地区を取り上げている。
鍋元トミヨさんの『チェチェン・死と瓦礫を乗り越えて』、神戸幸夫さんの『ホームレス自らを語る』に加えての本格的な取材モノ参入、編集サイドの人間としても気合が入りましね、今回も。

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