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2006年7月14日 (金)

世田谷一家殺人事件の犯人たちを追いつめたもの

「クリミナル・グループ」という言葉をネットでよく見かけるようになった。外国人の犯罪集団のことを指す。その発端となったのはベストセラー『世田谷一家殺人事件 侵入者たちの告白』(齊藤寅著/草思社)である。
 本書によれば、クリミナル・グループはアジア系の留学生を中心とした集団であり、インターネットで連絡を取り合い、金だけを目的として残忍な犯行を繰り返すという。しかも2000年末に東京都世田谷区で発生した一家惨殺事件が、同グループによって引き起こされたとされる。

 家中に血が飛び散っていたのに、犯行後にアイスクリームを食べ、インターネットに興じた犯人に当時多くの日本人が震え上がった。その犯行が恨みではなく、金が取れそうだという情報に踊った外国人によるものだと説明されれば恐怖は倍増する。いつ何時自分が彼らの標的になるかわからないからだ。

 この本を読んで、ついにそんな時代が来てしまったかと感じた。じつは1997年に1人のイラン人から私は警告を受け取っていた。

「自国で日本人に会ったら絶対に殺してやるって、みんな言ってるよ」と。
 
 ピルザン・マンスルと出会ったのは96年1月だった。まだ上野公園でイラン人が偽造テレホンカードを売っていた時代だ。彼は穏やかで善良なイラン人だった。米国の大学院を卒業し、5ヶ国語を操る知識人でもあった。86年に来日、大手の財閥系エレベーター会社に勤め日本人女性と結婚。しかし離婚したことで状況が一変する。ビザがおりなくなったのだ。日本には仕事もあり、友人もいる。それなのにビザが許可されない。離婚したという理由である。

 それでも彼が母国に一時帰国できたなら、これほど話が複雑になることもなかったろう。彼は兵役を無視して海外の大学に進学し、果てはイランの「敵国」である米国への留学を果たした。そんな彼が母国に帰ったらどうなるのか、想像するだに恐ろしい。イランが人権に配慮した国とは彼も僕も思っていなかったから。

 結局、彼はオーバーステイを選択した。避けられない選択であろう。ただし法律違反には違いない。会社をクビになり、住む場所を失い、新規の銀行口座すら開けなくなった。
「皿洗いとしてでさえ、日本には受け入れてもらえない」
 彼は離婚後の生活をそう回顧した。
 仕事は変造テレカの販売しかない。上野署管轄で偽造カードを売って捕まっても自宅に帰ることができるのに、一歩でも御徒町署管轄に踏み出して捕まれば母国に強制送還されるという理解不能なルールの中で、彼は生きるために偽造カードを売った。朝から晩まで働いても月10万円にも満たない稼ぎである。語学力を生かし警察署で通訳の手伝いまでしたことのある男が、離婚によって「お尋ね者」となってしまったのだ。
 私はその話を聞いて憤慨した。せめて路上販売から救い出したかった。そこで、イラン人仲間に教えている英語を日本人にも教えるようにアドバイスした。まず自分が最初の生徒となり徐々に友人を紹介していく。悪くない考えだと思った。
 だが、それは浅知恵だった。日本人の僕が彼に会いに来る姿を見て、警察は麻薬の売人だと勘違いしたらしい。彼を逮捕した。理由はオーバーステイ。売人の疑惑は晴れたが、目障りな「外人」を野に放つほど警察は優しくない。入管の収容所に彼をぶち込んだ。しかも逮捕時に通訳さえつけず、所持品の放棄を命じる漢字だらけの書類にサインまでさせたのだ。漢字を読めない彼は24時間一緒にいた子犬を警察に渡したという。「警察署員が犬は飼ってあげるから安心しろって言ったんだ」。そう僕に訴えたが、実際は彼の手を離れた数時間後に、犬は保健所へと収容されていた。
 犬が殺されたことを理由にハンストを決行したり、歯医者にかかれない苛立ちから体を壁に打ちつけ歩けなくなったりと、彼は入管収容所でも抵抗を続けた。私はたびたび面会に行き彼を慰め続けた。その度重なる面会で言われたのが、上記の言葉「日本人に会ったら絶対に殺して」やるというものだ。
 
 結局彼は収容所の劣悪な環境に耐えられず、強制送還まで待てないから渡航費をもらえないか、と私に頼んできた。母国の状況を考えれば死をも覚悟した言葉である。彼の意思を再確認し金を渡した。でも、たしかに帰国したはずなのに、それから手紙の一本さえ来ることはなかった。収容所からは英語の手紙が何通も来ていたのに……。

『世田谷一家殺人事件』にはクリミナル・グループに入る外国人の気持ちが詳しく書かれているわけではない。そのためだろう。中国人や韓国人の受けた反日教育が犯罪につながっている、といった記事をネットで書いている人もいる。
 しかし、おそらくそれは違う。
「米国人でありさいすれば英語の先生として簡単に就労ビザを得た例をたくさん知っている。ところがイラン人となると、最も教養の高い層ですらビザを持てない。いてもごく少数だろう。人種差別は日本にもあるのだ」
 96年2月号の『記録』に掲載したピルザンの言葉だ。この「イラン人」を中国人や韓国人やベトナム人に変えることもできる。

 欧米以外の外国人を私たちは軽蔑し、彼らの恨みを積み上げてきてしまった。時間は元に戻せない。
「大畑さん、可愛いでしょ、この子犬。奥さんの名前つけたんだ。だからいつも一緒にいるの。ジャンバーの中に入れて一緒に偽造カードを売るし、一緒に布団で寝るんだ。そうすると寂しくないからね」
あの知的で温和な僕の友人を、多くの日本人が追い詰めた。そこから10年をへて、今度は犯罪という形で日本人が追い詰められている。彼を追い詰めた1人でもある僕は今も昔も無力だ。
 情けない。心からそう思う。(大畑)

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コメント

単にイラン人の犯罪者が逆ギレしているだけの話にしか見えませんが。なんでもかんでも自分達が悪いことにして自分だけ良い子になろうとするのは卑しい根性でしょう。情けないのはあなたです。

投稿: 国家の犬 | 2006年7月18日 (火) 01時32分

国家の犬 様
メッセージをありがとうございました。
そうかもしれません。たしかにイラン人が逆ギレしただけかもしれません。ただクリミナル・グループができる以前に、日本という国に、そして日本人に怒りをつのらせていた外国人がいたことは知っておいてほしいと思いました。個人的な感情ですが……。そうした怒りはイラン人の彼だけから聞いたわけでもなかったのですから。

投稿: 大畑 | 2006年7月21日 (金) 05時47分

上で紹介されている本によれば、世田谷一家殺人事件は
金目当ての犯行であり、あなたの仰るイラン人の件とは
性質が違うはずです。それをひとからげにしたこの文章
は、「世田谷事件の被害者はひどい仕打ちをした日本人
の代表として殺されて当然」というように読めます。
その辺りが気になって噛み付いてしまいました。
ワンワン。

投稿: 国家の犬 | 2006年7月24日 (月) 00時50分

国家の犬 様

なるほど! そういうことでしたか。
それは言葉が足りなかったかもしれませんね。
さすがにそんなつもりはありません。
残虐すぎて本気で怒りのわく事件ですし。

国家の犬さんのメッセージで気づいたのですが、
私自身、世田谷事件の犯人と友人のイラン人を
完全には分けて考えていないのかもしれません。
それは差別意識もあるのでしょうし、
何より彼ら本気の怒りに
心から恐怖を感じたからだと思います。

自分にとってかなり重要な気づきでした。
メッセージをありがとうございました。

投稿: 大畑 | 2006年7月24日 (月) 05時39分

「世田谷一家殺人事件 侵入者たちの告白」
本をきっかけにいろんなブログで話題になってますね。

http://www.asyura.com/sora/bd12/msg/1032.html
「主犯」と「実行犯」ネットで連絡か
世田谷一家惨殺事件
 その書き込みはまず、事件直前の昨年12月26日午後3時39分に、
「J9」なる人物が「Hさんへ 今回の仕事では『残虐行為手当て』は
付与しますか?」と書き込み。同日午後4時半ごろ「H」が「バナナは
果物のためオヤツに入りません」と返答している。

投稿: オペラ | 2006年9月 3日 (日) 20時14分

『残虐行為手当』って『モータルコンバット』に登場した用語ですね、だいぶ前の海外格闘ゲームの。
西ひ32bというのはコミケのスペースナンバーが連想されますし、「残虐行為手当」というサークルもあるので、これは同人オタク関係のただの連絡なんじゃないの…という印象を受けました。
僕もオタクなので実感として分かるのですが、この界隈の人は往々にしてもってまわった言い回しを使いたがるものだし。
検索してみたら「同人誌の転売屋のやり取りじゃないか」と書いてる人がいましたが、そんな感じです。
引っかかるのは、2001年の冬コミに「ひ-32b」というスペースナンバーは存在しないという事ですが…。

投稿: ヌカ次 | 2006年9月 4日 (月) 09時18分

こんにちわ。この本を書店で軽く斜め読みし、その後ネットで検索していて、こちらを見つけました。イラン人の方の話、私は納得できます。
うちの夫はアジア人です。VISAの変更のために地元の入国管理局へ行った時の、アジア人の扱いには本当に驚きました。
吐き捨てるようなかなり乱暴な言葉づかいで、私は怒りを通りこして呆れてしまったのですが内容も酷いもので、夫は激怒していました。
私達夫婦の前に受付をしていた中年の人の良さそうな中国人のおじさんも酷い対応をされており、それを見て可哀想に思ってたのが自分までされるとは、驚きです。
その後1週間ほど、夫は日本人を殺してやりたいなどの言葉を繰り返してました。
彼は中国人ではありませんが、南京大虐殺の事実も日本人に対する憎しみの一因になっているようです。もちろん彼は中国人がやや大袈裟にこの事件を伝えていることは理解しています。でも彼の受けた歴史教育が日本とは違うんですね。
おそらく、クリミナルグループと呼ばれる人達も、うちの夫のような感じで日本への憎悪を膨らましていったのではないかなと少しおもいます。

投稿: こあら | 2007年2月 8日 (木) 12時18分

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