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2006年6月27日 (火)

誰も知らない靖国神社

来る日も来る日も原稿に次ぐ原稿また原稿である。これが嫌々選んだ道ならば「これは本来のオレの仕事じゃない」とオダをあげるも可能だが好きでやっている(はずだ)から逃げ道はない。取材・執筆・編集みな大好物だ。それが来る日も来る日も・・・・である。ならば幸福なはずだ。人は幸福を追求する。したがって概念上幸福の域にある私が、その状況を否定する論理がない。

とはいえ実際問題として死ぬる思いなのである。夢に見る。書きかけの原稿が目が覚めたら誰かが書き上げてくれていたとか38ページまで終えていた編集が朝起きたら256ページまで進んでいたとか・・・・。でも夢は夢。すなわち決してかなわない。サッカーW杯の日本対ブラジル戦で「奇跡を起こせ」とメディアが絶叫していたのをあざけった自分がいる。「起きないから奇跡なのだよ」とね。だが自分の問題となると「奇跡を起こせ」とどこかで願っている気がする。老いたか。

で、目下もっとも苦しんでいるのは来月下旬にも出版しようともくろんでいる小誌連載の「靖国神社」単行本だ。連載の時々に問題点は片づけていたはずなのだが改めてゲラにするとああだこうだと問題噴出。それのリミットがどう考えても明日(27日)いっぱい。なので他を退けて取り組んでいるが、それで退けた他が消えるわけではない。

で「靖国神社」であるが元の動機は二〇〇一年八月、小泉純一郎首相の公式参拝によって、靖国神社が揺れに揺れたことにある。最初「八月一五日にいかなる批判があろうとも必ずする」と語っていた首相は、一三日に前倒しして参拝。公式参拝だったのかどうかを明らかにすることもなく、うやむやにコトを収めた。しかし中国や韓国は、以後この参拝に強く抗議し続けた。
そこで素朴な疑問が浮かんだ。そんなにまでして首相が行きたがる靖国神社が、どんなところか知っているかと。私も何回か行ったことはあったがなぜ行ったのかさえ思い出せない程度。ましてや多くの国民は、あのバカでかい大鳥居をくぐった経験がある人は実は案外と少ないのではあるまいか。首相参拝以降の騒動は予想以上に大きかったので私が編集部員に「靖国に行けば何か書くことあんだろ。近いんだから行ってこい」という指令を下し、取りあえず来年(〇二年)の首相参拝の下準備として『記録』誌上で「靖国神社」と銘打って〇一年秋から連載を開始したのだ。軽い気持ちだった。
 ところが小泉政権は予想以上に続き、首相の参拝も途切れず、結果として五年ほど靖国神社に通い詰める羽目になった。五年もやっていると首相の参拝だけでは到底引っ張れない。そこでみやげ物を分析したり、霊能師の先生に霊視してもらったり、二四時間張り込んだりとバカを承知のあれこれをこれでもかと思いついては続けてきた。こうなると結晶として単行本にまとめてみたくなるものだ。

取材班は二〇代女性で、それまで靖国に何らの興味もなかった奥津裕美を中心に、三〇代の大畑太郎、奥津よりも年下の宮崎太郎で構成し分担執筆している。他に一本だけ奥津と同世代の木村ひとみの文がある。筆者によって個性が違うために記事の最後に名を付すとした。

この本で一番紹介したいのはイデオロギーや抽象概念で語る靖国ではなく「見て、聞いて、感じた」あるがままの姿である。夏ともなれば大村益次郎像のもとで浴衣の女の子たちが盆踊り大会を繰り広げ、「ガンバレ純ちゃん好景気まんじゅう」をはじめとする奇妙な土産が売られ、絵馬に「英検合格」が祈願され、「みたままつり」ではつのだひろのメリージェーンが響き渡る。
かと思えば福引きやら奉納相撲やらイベントが用意され、世界中の戦死者を祀っている物凄い社がひっそりとあり、「東京ドームツアーバス」が駐車場を使用し、テーマパークとしてある意味楽しめる「遊就館」がある。
また「同期の桜」こと靖国の桜は東京の桜の開花基準になっているがその理由を追ってみると意外な真実がわかった。「九段の母」を一日中探し回ったりもした。六〇〇羽いるはずの白鳩がなかなか見つからない理由にも挑戦した。靖国のおみくじを他社と比較してもみた。すると一番の効能はどうやら病気快癒であるらしい。さよう靖国神社とはミステリースポットでもあった。

この際、むつかしい話は抜きとしよう。近隣外交をも揺さぶる靖国神社の等身大の姿とは何か。右も左もノンポリさんも皆まとめて彼の不思議な空間をどうか楽しんでもらいたい・・・・と苦しみつつ願う。ここまで書いてみて改めてわかったのは記事を書くことを思いついたのも命じたのも続けたのも単行本化を決めたのも全部私自身だということ。前述のようにそれを終えても強烈な量の残稿があって私のカバンに眠っている。
我ながらアホだと思うのだが残稿をどこか空いた時間で始末しようと念じているので常に持ち歩いて家と会社を往復しているのだ。少なくとも明日までは手が出せないとわかっていても、だ。カバンの中で原稿が人格を持ち私への嘲笑が密やかに響く。 King Lear の一節が浮かぶ。Nothing can come of nothing(編集長)

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