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2006年6月15日 (木)

ジーコジャパンと小泉政権はソックリだ

小泉純一郎首相の在任とジーコ監督のそれはほぼ重なり合う。そして生み出した集団の性格や結果もまたよく似ている。

1)プレーヤー任せの古いスタイル
小泉首相の「民間にできることは民間で」とジーコ監督の「選手の自主性を尊重」がまず似ているという話。このキャッチフレーズは聞こえはいいし間違ってもいない。しかし指導者がフレーズ通りに振る舞うと無策と同義になる。
政府が民間任せでいいならば政府は要らない。私が小泉首相を無政府主義者と呼ぶゆえんである。いわゆるレッセフェールは大昔に否定された古くさい概念だ。競争に勝った者だけが報われる社会を作れば結局は社会全体が弱体化する。そこを再分配などで一定程度コントロールするのが指導者の役割のはずだ。首相は徹底的にそれをしなかったばかりか嫌悪してきた。
ジーコ監督の場合も競争に勝った者だけをメンバーにした。こちらは勝つか負けるかが集団の目的なので小泉無策ほどの罪はないが、その結果として集まった者でチームを作って戦術を後回しにすると村上某とホリエモンと竹中平蔵が同じピッチに立つような妙な具合になる。ある程度の戦術が先行して、それに当てはまる選手を選ぶのが監督の役割だがジーコ監督はしなかった。
「選手の自主性を尊重」もまた突き詰めれば監督不要論になる。彼のイメージに自分の現役時代のテレ・サンターナがあるのは確実だが、そのスタイルはどう引っ張っても1990年代前半には終わっている古い代物だ。
さて問題。小泉首相やジーコ監督が唱えた上記キャッチフレーズは積極的信念に基づくのか。案外と無策を隠すためだったりしないか

2)決定力不足
日本は産業立国であるから景気回復の決定力は残念ながら輸出産業を中心とした企業群のオリジナリティーに求めざるを得ない。一方サッカーの決定力は主にFWに問われる「一人で局面を打開する」能力だ。
この不足をジーコのせいにするのは気の毒かもしれない。釜本邦茂と一時期の三浦知良を除いてずっといなかったのだから。
だからといって努力をしなくていいとはならない。今の高原・柳沢に「一人で局面を打開する」イメージが持てないのはスポーツ記者仲間では公然の秘密と聞いた。だがこの2人に鈴木を加えた3人に最後まで妄執したのはジーコの責任だ。
小泉政権はどうだろう。彼の政権時で産業立国の象徴的存在だったのはトヨタ自動車である。利益1兆円を続け、奥田の爺さまが政権に容喙してはばからなかった。この爺さまが経済財政諮問会議員の退任前の5月19日「自動車産業なんて人まねみたいな話」と本音を吐いた。トヨタウェーだの何だのとウザいうんちくを垂れている会社はその程度である。
奥田会長は本気で「人まねみたいな話」と思っているのだろう。だがそれは豊田佐吉や喜一郎の信念とは180度異なるのだ。「一人で局面を打開する」どころか「人まね」会社が幅を利かせている。産業界も決定力不足である。

3)何の意味があるのかわからない中盤の充実
産業界に精度の高い球を供給して得点をサポートし、ピンチの時には体を張って守る。その役割は主に銀行に求められよう。小泉-竹中ラインはメガバンクという中盤の巨人を作りはした。三菱東京UFJ、三井住友、みずほである。ではこの図体はでかい中盤の巨人が役立っているかというとサッパリだ。
貸さないは貸しはがすはバカ高い手数料を取るは(サービス業=手数である)サラ金まがいを始めるは庶民をコケにした利息しか払わないはと悪行三昧の末にトヨタに匹敵する利益を上げている。中盤がどんなに儲けても得点には結びつかないんだよ。
ジーコがめざした黄金の中盤も同じ。特に中田英寿への偏愛はチームを歪めているといって過言ではなかろう。いったいに日本人には清原和博や亀田兄弟のようなヤクザまがいを持ち上げるバカな手合いがいるが自己中心を絵に描いたようなヒデもそのお仲間。まあ亀田兄弟はテレビにやらされているのあろうから見逃してもいいが清原やヒデのような要するに世界では通用しないデカイ顔をのさばらせては勝てる試合も勝てなかろうよ。

4)ディフェンスの弱体化
小泉政権になって各種控除の廃止、「自立支援」の名の下の弱者切り捨て、果ては生活保護の見直しまで言及される始末だ。国家のディフェンスといえるセーフティーネットを寸断して悦に入っている姿は死神を彷彿とさせる。事実として自殺者は毎年約3万人のペースが続く。
ジーコ監督は就任4年でついに4バックか3バックかを決めかねた。前者ならば攻撃的、後者ならば守備的になる。そこが決まらないから最終ラインはいつも戸惑う。もちろんオーストラリアのヒディンク監督のように4バックでも3バックでも対応できるチーム作りをしてきたならばいい。そうじゃなくって単に決めかねたまま本大会に突入してしまった。
ジーコ采配を見ていると「守備的な4バック」という概念もあるようだ。それ自体はアリだろうが結局どうするのかわからないままでは出来ることも出来なくなる。

5)「ポスト」の不在
ある意味でこれが最悪であろう。ポスト小泉で挙がっている誰に政権を託せば安心かとなると頭を抱えてしまう。ジーコ後継に至ってはいまだ打診の段階だ。後は野となれ山となれでは無責任すぎないか(編集長)

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