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2006年6月 9日 (金)

追記:村上世彰にはわからない生き方

昨日書こうとして忘れた件があったので申し上げておきたい。本当は付け足し変更をしようとしたのだがココログの大メンテナンスに阻まれてしまったのだ(頼むよココログ)。
私が取材をきっかけに知ったいくつかの年商数十億円から100億円を越える程度の中堅企業の経営者は「あえて上場しない」との選択をしている。経営権を村上某みたいな人間に脅かされたくないとの動機もある。創業者やその一族が大株主の場合は同族経営を続けたいからとの意向の場合もある。
それを閉鎖的と批判するのはたやすいが、面白いのはそうした企業の同族経営者はほぼ例外なく猛烈に働いているのだ。それでものすごく豪勢な暮らしをしているわけでもない。
不思議である。年商数十億円から100億円を越える規模ならばタイミングにもよるが上場は十分に可能であり、ばく大な創業者利益を得られる。
該当するある会社を取材した時に意地悪ながら推計を出して示してみた。仮に全株を放出したら現在の役員報酬の20年以上の現金を手にできる。堅く運用すれば一生遊んで暮らせるのだ。その方が猛烈に働いて経営権にしがみつくより余程いいのではと聞いたのである。
するとその経営者は驚いていた。そんなことは考えたことはないと。上場の検討はしたにはしたが、そこで得られる利益で遊んで暮らそうとの発想自体がなかったと。なぜですかとの重ねての問いにも「うーん」とうなるばかり。
村上某よ。「汗水たらして」にはそうした人も少なからずいるのだ。あなたにはわかるまい。実は私にもわからない。でも私の方が理解に至るスピードは速い気はする。

もう1つ。某が「株主価値の向上」の対象としたような企業の株主は本当に不幸せなのかである。なるほど一等地を遊ばせておく企業なぞ零細な私には考えられない。しかし反対から考えればすさまじい資産を遊ばせていられる企業は幸福である。
そしてそうした会社の、某からみれば「低い株価」で満足している株主もまた幸福である。経営者も株主も幸福・・・・そうした幸福は断じてあっていい。老荘思想的な発想かもしれないけれどもアリだ。

それにしてもマスコミは連日よくもまあ相も変わらず検察情報をたれ流すものだ。段々と某が冷徹で本格的な悪の体現者みたいになってきた。私は「聞いちゃった」を信じるよ。でも今回ばかりは特捜のトリミングをあしざまに書く気になれない。某の不徳の致すところであろう。

と同時に市場が萎縮しては困る旨もチョコチョコっと報道されているが冗談ではない。かつて日本の市場は閉鎖的だった。そこに緩和をかぶせたから混乱が生じ、そこに某のような目ざとい者がつけいった・・・・事実はそれだけである。弥生時代みたいな暮らしをしている人をいきなり現代に連れてきたのと同じ。
「アメリカ並み」にするどころかアメリカよりある意味はるかに某系が大暴れしやすい自由な状態だったのであって、「アメリカ並み」は原因ではなく今後の目標である。

いや、きれいごとはよそう。もっとハッキリ書くべきだね。「市場のルール」とはルールである。「市場」そのものはジャングルである。したがって「市場のルール」とは「ジャングルのルール」という本来的に矛盾を抱えた言葉でしか表現できない。
本当は何のルールもなく騙し騙されの最低人間同士の汚れ合いというのが「市場」本来の姿であるがセックスと同じで本能のおもむくままを白昼にさらすと全員が最低人間になるので猥褻罪のような意味合いででっち上げたのが「市場のルール」なのだ。イチジクの葉っぱ程度の元々たいした代物ではないのだよガリガリ亡者諸君。(編集長)

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